第二話:亀裂
一学期も終わりが近づいてきた。
日に日に暑さが増していく自分の部屋で、俺は鏡と睨み合っていた。
「流石に駄目かな⋯⋯」
ーー「話したいことがある」、か。
これってやっぱり、恋愛イベントじゃね?
俺は時浦にこれっぽっちの気持ちもないがな。
いくら内容を秘密にしたいとは言え、クラスの男子と二人で会おうとするか普通?
いや、間違いないな。
ならば、その気持ちに答えてあげるのが漢ってもんだろう。ーー
人はわざわざダサい格好をした人に関わろうとしない。多分。
なんだかんだで30分程の時間をかけ、下は黒のジーパン、上は白いTシャツに淡い青のパーカを羽織ることにした。
我ながらあっぱれだ。
ーーーー
約束の場所は時浦と初めて会った、緑道のベンチだった。
俺は時間通りに着いたが、そのときには時浦は既にベンチに座っていた。
「時浦さん、おはよう」
まだ朝だと言うのに、目はしっかりと覚めていた。
時浦はピンクと紫のグラデーションがかかった、シンプルな見た目のスマホから俺に視線を移して、一瞬固まった。
「あ、うん。おはよう」
なんとなく、声がだるそうだ。
さては眠いんだなこいつ。
午後にすればよかったのに。
「ありがとね。休日の午前中に呼び出しちゃって。私の相談なんかのために」
「全然いいよ。どうせ暇だし」
さあ、言ってくれ!君の気持ちを!
「ここだと流石にね⋯⋯どこか近くの店でも行く? お金持ってきた?」
「まあ3000円ならある」
「なら足りるね。そんな高いところはこの辺にないでしょ?」
時浦は、そう言って笑った。
ーーやっぱりこいつ、可愛い方なのかもしれないな。
「ん? 私、顔に何かついてる?」
「あ、いや。別にそういうわけじゃ」
「ふーん。ま、とりあえず行こっか」
着いたのは全国どこにでもあるであろう普通のカフェ。
笹崎とかだったら迷わずパフェだかなんだかを注文するだろうが、俺も時浦も各々注文した飲み物を受け取って席に着く。
ところで、この状況をクラスメイト⋯⋯例えば笹崎とかに見られたら面倒になるのは火を見るより明らかだがーー
「それで、話っていうのは?」
「えっとぉ⋯⋯」
「?」
「私、優ってさーー」
「うん」
「『あいつ』のこと、好きなんじゃないかなって。」
「へ、へー」
事態が複雑すぎやしないか?
「実はずっと前からそうかもって思ってたんだよ。でも、あの、多目的室に来てもらった時、なんか抑えられなくて。
もっと優しく言えたのかなって思ったんだよね」
「まあ、それは確かに」
「普通に考えて、あいつを嫌ってるのは私しかいないんだから」
「そいつとは連絡先つながってるの? そこまで嫌なら関わりを絶ってしまえばいいんじゃない?」
「そうした方がいいのかな⋯⋯」
「決めるのは時浦さん自身だけど、俺は構わないと思うよ。時浦さんにそこまでの非はないし」
「そうだね。考えとく」
ーーーー
「じゃあ俺、お手洗い行ってくるから」
「りょうかーい」
そう言って立ち上がったその瞬間ーー
「あ」
ーーあのオーラは⋯⋯!
「あれ? 神獅君と唱菜ちゃん? ここで何してるのー?」
終わった。ドクロの絵文字が浮かんだのは気の所為だろうか。
「もしかして二人って本当に付き合ってーー」
「ないっ! ないから! 俺達がここにいるのはただ⋯⋯」
二人を見る。
どう考えても非常にまずい状況なのに、焦っているのは俺だけだった。
「優は何しに来たの?」
「特に決めてないかなー。適当にここらへんを歩いてるだけ」
「服とか見るの?」
「そうするかも」
すると、笹崎は何かを企んでる様に笑った。
「で、お二人さんは? 邪魔しちゃ悪いかなぁ?」
「ちょっと相談があって話してただけだよー!」
時浦がそういった瞬間、笹崎の表情が一瞬曇った。
「相談、か。うん、分かった。じゃあ私は服でも見てこようかな」
俺は足早に立ち去る笹崎の後ろ姿が悲しげに見えた。
そして今日、俺は重要なことを学んだ。
ーー時浦唱菜。こいつ鈍感だ。
中学でどういう学校生活を送ってきたのか気になるくらいだ。
ーーーー
ーー「あいつ」のこと、時浦は嫌いで、笹崎は好き⋯⋯か。
「兄ちゃん、具合でも悪いの?」
俺、今そんな顔してるのか。
「いや、大丈夫」
心配させちゃ悪いな。
複雑な事態に、身体が追いつていないのかもしれない。
ーーーー
「⋯⋯デジャブ?」
学校あら帰る途中、いつもの緑道で、一ヶ月前の時浦と同じようにベンチに腰掛け、ため息をついている笹崎がいた。
ーー否、彼女は泣いていた。
理由を考えてみたが、思い当たる節はない。
いつも一緒にいる、時浦は居ないのだろうか。
「笹崎⋯⋯さん?」
「神獅君? 奇遇だね」
笹崎は無理矢理に涙をぬぐって、何もなかったかのように俺の方を見た。
「唱菜ちゃんの件、解決するかな?」
平然を装って絞り出した言葉は震えていた。
「うん、きっとね」
この状況で彼女を否定するなど出来なかった。
「そっか。あと、お願いなんだけどーー」
「うん」
「唱菜ちゃんに協力するのは、もうやめてほしいな」
「え?」
ーーじゃあ、またね。
俺が彼女の心境を察する前に、彼女は悲しげな余韻を残して消えた。