純愛
出逢いとは何ですか
愛しさとは何ですか
儚さとはなんですか
アズミは心に闇を抱えていた。
それは、僕の直感通りであった。
ただ、僕の想像を超えるものではあったのだが。
彼女は高校時代・大学時代と普通の女の子のように
恋をしてきたという。
だが、いずれの恋も短命に終わった。
理由は『彼』のDVだった。
付き合った彼はみな嫉妬深く、異様なまでに彼女を束縛した。
時には、いわれもない理由で顔を激しく殴られた。
それでも彼女は『彼』を好きだったという。
そんなある日、彼女は車で事故にあった。
出会い頭の衝突事故だ。
彼女はきき腕を複雑骨折し、相手の男性は無傷だったという。
そんな状況の中、彼女の母親は相手の男性の将来を心配したという。
娘の身体より、優先して・・・
まるで、僕がパニック障害で母から見放された時のように。
彼女はこれをきっかけに、母の事も信じられなくなったらしい。
そうして、彼女の精神は崩壊していった。
『鬱病』
それから心のバランスを失った彼女は、自暴自棄になり、
体を売るようになったという。
誰も信じることが出来なくなった。
男は『肉体』だけ与えれば、喜ぶものだと思うようになった。
世の中の人間はみんな死んでしまえば良い。
そう思うようになったという。
僕は溢れ出る涙を拭うこともせず、彼女の話を聞いた。
そして、僕の話も、
彼女も涙を拭うこともせず、聞いてくれた。
パニック障害の発病から24年経った今、こうして互いに似たような
境遇を抱え、苦しみ、悩んでいる、2人が出逢った。
単なる傷の舐め合いなのかも知れない。
いや、同じ体験をしてきた者にしか分からない共有物があるからこそ、
相手を思いやれるのかもしれない。
だって、人は自分が一番大切なのだから。
だから、僕はこの時、心に誓ったんだ。
『彼女を暗闇から、明るい場所へと導いてあげよう』
いや、正確には2人で明るい場所に戻りたい・・・
それが本音だったんだ。
僕は自分のかかりつけの病院に彼女を連れて行ったり、
メンタルケアに評判の病院を聞きつけては、彼女を連れて行った。
彼女の鬱病は重度で、思うように回復へとは向かわなかった。
同時に僕のパニックも相変わらず時と場所を選んではくれなかった。
「なんで、わたしばかり、こんな目に遭わなきゃならないの?」
「もう、死にたい!」
突然泣き叫ぶアズミを、僕は抱きしめることしかできなかったんだ。
週に2回は逢うようになり、ホテルで過ごした。
お互いに精神的に『人混み』に耐えることが出来なかった。
ホテルでは睡眠を取っていた。
2人とも薬の副作用で、異様なまでに睡魔に襲われていたから。
「私って、生きていても、意味ないのかもしれない・・・」
「だって、私、醜いもの・・・」
自分の存在を疑い始めた彼女に、僕は言った。
「今までのアズミも、今のアズミも。そしてこれからのアズミも、何も間違っていないよ」
彼女は大粒の涙を目にためて、僕を見つめていた。
そしてその夜、彼女からメールが届いた。
『ありがとう!あなたの一言に全てが救われた気がしたよ!』
『あなたと出逢うために、生まれてきたんだとさえ思えるよ』
気がつくと彼女と付き合い始めて1年が経っていた。
僕も彼女も、病状は一進一退だった。
唯一変わっていったのは、アズミが僕に好意を抱き始めてくれた事だった。
いや、『好意』ではなく、あれこそが僕の求めていた『愛』だった。
「私ね、あなたの赤ちゃんが欲しい・・・」
アズミは突然言い出した。
嬉しかった。生まれて初めて僕の子供を欲しがる子が目の前にいる。
ただ・・・
『24』の年齢差は大きな壁だった。
僕が死んだ後、彼女は24年間思い出と過ごさなければならない。
愛おしい彼女にそんな苦悩を押しつける事は出来ない。
僕の考えを見透かしたように彼女は言った。
「私、平気だよ!」
「だって、あなたのDNAとずっと生きていけるんだもん」
僕は確かに、今、暗闇から抜け出した。