無言
人は自分しか愛せないのだろうか?
誰かのために生きるのが愛なのだろうか?
誰かのために死ぬことが愛なのだろうか?
『ゲス女め!』
あの日以来、アズミの事を思い出しては心の中で呟いていた。
いや、ゲス野郎と自分を罵りたかったのかも知れない。
訳も分からず必要以上にイライラしている自分がいた。
不思議な感覚だった。
アズミへの嫌悪の感情とはうらはらに、彼女が気になっていた。
あれから一週間ほどたったある日の夜中のことだ。
携帯にメールが入った。
アズミからだった。
『帰れなくなっちゃった。どうしよう。困ったよ~』
何の事やらさっぱりだ。
しかたなく返信する。
正確には少し嬉しかったのだ。
『何があったの?』
『変な奴について行ったら、途中で車から降ろされて・・・』
『電車もないから、家に帰れなくなっちゃった・・・』
『あと、お腹が凄く痛いの』
『何処にいる?』
『前に会った駅の3つ先』
『待ってろ!』
何故か、彼女を迎えに行き家まで送るはめになった。
『しょうがなく』ではなかった。
反射的というべきだろうか。
『行かなくては』
と体が自然に反応していた。
彼女のいる駅まではおよそ1時間。
車を飛ばした。
教えられた場所につくと、彼女は暗闇に小さくなってうずくまっていた。
まるで、雨に濡れた野良猫のように。
「馬鹿野郎!何してんだ!」
僕がそう言うと、アズミは僕に駆け寄り抱きついて泣き出した。
僕は、暫く彼女を抱きしめていた。
「馬鹿野郎・・・」
少し落ち着いたところで、彼女を車に乗せ彼女の家へ向かった。
とは言え、僕は彼女の家を知らない。
彼女はお腹が痛いらしく、苦痛で顔を歪めている。
「少し横になりたいの」
彼女はか細い声で言った。
「じゃあ、ホテルで少し休むか?」
「うん」
僕は近くのラブホテルに入り、彼女をベッドに寝かせた。
「落ち着くまで眠ったら?」
そう言うと僕はソファーで横になった。
・・・・・・・・・・・・・・・
「どうして?」
彼女がいきなり言った。
「それはこっちのセリフだろ?」
僕はすかさず言い返した。
アズミは淡々としゃべり始めた。
「確かに、この前はサイテイ野郎だと思ったよ」
「でも、不思議なんだ」
「なぜか、あなたのことが気になったの」
「今日も、気がついたら、あなたにメールしていた」
僕はゆっくりと話した。
「俺もそうなんだ」
「何故か、俺と同じにおいがしたんだ」
「だから・・・」
僕とアズミは互いの顔を見て『ぷっ』と吹き出した。
「似たもの同士なんだね」
二人はホテルを出ると、彼女のナビで家までの時間、
ずっと無言だった。
決して会話が無かった訳じゃあないんだ。
無言で会話していたんだ。
あの時の二人は。