38_再会、そして、
歩みを進めて行けば、ぽつぽつと家が建っているのが見える。
ここら辺の人々は林業を営んでいる家が多いらしく、家自体は大きくて立派なものが多かった。
都会だから金持ち、田舎だから貧乏という方程式は、全く正しくないのだと改めて思い知らされる。
「……ままー、お人形さんが歩いてる」
ちらちらと雪の降る中、小さな男の子が私のことを指さした。
「まあ!? えっ、お客さん!? 運河が凍っていたでしょ……どうやって、ここまで……」
信じられないものをみるかのような女性の問いかけに答えることも無く、ボロ人形と化した私は口を開く。
「あの……背が高くて、銀髪の綺麗な男性を知りませんか?」
「銀髪の……? ああ」
ぽん、と彼女は手を叩いた。
「ああ、あの方ね。ほんの最近いらした方よ。お知り合い?」
「ええ。とっても大切な人です」
その言葉で察したのか、女性は一軒の家を指さした。
小さいけれども、上品なログハウスがぽつんと建っていた。
「でも、あの、どうやってここまで……」
おずおずと女性が尋ねた。やはり、それは気になってしまうらしい。
「運河は凍っていたので、山を越えてきました」
「えっ!? うそ、ああ……その恰好で……?」
「ありがとうございました」
私は小さく礼をすると、サクサクと雪を踏みぬいて歩いて行った。
女性も、小さな男の子も、上着を何枚にも重ね、着ぐるみのように着込んでいた。ワンピースにコートだけの私の恰好は馬鹿みたいに見えたことだろう。
寒さが手袋やマフラーを貫通している。もはや、氷同然になってしまった手でコンコンと金属製のドアノッカーを鳴らした。
数秒して、がちゃり、と扉が開いた。
「はい」
顔を出したのは、銀髪の綺麗な顔の男だった。
軍服ではなく、シャツにベストというラフな格好をしている。休日でも軍服を着ていた彼の私服姿を見るのは、新鮮だった。
「あ……く、ろのす、さま」
唇が震えた。じわりと視界が勝手に滲んでいく。
せっかくの彼の顔が全く見えなくなってしまった。
「あ、あ、わ、わた、し……っ」
体調は大丈夫なのか。ちゃんと食欲はあるのか。
ずいぶん痩せたのではないか。一緒に暮らしている人はいるのか。
私のことは嫌いになっていないか。
言いたいことが溢れてきて、それなのに、何一つ言葉にならなかった。
私が言葉を紡ぐよりも先に、怪訝な声が降ってくる。
「アレクシア、なのか」
ああ、生きている。そこにいる。私の手に届く場所にいる。
自分の名前が呼ばれた、たったそれだけのことが嬉しくて、胸がいっぱいになる。
「はい、アレクシアです」
「……っ」
彼は苦し気に顔を歪める。
「なんで、ここに」
「クロノス様に、会いに……」
おずおずとそう答えたあとに、くしゅん、とひとつくしゃみをした。
すると、クロノス様は驚いたようにそのアメジストの瞳を見開いて……ふっと懐かしい笑みを零すのだ。
「……ここじゃ寒いか。入ってくれ」
山間部だからか、玄関が二重になっている。
私は、小さくお辞儀をしながら中に入っていった。
部屋の中は簡素だった。ベッドとテーブルが置いてあるだけの小さな家だ。暖炉の温かさがダイレクトに伝わってくるため、私はマフラーとコートを脱いで手に持った。
「……どうやってここまで来た。運河は溶けていたのか?」
そう言いながら椅子に座ったクロノス様を見て、私も向かいに腰掛ける。木造の椅子は、座面がひんやりと冷たい。
「山を越えてきました」
「馬鹿なのか?」
間違いない、と自分自身でも思う。
「あの、私、クロノス様の遺したお手紙を配達していたんです。それで、色々あって、ここまでたどり着いてしまいまして……」
「色々のなかに、いろいろ詰め込み過ぎだ」
ことり、と私の前に温かい紅茶が差し出された。ほかほかと蒸気が上がっていて、手を添えるだけで凍った手が溶けていく。
「薄々思っていたが、君は衝動的すぎるきらいがある」
「はい……ごもっともです……」
「その癖は直すように。周囲の心臓がいくつあっても足りない」
「はい……」
私は、紅茶を一口のんだ。甘い味がする。きっと蜂蜜がたっぷり入っているのだろう。その優しい甘さにじわじわと凍った体が芯から溶かされてく。
「あの、クロノス様」
「宛名のない手紙か?」
先手を打つようにそう言われて、肩がびくりと震える。
「その手紙は、きちんと届くようになっていたんだ。ちゃんと郵便局に登録していたよ」
「そうです、よね」
エヴァンドラさんの言う通りだった。
私に読まれたくない手紙。宛先が知られたくない手紙。
分かっていたはずなのに、やっぱりそうなんだ、と絶望に近い切なさがこみ上げてくる。
「あの、私。ちゃんと郵便局に出しますね! きっとこの手紙は、クロノス様の大切な方へ向けた手紙でしょうから」
「大切な人……とは少し違うかな」
クロノス様は、私が机に置いたその手紙を開封すると、私に手渡してきた。
「その手紙を読み上げてくれ。目が悪くなってしまって、ぼやけるんだ」
他人宛ての手紙を読み上げるなんて嫌だと思った矢先、私の視界に便箋の一行目が飛び込んできた。
「あの日、死ねなかった僕へ……?」
私は、息が止まりそうだった。その手紙は、クロノス様が彼自身に向けたものだったのだから。




