19_星の花より美味しい記憶-2年前の春のこと-
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私はクリスタリウム・ホロウに何かと縁があるのかもしれない。
訪れるのは、今回を合わせて三回だ。一回目は、結婚するずっと前。
そして二回目に訪れたのが、新婚旅行の時だった。結婚式を挙げた直後で、季節は、春。私が十六歳の時だった。
地面には淡い光を放つ『星の花』が一面に生えていて、夜になると地面が夜空のように変化した。
この『星の花』に吸収されることも、発光条件のひとつらしい。
風が吹けば、『星の花』の花びらが舞い上がり、淡い光が流星のように降り注いだ。
周囲の観光客からは、『わぁ』と感嘆の声が上がる。
『さすが、クリスタリウム・ホロウだな。圧巻だ』
春は『星の花』が一面に咲き誇り、夏は避暑地としてその名を馳せ、秋は美しく色付いた深赤の葉が人々の心を打ち、冬は『星の雪』によって幻想的な光景が広がる。
どの季節も観光客の絶えない、クリスタリウム・ホロウだが、特に見応えのあるのは『星の花』が咲く春と『星の雪』が降る冬だ。
この美しい景色をみるために、他国からも足を運ぶ人間は跡を経たない。
『魔法かしら〜!』とイチャつくカップルを横目に、私はクロノス様に伝える。
『星の花は、その花びらに蓄光成分を吸収しているから光るのですよね』
『…………』
なぜか、呆れたような目を向けられた。
私はしゃがみこんで星の花をまじまじと眺める。
夜の大地に生えたその美しい花々は、どこかクロノス様をも思わせる。
そっと花びらに触れると、ふわ、と花粉が星屑のように舞い上がった。思わず、目を見開いてじっと見つめてしまう。
『……君は、もう少し情緒をだな』
説教をするように、そう言いかけたクロノス様は、開きかけた口を噤んだ。そうして、私の方をちらりと見たかと思うと小さく吹き出すのだ。
『何ですか?』
『……いや、なんでもないよ』
何がおかしかったのだろうか。
自分の顔をぺたぺたと触ってみるけれども、特に何かが付着している様子は無い。
『いや、すまない。君があまりに夢中になっているから』
彼は、私の隣にしゃがみこんで本当に嬉しそうにはにかむのだ。星屑のような花粉を纏い、本当に彼自身が発光しているように錯覚してしまう。
『君が喜んでくれたようで嬉しい。ここまで来た甲斐があったな』
『…………喜んだわけではありません。ただ興味があっただけです』
眩しいからだろうか。
反論していた私は、なぜか彼の姿を真っ直ぐ見ることができず、立ち上がった。
『お腹が空きました』
『そうだった。君は、花よりも食べ物だもんな』
実際、夕食の時間ではあったのだ。
近くで開かれている夜市で香ばしい匂いに誘われ、私たちはいくつかの露店を見て回っていた。
串焼きの肉が焼かれる様子をじっと見つめていた私に、クロノス様が不思議そうに声をかけた。
『……どうかしたのか?』
『見てください、旦那様。肉です。肉が串に刺されています』
皿に乗るべきステーキが、なぜか串刺しにされている。私にとって、それは衝撃的な光景だったのだ。
指を差して報告するようにそう言えば、クロノス様は手早く会計を済ませて、私に串を手渡した。
『はい、いっぱい食べてくれ』
『ありがとうございます。ところで、こちらはどうやって食べるのでしょうか』
見たところ、ナイフやフォークはなさそうだ。
『そのまま、がぶっといけ』
『そのまま、がぶっと……!』
立ったまま、串から直接食べるなんて、なんと行儀が悪いのだろう。私の両親が見たら、卒倒するなと思いながら、ぱくりと齧り付いた。
『わ、美味しい……!』
私はお腹が空いていたこともあって、夢中で食べ進めた。串から直接いただくというのは、背徳感が走ってなおさら美味しく感じるのだ。
私は次の露店に目を留めた。燻製肉が並んでいるのを見つけ、また同じように報告する。
『旦那様、見てください。こちらも肉です』
『……はいはい』
クロノス様は、私が物珍しいものを報告するたびに、それを買っては手渡してくる。まるで餌付けをされているようである。
気が付けば、なぜか手元は肉ばかりになってしまった。
近くのベンチに腰掛けて、私は与えられた食事をむしゃむしゃと食べる。
『……なあ、アレクシア』
『なんでしょう』
私は、食べる手を止めて彼の方を見た。
『俺の親は戦争で死んだって、話したよな』
『はい』
彼の両親はどちらも軍人だった。職場内結婚だったらしい。
美男美女で仲睦まじい夫婦だったとパーティーで何度か耳にしたことがある。
だが、彼らは、クロノス様が幼い頃に亡くなった。殉職だった。
『俺、家族がいないからさ。こうやって奥さんと出かけられて嬉しいんだ』
『……そう、ですか』
切なげに絞り出されたその言葉は、なんだか社交辞令ではない気がして返答に困ってしまった。だから、私は代わりに手に抱えた肉を差し出す。
思えば、彼はクリスタリウム・ホロウに来るまでも大した食べ物を口にしていなかった気がする。
『食べますか?』
『……いや、いいよ。君が全部食べるといい』
差し出された肉たちに、困ったような顔をして、クロノス様はそう言った。




