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無情令嬢から、ラブレターの花束を【完結】  作者: 甘夏 みみ子
◇3章 師匠と完璧な臨時講師

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21/42

21_最高の夕食

 


「アレクシア様? 夕食の準備が整ったと、ご主人が!」


 女性の声が聞こえたことに驚いて、がばっと上半身を起こす。ぼうっとする頭で周囲を見渡した。

 窓の外が暗いことに違和感を覚えた直後――師匠の家で、お昼寝をさせてもらったことを思い出した。


「はい、今向かいますとお伝えください」


 エヴァンドラさんの家とは違って、この部屋に鏡などはない。夜の窓ガラスに反射した自分を見ながら髪を整える。

 細く、ふわふわとした亜麻色の髪は客観的に見ると美しいのだろうとは思うが、すぐに絡まるし、扱いづらい。

 数回ブラシで梳かすと、さらりと綺麗な髪に戻ったので服装を整えて、部屋を飛び出してダイニングに向かった。


「良い香り……!」

「そうだろう? 気合を入れて作った」


 振り向けば、師匠がいた。彼は得意げな顔で、にっと歯を見せて笑う。

 ミトンをはめた手に持った耐熱皿の中で、ナスとトマト、ミートソースとホワイトソースが、グツグツ泡立っている。


「これは、ムサカではないですか!」

「昔、お嬢さんにも作り方を教えたもんな」

「私の大好物です!」

「そ、そうだったか……?」


 ムサカは、私の好物だった。昔は意識したことはなかったが、クロノス様と暮らすようになってから、「美味しい」と思うようになった。

 クロノス様にバレないように、料理人にレシピを教えて作ってもらっていたのは、秘密である。


「お嬢さんに好物なんてあったんだな。昔は『料理なんて栄養が取れればすべて同じではないのでしょうか』なーんて言っていたのにな」

「……そんなこともありましたね」


 師匠の言う通りだ。

 一体、いつから私は自分の好きな食べ物ができたのだろう。ぼんやりと思い返してみるけれども、これ、というきっかけは無かったように感じる。

 テーブルにはいつの間にか、ずらりと料理が並んでいた。

 ムサカに、自家製パン、とろみのあるスープには輪切りのレモンが浮かんでいる。


「いただきます」

「はい、どうぞ」


 ぱくり、とスプーンですくって食べれば、ミートソースの甘味とトロトロのナスが口の中で踊った。後味の優しいホワイトソースのミルク感も堪らない。やはりムサカは美味しい。

 師匠から教えてもらったレシピの中でも、私は頭一つ抜けているのではないかと思っている。


 おかわりをする勢いで食べ進める私は、ふと目の前からの視線を感じて顔を上げた。なぜか、毒気を抜かれたような顔をした師匠と目が合う。


「アレクシア嬢、何か雰囲気が変わったな?」

「……そうでしょうか?」

「ああ。新婚旅行でクロノスと来ていた時も少し思ったんだが、花嫁修業に来ていた時とは比べ物にならないくらい……かなり、柔らかくなっている」


 嬉しそうな顔をしている師匠の表情は珍しい。彼は口元を緩めたまま、私の首元を指さした。


「……そのスカーフ、今はお嬢さんが着けているんだな」

「はい」

「そうか。クロノスがお嬢さんを変えたのか、いや、元に戻したのか」

「何の話でしょうか」

「……いいや。こっちの話だ」


 師匠はそう言うと、ずずっとスープを飲み干した。ことり、と皿を置いて一息ついた後に、再び優しい眼差しを向ける。


「お嬢さん、次の目的地は、ルクシー村だろう?」

「はい」


 次の目的地は、ルクシー村というところだ。

 三年前に東国境反乱で戦禍に飲まれた村であるが、現在は復興していると聞く。


「クリスタリウム・ホロウまでとは比べ物にならないくらい遠いし、過酷な旅になるぞ。ここで、数日休んでいきなさい」

「そ、そんなわけには……」

「クリスタリウム・ホロウの宿は大体予約で埋まっているんだ。しかも高い。観光地だからね」


 ああ、だからエヴァンドラさんは、あんなに私にお金を持たせたのか、と合点がいった。


「ですが、さすがに……申し訳ないです」


 疲れているのは確かだ。申し出はありがたいけれども、エヴァンドラさんの時と同じように宿も取らずに、タダでお世話になるわけにはいかない。

 そんな私の気持ちを察してか、「それなら」と師匠はひとつ提案をしてきた。


「泊まっている間は、私の手伝いをしてくれないか」

「花嫁修業のですか」

「……そうだ。迷える少女たちを先輩が導く。なかなか、良い試みだろう?」

「私が他人に何かを教えるのは、上手いとは思えませんが」


 私は、今までの人生で他人に物を教えたことなどない。だが、決して教え上手ではないことはなんとなく予想がついた。


「今のお嬢さんなら大丈夫だ。……私の教えを忘れていたら、どうなるかわからないがな」


 思わず、「ひっ」と悲鳴が口から飛び出しそうになる。

 思えば、花嫁修業は辛い物だった。

 普段は女性に対して「お嬢さん」と紳士的に呼びかける師匠だが、彼が本気で怒ったら野生の熊に追いかけられるよりも怖いのだ。


『アレクシア! そんなんじゃウエディングドレスと一緒に捨てられるぞ! もう一度やれ!』


 軍部上がりの厳しい指導。それが、花嫁修業の売りであると同時に、脱落者も連発させていた原因でもある。

 結局、押し切られる形で、私の師匠の家への宿泊と講師の手伝いが決まってしまった。


 食事を終えた私は、先ほどまで寝ていた寝室に戻っていた。ベッドに腰掛けたまま、明日のことを考える。


 朝からみっちり花嫁修業レッスンが詰まっているのだ。早起きをせねばならない。


「はあ……私が、人に教えるなんてできるのかしら」


 言葉にすれば、憂鬱さが増してしまう。

 だから、別のことを考えようとしても、大抵頭に浮かぶのは、クロノス様のことばかりで、これまた憂鬱を加速させる。

 だから、仕方なく明日の指導について考えざるを得ない。


 そういえば、身近な教え上手と言えば、クロノス様だ。

 彼は、指導者としての才覚を持ち合わせていたんじゃないかと今になっては思う。私と剣術の訓練してくれたのは、一度きりではなかった。

 彼は私のレベルに合わせて、何度もアドバイスをくれた。

 ……あれ?


 ――ああ、また、クロノス様のことを考えている!


 自分が嫌になってくる。最近はずっとこう。

 暇さえあれば、クロノス様のことばかりだ。


 そのモヤモヤを手紙として発散しているわけだが、こんなに便箋を消費していては、いつか便箋に溺れてしまうのではないかと思う。

 実際、私の持ってきた便箋と封筒はもう無くなってしまっていたため、追加で買い足していた。


「もう、いやだ……!」


 いつの間にか、私の心にクロノス様が住み着いて離れなくなってしまっていた。

 ……不法滞在だ。そんな不法滞在者が、私の中で勝手に家を建てて、当たり前のように暮らしていた。

 それなのに、唐突にいなくなったら寂しいと思うに決まっているじゃないか。


 駄目だ。別のことを考えよう。


「ホットチョコレート、飲みたい」


 寝る前のホットチョコレート。

 私が甘い物が好きと思い込んだまま、ずっと私のためにクロノス様が定期購入していたもの。


「ああっ、また! クロノス様のこと!」


 私は苛立って枕に顔を押し付けた。

 ぐああ、と声にならない呻き声をあげる。


 こういう時、どうすればいいのだろうか。

 誰か切実に教えて欲しい。


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