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無情令嬢から、ラブレターの花束を【完結】  作者: 甘夏 みみ子
◇3章 師匠と完璧な臨時講師

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19/42

19_星の花より美味しい記憶-2年前の春のこと-

 


 ◇◆◇


 私はクリスタリウム・ホロウに何かと縁があるのかもしれない。

 訪れるのは、今回を合わせて三回だ。一回目は、結婚するずっと前。

 そして二回目に訪れたのが、新婚旅行の時だった。結婚式を挙げた直後で、季節は、春。私が十六歳の時だった。


 地面には淡い光を放つ『星の花』が一面に生えていて、夜になると地面が夜空のように変化した。

 この『星の花』に吸収されることも、発光条件のひとつらしい。


 風が吹けば、『星の花』の花びらが舞い上がり、淡い光が流星のように降り注いだ。

 周囲の観光客からは、『わぁ』と感嘆の声が上がる。


『さすが、クリスタリウム・ホロウだな。圧巻だ』


 春は『星の花』が一面に咲き誇り、夏は避暑地としてその名を馳せ、秋は美しく色付いた深赤の葉が人々の心を打ち、冬は『星の雪』によって幻想的な光景が広がる。

 どの季節も観光客の絶えない、クリスタリウム・ホロウだが、特に見応えのあるのは『星の花』が咲く春と『星の雪』が降る冬だ。


 この美しい景色をみるために、他国からも足を運ぶ人間は跡を経たない。

『魔法かしら〜!』とイチャつくカップルを横目に、私はクロノス様に伝える。


『星の花は、その花びらに蓄光成分を吸収しているから光るのですよね』

『…………』


 なぜか、呆れたような目を向けられた。

 私はしゃがみこんで星の花をまじまじと眺める。


 夜の大地に生えたその美しい花々は、どこかクロノス様をも思わせる。

 そっと花びらに触れると、ふわ、と花粉が星屑のように舞い上がった。思わず、目を見開いてじっと見つめてしまう。


『……君は、もう少し情緒をだな』


 説教をするように、そう言いかけたクロノス様は、開きかけた口を噤んだ。そうして、私の方をちらりと見たかと思うと小さく吹き出すのだ。


『何ですか?』

『……いや、なんでもないよ』


 何がおかしかったのだろうか。

 自分の顔をぺたぺたと触ってみるけれども、特に何かが付着している様子は無い。


『いや、すまない。君があまりに夢中になっているから』


 彼は、私の隣にしゃがみこんで本当に嬉しそうにはにかむのだ。星屑のような花粉を纏い、本当に彼自身が発光しているように錯覚してしまう。


『君が喜んでくれたようで嬉しい。ここまで来た甲斐があったな』

『…………喜んだわけではありません。ただ興味があっただけです』


 眩しいからだろうか。

 反論していた私は、なぜか彼の姿を真っ直ぐ見ることができず、立ち上がった。


『お腹が空きました』

『そうだった。君は、花よりも食べ物だもんな』


 実際、夕食の時間ではあったのだ。

 近くで開かれている夜市で香ばしい匂いに誘われ、私たちはいくつかの露店を見て回っていた。

 串焼きの肉が焼かれる様子をじっと見つめていた私に、クロノス様が不思議そうに声をかけた。


『……どうかしたのか?』

『見てください、旦那様。肉です。肉が串に刺されています』


 皿に乗るべきステーキが、なぜか串刺しにされている。私にとって、それは衝撃的な光景だったのだ。

 指を差して報告するようにそう言えば、クロノス様は手早く会計を済ませて、私に串を手渡した。


『はい、いっぱい食べてくれ』

『ありがとうございます。ところで、こちらはどうやって食べるのでしょうか』


 見たところ、ナイフやフォークはなさそうだ。


『そのまま、がぶっといけ』

『そのまま、がぶっと……!』


 立ったまま、串から直接食べるなんて、なんと行儀が悪いのだろう。私の両親が見たら、卒倒するなと思いながら、ぱくりと齧り付いた。


『わ、美味しい……!』


 私はお腹が空いていたこともあって、夢中で食べ進めた。串から直接いただくというのは、背徳感が走ってなおさら美味しく感じるのだ。

 私は次の露店に目を留めた。燻製肉が並んでいるのを見つけ、また同じように報告する。


『旦那様、見てください。こちらも肉です』

『……はいはい』


 クロノス様は、私が物珍しいものを報告するたびに、それを買っては手渡してくる。まるで餌付けをされているようである。

 気が付けば、なぜか手元は肉ばかりになってしまった。


 近くのベンチに腰掛けて、私は与えられた食事をむしゃむしゃと食べる。


『……なあ、アレクシア』

『なんでしょう』


 私は、食べる手を止めて彼の方を見た。


『俺の親は戦争で死んだって、話したよな』

『はい』


 彼の両親はどちらも軍人だった。職場内結婚だったらしい。

 美男美女で仲睦まじい夫婦だったとパーティーで何度か耳にしたことがある。

 だが、彼らは、クロノス様が幼い頃に亡くなった。殉職だった。


『俺、家族がいないからさ。こうやって奥さんと出かけられて嬉しいんだ』

『……そう、ですか』


 切なげに絞り出されたその言葉は、なんだか社交辞令ではない気がして返答に困ってしまった。だから、私は代わりに手に抱えた肉を差し出す。


 思えば、彼はクリスタリウム・ホロウに来るまでも大した食べ物を口にしていなかった気がする。


『食べますか?』

『……いや、いいよ。君が全部食べるといい』


 差し出された肉たちに、困ったような顔をして、クロノス様はそう言った。


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