36_勢揃いの大反撃
アズーラ帝国は、海を介した交易を通して発展してきたため、基本的には街は海岸沿いに発展している。
だから、内陸部に行けば行くほど、生活面で不便を強いられるのは仕方のないことだった。
ルクシー村は、内陸部の田舎である。
首都オルディンに向かうにしても、舟は一日に一本、かつ乗り継ぎが必要だ。
そんな田舎から、首都とは逆方向、さらに過疎地域にあたる山間部まで舟が出ているはずもなかった。よく考えれば、当たり前のことである。
さてどうやってサイレーナ山村まで行こうか悩んでいた時だった。聞き覚えのある声が、私の耳を刺した。
「おい、アレクシア! もう許さないからな」
「おとう、さま……?」
びしょ濡れになった父親が、ずんずんとこちらにやってきて私の髪を掴んだ。ぎしっと、人間の頭からしてはいけない音がする。
「帰るぞ!」
よろめいた私の両脇を何者かによって抱え込まれた。ふと見れば、筋肉隆々の男数人が私のことを逃がすまいと囲っているではないか。
「ついそこで雇った用心棒たちだ。パパス領までついて来てくれるらしい」
「……離してくださっ」
暴れても私の両足は、虚しく宙に浮くばかりだった。これでは、剣を抜くこともできない。
「観念しろ、アレクシア」
「いやだ! 私は、帰らない!」
そんな抵抗の言葉も、この状態ではただの子どもの我儘に思えた。
母親は私のワンピースを優しく撫でる。その仕草にすら、不快感を覚えてしまう。
「ほら、行くわよ。可愛いお洋服が汚れちゃうわ」
「離して……!」
せっかく、レオン様にクロノス様の居場所を教えてもらえたのに、こんなところで、両親に捕まってしまうなんて。
なんて、私は無力なんだろうか。
独りじゃ何一つ成し遂げられない。
今まで、私はずっとクロノス様に守られていただけだったのだと痛いほど実感する。
しかし、暴れ回っていると、不思議なことに私を拘束する力がするりと弱まった。私の体は唐突に地面に投げ出されたのだ。
「お嬢さんが離してって言ってるだろうが!」
解放された体を振り向かせれば、そこには見知った人物が経っていた。私を拘束していた男二人の首根っこを掴んで悠々とした頼もしい笑顔をこちらに向けている。
「し、師匠?」
そこにいたのは、ダミアン・クレイ。私の花嫁修業の師匠だった。
それだけではない。
走り出そうとした私の母の腕を抱え込むように引っ張っているのは――エヴァンドラさんだ。
「貴女、母親の風上にも置けないわね。洋服じゃなくて、この子の心配したらどうなのかしら」
「エヴァンドラさんまで……」
落ち着いた茶色のドレスを纏った彼女に対して、母親が舌打ちをする。
「貴方、男爵のくせに伯爵家に逆らってどうなるか分かってるの?」
「ええ、やれるものならやってみなさいよ」
「この商売女が!」
「なによ、虐待女!」
バチバチとエヴァンドラさんと母の間に火花が飛んでいる。
唐突な足止めを食らった父親は、たじろぎながら大声を上げる。
「なんだこいつら! おい、アレクシア、なんとかしろ!…って、うわ!」
父親は、両脇から拘束される。そしてそのまま、地面に叩きつけられた。
「なんとかするのはアンタの方よ、このクソ親父!」
「そうだぞ、俺の実家に失礼極まりない手紙送りつけやがって」
私の方を見上げた友人二人は、得意げな笑みを浮かべている。
「クリス! シャイロ様まで!」
どうして、こんなところで全員大集合をしているのだろうか。彼らはお互い面識がなかったんじゃないのか。
困惑している私に、シャイロ様が口を開いた。
「結局、私たち心配になって追いかけてきたのよ。クリスタリウム・ホロウまでは軍事演習の名目兼部下の息抜きでね」
私は、「シャイロ様のおかげで観光ができる」なんてありがたがっていた軍人たちの姿を思い出した。あの一行の引率は、シャイロ様だったのいうわけだ。
「じゃあ、クリスは……?」
「このポンコツ行政官は雑用係として連れてきた」
ばしん、と背中を叩かれたクリスは苦い笑いを浮かべた。こき使ってやるという彼女の言葉は、実行されているらしい。
「たまたま、クリスタリウム・ホロウでエヴァンドラさんとダミアン様と鉢合わせたの。皆、貴方のことを心配して追いかけるって言っていたから、一緒にきたってワケ」
「そ、そうだったの……」
そこまで聞いた私は、ふとひとつの考えに至る。
シャイロ様は、軍人であり、現参謀長だ。
それならば、当然クロノス様が生きていることも知っていてもおかしくない。
「もしかして、シャイロ様は、はじめから、クロノス様の死について知っていて――」
「変な妄想はよしなさい。誰が恋敵に協力なんかするか!」
苛立ったような口調だが、その言葉に籠っている真意を今なら理解できる。
私は、シャイロ様の言葉がなければ、ここまでクロノス様を追いかけることができずに諦めていたかもしれない。
いや、クリスだって、エヴァンドラさんだって、師匠だって、今までの旅で出会ってきた人たち、皆そうだ。無茶に走っていく、私の背中を優しく押してくれたのだ。
その様子を見ていた師匠が私を見て頷いた。
「アレクシア嬢。君は昔から弱音を吐かない。それは、素晴らしいことだ。きっと君は一人でも戦えるんだろう」
師匠は、ゆっくりと瞬きをした後に言うのだ。
「でも、たまにはこうやって色んな人に力を借りるのも悪くないと思うんだがね」
ぐるり、と私は見渡した。
優しい笑顔が私に向けられている。
ああ、私はこんなに温かい人たちに囲まれていたんだ。両親から、愛情を受けることは無かったけれど、私は今――確かに愛されている。
じわりと視界に滲んでいくものがあった。
「ええい! なんだんだお前たち!」
父が声を上げた時、背後から柔らかい声が響いた。
「そこまでにしてよ、みっともない」
声の主は車椅子に乗ったレオン様だった。
両親は、なぜか幽霊でも見たかのように、腰を抜かしたようにその場にへたりこんだ。
「レオン様、どうして、ここに……」
「大丈夫。僕には、この場を収める義務があるから」
「……?」
レオン様は、不思議な人だと思った。
話すだけで、クロノス様とは違う安心感が私を落ち着かせてくれる。
「ここは気にしないで行っておいで、アレクシアちゃん。それと、危ないから運河が凍っていたら引き返すこと。いいね?」
「はい」と返事をすれば、レオン様はにっこりと微笑んでくれた。
私は、木製の小舟に飛び乗った。目指すは山奥だ。
「ありがとう、行ってきます!」
私は全員に手を振ると、目一杯に舟を漕ぎ出した。




