34_たった一人の共犯者
結局、軍部の内部には「民間人による自爆クーデター」として処理したうえで、箝口令を敷いた。
帝国民や貴族たちには、東部で反乱があったと偽り、甚大な被害だったと噂を流させた。
上層部が全滅したことだけは事実として伝えたが、その真相を知る者は僕とクロノスのたった二人だけだった。
それ以来、僕はクロノスとの接触を控えるようにした。
もともと、医師である僕と彼のような軍人が深く交わる機会は少なかったが、クーデターの件で無用な憶測を呼ぶのは御免だった。
『上官たちに死亡宣言を下したんだって? クロノス参謀長』
『ああ、彼らは静かに余生を送りたいらしい』
『プライドの高い連中だ。自分たちの弱った姿を晒したくないんだろうな。欠格軍人になるのが耐えられないんだろ』
僕の当直室を訪れたクロノスが苦い薬を飲みながら、そう言った。
彼は定期的に病院に来て、解毒薬を摂取している。毒の後遺症を抑えるためだ。
『クロノス、ルクシー村に病院建ててくれてありがとうな。……定期的にオルディンに上層部の血液のサンプルを送ってもらうから、それで後遺症への研究を進めていくよ』
クロノスは、参謀長になった。
そうして、毒を大量に吸い込んでしまった軍の上層部を隠すための病院兼研究施設を作った。過疎地域に作ったのは、万が一に何かトラブルが起きても誤魔化しやすいからだ。
僕はこの毒を生み出してしまった者として、贖罪のために最期まで研究を続けるつもりだった。
クロノスは疲れた様子で肩をすくめた。
『真面目だな、お前は』
解毒薬を飲み終わったクロノスは、べえっと舌を出しながら『苦いな、これ』と文句をぼやいていた。
僕とクロノスは意外にも元気だった。
摂取量が多すぎたせいで、毒そのものを打ち消すことはできなかったが、もともと耐性がついていたことと、改良し続ける解毒薬を飲み続けることで延命にはなっていたのだろう。
参謀長になって、仕事の落ち着いた彼はやっと妻と結婚式を挙げることになったらしい。
『あーあ、僕も結婚式行きたかったなぁ』
『駄目。最近分かったけど、お前は女関係が爛れすぎだ』
『ちぇー、昔は『お前と会わせたい』なんて言ってくれてたのに……』
確かに、当時の僕の恋愛がめちゃくちゃだったのは本当だ。クーデター事件が起こってからの数か月で、彼女が五回転くらいしていた。
けれど、クロノスが僕とアレクシアちゃんの接点を作ろうとしないのは、決して僕が惚れっぽいからではない。
クロノスと僕の仲がバレてしまえば、それはすなわちクーデターの真相が流出する可能性が高まってしまうからだ。
『でもまあ、確かにアレクシアちゃん、綺麗で可愛いよな』
まるで人形のような造形の少女を思い浮かべる。亜麻色の髪にエメラルドの瞳。一目見れば、ハッと息が止まってしまうほどの美しさがある。
けれど、僕が彼女に惚れこむことは天地がひっくり返っても無いと宣言できる。
『紹介もしてないのに、なんで顔知ってるんだお前。変態か?』
『……まあ、そりゃ、ね』
『絶対に会わせない。今決めた』
『えぇ……ケチ!』
そんなやり取りをしつつ。
クロノスは、延期になった無事に結婚式を挙げた。
あれだけ『アレクシアには会わせない』といいつつ、こっそり招待してくれていたことに感謝しながら、僕は目立たないように端っこから彼らを眺めていた。
真っ白なウェディングドレスに、なぜか鮮やかな青いサッシュをかけた新婦。
軍服の純白を身にまとい、数々の勲章で輝く新郎。
二人が並んで歩いているだけなのに、キラキラと空気が輝きを放つ。
見つめ合う彼らは、愛情で満ち溢れていて。
情けないことに、僕の視界がぼやけていく。
『ああ、良かった……』
眼鏡を取って、涙を拭った。
クロノスがちらりと目線をこちらに向けた。僕は、『おめでとう』と口を動かしてバレないように手を振った。
ああ、どうか彼らには、ずっと幸せでいてほしい。
心からそう願った。
そう、自分たちの体が毒に蝕まれていることも忘れて――。
◇
『気が変わった。俺は、戦地でカッコよく散ることにする』
『はぁ?』
新婚旅行明けに告げられた言葉に、僕は食べかけていたパンを取り落とした。
楽しい土産話を期待していたのにも関わらず、研究室兼当直室にやってきたクロノスはげっそりとした様子でそう言ったのだ。とても冗談には思えなかった。
『何があったんだよ、クロノス』
『……もう、無理なんだ。最近、ずっと具合が悪い。食欲もない』
『おい、大丈夫かよ』
僕の言葉に答えることもなく、クロノスは青白い顔のままぼんやりと続ける。
『アレクシアのためだ』
なんだそりゃ、と呆れたい気持ちをぐっと抑える。
クロノスの表情は、追い詰められた人間のように酷く暗かったのだ。
『そろそろ、同盟国から応援要請の一つでも来るだろ。俺は、戦地に赴いて死ぬ。そうすれば、アレクシアも傷つかないし、彼女も再婚もしやすい』
『待て待て待て』
飛躍した話に、僕は待ったをかけた。確かに、海の向こう側では最近戦争が起こっていると聞いてはいるし、最近の軍部は何やら騒がしい。
だが、その戦争で目の前の男が死んだとして、一体何がアレクシアちゃんのためになるというのか。
『この毒はすぐには死ねない。このままじゃ、俺は……欠格軍人になる』
『……!』
クロノスを中心とした改革派のおかげもあり、欠格軍人への扱いはずいぶんと変わってきている。それでも、やはりこの国に染みついた文化というのは、すぐに消えてはくれないのだ。
『アレクシアは優しい。毒のことを告げれば、彼女は俺のことを心配してくれるだろうさ。ありとあらゆる手を使って助けようとしれくれるかもしれない』
『じゃあ、彼女と一緒に最期を過ごせばいいだろ』
『簡単に言ってくれるな、お前』
生気のない目を細めて、クロノスは呆れたような溜息をつく。
『心配をかけたくない。俺のことを忘れて、幸せになって欲しい。そう思うのは、そんなに変なことか?』
『ああ、変だね』
苛立った僕は、そんな冷たい言葉を返してしまった。
クロノスと違って、僕の毒の進行はまだ遅く、健康な人間と何一つ変わらない生活を送ることができていた。
だから、死に近付いていく恐怖も、大切な人を残していく悲しみも、当時の僕には分からなかった。
彼は、強い。きっと今までの彼は迫りくる死に抗っていたのだろう。けれども、段々と死が現実味を帯びてくれば、その抵抗がいかに無力か知ることになるんだ。
今となってみれば彼の絶望が手に取るように理解できる。
『僕が解毒薬を、もっと用意する。だから――』
『それじゃどうにもならないから言ってるんだろ! お前の解毒薬が効かないんだよ! もう!』
怒りと諦めが混じったその言葉に、頬をぶたれた気分になる。
だんっと机に手をついた彼は、苦し気に表情を歪めた。
『もし、アレクシアが何かの因果でクーデターのことを知ってしまったら、伝えてくれ。クロノスという男はクーデターの犯人で人殺しだと』
ああ、この男は本当に死のうとしていると思った。
自分の唯一愛した人間のために、自分の名誉すら投げ売ろうとしているのだ。
『ちょっと待ってよ、そんな一方的に』
『いいな。お前だけが頼りなんだ、レオン、お前は……』
祈るように告げられた言葉が僕の耳に届いた。
『……たった一人の共犯者なんだよ』
待ってくれよ、と思った。
それ以前に俺たちは、たった一人の親友だったじゃないか。




