第一話:お願い?
次の日の昼。
俺は弁当を持って、待ち合わせ場所の多目的室に来た。
そこには時浦が一人でーーではなく、時浦と笹崎が話していた。
「唱菜ちゃん、流石にやりすぎじゃない?」
「いいの、あいつがどうにかなったところで私には関係ないし」
「ーーそっか」
いい話ではなさそうだ。
「時浦さんと笹崎さん、どうしたの」
「神獅にお願いがあっーー」
「神獅君! 唱菜ちゃんはね、自分に好意を向けられるのが嫌だからって、神獅君を使って諦めさせようとしてるんだよ?」
よくわからんが、時浦は俺が妬まれても困らないってことか。けしからん。
「ちょっと、優、やめてよ」
「せめて口で直接伝えたほうがいいよ!」
笹崎の声が響く。
俺を使うことには異議なしかよ。
とりあえず時浦に話してもらうか。
「まあ、落ち着いて。外にも聞こえちゃうし。時浦さん、どうしたの?」
「中学の時のクズが、私のこと好きだって、メッセージで。私はそんなムカつく奴と会話したくないし、他の方法で振ろうと思って」
⋯⋯相当嫌いなんだな。
「最初は面倒くさいくらいにしか思ってなかったけど、そろそろ終わらせたいなって」
「⋯⋯で、俺を使うってこと?」
「そ。周りに迷惑とかかけたくないし」
俺には迷惑かかるけどな。
でも、笹崎はなんでそこまでして時浦を止めようとするんだ?
俺に迷惑がかかる以外に何か理由があるのかもしれない。
「あの、笹崎さんは何でそんなに止めようとするんですか?」
「だから、いくら何でもそんな小賢しい方法で振る必要ないでしょ? ただ正直に言えばいいのに⋯⋯って」
確かにそうだ。
「そんな小賢しい方法じゃなきゃだめなんだよ! 私とあいつにも色々あったし⋯⋯」
「それってそんなに大層な理由なの?変なこと」
「私、あいつに言ったことがあるんだよね」
「『好きです』って」
「「え?」」
どういうことだ?
「しょ、唱菜ちゃんどういうこと?」
「私、あいつのこと好きだったみたい。前はね」
笹崎の酷く驚いた表情。
「格好いいなって思っちゃったんだろうね。中一の頃。それで、呆気なく振られて。
勿論、それだけじゃないよ? 振られたことは気にしてない。その覚悟だったし。」
そして、俯いて、思い出話を語るように口を開いた。
「私の前に立ったあいつの顔は、面倒くさそうに苦笑いしてた。それで私の言葉の途中で、『ごめんだけど、俺にはそういう気はない』って。散々だよね」
拳を固く握って続けた。
「なのにっ!」
「一年くらいかなあ。そのくらい経って、『やっぱ好きです』? おかしいよね? まるでそれまで何も無かったみたいにさ」
「だから、お願い!」
時浦は俺に向かって手を合わせて頭を下げた。
「分かった」
直ぐに終わりそうだしな。
「⋯⋯それで、俺はどう使われるの」
「えっと、私のSNSに映るとか?」
「まじ?」
そんなに俺はキャピってないぞ!?
「一緒にどっか行くとか⋯⋯別に二人である必要はないけどね!?」
「⋯⋯まあできる範囲で手伝うから、細々したことは考えといてくれ」
「わ、分かった。ありがと」
全てを出し切ったように安堵する時浦は、どこか申し訳なさそうな視線を笹崎に送っていた。
ーーーー
凄まじいスピードで話は進んでいった。
『土曜、13時駅前集合』
そうとだけ書かれた、事務的なメッセージを見る。
高校に入学した時、中学と同じようにゆったりとした学校生活が待っていると思っていた。
一年の一学期でこれか⋯⋯
別に嫌って訳ではない。ではないのだが。
俺は、これまで恋愛だの何だの関わったことは殆どなかった。
だからだろうか。土曜日が、こんなに楽しみなのは。
ーーーー
当日。清々しいほどの快晴だ。
時間より少し前に待ち合わせ場所に着いた俺は、スマホを眺めて時間を潰していた。
「へぇー。神獅君こういうの見てるんだー」
「なっ!」
「やっほー」
相変わらずのテンションだ。
「お、おはよう」
後ろから様子を伺うかのようについてきていた、時浦もやや緊張した声で続けた。
朝は終わったが?
「えっと、今日はどうするの?」
「まあまあ、そんな堅くならずにー!」
予想していたより遥かにテンションが高い。
「神獅、とりあえずファミレスとかで話そ」
「ほーい」
ーーーー
昼下がりのファミレスはそこまで混んでいなかった。
「全員ドリンクバーは要るよね?」
「うん、お願い」
「頼んだ」
「え、待ってこの期間限定のパフェめっちゃ美味しそうなんだけど!? あたし頼んじゃお! あ、二人も要る?」
「「いや大丈夫」」
俺来る場所間違えたのかな。
「なあ、まずその時浦が嫌ってる奴のこと、教えてくれない?」
「やだ」
「え」
「あ、いや。別にいいんだけど、わざわざ教えるってのは⋯⋯」
「そっか、なら全然大丈夫」
言いたくないことを無理やり言わせるのはなあ⋯⋯
時浦にも彼女なりの考えがあるんだろう。きっと。
「あの、ちょっと飲み物取ってきてもいい?」
場の空気に押されてまだここから一歩も動いていなかった。
「私も行く」
ドリンクバーを取りに行ってグラスに氷を入れている俺に、時浦はこう話した。
「あれだけ言っておいて申し訳ないんだけど、やっぱり神獅を使ってどうにかするのは違うのかも」
「まあ、俺としてもできればそっちの方がありがたいというか⋯⋯」
「そうだよね。なんか、ごめん」
「いや、全然いいよ」
「ねえ、優ってさーー」
「ん?」
「いや、やっぱり何でもない。ほ、ほら、後ろの人待ってるよ?」
「え? あ、すいません」
俺達が呑気に話しているうちに後に2人並んでいた。
口実が飛び込んできたかのように席に戻る時浦。
ー少しシャンプーのいい匂いがした。気がした。
「おかえりー。パフェ来たよ! めっちゃ美味しそうじゃない!?」
「優、太るよ?」
「確かに美味しそうだね、笹崎さん」
「ふ、太らないし! 神獅君もこう言ってるし! 今日だけだし?」
最後の疑問符が気になる。
「ところで」
時浦が切り出す。
「あいつのこと、どうすればいいかな」
「ほーいえばほーゆーはばひはんしはっはへ」
パフェを美味しそうに食べる笹崎が答える。
「やっぱり、自分でなんとかする方がいいかなって」
「やっぱそうだよ。唱菜ちゃんの問題に人を巻き込むのはさ?」
「⋯⋯じゃあ、やっぱり自分で言うのか? それが難しいから俺のところに来たわけだろ?」
「そうなんだけど、ほら、そんなに恨むような相手じゃなかったかも。私、別に何もしなくていいんじゃないかなって」
「何があったのかは知らんが、丸く収まるならそれでいいんじゃないか?」
「うん、そう、だね」
時浦の表情には、不安のような何かが見えた。
俺にはそんな経験はないが、大変なのはなぜか手に取るように分かった。
その日はそれだけだった。仲の良い二人に混ざった、という感じだった。
空気感は掴めなかったが、悪くは無かっただろう。
笹崎は別れ際、目で謝って来てくれたし。
ーーそれで、結局、「あいつ」のことはどうするんだろうなあ。
あ、笹崎の食べていたパフェはネットでめちゃくちゃ好評だった。
ーーーー
最近、例の二人に振り回されている気がする。
別に嫌ではないし、不名誉でもなんでもないのだが。
やっぱり振り回されてる気がするんだよな。
そう、特にあの眩しい方⋯⋯笹崎。
あの日、昼休みの多目的室での話から一ヶ月。
例の「あいつ」とやらについても何も聞いてないし、なんかただ遊んでるだけな気がする。てか絶対そうだ。
話し合うために30分並んでパンケーキ食べたりはしないだろ普通。
学校から帰り、スマホの通知がなった。
『二人で話したいことがある』
時浦からだった。
次回も来週の金曜あたりに出します。