第四話:関係の分岐路
あの日。友情とは儚いものだと知った日。
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秋の、まだ冷え切っていない風が心地良かった。
ーー次、のぞむが鬼ね!
当たり前すぎる日常を、疑おうなど思ってもおらず、それ以上を求めることもなかった。
俺には親友と呼べる人が一人いた。
俺は自分から初対面の人に話しかけるのが苦手だった。
彼は馴染みやすく、面白かった。
小学三年生の時に転入した俺は、友達は直ぐに出来た。
彼やその友達といると、いつも時の流れが速く、俺はそんな学校生活に満足していた。
あっと言う間に、一年が経った。
彼とクラスは別々になったが、俺はクラスで特に孤立するとかは無かった。
ある日の休み時間。給食の時間が終わり、我先にと教室から飛び出す人達を横目に見ながら、初めて同じクラスになった新しい友人と話していた。窓からの日差しが少し眩しい。
ふと窓から下を覗いてみる。ドッジボールか。
不意に、ハッと目が覚める。黄色に黒色の線が入った……恐らく重いであろうそのボールはガラス越しで俺に狙いを定めたように、放物線というより直線を描いて飛んできていた。
ーーパリンッ
一瞬の気味の悪い高音の後、残ったのは静寂と、俺の左頬を縦に切った傷だけだった。
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その日の放課後、保健室で手当をしてもらった。最初はそれほど痛みを感じなかったのだが、時間が経つにつれ、ヒリヒリとした痛みがしてきたのだ。
ドッジボールをしていたあの集団の中に、去年から仲が良かった彼がいたようだ。
ボールを投げたのも彼だ。そして俺は二階にいた。
事の顛末はこうだ。
彼は今年度に入ってあのドッジボール集団と仲良くなり、よく休み時間に遊んでいた。
その集団には、所謂「ガキ大将」のような存在がいた。関わったことが無くても名前は皆知っている、陽キャを少し悪に染めたような感じだった。
俺は外に出て遊ぶことが……嫌いではないが、好きではない。今年に入ってからは、休み時間は殆ど友人と教室で会話をしていた。
そんな俺を、その集団は嘲っていた。本当に心から俺を憎んでいたわけではないだろう。偶々俺になったのだろう。
しかし、彼はそんなことを知らずに、学年が上がってその集団とすぐに打ち解けた。
最近俺が彼と遊ぶ機会が減ったのは、ただクラスが別になったからではなかった。流れに、押されたのだろう。
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別に、多少影で後ろ指を指されようとそこまで気にしない。でも、彼と疎遠になり、去年のような関係に戻ることはないと言われたような気がして、何かへの喪失感に襲われた。同時に話すことはなくても心の何処かで彼に依存していたのだなと気付かされた。
友人関係なんては簡単に崩れてしまう、はっきりと意識していなくても、心の内にはその考えがあったのだろう。
それから、俺は人と積極的に関わることをやめた。
でも……彼が俺を嫌っていなかったことなんて分かってる。もしかして……全部……俺のせい?
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金曜の学校も終わったことだし、目的はないが、学校帰りに家までの間にある大きめの本屋に行くことにした。
到着したあと、追っかけているラノベとかもないし……と悩んでいると、
「あれ? 神獅じゃん。奇遇だね」
後ろから制服姿の時浦が話しかけてきた。
そして何かに気づいた様子で、眼の前のラノベを手に取る。
「男の子だねー。こういうの」
「偶々だよ……」
「てかさ、例の映画、ネットでめっちゃ評判良かったよ」
「良かった、はずれじゃなくて」
そうだねー、と微笑む姿はどこか「彼」に似ているのかもしれない。
というか、セーターまだ着てるのか。暑くないのかなと思っていると。
「で、なんの本を買いに来たわけ?」
思わず、お前が期待してるようなものじゃないぞ、と言い返したくなるような顔で聞いてくる。
「はあ、これだよこれ。」
「『僕が君を見るとき、君は空を見上げる。』? 面白そうじゃん、今度学校で貸してよ」
「えぇ……」
「いいじゃん、減るもんじゃないしー」
今日はいつもより饒舌だな……。
さっさと会計を済まして、帰路に着こうとすると、
「あ」
これ、流れで一緒に帰ることになって気まずくなるパターンだ、と気づいたときには、すでに一緒に電車に乗っていた。
「「……」」
この世界に於いて、高校生男女が二人で電車に乗っていること、即ちそれはそういう関係にあると見られてしまってもおかしくない状況なのだ。
そうだ、聞いておきたいこと。
「あのさ、笹崎ってーー、え?」
なんと時浦が完全に寝ているではないか。運良く座席に座れたとはいえ、相当疲れてたんだな。
そうこうしている間に、もうすぐ家の最寄り駅だ。
時浦は……、ぐっすりと眠り込んでしまっている。
「ねえ、時浦……さん。もう着くよ」
「ん……」
ーーこれどういう状況?
早く起きてくれと願いながら、肩を何回か叩いたところでやっと起きた。
「あ、ごめん。めっちゃ寝ちゃってたね」
「取り敢えず、降りよう」
帰り道を共にしていると、
「私、優に嫌われてないか心配なんだよね」
まさか。あれだけ仲がいいのに嫌いってことはないだろう。
「神獅には、私と優、どう見える?」
「どうって、羨ましい程に明るくって、仲もいいしーー」
「本当?」
「本当って……」
時浦は、少し声を落として続けた。深く被ったキャップで、表情は見えない。
「優は明るく見えるけど、感情を出したりしないんだよ」
「そっ……か」
明るく見える、か。時浦は、何でこんなこと聞いたんだろう。
暫く歩いて、ここからは時浦とは別々の道だ。
「ほら、私こっちだから。じゃあね」
「うん、じゃあ」
「映画、楽しみだね」
歯を見せて笑いながらそう言った。
「そうだね」
明るく見える、な。
約束の日は、不安な気怠さとともにやってきた。