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04_はじめてのケーキ-5年前の秋のこと-


 

 ◇◆◇


 思えば、私は最初からクロノス様に対して酷い態度だったように思う。

 初めてクロノス様と顔を合わせた際、十三歳だった私は未来の旦那になる人間への対応とは思えない言葉を振りまいていた。


『……私が十四歳の誕生日を迎えたら入籍、その後結婚式。身体構造的に、私が十六歳の頃に出産できればと考えておりますが』

『おいおい、待て待て。今日はただのデートだぞ』

『存じ上げております』

『なんだか、君は、ずいぶんと大人びているというか、妙に現実的というか……』


 苦笑いをしながら、当時十八歳だったクロノス様は私のことを見つめた。紫色の瞳には、困惑と呆れの感情が滲んでいる。


『愛想が無くて申し訳ございません。ですが、私の笑顔は人を不快にさせてしまいますので』


 幼い頃から、軍人の妻になるために勉強や立ち振る舞いを勉強した。だから、私は教養全般については、完璧に身についている。

 しかし、私の唯一の欠点は、感情が無いことだった。ついたあだ名は「無情令嬢」である。

 あの子、令嬢としては完璧だけど、人間として大切なものが欠けているよね――そんな言葉に対してすら、悲しさも悔しさも覚えないのだから、もう駄目なのだろうと思う。


 目の前の眉目秀麗な青年もまた、私に「無情な人間だ」と告げるのだろう。

 身構えた私だったが、クロノス様は私に目線を合わせるようにしてしゃがみこむのだ。


『君が謝る必要なんて、どこにもないだろ?』

『いいえ、私はすぐに他人を不快にしてしまいますので、粗相があればすぐに謝るのが最善なのです』

『そうか。それなら、その癖は俺の前ではやめることだな』


 首を傾げた。

 私には感情なんて無いけれど、彼が私に優しく接してくれているのは分かったからだ。


『……どうして、親切にしてくださるんですか?』

『どうしてもこうしても、君とは結婚して長い間、一緒に過ごしていくことになるかもしれないだろ? 仲良くした方がいいに決まっている』

『はあ……?』


 私は、ますます分からなくなってしまった。

 人間が他人に優しくする時は、たいてい何かを期待しているからだ。

 では、クロノス・カラマニスという男は、私に一体何を期待しているのだろうか。


『私は何をすればよろしいんでしょうか。お仕事のお手伝いでしょうか。それとも、貴方様を癒すことでしょうか。本日夜までお相手するのでしたら――』

『っ、今日は、ただのデートだ! 第一、君は、まだ子どもだろう! そんな、よ、よ、夜まで付き合う必要はない! 全く! どこでそんなことを学んだんだ!』


 なぜか顔を赤くしながら、訳の分からない言葉を早口で言い切るクロノス様は、こほんと咳払いをする。


 そうして、目線を合わせたまま、柔らかく微笑んだ。

 彼の闇夜のような瞳が、宝石のようにきらきらと輝く。


『君は何もしなくていい。今日は、オルディンを色々見て回ろう。どこか行きたいところはあるか?』

『行きたいところ……?』


 私はぼんやりと考えてみるが、何一つ思い浮かばない。


 というのも、私は度々、首都オルディンを訪れているのにも関わらず、何があるのか全く知らない。

 母親好みの人形のようなフリルたっぷりの洋服の店と、父親に連れられた小難しい本ばかり置いてある図書館のみが私のオルディンの知識なのだ。


「……図書館、とか」

「それ、君の行きたいところか?」


 図星を突かれて、私は再び黙り込んでしまった。

 だって、自分自身の希望など、生まれてこの方考えたことなど無い。


『申し訳ございません。わかりません』

『そうか……』


 クロノス様は、やっとしゃがんだ状態から立ち上がると、腕を組んで考え込んでしまった。しばらく目線を彷徨わせた後、何かを思いついたようにぱっと顔を明るくする。

 彼は、涼しげな顔立ちなのに意外にも表情が豊かなようだ。


『じゃあ、そこのカフェでケーキでも食べないか? 甘い物は好き?』

『……甘い物は、まあ、たぶん好きです』

『良かった』


 私よりもずっと大きな背丈のクロノス様が、小さな私の手を引いた。温かくて大きな手だった。

 カフェの席までエスコートされ、椅子を引かれる。


『どうぞ、アレクシア』


 まるでお姫様にでもなった気分だ――普通の令嬢であれば、その行動を嬉しいと思うのかもしれない。

 しかし、私は「無情令嬢」だ。気を遣われることにただただ、居心地の悪さを感じながら椅子に腰掛けた。


『君は、どんなケーキが好きなんだ?』

『どんな、と言われましても……』


 好きなケーキの種類なんてない。だって、ケーキなんて生まれてこの方、食べたことがないのだ。

 そもそも私には、好きな食べ物も、好きな洋服も、好きな本もない。全て、『こうすべきだ!』と誰かに押し付けられたものを当然のように享受していたからだ。

 そこに、自分の好き嫌いといった意思は介在しない。


 私はじっと、メニュー表を見つめてみた。メニューには、ケーキの名前と可愛らしいイラストが描かれている。

 ショートケーキに、フルーツタルト、どれも美味しそうではあるけれども、きらきらしていて目が痛くなりそうだ。

 そんな中、私の目に留まるものがあった。


『……では、このモンブランというものが気になります』


 私は、メニュー表に描かれているイラストを指さした。栗がちょこんと乗った可愛らしいケーキである。

 一見地味に見えるけれども、クリームが何層にも重なった繊細なケーキらしい。

 季節限定!と言葉が添えられているそれは、ショートケーキやタルトとは一線を画した大人っぽさがあって、惹かれるものがある。


『……その言い方、まさか食べたことないのか?』

『パパス家ではケーキは禁止でした。太るので』

『御令嬢の管理がしっかりしているおうちのようだ』


 クロノス様は、皮肉めいたようにそう言いながら、小さく手を挙げて店員を呼んだ。近寄ってきた女性の店員は、クロノス様の姿をみてほわりと頬を赤くした。

 さすが、『アズーラ帝国の星』である。


『モンブランとショートケーキをひとつ』

『セットで紅茶かコーヒーをお付けできますけれども、いかがいたしましょう?』

『じゃあ、コーヒーをふたつ……』

『まっ……!』


 私は慌てて、そう言いかけたクロノス様の袖を遠慮がちに引っ張った。


『申し訳ございません。私、コーヒーは飲めないのです。苦いので……』


 飲めと言われたら頑張って飲むが、出来ることなら飲みたくない。それが、コーヒーに対する私の精一杯なのだ。


『ははっ、そうか。君も普通の女の子なんじゃないか。じゃあ、ひとつは紅茶で』


 なぜか愉快そうに笑ったクロノス様だったが、コーヒー回避ができた私はほっと胸を撫で下ろしていた。


 そうして、目の前に座った将来の旦那様をぼんやりと見つめた。

 何度見たって、彫刻のように美しい顔だ。

 闇夜を閉じ込めたような紫色の瞳も、星屑を纏ったような銀色の髪も。パーツのひとつひとつが、まるで芸術品のようだ。

『アズーラの星』なんて二つ名に名前負けしないくらい彼は整っている。


『じっと見られると緊張してしまうな』

『すみません……』

『だから謝らなくていい、禁止だからな。それ』

『すみません』

『はい、アウト』

『…………』


 彼を見ていると、ふと思い出す。

 私には四歳まで兄がいた。明るく、穏やかな兄だった。

 しかし、両親の期待を一身に受けた彼は、ある日突然失踪してしまったのである。両親は、もしかしたら行方を知っていたのかもしれないけれど、私には何も教えてくれなかった。


『どうした、アレクシア?』


 彼が私を心配そうに覗き込み、銀色の髪がさらりと揺れた。

 ……クロノス様の性格は、なんだかその兄と似ている気がする。

 兄ぶりの『優しい』対応に私は居心地が悪かった。


『お待たせしました』


 困っている私の目の前に、ことり、とケーキと紅茶が置かれた。

 つやつやとしたクリームの乗ったモンブランと、白い湯気の上がった紅茶。

 食べている間は話すことに集中しなくていいため、私は心底ホッとした。


 私はクロノス様がケーキに口を付けるのを待ってから、自分も小さく切り分けたものを口に入れた。


『……おい、しい!』


 ふんわりとした甘さが口いっぱいに広がった。しっとりとしたクリームで、頬の内側が蕩けてしまいそうだ。

 こんなに世の中には美味しい物があるのか……と私は感動した。


『何個でも食べていいぞ』

『何個もは、食べません……』


 口の中でモンブランを味わいながら、コーヒーに口を付けたクロノス様を見上げる。

 彼のショートケーキも絶対に甘くて美味しいのに、コーヒーなんて苦い物を飲んだら台無しではないのか。


『コーヒー、苦くないのですか?』

『君も大人になったら分かる』


 絶対に分かる日なんか来るものか、と思う。だって、このモンブランの甘さを打ち消してしまうなんてもったいない。

 もぐもぐとケーキを食べ進めては、私は舌鼓を打った。


『おいしい?』

『はい』

『そっか。それなら、これからもっと美味しいものを沢山食べよう。君が見たいものを沢山みよう』

『……? はい』


 気を遣ってもらう必要は全くないのだが……と思っていたら、なぜか改まった様子で、手を差し出された。


『俺は、クロノス・カラマニスだ。よろしく』

『アレクシア・パパスです。……よろしくお願いいたします』

『アレクシア、よろしくな』

『…………』


 おずおずと差し出した右手をグッと握られる。

 こんな可愛げのない少女に優しく接してくれるクロノス様は、きっと世間では『優しい』と分類される善人だ。


 ただ、私はその優しさに感動することもなく、ただただ未知の生物と会話をしているかのような恐怖を感じていた。

 無条件に他人に優しくするなんて、私の常識ではありえないことなのだ。


『君はまだ幼いけれど、いずれ結婚したら妻としてちゃんと君を愛するよ』

『……愛、する』


 そんな彼の言葉に、私は首を傾げた。

 愛だの、恋だの、一生懸命に考えたところで、情緒を感じられない私に分かるはずがない。


 それでもただ一つだけ分かることがある。


『……愛なんて、存在しないです』


 優しく接してくる人間は、自分の利益のために『愛情』なるものを注いでいるだけに過ぎない。

 両親も、周囲の人間も、失踪した兄だって、皆そうだ。それに気がついたのは、一体いつだっただろうか。


『愛なんて、ただの錯覚です。利益を得たい自分を肯定するための、言い訳に過ぎません』


 無条件の愛なんて存在するはずがない。誰もが『愛』を注ぎながら、密かに見返りを求めている。

『これだけ愛したのだから、きっとあの人は結婚してくれるはず』『この子の教育にお金を使ったのだから、きっと出世してくれるはず』

 誰しも、そう思うに決まっているのだ。


 そのはずなのだ。

 そうでなくてはいけないのだ。そうではないと、私の今までの人生が全て否定されたことになってしまうではないか。

 ……もしかすると、当時の私はそんなことを思ったのかもしれない。


『だから、無理に私のことを愛する必要はありません』


 少し震えてしまった私の声に、困ったようにクロノス様は眉を下げるのだ。


『安心して。俺は、君のことを好きになることは無いし――……』


 彼は、悲し気な顔をして深紫の瞳を伏せた。


『……君のことは愛さないよ』


 果たしてそう言ったクロノス様は、一体その時何を考えていたのだろう。


 そのデートから間もなくして、私とクロノス様の婚約が正式に決まった。


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