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無情令嬢から、ラブレターの花束を【完結】  作者: 甘夏 みみ子
◇2章 少女と嘘つきの魔法使い

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12/42

12_嘘つきの魔法使い-4年前の秋のこと-

 

 ◇◆◇


 四年前。

 結婚指輪を作るために、私とクロノス様はカリスタ港町まで赴いていた。

 迎え入れてくれたのは、宝石商であるエヴァンドラさんだった。


『結婚指輪のデザインですが、スタンダードなものか、デザイン性に富んだものかどうしましょう?』


 商人スマイルを浮かべる彼女は、手もみをしながら私とクロノス様ににじり寄った。何でもない顔をしているが、きっと、彼女の頭の中の帳簿は大忙しだろう。


『まあ、私は何でもいいです』

『……何でもいいが一番困る。君の意見は?』

『じゃあ、シンプルなもので』

『じゃあってなんだ。じゃあって!』


 意見を求めた癖に、批判してくるとは何事か。

 いつの日か嫌々連れていかれた舞台の、面倒くさい女子がまさにこんな感じだったなぁ……と目の前のエリート軍人を見つめる。


『クロノス様にお任せします。私にはセンスがないので』


 それは、本当だった。母親からは『貴方が選ぶものはセンスがない』と言われ続けてきたから間違いないだろう。

 私はただ、クロノス様とエヴァンドラさん、そうして後からやってきた職人たちが、指輪のデザインに花を咲かせているのをぼーっと他人事のように眺めていた。


 ――ああ、私ってなんでこんなに情緒がないのだろう


 私だって普通に振舞いたい。嬉々として宝石に目を輝かせたい。でも、できない。

 そんな自分が嫌になってきて、俯いた。

 すると、じっと私を見つめている少女に気が付いた。ぱちんと真ん丸の瞳と目が合う。


『おねーちゃん、あーそーぼー』


 アリスは、ふわふわとしたツインテールを揺らしながら、珍しいものを見るかのように私の周りをくるくると回った。


『だれ……?』

『すみません。私の姪のアリスです。この子の面倒を見るのが私しかいないものですから』

『お気になさらず。私は、別に子どもは苦手ではないので』


 苦手ではないが、好きでもない。別にそれは子どもに限った話でもないが。

 アリスはなぜか私のことを気に入ったようで、私に最近会った出来事を一方的に話し続けている。

 その様子をクロノス様が微笑ましく見守っていた。


『こうやってみると、姉妹みたいだな。確か、アレクシアは一人っ子だったよな』

『まあ、今は』

『い、今は……?』


 何かを察したように、苦々しい口調でクロノス様は私に問い返す。


『はい。昔は兄がいたのですが、家出して行方不明になりました』


 シン、とその場が静まり返った。別に隠していることでは無いし、両親も自らネタにしているほどだ。貴族界隈じゃ有名な話である。


『うん、ごめん。俺が悪かった。パパス家の闇の深さを分かっていなかった俺の責任だ』

『やみ……? ただの事実なのですが』


 首を傾げれば、クロノス様は「気にしないでくれ」と言って、結婚指輪の打ち合わせを始めた。再びアリスと二人、部屋の隅に取り残される。


 しばらくすると、アリスがこそこそと私に小さく話しかけてきた。


『ねえ、お姉ちゃん、本当は魔法使いさんなんでしょ!』

『……?』


 アリスから脈略もなく飛び出してきた唐突な言葉にきょとん、と私は首を傾げる。


 魔法使いなんてアズーラ帝国にはいない。

 科学と錬金術を用いた軍事によって文化が発展してきたこの国は、魔法なんて不確かなものは重んじないのだ。


『違うわ。魔法使いというのは、他国に存在している職業で、我が国の文化とは折り合いが悪く――――』

『おいおい、子どもの夢を最初から壊してやるなよ』


 口を挟んできたのは、クロノス様だ。いつの間にか、結婚指輪の打ち合わせは終わったらしい。


『すみません。アレクシア様……こら、アリス! 他人様を困らせるんじゃありません! そもそも、魔法使いなんて!』

『……エヴァンドラさん。我々にお任せください』


 怒りそうになるエヴァンドラさんに向かって、クロノス様は胸に手を当てて一礼した。その様子は、なんとも優雅で思わず息を飲んでしまう。

 彼はしゃがみ込むと、アリスに目線を合わせた。そして、私の方を指さすのだ。


『このお姉ちゃんはな。魔法使いさんだ』

『やっぱり!』


 アリスは、丸い瞳をさらに丸にして私を見上げた。キラキラとした眼差しが痛い。


『何、勝手な嘘を……』


 例えば、海が青いのは空の色を映しているからだとか。

 虹のふもとには宝物が眠っているのだとか。

 良い子にしていれば、幸せは訪れるだとか。

 そんな嘘を平気でつく大人たちは沢山いるが、私からしてみれば理解ができない行為である。


 海が青いのは、青い光だけを反射しているからだし、虹に端っこなんて存在しないし、良い子にしていても幸せは訪れるとは限らない。


『あのな、アレクシア。世の中には優しい嘘っていうものがあるんだよ』

『……なんですか、それは』


 クロノス様が小さくささやいた声に、私はきっと怪訝な顔をしていたと思う。

 優しい嘘、という言葉にどうしても引っ掛かりを覚えたのだ。

 嘘とは偽りであり、人を騙すものだ。そこに優しさなんてあるわけがないではないか。


 不満そうな私に、クロノス様が反論しようとする。しかし、アリスが私にあるものを押し付けてきたことで、それは阻止された。


『きらきらの髪に、緑色のおめめ! 絶対に魔法使いさんだってわかってたもの!』

『これは……?』


 彼女が押し付けてきたのは、装丁がボロボロになった絵本だった。

 中を開けば、確かに私とそっくりな亜麻色の髪の少女が杖を持って、キラキラとした光を纏っていた。

『魔法をかけるわ。世界中の人々が平和になるように』

 そう言いながら、魔法使いが歌を奏でる。そんなファンタジー満載のお話だ。


『いい、アリス? それは私ではないの。そもそも、絵本というのは、フィクションの創作物であって……』


 私が、そう言いかけると、ぐっと大きな手によって口元を覆われた。

 もちろん、犯人はクロノス様である。


『もご……っ! な、何をされるのですか』

『君、手品ができるだろ?』

『……』


 私は、彼のことを恨めしい目で見上げた。

 確かに、厳しい教育を受けてきた私は軽い手品くらいならお手の物だった。クロノス様は、私が基本的には何でもできるとお見通しなのだろうか。


『できる、だろ?』

『…………』


 彼の言わんとすることは分かった。

『子どもの夢を壊さずに、魔法使いのふりをしろ』とそういうことだ。


 クロノス様の命令であれば仕方がない。

 私は、サイドテーブルに活けてあったユリの花をこっそりと袖の中に仕込んだ。大きく広がった袖のシャツであるため、大きな花であっても上手く隠すことができた。

 準備が終わった私は、アリスの方に向き直る。


『魔法、いきます』


『なんて、センスのない呪文なんだ……』と呆れた声が聞こえるが、無視をした。大事なのは、過程ではなくて結果なのである。

 私はぽんっと音が鳴りそうな勢いで、花を取り出した。


『……わあっ! 本当に魔法使いさんだ!』


 きっとアリスから見れば、本当に花が宙から出てきたように見えたのだろう。

 目を異様なほどキラキラと輝かせながら、彼女は胸の前で手を組んでいた。


『どうぞ』

『うわぁっ! 凄い!』


 私が渡した百合の花を、まるで宝石のように丁寧に触りながら唇を震わせる。子どもの純粋な心を踏みにじった気がして、複雑なもやもやが広がっていく。


『アレクシアお姉ちゃん!』

『……わっ』


 唐突にがばっと抱き着かれて、私は態勢を崩しそうになる。

 アリスは顔を上げると、じっと私の瞳を見つめた。その瞳はあまりに純粋で、でも、どこか期待の籠ったものだった。


『あのね、お願いがあるの。私ね――――』



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