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05_奇特な知人



 ◇◇◇



「……甘い」


 五年振りに食べたモンブランは、随分と甘く感じた。コーヒーを持ってきた店員にさり気なく尋ねてみる。


「五年振りに来店したんですが、ケーキの味って変わっているのでしょうか?」

「いいえ、当店は開業以来ずっとこの味でございます」


 ということは、変わったのは自分ということだ。


 ケーキの横に置かれたコーヒーを見つめながら、不思議な気持ちになる。

 五年前は旦那様の飲むコーヒーが理解出来なかったのに、今はコーヒーが無いとケーキひとつ食べることすら厳しくなってしまった。


 子どもの頃から全く精神は成長した気はしないけれど、ちゃっかり身体は老けていくのだから人間というものは難儀な生き物だ。


「よっ、待たせたな」


 私を覗き込むようにして現れたのは、笑顔が爽やかな男だった。彼の金髪が風に靡き、周囲にいた若い女性客が、ちらちらとこちらを見ている。


「こんなところに、呼び出してごめんなさい。さすがに異性を屋敷に呼び出すわけにはいかないから」

「ま、そりゃそうか」


 向かいに座った男――――クリス・アエトスは、私の数少ない知り合いだ。

 軍人の家系に生まれた彼とは、両親に勧められて一度見合いをした。


『でも、彼は三男だろう? できれば長男でないと!』


 パパス家が権力を得るには、家督を継ぐ長男との結婚でなければ意味がない。

 父親の反対によって、結局クリスとの結婚の話は立ち消えになった。


 ただ、結婚の話が無くなった後でも、クリスとは度々食事をする仲である。私の無感情を知ってからも、面白がって関係を続けてくれている奇特な人間だ。


「……葬儀、大変だっただろ」

「貴方もね。寝てないって聞いたけれど」

「ははっ、違いない」


 クリスは軍人ではなく、軍部に勤める行政官だ。この度の終戦で、連日寝る暇もなく駆けずり回っているという話を聞いた。


「忙しい時にごめんなさい」

「いいや、むしろ仕事を抜け出すいい口実が出来て良かったよ」


 行政官の制服である紺色のジャケットから煙草を取り出そうとした彼は、私の手元のモンブランを見ていそいそと小箱を仕舞い直した。


「別に気を遣わなくていいのに」

「いや、どっちにしろ禁煙するつもりなんだ。煙草これは金がかかる。それに、お前の食べてるケーキ見たら、甘い物が食べたくなった」


 全く、変なところで気を遣う男だ。

 煙草を吸わないのも、あえて明るく振舞っているのも、全ては旦那を亡くしたばかりの私を思ってのことだろう。

 メニューに視線を落としながら、クリスは雑談のように、さりげなく話を振る。


「大丈夫か? すっかり塞ぎ込んでるかと思ってたが」

「……そうでもないの。旦那が死んだのに冷たい人間だって笑っていいわよ」

「相変わらず、無感情を貫いてんのか、無情令嬢様は」


 揶揄うような言い回しなのに、なぜか彼は眉を下げた。

 注文が決まったのか、ぱたんとメニュー表を閉じながら、私のカップの中を覗き込み、感心したように腕を組む。


「コーヒー。飲めるようになったんだな」

「そう、毎日旦那様にコーヒーを入れていたら慣れてしまって……」


 メイドや執事には『奥様はそんなことしなくていいんです!』と言われていたが、私が淹れたコーヒーを飲むクロノス様はなぜかご機嫌だったのだ。

  だから、いつの間にか毎朝コーヒーを用意するのが日課になっていたし、ついでにこっそり飲んでいるうちに舌だけは大人になってしまったらしい。


「ふうん、俺はまだ飲めないけどな」


 そう言いながら、クリスは店員を捕まえて「ミルクティーひとつ」と注文する。


 私は、店員が立ち去ったのを見て、一枚の封筒を取り出した。


「これを渡したくて、貴方を呼び出したの」

「……なんだ、手紙?」


 まじまじ、と私の手元に視線を落とす。


「旦那様から預かった遺言よ。受け取って欲しい」

「クロノス様から? 俺に? えっ、どうして俺?」


 クリスは怪訝な顔をした。無理もない。

 だって、クリスとクロノス様に特別な接点などないのだから。

 恐らく、彼らはパーティーで数回会話したことがある程度の仲ではないだろうか。


 私はクリスにレターナイフを差し出した。


「はい、レターナイフ」

「……持ち歩いてんの?」

「旦那様は、いつも手紙はすぐに開けろと言っていたから」


 私がそう言うと、クリスは笑ってレターナイフを受け取った。


「じゃあ、ありがたくお借りして」


 シャッ、と小気味い音が鳴り、封筒が開く。中に入っていた便箋は、私が貰った手紙よりもずっと枚数が多い。


 ――私のは、たった一枚だったのに。


 何だか胸の奥が鉛のように重くなったような感覚がして、私は顔を伏せた。


 クリスは、眉をひそめながら、ずっと視線を落としていた。途中でミルクティーがきたことにも気が付かないまま、彼は小難しい顔で便箋とにらめっこしているのだ。


「……はあ、なるほどな」

「読み終わったの?」

「ああ」


 便箋を封筒にしまい込んで、ミルクティーを一口飲んだクリスは、首元に手を当てながら黙り込んだ。

 ふうと溜息をついた彼は、話題を探すように視線を宙に彷徨わせ、ふと私の横にあった旅行用のトランクケースに視線をやった。


「ずっと言おうと思ったけど、なんでそんな大荷物なわけ?」

「今から、旅に出ようと思って」

「…………はあ?」


 そんなに突飛な発言だっただろうか。

 クリスは眉をひそめながら、不思議そうな顔で私を見つめる。


「そりゃ、またなんで?」

「貴方以外にも手紙を預かっているの」

「それと旅行となんの関係が――」


 クリスはそう言いかけて、はたと気がついたように目を見開いた。


「まさか、預かってる手紙を全部直接届けに行くつもりか? 郵便の発達したこの時代に?」


 クリスはテーブルから身を乗り出して、私のことを食い入るように見る。その勢いに思わず背中を反らして、彼をなだめた。


「別に女性の一人旅なんて珍しくも無いでしょう。治安が悪いところは避けるし」

「……大丈夫なのかよ。アレクシア、旅行なんてまともにしたことないだろ?」


 彼の言う通りだった。

 まともな旅なんて、クロノス様と行った新婚旅行くらいである。当然だが、私が新婚旅行を手配した訳でもないので、実質的な経験値はゼロに等しい。

 そんな私なのに、完全に勢いで屋敷を飛び出してきてしまった。


「どこに行くつもりだよ」

「まずは、カリスタ港町かしら」


 その後は、もっと内陸の方まで行くつもりだ。けれど、この状態のクリスに告げれば面倒になることは間違いなかったので黙っておいた。


「カリスタ港町か……それなら、まあ、オルディンから運河で一本だな。俺の方で、船を手配しようか」

「いえ、自分の力で行きたいの」

「そりゃまた、どうして」


 私は言葉に詰まった。

 どうして、と問われると難しい。この手紙たちはどうしても自分一人の力で届けたい――なんとなく、そう思っただけなのだ。


「……私、今まで自分の力で旦那様のために何かをしてあげたことがあったかなと思って」


 私は妻としての役割は、問題なくこなしてきた。

 ……そう、『こなしてきた』だけだ。

 パーティーへの出席、軍部の挨拶への同行、執事の仕事のチェック。

 すべて自主的に遂行してわけではなく、降ってくるだけの仕事を過不足なく捌いていただけ。


 今回だって、役割を『こなす』だけならば、郵便局に手紙を持ち込めばそれで終わりだった。


「これ、見て」

「宛名が無いな」


 私が見せたのは、宛名のない白紙の封筒だった。厚紙でできた封筒に入っているため、太陽に透かしてみても中身は見えない。


「そうなの。一通だけ宛名がない。けど、さすがに手紙の中身を開封するわけにはいかないわ。だから、私は……」

「手紙をそれぞれの人物に届けながら手がかりを探すってか。自分一人の力で」

「そういうこと」

「それだけの理由で、旅に、ねぇ……」


 宛名の無い手紙を届ける。

 私が衝動的に旅に出る理由は他にもある気がしたけれど、今は上手く言語化できる自信がなかった。

 自分のことなのに、もやもやと渦巻くこの苦しさの理由はまだわからないのだ。


「とりあえず、俺は『空白の手紙の宛先』は全く思い当たらないとだけ伝えておく。俺の手紙の中にも手がかりはなかった」

「……そう。じゃあ、やっぱり私が探すしかないんだわ」


 小さく手を握りしめる私の様子を見て、クリスは呆れたように肩をすくめる。


「お前、参謀長のことどう思ってたの?」

「……別に、何とも、思っていないけれど」

「はぁ?」


 それは本当だ。

 感じているのは、クロノス様に対する少しの興味と罪悪感と胸の痛み――それだけだ。それ以上の感情は何もない。


 目の前のクリスは、納得がいかないように自分に贈られた手紙の宛先をじっと見つめていたが……やがて、にやりと笑みを浮かべた。


「――――なあ、お前。ズルしただろ」


 唐突な言葉に私はびくりと肩を震わせる。


「この手紙、俺宛てだけじゃないよな? おかしいと思ったんだ。手紙の内容の末尾が、君『たち』っていう複数形だったから」

「…………」

「よく見たら、宛先は、俺ともう一人の連名だ。空白の手紙の宛先を探すには、俺以外にも話を聞いた方がいいんじゃないのか?」


 気が付かれてしまったか、と私は唇を噛んだ。

 封筒の端に小さく書かれていただけだから、もしかしたら、クロノス様の書き間違いかと思ったのだが。


「シャイロ様に会いに行こう」


 シャイロ様。その名前が出てきた私は顔を顰めた。


 私は、彼女のことが――苦手だ。


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