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無情令嬢から、ラブレターの花束を【完結】  作者: 甘夏 みみ子
◇4章 医者と「たった一人の共犯者」

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33/42

33_平和を願った大親友

 

 ◇◆◇


 僕とクロノスは、ただ一度会っただけの顔見知りなんかじゃない。

 幼馴染であり、大親友であり、そして――共犯者だった。



 エリート軍人の家系に育ったクロノスと、研究者一族の養子である僕。

 恵まれた環境だったけれど、ちょっとした窮屈さや世間からのプレッシャーを感じていた僕たちは、社交パーティーですぐに仲良くなった。

 暇があれば、こっそり屋敷を抜け出してよく遊んでいたことを今でも覚えている。


 そんな僕とクロノスが変わったのは、彼の両親が戦争で死んだあとだった。

 喪服を纏った、まだ十二歳だったクロノスは拳を握りしめていた。震える声で、僕のことを真っすぐに見つめている。


『なあ、レオン。おれらでさ、この国変えよう』


 そう言ったクロノスは、いつになく真剣だった。


『おれさ、平和な世の中をつくりたい』

『…………』

『おれには、力がある。おまえは頭がいい。だから、二人ならこの国を変えられるとおもわない?』

『……本気?』


 何を大それたことを、と当時の僕は思った。けれども、クロノスという男は不思議な奴だった。


『でもさ、そんなバカげたこともさ。お前とならできる気がするんだけど、どう?』


 クロノスの瞳には熱い決意が籠っていて、宝石のようにきらきらと輝きを増した。


 ――ああ、クロノス・カラマニスという男は、こうも眩しいのか。


 確かに、コイツとならなんだってできる気がする。

 本気で、思ってしまったんだ。

 そう。僕は、まんまと『アズーラ帝国の星』に魅せられてしまったというわけだ。


 ◇


 そうして、馬鹿げた御伽噺も、十五歳の頃には段々と現実味を帯びてきていた。


『クロノス、士官学校飛び級で卒業したらしいな』

『レオンこそだろ? 医学校に最年少で合格だってな!』


 あの頃の僕たちは、お互い何かに駆り立てられているかのようだった。自分たちで、アズーラ帝国を切り開くのだと本気で思っていた。


 窮屈な理不尽に押しつぶされそうになる度に、抗った。

 犯罪をしている軍人を引きずり降ろしたり、横領をしている行政官の証拠を新聞社に撒いたり、それはそれは、やりたい放題だった。


 そんなある日、オルディン帝国立病院の研修医になったばかりの僕は与えられたばかりの研究室にクロノスを呼び出していた。


『……僕さ、今研究していることがあって』

『なんだ?』

『まだ誰にも話してないんだどさ……』


 まだ誰にも話していない研究――それは、新薬の開発だった。

 平和な世の中をつくる第一歩として、死人を減らそうと僕は考えた。

 人間の細胞に似た成分を用いることで、ある程度どんな病気にも効く万能薬が作れる可能性があったのだ。


『凄いな! やっぱりお前は俺の親友だ。二人でアズーラ帝国を変えてみせるぞ!』


 新薬の開発は、順調に進んだ。

 さすがエリートというべきか、専門外であるはずのクロノスの手伝いもずいぶんと功を奏した。

 彼の提案した思いもよらない調合をするたびに、薬は形になっていった。


 クロノスが軍人になっても、それは変わらなかった。


 一人前の医者になった僕の研究室は、すっかり私物に塗れていた。

 自室でくつろぐが如く寝転がっているのは、帝国一とも名高い色男だ。仮眠用のベッドは、もはや彼の専用スペースである。


『レオンさー、今度、俺の奥さんに会ってよ。ちゃんと紹介したい』


 調合をしている僕の方をごろり、と向いてクロノスは言った。


 彼には、妻がいた。

 無情令嬢と呼ばれているアレクシアである。

 あんなに結婚を嫌がっていたクロノスがあっさり結婚したから、当時は大変驚いたものだ。


『あー……まあ、研究が落ち着いたらな』


 適当に言葉を濁しつつ、『というか』と話を転換させる。


『こんな甘ったるい匂いさせて帰って大丈夫なのか。浮気疑われるぞ』


 新薬からは、甘いバニラのような香りがした。研究室は広くないため、この甘ったるい香りが充満しているのだ。


『アレクシアは、この匂いが好きなんだよ』

『あー、はいはい、惚気お疲れ様です』


 最近は、ずっとこうだ。

 隙あれば、惚気。隙あれば、アレクシア。

 まあ、あんなに綺麗で可愛い妻だと自慢もしたくなるのかね……と思った矢先、ふと、僕は彼女の年齢を思い出す。

 五歳差ということは、彼女は今、十四歳だ。


『え……待ってよ。クロノスまさか、お前、ロリコ――――』

『おい、俺に不名誉な属性を与えるのは辞めてくれ。誓って、そういう目では見ていない!』


 がばり、とベッドから起き上がった彼は弁明するように叫んだ。

 その焦り具合がさらに怪しさを増す。


『手、出してないだろうな』

『当たり前だろ! 俺を何だと思ってんだよ!』

『ああ、アレクシアちゃん……僕は心配だ……』

『なんなんだ、お前。アレクシアの保護者かよ……会ったこともないくせに……』


 ぶつぶつと言いながら、クロノスは不本意そうな顔をする。


『……まあ、なんだ。応援はしているよ。犯罪をしなけりゃ』

『ふざけるな! 手は出さない!』


 クロノスをからかいながら、俺は試験管に薬品を入れる。ぽんっと言う音が研究室に響いた。


 僕の『応援している』という言葉は本当だった。

 たまに、二人で歩いているのを見かけたときはこっそりと見守ったし、無意識に垂れ流される惚気も喜んで聞いた。


 僕はただの傍観者だった。


 けれども、この世界の誰よりも二人を応援している自信があった。

 もし、この薬の開発が成功すれば、胸を張って二人の結婚式に出席したいと、そう思った。


 ◇


 新薬の開発は順調に進んでいたはずだった。

 死刑囚たちを用いての治験は最終段階を迎えていたのだから。


 しかしながら、運命というのは何とも残酷なものだ。


 結論から言うと、その治験は失敗した。

 僕が開発してしまったのは新薬などではなく、人間にとっては超遅効性の毒だったことが判明したのだ。

 治験に参加していた死刑囚たちの記録によれば、じわじわ倦怠感が襲ってきて、数か月かの時をかけて臓器の機能が死んでいくのだ。失明、失聴、食欲の低下、味覚障害、数えきれないほどの不調が現れては体を蝕んでいく。


 解毒薬の開発が終わったころには、もう手遅れだった。

 死刑囚の一人が死を迎えたことで、その毒の効果が証明されたのだ。それは、ちょうどクロノスが結婚指輪を作った直後のことだった。最悪のタイミングだった。


『こんな素晴らしい毒、戦争に使うしかないじゃないか! しかも揮発性の毒だ! 証拠も残らない!』


 軍部上層部の連中は口々にそう言った。しかし、それに反抗したのはクロノスだった。

 司令官室に呼び出された僕を庇うように、彼は立っていた。


『戦争において、非人道的な行為は許されません。それに我が国の得意とする海上戦になれば海中に毒がまかれることになりますが』

『それがどうした。汚染された魚を食べた敵国民が死んでくれたらよりダメージを与えられるだろう』


 僕は開いた口が塞がらなかった。

 クロノスは、上層部連中の言葉にはらわたが煮えくり返ったように叫んだ。


『……ふざけるな! 俺たちは平和のために戦っているんだろう!』

『戦争は人殺しだ。そんなものに平和なんて信条を掲げるなんて、軍人としてご立派だな、お前は』


 からからと笑い声を上げたのは、当時の総司令官だ。前任者のダミアン様が退いてからというもの、自分の派閥を囲い込んで、上層部の人間も総入れ替えした。


『いいか。クロノス。戦争はな、利益の奪い合いなんだよ。我が国を潤すために軍事技術を発達させれば、国民も潤う。現に、我が国の運河だってもとは軍事目的だが、しっかり役立っているだろう?』

『なんだと?』

『勝てばいいんだよ』


 そう言った司令官が顎を上げると、当時の参謀長が僕の実験室にあったはずの瓶をしゃばじゃばと振った。僕が開発した新薬――もとい、毒だった。


『なんで、それを……!』


 彼らは、一斉にマスクをつけた。

 それと同時に羽交い締めにされた僕は、無理矢理マスクをはめられた。半透明の仮面に目まで覆われ、一気に視界の彩度が落ちる。


『レオンくん。君は死んでもらったら困るからね』


 その言葉で今から起こることが容易に想像ついた。


『じゃあな、クロノス。あの世で両親と仲良くな』


 パリン、と瓶が割れた。

 シューという音と共に、凄まじい勢いでそれは蒸発していく。甘い香りが部屋全体を満たした直後、ごほごほ、とクロノスはひとり部屋の中にうずくまる。


『お前ら……っ! まさか、最初から俺を嵌めるつもりで!』

『そうさ。お前の両親も邪魔だったな。実力で上がってくる改革派の人間なんて軍部には不要だ』

『まさか、俺の親を殺したのも……』

『ああ、そうだよ! どうした? 今ここで俺を殺すか? ……ははっ無理だろう!』


 マスクをつけたまま、上層部の連中は高笑いした。しかし、クロノスはゆらりと立ち上がるのだ。


『ああ、殺す。ここに居る全員殺してやる!』


 鞘のまま、上官たちに切りかかったクロノスは彼らのマスクを剥いだ。

 前線で戦うことをせずに、ぬくぬくと過ごしてきた上官たちの腹にはぼってりと脂肪が溜まっている。そんな体では、すぐに反応することができなかった。


『ごほっ……毒を吸ったらしばらく動けなくなるんじゃないのか! この……カラマニスの化け物が……』

『俺の体力を舐めるなよ、老いぼれどもが』


 毒を吸った上官たちが動けなくなり、僕の体は地面に放り出された。

 自由に動けるようになった僕は、迷うことなく自分のマスクを取ると、クロノスにすっぽりと被せた。


『おい、レオン、お前なんでマスクを外した!』

『……仲間外れなんて悲しいじゃんか』


 僕の言葉に驚いたように、目が見開かれた。


『いや、だからって……』

『二人でこの国変えようって言ったのは、お前だろ!』


 怖い顔だった彼の顔が、だんだんと明るくなっていく。そうそう、アズーラ帝国の星はこうでなくては。


『……おう!』


 なぜか、少し嬉し泣きしそうな顔で笑った彼は、僕とハイタッチした。


 後から分かったことだが、僕とクロノスが毒にある程度耐えられるのは、新薬を作っていた際に未完成の弱い毒を吸い続けていたことも大きかったらしい。


 逃げ惑う上官たちは動かなくなった。死んだわけではない。

 毒が体に入ってきたことに対する拒絶反応による一時的なショックだ。


『はーっ、どうしよう。クーデター起こしてしまった。俺、内乱勢で死刑だわ』


 どかっと司令官の席に座り込んだクロノスは、長い溜息をついた。


『もう死刑を下す人間もいないよ。全員、こんなになったんだから』

『確かに』


 司令官室の中には、軍部の上層部の屍が転がっている。冷静に考えると、信じられない光景だ。


『……もうクロノスが司令官になればいいじゃん』

『俺、司令官って器じゃないだろ、結構サボり魔だし』

『違いない』


 クロノスは周囲にバレていないだけで、結構おおざっぱなきらいがある。僕も笑いながらソファに腰掛けた。

 上層部を再起不能にするクーデターを起こしてしまったのにも関わらず、まるで放課後の教室のような和やかな雰囲気が流れている。


『司令官には、アヴィー大佐とかになって欲しいなぁ』

『あの人、良い人だよなぁ』


 パレードで何度か見かけたクロノスの上司を思い浮かべながら、ああでもない、こうでもないと今後の軍の人事を面白半分で組みたてていく。

 ただの現実逃避だった。

 僕を軍医に据えて、クロノスが参謀長で。もしかすると、本当にそんな未来もあったかもしれないなと思う。


 一通り架空の軍の人事が組み上がった時だった。

 床に倒れ込んでいた屍の一人がゆらりと動いた。


『このままタダで死ねるか……』


 そう言いながら立ち上がったのは、当時の参謀長のノインだった。手を入口のドアノブにかけ、倒れるように体重がドアにのしかかった。

 まるで、時間の流れがゆっくりになってしまったかのようだった。


『おい、扉を開けるな! 毒が!』


 制止は虚しく、扉が開いた。

 最悪なことに、その日、クロノスを殺すつもりだった上層部によって、オルディン近郊にいた軍人たちは招集がかかっていた。

 参謀長のノインは小さく呟く。


『……はは、これで、俺らだけじゃ、なくなったわい』


 自分たちだけが死ぬのが許せなかったのだろう。

 もはや、これが本物のクーデターになってしまった。


 僕とクロノスは、自分たちを後回しにして、内部にいた軍人たちを解毒して回った。

 揮発した毒が薄まっていたこともあり、大半はなんとか解毒できたものの、もちろん間に合わなかった人間もいた。

 彼らの体は、数か月かけてじわじわと蝕まれ、死まで至らずとも、後遺症が残ってしまった。



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