09_旅にトラブルはつきもので
凍えるような夜風が吹き抜ける中、小舟に揺られた私は、シャイロ様から貰ったパンをもぐもぐと食べながら、ぼうっと空を眺めていた。
本来は舟というのは乗り合わせで使うものだが、運よく貸切状態になっていた。
目指すのは、カリスタ港町だ。小さいけれども歴史のある貿易港で、色々な文化の入り混じった不思議な香りのする町である。
そんなカリスタ港町までは、首都オルディンから運河を使えば一日とかからずに到着する。
帝国中に張り巡らされた運河は、およそ百年前に整備されたもので、元々は軍事専用だったらしい。
「お嬢さん」
「なんでしょうか」
「暗くなりましたね」
「……そうですね」
船頭さまが静かに声をかけるのは、人気の無い林に入ったからだ。
カリスタ港町までは、このクヌギ林を抜けていかなければならない。夜は明かり一つなく、たまに盗賊も出るという話だったため、友人二人には大層心配された。
挙句に、『何かあった時のために剣を持って行け!』と無理矢理軍部の剣を押し付けられた。
おかげで、私は右肩からは剣を、左肩からはショルダーバッグを、体の前で交差するように掛けることになった。見栄えは大層悪い。
まあでも、剣を使う日なんて、この旅が終わるまで無いはずだ。
この小舟は国の認可を受けた運搬業者のものである。
オルディンの街をフラフラしていたら、「値引きするよ!」と声をかけてくれた優良業者さんだ。
私の旅の終わりまで、この船頭さまに付き合ってもらう予定である。
「お嬢さん」
ふと、小舟の動きが止まる。そうして、暗闇の中で船頭さまがゆらりと動くのが見えた。冬だというのに、じわりと私の額に汗がにじみ出す。冷や汗だ。
「引っ掛かってくれて良かったぜ」
ぶんっと暗闇の中で何かが振り下ろされる。私は咄嗟に旅行用のカバンを岸に放り投げて、シャイロ様から押し付けられた剣で攻撃を弾き返した。
どうやら、私が小舟を貸切ることができたのは偶然でも何でもなかったらしい。……まさか、船頭が盗賊だなんて、思い至らなかった。
よく考えれば、フラフラ歩いている旅慣れしてなさそうかつ金を持ってそうな女に「値引きするよ」なんて声をかけてきたところから怪しかったのかもしれない。
自分の世間知らずさを恨みながら、私は的確に弾き返していく。
「くっ、なんでお嬢ちゃん、そんなに戦えっ……」
船頭が振り下ろしているのは、棍棒のようだった。当たりどころが悪ければ死んでしまうかもしれない。
「剣を持っているということは、当然、剣を使えるということでしょう?」
「いやいやいや! その剣は飾りじゃなかったのかよ!」
「まさか」
私は鞘のままの剣を、彼の胴に強く打ち付けた。ごり、と人間の体からしてはいけない音がしたので、もしかしたら骨が折れてしまったのかもしれない。
しかし、緊急事態のため許してほしいと思う。
バランスが崩れたことで、小舟が転覆しそうになったため、私はひょいっと岸に飛び移った。
盗賊の船頭はというと、ざっぱーんという派手な音立てて運河に落ちていった。
全身がびしょ濡れになった船頭が運河から頭を出す。
「なんで、そんなふわふわした格好で剣を振り回せるんだよ!」
「旦那様が剣術を教えてくれたからです」
「はぁ?」
「あと、私の友人とよく手合わせしていたので」
友人、という響きは口に出して見ると存外良い。心の中が温かい充実感で満たされていき、口元が勝手に緩んでいく。
薄く笑っているのが分かったのか、船頭は怯えた顔をした。
「ほんとに何なんだ……あんた。見た目と中身が違い過ぎるだろ……」
「……何なんだ、と言われましても」
私が首を傾げている間に、船頭は運河から這い上がると、クヌギ林の中に逃げていった。盗賊を逃がしてしまったな、と思うが、どちらにせよ私の力では彼を捕えておくことは不可能だっただろう。
カリスタに到着したら、警吏に連絡しようと思いつつ、私は今の状況を冷静に考える。
「……困ったわね」
船頭はいなくなった上に、現場は荒れ放題だ。
服は無事だが、戦っている最中に靴が濡れてしまった。それに小舟もひっくり返ってしまっている。乾くまでは時間がかかってしまうだろう。
「とりあえず、このクヌギ林で夜を越すしかないわね」
濡れた船を一晩漕ぎ続ける持久力は私にはない。
幸い、近くに桟橋式の小さな停泊所があった。小舟を岸につなぐと、眠れそうな場所を探しに私は林の中に入っていった。