12_嘘つきの魔法使い-4年前の秋のこと-
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四年前。
結婚指輪を作るために、私とクロノス様はカリスタ港町まで赴いていた。
迎え入れてくれたのは、宝石商であるエヴァンドラさんだった。
『結婚指輪のデザインですが、スタンダードなものか、デザイン性に富んだものかどうしましょう?』
商人スマイルを浮かべる彼女は、手もみをしながら私とクロノス様ににじり寄った。何でもない顔をしているが、きっと、彼女の頭の中の帳簿は大忙しだろう。
『まあ、私は何でもいいです』
『……何でもいいが一番困る。君の意見は?』
『じゃあ、シンプルなもので』
『じゃあってなんだ。じゃあって!』
意見を求めた癖に、批判してくるとは何事か。
いつの日か嫌々連れていかれた舞台の、面倒くさい女子がまさにこんな感じだったなぁ……と目の前のエリート軍人を見つめる。
『クロノス様にお任せします。私にはセンスがないので』
それは、本当だった。母親からは『貴方が選ぶものはセンスがない』と言われ続けてきたから間違いないだろう。
私はただ、クロノス様とエヴァンドラさん、そうして後からやってきた職人たちが、指輪のデザインに花を咲かせているのをぼーっと他人事のように眺めていた。
――ああ、私ってなんでこんなに情緒がないのだろう
私だって普通に振舞いたい。嬉々として宝石に目を輝かせたい。でも、できない。
そんな自分が嫌になってきて、俯いた。
すると、じっと私を見つめている少女に気が付いた。ぱちんと真ん丸の瞳と目が合う。
『おねーちゃん、あーそーぼー』
アリスは、ふわふわとしたツインテールを揺らしながら、珍しいものを見るかのように私の周りをくるくると回った。
『だれ……?』
『すみません。私の姪のアリスです。この子の面倒を見るのが私しかいないものですから』
『お気になさらず。私は、別に子どもは苦手ではないので』
苦手ではないが、好きでもない。別にそれは子どもに限った話でもないが。
アリスはなぜか私のことを気に入ったようで、私に最近会った出来事を一方的に話し続けている。
その様子をクロノス様が微笑ましく見守っていた。
『こうやってみると、姉妹みたいだな。確か、アレクシアは一人っ子だったよな』
『まあ、今は』
『い、今は……?』
何かを察したように、苦々しい口調でクロノス様は私に問い返す。
『はい。昔は兄がいたのですが、家出して行方不明になりました』
シン、とその場が静まり返った。別に隠していることでは無いし、両親も自らネタにしているほどだ。貴族界隈じゃ有名な話である。
『うん、ごめん。俺が悪かった。パパス家の闇の深さを分かっていなかった俺の責任だ』
『やみ……? ただの事実なのですが』
首を傾げれば、クロノス様は「気にしないでくれ」と言って、結婚指輪の打ち合わせを始めた。再びアリスと二人、部屋の隅に取り残される。
しばらくすると、アリスがこそこそと私に小さく話しかけてきた。
『ねえ、お姉ちゃん、本当は魔法使いさんなんでしょ!』
『……?』
アリスから脈略もなく飛び出してきた唐突な言葉にきょとん、と私は首を傾げる。
魔法使いなんてアズーラ帝国にはいない。
科学と錬金術を用いた軍事によって文化が発展してきたこの国は、魔法なんて不確かなものは重んじないのだ。
『違うわ。魔法使いというのは、他国に存在している職業で、我が国の文化とは折り合いが悪く――――』
『おいおい、子どもの夢を最初から壊してやるなよ』
口を挟んできたのは、クロノス様だ。いつの間にか、結婚指輪の打ち合わせは終わったらしい。
『すみません。アレクシア様……こら、アリス! 他人様を困らせるんじゃありません! そもそも、魔法使いなんて!』
『……エヴァンドラさん。我々にお任せください』
怒りそうになるエヴァンドラさんに向かって、クロノス様は胸に手を当てて一礼した。その様子は、なんとも優雅で思わず息を飲んでしまう。
彼はしゃがみ込むと、アリスに目線を合わせた。そして、私の方を指さすのだ。
『このお姉ちゃんはな。魔法使いさんだ』
『やっぱり!』
アリスは、丸い瞳をさらに丸にして私を見上げた。キラキラとした眼差しが痛い。
『何、勝手な嘘を……』
例えば、海が青いのは空の色を映しているからだとか。
虹のふもとには宝物が眠っているのだとか。
良い子にしていれば、幸せは訪れるだとか。
そんな嘘を平気でつく大人たちは沢山いるが、私からしてみれば理解ができない行為である。
海が青いのは、青い光だけを反射しているからだし、虹に端っこなんて存在しないし、良い子にしていても幸せは訪れるとは限らない。
『あのな、アレクシア。世の中には優しい嘘っていうものがあるんだよ』
『……なんですか、それは』
クロノス様が小さくささやいた声に、私はきっと怪訝な顔をしていたと思う。
優しい嘘、という言葉にどうしても引っ掛かりを覚えたのだ。
嘘とは偽りであり、人を騙すものだ。そこに優しさなんてあるわけがないではないか。
不満そうな私に、クロノス様が反論しようとする。しかし、アリスが私にあるものを押し付けてきたことで、それは阻止された。
『きらきらの髪に、緑色のおめめ! 絶対に魔法使いさんだってわかってたもの!』
『これは……?』
彼女が押し付けてきたのは、装丁がボロボロになった絵本だった。
中を開けば、確かに私とそっくりな亜麻色の髪の少女が杖を持って、キラキラとした光を纏っていた。
『魔法をかけるわ。世界中の人々が平和になるように』
そう言いながら、魔法使いが歌を奏でる。そんなファンタジー満載のお話だ。
『いい、アリス? それは私ではないの。そもそも、絵本というのは、フィクションの創作物であって……』
私が、そう言いかけると、ぐっと大きな手によって口元を覆われた。
もちろん、犯人はクロノス様である。
『もご……っ! な、何をされるのですか』
『君、手品ができるだろ?』
『……』
私は、彼のことを恨めしい目で見上げた。
確かに、厳しい教育を受けてきた私は軽い手品くらいならお手の物だった。クロノス様は、私が基本的には何でもできるとお見通しなのだろうか。
『できる、だろ?』
『…………』
彼の言わんとすることは分かった。
『子どもの夢を壊さずに、魔法使いのふりをしろ』とそういうことだ。
クロノス様の命令であれば仕方がない。
私は、サイドテーブルに活けてあったユリの花をこっそりと袖の中に仕込んだ。大きく広がった袖のシャツであるため、大きな花であっても上手く隠すことができた。
準備が終わった私は、アリスの方に向き直る。
『魔法、いきます』
『なんて、センスのない呪文なんだ……』と呆れた声が聞こえるが、無視をした。大事なのは、過程ではなくて結果なのである。
私はぽんっと音が鳴りそうな勢いで、花を取り出した。
『……わあっ! 本当に魔法使いさんだ!』
きっとアリスから見れば、本当に花が宙から出てきたように見えたのだろう。
目を異様なほどキラキラと輝かせながら、彼女は胸の前で手を組んでいた。
『どうぞ』
『うわぁっ! 凄い!』
私が渡した百合の花を、まるで宝石のように丁寧に触りながら唇を震わせる。子どもの純粋な心を踏みにじった気がして、複雑なもやもやが広がっていく。
『アレクシアお姉ちゃん!』
『……わっ』
唐突にがばっと抱き着かれて、私は態勢を崩しそうになる。
アリスは顔を上げると、じっと私の瞳を見つめた。その瞳はあまりに純粋で、でも、どこか期待の籠ったものだった。
『あのね、お願いがあるの。私ね――――』




