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無情令嬢から、ラブレターの花束を【完結】  作者: 甘夏 みみ子
◇4章 医者と「たった一人の共犯者」

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32/42

32_私と共犯者に


 ◇◇◇


 トランクケースを投げ捨て、身軽になった私は走るスピードも格段に速くなった。額の汗をハンカチで拭いながら、再びレンガ造りの建物の中に入っていく。


「すみません、レオン様はいらっしゃいますか」

「……少々、お持ちください」


 先ほどとは違う看護師さんに声をかけると、すぐに応接間に通された私は、壁時計の音だけが響く静かな空間で待つことになった。


 きっとそれほど時間は経っていないのに、妙に落ち着かない気持ちだった。先ほどは気にしなかったソファの柔らかさや、壁のシミまで気になってくる。


「また僕にお客さん? 今日は妙に多いなぁ」


 いそいそと出てきたその男――レオン様は、相変わらずパジャマ姿だった。先ほどよりも酷い寝癖のついた髪を見たところ、二度寝していたのだろう。


「……えっと、君は?」


 その言葉に私の心がざわめく。

 数々の違和感が繋がり、明確な答えに変わる瞬間だった。


「どうも、アレクシアです。一時間程度でそんなに雰囲気が変わりましたかね?」


 軽い皮肉を込めてそう告げると、彼の肩がぴくりと揺れた。

 気まずそうな顔を浮かべた彼は、一瞬だけ視線を逸らし、それから諦めたように深くため息をついた。


 先ほどとは異なり、彼は壁に手を当てながら慎重に部屋へと入る。


「君って、何でもできる完璧令嬢って呼ばれてたよね。つまり、頭の回転の速さも持ち合わせている、と」


 表面上は軽い冗談めいた口調。

 しかし、隠しきれない緊張感がその言葉の端々に滲み出ている。


 手探りでソファを見つけると、彼はゆっくりと腰を下ろした。その仕草を見届けながら、私は自分の推測を語り始める。


「ええ、違和感があったのです。先ほどここを訪れた時に、レオン様は私のことが分からなかった」

「なんだ、そこからか」


 彼は笑いを交えながらあごに手を当てたものの、私を真正面から見ることはしなかった。虚ろな視線がそのまま天井を彷徨い、私の胸の中の確信がさらに固いものになる。


「自分の言うのもなんですが、私の容姿は目立つ方です。それに、何度か顔を合わせたことのある主治医なら、私を忘れることなど考えられません」

「……そうだね」


 私とレオン様が顔を合わせたのは、私が彼の当直室でベッドを奪ったあの一日だけではない。少なくとも、三か月ほどは毎週彼の勤めている病院で診察を受けていた。だから、顔を忘れるなんて普通ならあり得ない。


「そして、たった今確信に変わりました。貴方は、私が話し始めるまで、私のことが分からなかった。ついさっき会ったばかりなのに」


 視線を彼に向けたまま、息を整える。レオン様の手が微かに震え、膝の上に置かれたそれをぎゅっと握りしめるのが見えた。


「確信した理由は他にもあります。クロノス様の手紙をその場で読まなかったこと。宛名が空白の手紙に気づかなかったこと。そして、廊下で何度も物にぶつかっていたこと」

「……」


 彼は何も言わず、唇を一度噛む。その仕草が何よりの答えだった。


「レオン様は、失明しているのですね――おそらく、毒によって」

「……なるほど」


 はぁあと、盛大な溜息をつかれた。諦めなのか、緊張が解けたのか、はたまた感心なのか。真意は分かりかねるところだ。


「はあ、他には……?」

「ええと、あとは、レオン様は、パジャマを着ています。貴方は医師としてではなく患者として、ここにいるのではありませんか?」

「……おー、怖い怖い」


 力の抜けたような笑い声が、ソファの上から漏れる。そして、彼は肩をすくめたあとで、「そーだよ」と静かに告げた。


「俺は毒の影響で、余命わずかなクロノスの被害者だよ。いやぁ、君に心配をかけてはいけないって思っていたんだけど……」

「嘘だ!」


 きっぱりと言い返すと、彼は困った顔で薄く笑った。まるで、その言葉を待っていたような表情にも思えた。


「レオン様、貴方は良い人です」

「……ん?」


 突如として放たれた褒め言葉に、彼の眉がぴくりと動く。


「だから、嘘をつく時に申し訳なさそうな顔をする。それが例え、人を守るための嘘であっても」


 彼を見つめる視線を逸らさない。胸の内から溢れる思いをすべて言葉に乗せるのだ。


「教えてください、貴方のことについて。そして、クロノス様の死の真相について」


 私の願いを込めた言葉が部屋の静寂に吸い込まれていく。

 少しの間、空気が凍ったかのように動きを止めたが、やがて彼が息を吐きながら、ぽつりと呟いた。


「どうしてそこまでするの?」

「私が、旦那様に会いたいと、そう思うからです。その思いだけで、ここまでやってきたのです」


 屋敷を飛び出して約二週間。私がただひたすらに追いかけてきたのは、クロノス様の背中だった。


「軍部に口止めをされているのかもしれません。それでも、どうか」

 

 ずいぶんと無責任な発言だと重々承知していた。

 失礼だし、無礼だし、感情の無い頃の私だって、こんなことを言われたら感情を思い出して激怒するかもしれない。それでも。


「私に脅されたとでも、殺されかけたとでも好きに言って貰ってかまいません。なので、どうか……軍部の秘密を知る、私の共犯者になってくれませんか!」


 頭を下げた勢いで、ごちん、とテーブルに頭を打った。

 その音を聞いたレオン様が、ふっと呆れたように噴き出す声が聞こえた。


「……その猪突猛進なところ、変わっていないんだね」

「えっ?」

「僕の負けだよ、アレクシアちゃん。……まあ、クロノスとの約束は守れそうにないけどな」


 彼の口から紡がれたのは、四年前の真実だった。


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