表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無情令嬢から、ラブレターの花束を【完結】  作者: 甘夏 みみ子
◇5章 旦那様と愛を知った令嬢

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

37/42

37_山を越えた先には


 山間部に向かえば向かうほど、風は容赦なく肌を刺した。

 冷たさが骨の奥まで染み込んでいく。

 レオン様に渡された新しい手袋がなければ、今頃舟を漕ぐ手は冗談抜きで凍っていたかもしれない。


 私はきっと疲れ果てていたのに、休む気にはならなかった。

 クロノス様が生きている。その事実だけで、このまま世界を一周できそうなほどの気力が湧いてくる。道中の寒さなんて、些細なことに思えた。


 けれども、ふと脳裏をよぎるのは、この手紙の宛先についての疑問だ。


「この空白の手紙の宛先は……」


 声に出して考えを整理しようとするたび、胸の中に得体の知れない感情が渦巻く。

 私にも知られたくない宛先。宛先の人間だけに知らされる大切なこと。そんなの、どう考えても彼の――愛する人なのではないかと勘繰ってしまう。


「クロノス様は、確かに私のことを大切に思ってくれていた。それでも」


 もし、この手紙の宛先が、今の彼が大切にしている人だったらどうしよう。


「だって、北大陸でクロノス様は瀕死だったわけで。それを助けた人がいるわけで。その人と恋に落ちてもおかしくないし……」


 もし、彼が遠征先の北大陸大戦で愛する人を見つけていたとしたら。その人と恋に落ちていたのだとしたら。そして、その人と最期を過ごすために、アズーラ帝国に戻ってきているとしたら。

 十分に考えられる話だ。


「なら、私がわざわざこの手紙を届ける意味も、クロノス様に会いに行く意味もないのかもしれない……」


 舟を漕ぐ手を止めて、冷たい風に晒されながら空を見上げた。

 曇天に覆われた空は薄暗く、山間の奥部に近づくにつれて太陽の光さえも弱々しくなっていく。


「……違う」


 私は、小さくつぶやいた。


「違う。これを届けるのも、クロノス様に会うのも、私の我儘だ」


 そうだ。私が決めたんじゃないか。

 誰に頼まれたわけでもない。これは私の物語だ。

 無情令嬢と呼ばれていた、操り人形だった、私の意思だ。


「クロノス様のためなんかじゃない! 最初から、私が勝手に飛び出しただけなの! だから、私の好きにさせてもらう!」


 舟を漕ぐ手を止めては駄目だ。私は責任を持って、この手紙の宛先の人物をこの目で拝むのだ。それが、仮に旦那様の愛する女性だったとしても。


 そう意気込んだところで、私は舟を漕ぐ手を止めた。いや、正確には止まってしまったというほうが正しい。

 しゃり、と音がしたのだ。水面を見れば、まるでシャーベットのように運河が凍ってしまっているのである。


『運河が凍っていたら、引き返すこと』


 レオン様の言葉を思い出して、でも、その言葉に従う気にはなれなかった。ごめんなさいと心の中で謝る。


「……私は、馬鹿なのかもしれない。意外と無鉄砲で、いつも何も考えていない」


 私は、舟から降りていた。そうして、ブーツを踏みしめて地面を蹴った。

 ……だって、運河が溶けるのなんて待っていられないじゃないか。


 そうして、私はろくに整備されていない山道を歩いていくことにした。

 運河沿いに歩けば、迷子になることはない。けれども、平坦に整備された運河とは違って山道は勾配がきつく、歩くだけでも一苦労だ。

 オルディンからカリスタ港町で野宿したクヌギ林が、大層平和に思えてくる。


「……あっ」


 気を抜いていたからだろう。つるり、と斜面に滑った私は派手に尻もちをついた。めりめりっと小枝が音を立てて、体に刺さる。痛かった。

 昔は私が転びそうになった時は、いつもクロノス様が支えてくれたな、なんて懐かしい思い出を噛みしめながら私は立ち上がった。そうして、再び歩き出した。


 枯れ葉が積もった凍りついた地面に足を取られる。何度も滑りそうになり、そのたびに木の枝に手をついて体勢を立て直す。


 体力が尽きかけた頃、ふと目の前に現れたのは古びた木製の看板だった。文字はほとんど消えかかっていたが、かろうじて「サイレーナ入口」の文字が読み取れる。


 私のフリルに塗れた服は、もう見る影もないくらいボロボロだった。

 こんな服で山に登るなんて、自殺行為に等しいかもしれなかった。

 それでも、クロノス様に会うためなら、死んでも良いと思えたのだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ