葛藤
何かを得ると
代わりに何かを失う
その繰り返し
ある日の事だった。
実家の母から連絡があり、父が腰痛で苦しんでいるという。
昔から、病気に臆病だった父の事なので、
大したことではないだろうと思いはしたが、高齢ということもあり
これも親孝行と考え、父を病院に精密検査に連れて行くことにした。
検査後、僕は担当医に呼ばれ病室へと入った。
「胆管のあたりに、大きな影が見受けられます」
「悪性の可能性が高いので、専門の病院で見て頂いた方が・・・」
担当医は淡々と語った。
ただでさえ、気の弱い父だ。
動揺は隠せなかった。
僕は父に心配ないからと声をかけ、担当医の紹介状を受け取り病院を後にした。
帰りの車の中、父は一言もしゃべらず、俯いたままだった。
それから数日後、専門の病院で再検査を受けるべく、
車で一時間ほどの病院へと向かった。
兄に話をしておいたため、兄も同席していた。
もちろん、母もである。
検査はほぼ一日かかった。
病室に僕と父、兄の三人が呼ばれた。
「はっきり申し上げます」
「胆管ガンです。しかも、ステージ4に入っています」
目の前が真っ暗になった。
いくら医学の知識のない僕でも、ステージ4の意味くらい理解できた。
『末期』
担当医は続けた。
「延命処置はなさいますか?」
死の宣告だ。
兄は冷静だった。
「このまま行ったら、どの位・・・」
耳を塞ぎたくなった。
いや、父が一番辛いのだ。
僕は受け止める義務がある。
「早ければ、三ヶ月くらいでしょう」
父も兄も気丈だった。
「では、こちらで判断させて頂きます」
兄はそう言うと、父の肩をかかえ立ち上がった。
かたや僕は、足が震えて立てなかった。
信じられない。今こうしてこんなに元気な父が・・・
帰りの車の中、母は泣き崩れ、会話をする事さえ出来なくなっていた。
父がぽつりと呟いた。
「苦しんで死ぬのは嫌だ。楽に死なせてくれ」
兄が言った。
「わかった。わかったから」
その日から、父の闘病生活が始まった。
と同時に、アズミと逢う時間もどんどん失ってしまった。
ドラマなどではよくある台詞にこんなものがあった。
『私と仕事のどっちが大事なの?』
答えは決まって
『比較できないよ』
実は、男の逃げなんだ。
僕はこの時、そう思った。
どこかで、どちらかを優先している。
女性にそれを許す寛容さを強要しているんだ。
こうして父の癌と向き合っていた頃、アズミは一人鬱病と向き合っていた。
僕は、彼女を救った勇者気取りだったんだ。
度々メールで『逢いたい』と告げられ、
その要求にも十分に答えてあげることが出来なかった。
逆に、僕はたまに逢えば、僕の苦悩を一方的に話すばかり。
それが、僕自身をさらに苦しめる事になるなんて、
想像すら出来なかったんだ。