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【異舌(いたん)審問官】

作者: AMAKA

『白人! 黒人! 黄色人種ゥ! ←これ……』

 何が、悲しゅうてか。


 自爆テロ未遂犯は、まだうすら若い、可憐げな女で。


 しかも、やはりというか、いろんな意識が高すぎる、狂信的な【準人類】やった。


「せめて【標準人類】と呼んでください! もとは、そう名づけられていたはずです!」


「知らんがな……」


 自爆未遂娘の剣幕に、【異舌いたん審問官】は、うんざり答えた。


「役所どころか、世間一般、そう呼んでるやんか……。この方が言いやすいし……。ほんで、なんで自分、メディア省に爆弾かかえて飛びこんだん? 信管が不良品やなかったら、受付の子ら、消し飛んでたで?」


「マスメディアの報道のあり方に、異議を唱えるためです!」


「おぅおぅ、もうちょい声落として? 自分の声、ほんま鼓膜に来るねん……」


 細い眉、細い鼻筋を、情けのうひそめて、【審問官】は懇望する。


 当局オフィスの、昼下がり。


 容疑者供述の場は、取調室の中でも、特にラグジュアリーな【コンチネンタルスイート】。


 高層階の、広々とした室内。


 美しい光沢の、液晶パネルテーブル。


 和紙張りのソファ(和紙は、柿渋染め)。


 消磁発光繊維で編まれた、モノトーンのカーペット……。


 白く明るい室内で、向き合って着座する、【審問官】と自爆未遂娘。


 テーブル脇に立ち、未遂娘をけわしく睨みつける、【異舌審問助手】(女性や。若こうて、美人)。


 化石木材製のドア横には、警護のシークレットサービスが、二人(ともに男性。ともに若こうて、ごつい)。


 苦情を言われても、自爆未遂娘は、委細かまわず、


「なぜマスコミは、いつだって【標準人類】の犯罪や事故ばかり、ニュースにするのですか? ドラマやアニメだって、そうです! 【標準語】を話すのは、いつもいつも悪役や下品な役ばかり!」


「そら……、そういうもんやんか……。そんなん、代々の番組ディレクターの申し送りか、なんやったら、局の内規で決まってるレベルやで?」


「だからなぜ! どうして! いくらなんでも、あんまりです!」


「……やかましなあ……。ほな、訊くけど……、なんでそこまで、その【標準語】とやらにこだわるん? おれとか他のみんなみたいに、【人類語】しゃべったらええやん……」


 未遂娘は、途端に、探るような目つきになって、


「……知ってるんでしょう? あなた方には見えず、私たちにだけ見える、『ヴィジョン』のことは」


 このおっさん、そんな基本事項から尋ね起こすんか、と言わぬげな口調。


「あなた、本当に【異舌審問官】なのですか……?」


「無礼ねん!」


 いきなり、【審問助手】が、荒げた声を発した。


「あびっくりした……」


 続けて何かを言おうとした【審問官】を、手のひら向けて制止して、【審問助手】は言うた。


「図に乗るなねん! 世直し気取りの、当たり屋が! お前が政治犯扱いされているのは、【審問官】閣下の判断のおかげぞ! もっと、敬意を払えねん!」


「いゃええて、それは……」


 と、弱々しく、心もとなげに、【審問官】。


 顔にかかった、長いストレートの黒髪を、のろのろ掻き上げながら、未遂娘に、


「ぅん、まぁ……、君ら【標準教信者】の『聖なる発作』のことは、聞きおよんではおるんやで? 君らの【iF昼夢いふちゅうむ】のことは、な。大脳前頭葉の一部で神経パルスが発火暴走して、結果、実体験レベルの強烈な妄想……、そんな怖い顔しいないな……、もとい、実体験レベルの強烈な想像力、構想力が『あり得た歴史』を見させる、て言うんやろ? ほんで、そこでは、全人類の約1%が【標準語】なる言語を使っておる、と……。おれから言わしたら、『そんなアホな……』やけど」


 未遂娘は、怒りを押さえ、あざけりをこめた表情で、【審問官】に言い返した。


「かわいそうな人……! 【サナダムシ】に支配されて、真実も見えない……!」


「ほな、訊くけど……」


 疲れ気味の声で、【審問官】は、未遂娘に問うた。


「君らは、なんで……、その【サナダムシ】を、わざわざ尻から引き抜いて捨てる気ぃになったん……?」


 未遂娘は、初めて、静かな、勝ち誇った表情になった。


「【永遠】を……、【彼方】を……、そして【純粋】を……、曇りなき心の眼で、見てしまったからです」


「また、わけのわからんことを……」


 うなだれて、つぶやき、【審問官】は首を左右に振った。


 通称、【サナダムシ】。


 正式名称、【サナダユキムラムシ】。


 発見した学者の姓名から、名づけられたという。


 この寄生蟲を腸に飼うことで、ヒトは陽気になり、直感力を伸ばし、肉体と精神の持久性を、飛躍的に高められる。


 そして、何より、【iF昼夢】の発作を抑える、【うねる特効薬】として働く……。


 生まれてすぐ、出生届と引き換えに役所で卵を直腸にもらう、この益蟲こそが、事実上、【人類】ひとりひとりの【生きた連邦市民証】となる……。


 別名、【社会保障ワーム】……。


 されど、しかし。


 すべての物には、歩留まり、というものがある。


 ときには、弱った卵、検査をくぐり抜けた不良品の卵が支給され、未遂娘の言う【永遠】や【彼方】を見てしまう者が現れる……。


 だけやなく、突発的な原因から、成蟲に機能不全が起こることも……。


「みにくい社会です」


 未遂娘は、続けた。


「あなたがた【人類】の社会は、誰も彼も、目の前のことばかり……! 血気盛んな野心も、胸のすくような展望もない。ひりつくような危うい必死さも、黄昏の歌を歌いながらの戦いも知らない。目につくのは、ほうけた、ぬるい笑みばかり……! 『悪の美学』や『片翼の天使』といった、きわどい概念の魅力さえ、完全に忘れ去ってしまっている……!」


「いや、きわどい概念て。いらんやろ、そんなもん……。そんな、悪の、片翼の、とか……」


 今度こそ、ほんまに疲れきった気分で、【審問官】は未遂娘に反駁しかけて、


「……けどな」


 と、思い直した笑みを、浮かべた。


 それは、急に秘密を明かす気ぃになった、気まぐれな微笑。


「君らが【聖なる発作】で見る、夢の中の歴史、そこに出てくる『あの戦争』……」


 上げた口角に、わずかに苦いもんが混じる。


「仕掛けたはええが、最後は世界じゅうを敵に回して詰んでしもた、『あの戦争』な……」


 ことさらに笑ろうてみせて、【審問官】は、告げたった。


「あれて……、【標準語】どっぷりの首相が始めて、ほんで、【人類語】の本場生まれの首相が終わらせた、そんな戦争やで?」


 未遂娘は、驚愕の目ぇを見開いた。


「そんな……、まさか……!」


「せや」


 立ち上がり、上体乗り出して、【審問官】は、未遂娘の耳元に、口を寄せた。


「あー! 何事ねん!」


 と、【審問助手】が、腕振りあげて、怒りの叫びを上げた。


 ドア横に立つ警護の二人は、顔見合わせたものの、動きはせん。


「ちゃうちゃう!」


 と、顔ひきつらせて、【審問官】はのけぞり、言うた。


「そんなんとちゃうて……!」


 未遂娘は、いま【審問助手】の双眸にきらめいた嫉妬の光を、心に深く、留め置いた。


 色仕掛けの訓練こそ、受けてはいないが……、この気弱そうな【審問官】を、おのれの体液浸けにしてやる覚悟なら、ある!


 再び身を乗り出してくる【審問官】を、未遂娘は、見すえた。


 嫌悪感はあっても、これほどの美形で、これほどの年上が最初の男になるのは、もしかして、運命かもしれない……!


 ほんでも。


 その覚悟も、【審問官】の次の囁きで、吹き飛んだ。


「……実はな、おれにも見えるねん、【iF昼夢】」


 未遂娘は、呼吸を忘れ、総身を引きつらせた。


 やれやれ顔で、【審問官】は、ソファにどっかり座りなおした。


 これで、ようよう、話ができる……。


「あんなぁ……、君らの夢の中で、その【標準語】が、どういう経緯で生まれてきたか、考えてみたこと、あるか?」


 頭ごなしに聞こえんよう、気ぃつけて話す。


「けっして人間の本性ほんせいに根ざした言葉やないで? 周回遅れの植民地熱に浮かされた全体主義が、軍事統制目的で泥縄にこしらえた、人工語や。……言うてること、わかるか?」


 未遂娘は、うつむき、自分をきつく抱きしめて、何も言わん。


 両手で耳ふさがんだけ、偉い……。


 そう思いながら、【審問官】は、続ける。


「そもそもが、個々人をプログラム操作するための、戦時言語や。ロボット語やん。ほんで、ロボットちゅうのは……、いつかて、人間のご主人様のために命を捨てる役回りや……。君ら【準人類】て、この手のお涙、大好物やろ……?」


 未遂娘は、かすかに身を震わせた。


 さらに言葉を、【審問官】は重ねる。


「人間様の盾になるロボット、それを生産する言葉や。……こっちは別にかまへんねんで? ロボット語使うちゅうことは……、結局、おれら人間の身代わりになって死にがち、いうことなんやから……」


 未遂娘は、身を、震わせ続けている。


 ただ、身を、震わせ続けていて……。


 不審をおぼえた【審問官】は、気づいた。


 いつの間にか、かたわらの【審問助手】が、手指の先端までピンと伸ばして、立ったまま、硬直していた。


 ドア横に控える、二名のシークレットサービスも、同じポーズで静止している。


 未遂娘が、【審問官】を見つめて、うっすら微笑んでいた。


 自身を固く抱きしめ、かすかに輝いて見える全身を、小刻みに振動させながら……。


「なんや、その光は……?」


 驚愕する【審問官】の問いに、


「フェロモンの効果です」


 未遂娘は、答えた。


「【標準人類】の中に、まれに現れる【金色人種こんじきじんしゅ】だけが放散可能な、特殊なフェロモン……! 宿主の免疫系を介して、【サナダムシ】を狂わせ、宿主を催眠暗示状態に落としこむ……! 私は、その分泌を、初めて自分の意志で最適化できた、【標準人類】の希望……! あなたはもう……、私の忠実な『ロボット』です!」


 意趣返しされる、とは思いもしなかった【審問官】は、低くうめいて、


「……こんじきじんしゅ、と来たか」


 やっと、声を振り絞るように、言い返した。


「君ら【準人類】は、いっつもそうや……。『白人! 黒人! 黄色人種ゥ!←これ!』、これやねん……。【黄人おうじん】でええやん、【黄人】で……。なんでいちいち、繕うん……?」


「そんなことはどうでもよろしい!」


 未遂娘は、一喝した。


「殺すつもりはありません……! ただ、虐げられた私たちのこの想い、この苦しみをあなたに聞いてほしかった……! わかってほしかった……! だから、ここに来たんです!」


「わかってほしかった、て……」


 そんな、あなた任せな……。


 いかにも【準人類】らしい、【標準教信者】らしい、ゆるゆるな計画性……。


 ついに、座ったまま硬直した、【審問官】に。


 未遂娘は、命じた。


「今すぐ、オンラインで発令してください。あなた方が、この本庁および各州の重管理獄舎パワーマンションに捕らえている【標準人類】全員の、即時特赦を! 超法規公僕たる【異舌審問官】には、その権限が与えられているはず……!」


 未遂娘の命令どおりに、【審問官】は、動いた。


 ぎくしゃく、のろのろとした動きで、テーブルのパネルに手を伸ばし……、リンクに触れる。


 五本の指で、各種セキュリティとフェイルセーフを、順に解除していくと……、パネル中央の表面が盛り上がり、鍵穴に刺さった制御キーの形になった。


 憲法一時停止キー。


 つかんで。


 回して。


 回しきる直前、ぴたりと、手ぇを止めた。


 黙って笑う、【審問官】。


 キーから離した手を、さっと横にひと振り、キーはなめらかに崩れて沈み、テーブルの平らな天板に戻っていく。


 驚愕して、唇わななかせた未遂娘に、【審問官】は、少々気恥ずかしそうに、


「そのフェロモン、おれには効かんみたい……」


 未遂娘の、けなげな計画がついえた、この瞬間。


 保険、として送りこまれていた【準人類】の特務工作員が、動いた。


 テーブルに近い側に立つシークレットサービスが、硬直のふりをやめて銃を抜き、【審問官】に狙いを定めつつ、言った。


「お手柄だぜ、お嬢ちゃん! あとは、おいらに任せな! お嬢ちゃんは【金色エフェクト】に集中してくれればいいのさ! 燃えるぜ!」


 口より手ぇ動かせ……。


 ほんでも、百八十二あるテロ制圧手段のひとつを、【審問官】が起動させるより、工作員の引き金の方が、早かった。


 胴体に、三発。


 すべて、【審問官】の前に身を投げ出した未遂娘の背中に、吸いこまれ、爆ぜた。


 腰を浮かせた【審問官】の胸に、血まみれの未遂娘が、倒れこむ。


 フェロモンの呪縛が解けた【審問助手】とシークレットサービスが、工作員に【追尾爪ニップ・オン】を投げつけ、爪に急所をつねり上げられた工作員は、悲鳴を上げて、気絶した。


「何をするねんな……」


 と、頬を引きつらせた【審問官】の顔を、未遂娘は見上げて、青白く笑ってみせた。


「あなたは、いみじくも言いましたね……」


 声に、血の泡が混じった。


「私たちは、身代わりになりがち、と……。でもね、これができるから、私たちはあなた方より優れているんです……!」


 未遂娘の、してやったりな言葉に、【審問官】の顔が、ゆがんだ。


 憤怒、恥辱、茫然、震撼……、さまざまな感情が、その面貌に渦巻いて……、


「何が『いみじくも』じゃ! アホがっ!」


 ひと声、わめいて、【審問助手】を振り仰ぎ、


「絶対に死なすな!」


「了解ねん!」


 答えるなり、【審問助手】は、自分のスーツスカートのホックに、両手をやった。


 あわてて【審問官】は、


「ちょお待て! おれらが出てからにしてくれ!」


 最低限の止血ほどこしてから、【審問官】は、未遂娘を床に仰向けに寝かして、シークレットサービスをうながし、二人で工作員を引きずり引きずり、隣室に移動した。


 下を脱いでからの【審問助手】の手当は、素早かった。


 未遂娘のプリーツモンペと下着も、脱がせる。


 すでに【審問助手】の尻からは、【サナダムシ】の頭部体節が現れ、くねってる。


 未遂娘の、膝を曲げて広げた両脚の間に、同じく両脚広げて座りこみ、【審問助手】は、裸の下半身同士をぴったりと合わせて、自身の【サナダムシ】が新たなフロンティア目指し、勇んで去っていくのを、腹腔に感じてる……。



 小一時間後。


 ソファで目覚めた未遂娘の、血色を取り戻した物問いたげな視線に、【審問官】は軽う笑ろてみせて、答えた。


「【異舌審問官】にだけ与えられる、特別仕立ての【サナダムシ】があるんや。【ウロボロスサナダムシ】いうねん。強そうやろ……?」


 それは、生命力のかたまりで、かつ強烈な宿主保存能を有し、たとえ宿主が首をはねられても、腹を破って頭蓋へ潜りこみ、脳を生かす。


 致命傷程度なら、出血を止め、ショック症状を回避しつつ防腐物質を分泌、何年でも冬眠状態に置く……。


「あの子が」


 と、向こうでお茶淹れてる【審問助手】を目で示して、【審問官】は言うた。


「あの子が肚に持っとったんは、その蟲や。今は、おまはんの肚の中にある。……元はいうたら、おれの持ちもんなんやけどな」


 苦笑いして、


「ほんまはな、あの子も元は【準人類】で、君らみたいなテロリストやったんや……。まぁ、あの子の場合は、はなから、おれを殺す気ぃで近づいてきたんやが……、その、なんや、いつの間にか、そういう仲になってしもて……」


 情けなそうに、照れたように、可笑しそうに、


「蟲無しの相手と寝たら、【ウロボロスタイプ】はそっちに移りよる、とは聞いとらんかったし……。そやから、おれ、ほんまは今、法律上は【準人類】やねん……」


 目ぇ丸うして聞いてる、未遂娘に、


「ほやから、そら【iF昼夢】は、しょっちゅう見るけど……、そこはほれ、おれは【異舌審問官】やから。妄想には、そう簡単には、染まらへん……」


 ほのぼの、誇らしげに言うてから、


「……そんなわけやさかい、よう考えた上で、要らん思たら、あの子に【サナダムシ】返したってな? あの子も、まだまだ『不安定』やから。それと、おれとあの子がいま蟲無しなんは、内緒にしとってくれる……? 同僚にばれたら、極刑や済まへん……」


 未遂娘の返答を待たず、【審問官】は、ソファから立ち上がり、窓へ近づいた。


 庁舎高層階、【コンチネンタルスイート】から眺めやる超地平線都市が頂くのは、よく澄んだ青をバックに、幾筋もの長い薔薇色の帯がかかる、大空。


「ふわぁ、綺麗な【オーロラ焼け】やなあ……!」


 底抜けに嬉しな、感嘆の声。


「えらいこっちゃ……! こんなご陽気が続いたら、こらお前、【サナダムシ】が一斉に卵産んでまうで……!」


 ここは、惑星【天下(TENKA)】……。


 旧名、地球(EARTH)……。


 あの【ベンガリアン無重力会議】によって、諸国家が【国際連邦】に昇華統合され、【人類語】を公用語に定めた、理想郷……。


 彼、【異舌審問官】の仕事の種は、今日も、明日も、あさっても、しあさっても、ごあさっても、尽きそうにはあらへんのやった。(『【異舌いたん審問官】』完)

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