17_操り人形の結婚式-3年前の秋のこと-
本日より更新再開いたします!
それに伴い、2章までところどころ改稿しています。
……が、このまま読み進めても意味は分かるようになっていますので、安心して読み進めていただければと思います。
アリスの結婚式を見た直後だからだろうか。ぼんやりと思い出していたのは、私の結婚式の思い出だった。
私が結婚式を挙げたのは、十五歳の秋。結婚指輪を作ってから一年後のことだ。
本来は十四歳で式を挙げる予定だったのだが、結婚指輪を作った直後、東の国境付近で反帝国組織による反乱が起こり、軍部が一気に駆り出されたのだ。
珍しく軍の上層部も現場指揮に出たことで、上層部の多くが戦死した。
『東国境反乱』と呼ばれたその反乱はかなり大きなものだったと噂された。
『クロノス様、最年少で参謀長だって』
『まだ、二十歳だろ? 若すぎないか』
上層部のポストが一気に空いたこと。そして、東国境反乱で功績を上げたクロノス様は一気に昇進し、参謀長となった。
有事の作戦を考えて指揮を執るその役職は、まだ若いクロノス様からすると重い仕事も沢山あっただろう。年上の部下を持つ必要もあり、批判も多かったと思う。
屋敷に帰るのもままならない程、彼は多忙を極めたのだった。
『クロノス様、お帰りなさいませ。もうお仕事は――――』
『ああ、大丈夫だよ』
久々に、まともに家に帰ってきたクロノス様は随分とくたびれた顔で、ぽん、と私の頭を撫でた。
『待たせたな、アレクシア。結婚式を挙げよう』
クロノス様は率先して結婚式の準備をしてくれた。
私のドレスなんてどうでもいいのに、一緒に選んでくれたり、当日の流れを確認してくれたり……思い返せば誰よりも張り切っていた。
そうして迎えた結婚式当日。
花嫁の真っ白なドレスよりも、さらに澄んだ白色の軍服をきっちりと着こなしたクロノス様は、誰よりも目を引いていた。
軍から贈られた紋章やサッシュは彼の功績の賜物だ。それがさらに眩しさを増す。
当然である。主役は、私などではなくクロノス様なのだから。
『さすが、クロノス様ですな! 完全にアレクシアは引き立て役だな!』
『だから言ったのよ。アレクシアはもっとフリルが多くてお人形さんみたいな派手なドレスにしなさいって! この馬鹿娘は、私にドレスを選ばせればいいものを……』
私の両親は、クロノス様を褒めたたえ、代わりに私を蔑んだ。
昔からそうだった。
父親は、私に暴言を吐いて満足し、母親は私を人形のようにして楽しんだ。
体罰を受けるほどの厳しい教育、好みではなかった可愛いお洋服、感情をなくしたおかげで反発しない性格。彼らにとって理想の娘であったはずなのに、私が褒められたことは、一度もなかった。
……そんな彼らに嫌気が刺して、兄もこの家を出ていったのかもしれない。
『……アレクシアなんて、可愛げのない娘ではありますが、見てくれだけは悪くないのでぜひ連れて歩いてあげてくださいな』
『ええ、そうですとも。私たちの教育のおかげでクロノス様なんて素敵な方と結婚ができて……本当に良かった!』
その言葉たちは、今までの私は何とも思っていなかったものだ。
けれど、どうしてしまったのだろうか。
今は、彼らの言葉が明確に意志を持って私の心を傷つけていることがわかる。
ただただ、痛かった。傷付けられたところが、ズキズキして、苦しくなって。私は俯いた。
『何言ってるんですか。誰よりも可愛らしいですよ、アレクシアは』
『……!』
俯いた私が少し顔を上げると、こちらを向いてにっこりと笑うクロノス様がいた。薄く形のいい唇が、三日月形に優しく形を変える。
不思議だった。
その笑顔をみた途端に、私の心の傷口に軟膏が塗り込まれていくみたいに、その痛みが軽くなっていくのだ。
『クロノス、さま……』
ほっと安堵して、嬉しさを感じた私は、思わず頬が緩んで表情が崩れそうに―――
『っ! 笑うな! 気持ち悪い!』
唐突に、右頬に熱い衝撃が走った。
じんじんと痛む頬を押さえながら見上げると、鬼のような形相をした父親と目が合った。
そこで、私は彼にぶたれたのだと気が付いた。
『何度言ったらわかる! お前は気持ち悪い笑顔なんて振りまく必要はないのだ!……全く』
『そうよ。アレクシアはお人形さんなんだから』
急に、冷や水を掛けられたように現実に引き戻された気がした。
そうだった。
私は、人間なんかじゃない。この人たちのために生まれてきた、ただの操り人形だった。
感情なんてとっくの昔に捨てたのだ。何回だって手に入れようと焦がれたけれど、無理だったじゃないか。
何を、今更。
普通の人間になろうなんて思い上がりも過ぎる。
心の中で反省会をした私は両親に謝ろうと顔を上げた。
だが、視界に映ったのは、私を庇うように立った真っ白な背中だった。
『……いい加減にしろ』
『クロノスさ、ま……?』
先程と打って変わって、今まで聞いたことの無いくらい低い彼の声が聞こえた。
次の瞬間、ごり、と鈍い音が響く。
ふと視線をやれば、クロノス様の右手が私の父親の首を掴み上げて、ぎりぎりと締め上げているではないか。
父の顔は、すぐに真っ赤になったかと思うと、だんだんと紫色に変色していく。
『ぐっ……』
『死ぬか? 今、ここで』
見上げたクロノス様の双眸は、ゾッとするほど冷えきっていた。彼の右手は、意図的に父の頸動脈を締め上げている。
――殺意が、ある
人が人を殺す瞬間というのは、こんなに恐ろしいものなのかとぶるりと震える。
このままでは、本当に父が絶命してしまいそうな勢いだったため、私は慌てて間に入った。
『駄目です、クロノス様! ……クロノス様!』
私がそう何度も叫べば、パッと彼の手が離された。
父の体がどさりと床に落ち、彼はげほげほと数回激しく咳き込む。
『パパス伯爵、失せろ。結婚式にも姿を見せるな』
『い、いえ、クロノス様。先程の言葉はアレクシアに対するただの戯れの冗談というか……』
『聞こえなかったか。不愉快だと言ったんだ』
父は怪物を見るような目で、ちらりとこちらを一瞥したあと無言で背を向けた。
震えあがった母と二人、支え合いながら、逃げるようにその場を去っていく。
これは、不味いことになった。
私のせいで、クロノス様の機嫌を損ねてしまったのだ。
『クロノス様、式の直前に申し訳ございませんでした。不手際があったなら謝りますから、どうか……』
深く頭を下げてみる。
だが、これ以上頭を下げようとしても、ふんわりと膨らんだドレスが邪魔で、地面に頭をつけて謝ることもできない。
最悪だ。ドレスなんて着るんじゃなかった。
『アレクシア』
名前を呼ばれたかと思うと、私の顔がぐっと持ち上げられて、ぶたれた右頬を撫でられた。
すべすべとした彼の手袋の感触が、痛む頬に優しく染みていく。
『……痛かったな』
『えっ?』
ぱちん、と目が合った。
彼のアメジストのような瞳には、怒りなんて微塵も籠っておらず、心配そうに細められるのだ。
怒っていないことに安堵しつつも、彼の心配の意図を探る。
『頬が赤くなっていますか?』
『いいや、目立ってはないが……』
それなら良かった、と私は息を吐いた。
さすがに真っ赤な頬では式に出席できない。
この後の進行に遅れるようなことがあれば、多大な迷惑が掛かってしまう。
『良かったです。式の進行が遅れたらゲストの方に迷惑がかかりますから』
『ちがう…………』
しかし、クロノス様が心配しているのは、どうやらそこではないらしい。
『ちがうよ、アレクシア』
『何が違うのですか?』
ふるふると首を振りながら、彼は悲し気に目を細めた。
『……どうしたら、君は泣けるんだ?』
『どうしたら、泣ける、とは』
なんだか、おかしな質問である。
涙をこらえる方法を考えることはあっても、普通は自発的に泣く方法を考えることはないのでは無いか。役者や詐欺師でもあるまいし。
『……悲しくないのに、泣くことはできません。私は悲しくないので、泣けません』
なんら破綻していない、理論的に通った答えだと思う。
それなのに、クロノス様は私の両肩を掴んだかと思うと、唇を震わせて言葉にならない吐息を吐き出した。
彼の瞳に浮かんだ涙は、辛うじて堪えているものの、まばたきの度に零れ落ちそうになっている。
『クロノス様は、私に泣いて欲しいのですか。それなのに、どうしてクロノス様の方が泣いているのですか』
『……どうして、だろうな』
ついに、ほろりとアメジストの瞳から雫が落ちた。
涙を流した彼は、私の質問に答えることは無かった。代わりに、私の肩から手を離してふわりと笑うのだ。
『これからの君の人生に幸多からんことを。……おめでとう。アレクシア』
その言葉をかけられた瞬間、なぜか陽だまりに包まれた気分になった。
どうやら、『アズーラ帝国の星』は、太陽にもなれるらしい。
彼にそう言われると不思議なことに、先ほどの痛みなんてもうすっかり私の中から消えてしまっていた。
彼は、自分の軍服をごそごそと触り始めた。
『これ、あげるよ』
『なんですか、これは』
私の肩にずっしりとのしかかる重たい感触。
真っ青なサッシュが、私のウエディングドレスの上に掛けられたのだ。意図が分からず、私は怪訝な顔で彼のことを見上げた。
『君も主役だから。こっちのが目立つだろ?』
『怒られますよ』
このサッシュは、クロノス様の功績の証だ。勝手に他人に授けるなんて許されないのではないか。
『ほら、色味もちょうどいい』
鏡を見る。
確かに、白一色だったドレスに彩が添えられて、クロノス様と釣り合いが取れているような気がしたけれど。そういう問題ではないのではないか。
『……アレクシア、行こう』
『あの、クロノス様。怒られ……』
『それなら、一緒に怒られよう』
私の制止も聞かず、悪戯っぽく笑った彼は、私の手を取ったかと思うと、駆け出すように入場した。
一斉に、私とクロノス様に視線が集まる。
会場の人間たちは、もしかしたらサッシュを肩から掛けている私を変だと思ったかもしれないし、それに気が付かないほど隣のクロノス様を見つめていただけなのかもしれない。
『あれが、最年少の参謀長か……』
『美しい方ですね……』
そんな感嘆の声で、後者だったかと私は自嘲した。
式はつつがなく進行し、私たちは誓いの言葉を述べる。そうして、クロノス様と向き合い、私のベールが上げられた。
『それでは、誓いのキスを――』
ゆっくりと彼の綺麗な顔が近づいてきたことで、私はハッとした。これが誓いのキスなのだと気が付いたのだ。
ふわりと香ったバニラのような甘さは以前よりもずっと甘い気がして、なんだかくらくらしてくる。
反射的に、私はぎゅっと目を瞑った。
『大丈夫、安心して』
続けて降ってきた言葉は、愛を誓う言葉なんかではなかった。
『……俺は、君のことを愛さないから』
キスをするのは、嫌ではなかった。
けれども、彼は招待客から口元を隠すようにして、決して私に口付けることはなかった。




