中編∶文化部からの挑戦状
放課後となり、偶然にも清掃当番ではなかった生徒会の役員は一足先に会議室で集合していた。
昼休みはコの字を描いていた長机は、すべて部屋の隅に押しのけた。
議題は部費についてではなく、例のメッセージについてだ。
『12番目の文化部は部費を不正に使用している。部活荒らしの真相は、その不正利用に関わっている』
会議の資料は基本的にその場限りで、一般生徒の手に渡らないよう、生徒会で管理するもの以外は捨てる決まりになっている。
今回の会議もいつもと同じく、上蓋に穴が空いた回収箱へ資料を入れてから退室してもらった。
会議前に中身が空であることは歩美が確認している。
ということは、間違いなくあの文化部の部長の誰かが資料に混ぜて入れたということだ。
「12番目の文化部? そもそもうちの学校の文化部は12個もないのに」
時哉の疑問はもっともだ。けれど、今は優先すべき事柄がある。
「とりあえず部活荒らしについては後回し。今は秋良が吹っ掛けた謎解きタイムをどう乗り越えるかだ」
「同意する」
「乗り越えるも何も解くだけだぜ? なんとでもなるだろ」
軽口を叩く秋良に冷ややかな目を向ける会計コンビ。さすがに由乃すら居たたまれない気持ちになったようで「バレンタインの時のように力を合わせましょうね」と話を逸らしつつ――歩美の手をぎゅうっと握っていた。
歩美は素直に「うん! がんばろうね!」と笑顔で応える。
会議室の外からドンッと何かが壁にぶつかる音が響いた。
「なんだぁ?」
訝しみながら秋良が様子見しようとした途端、引き戸が開かれた。手芸部の蒼灯が先導し、赤くなった顔を押さえつつ調理部の結莉が入ってきた。
状況が飲み込めないが、恍惚の笑みを浮かべてるし、元気そうだから心配ないだろう。多分ボーッとしてて壁にぶつかっただけだ。
「はぁ……不意打ちの公式、ご褒美すぎる……」
「うらやま。オレも公式の供給欲しいわ」
……興奮して鼻血が出そうになってるわけじゃないはず。多分。きっと。
「おや、お顔を薔薇のように真っ赤に染めて、どうしたんだい? お姫様」
「インスピレーションが湧くようなことでも起きたか?」
双子へ親しげに声をかけたのは演劇部の皇と美術部の彩木だ。
クラスも学年も異なるはずだが、部活同士で交流があるのか仲睦まじい。
俺らの視線を気にしながらこしょこしょと内緒話をしている。
あ。彩木がスケッチブックに何か書き始めた。
筆が止まると三人が完成したものを覗き見し、楽しげに感想を言い合う。
「わぁ〜、かわいいね〜」
ふわふわとした口調で、いつの間にか天文部の星河も混ざっていた。残る生物部の呉野もスマホをイジりつつ会議室に到着した。
「みなさん、問題を提出してくださーいっ!」
好奇心と期待に満ちた歩美が、各部の問題を裏返しで回収していく。
とりあえず解けるものは確実に片付けたいところだな。
問題用紙をいつも資料を回収するのに使う箱に入れ、上下に動かしてシャッフルする。
中から順番に取り出して解いていく形式らしい。
見てすぐに答えがわかる問題もあるだろうけど、多分調べ物が必要なのもあるだろうな。
そういえば制限時間はどうするつもりだろうと思っていると、すでに秋良はスマホでタイマーを設定していた。
「制限時間は1問10分。生徒会全員で解くってのもどうかと思うし、一人か二人を生徒会長の紫音が選べ。あっ、お前は指示出すだけな」
「わかった。全員だと意見も纏まらなくなりそうだしな」
「双方がこのルールで問題なければ始めようぜ」
秋良が問いかけ、その場の全員が首肯した。
箱から適当に一枚取り出す。まだ中身はわからない。
誰にも見えないように内容を確認する。よかった。最初の問題は誰でも解けそうだ。
「最初は生物部だ。歩美と時哉で頼む」
「はいっ!」
「了解です」
二人が前に出たことを確認し、一応他の人にも見えるように、マグネットで黒板に問題を貼り付ける。
『 生物部
弱い → ◯◯◯
占い → ◯◯
喜び → ◯◯
交わる → ??? 』
呉野とのやり取りなんかを思い出せばすぐに答えに行き着くはずだ。
タイムキーパーとして秋良がスタートボタンをタップする。
さて、二人が問題を解いている間に面談を始めるか。
予算会議での提示額はあくまで生徒会としての理想にすぎない。部活動を活性化させるためなら増額を反対する理由はないが、それでも増やせる金額には限りがある。
できる範囲で希望を擦り合わせるための予算会議と面談だ。
「呉野、今の部員数や活動日を教えてくれるか」
「えぇ〜っとねぇ、部員はアタシも含めて5人」
同好会から部活に繰り上げる条件の一つは、部員数が5人以上であること。最低人数のままだな。
視界の端で由乃がメモを取っていた。
「活動日はほぼ毎日! 生き物を相手にしてるわけだからね。毎日かわりばんこでお世話してるわけ」
「なるほどな」
「質問。爬虫類と言っていたが、具体的には決まっているか?」
冬樹の質問に呉野が一瞬うろたえたように見えた。
もしかしたらまだ決めてなかったんだろうか。それなら額によって決めるって回答しそうだよな……。
「わかったっ!」
「うん、間違いなさそうだね」
呉野が決めあぐねている間に歩美と時哉は解けたようだ。
問題用紙に答えを書き込んでいく。
「どれも魚偏を付けると別の漢字になる言葉だよねっ!」
「そして◯は例文と同じく読み仮名。つまり答えは鮫ってこと」
『 生物部
弱い → ◯◯◯ = いわし(鰯)
占い → ◯◯ = あゆ(鮎)
喜び → ◯◯ = きす(鱚)
交わる → ??? = さめ(鮫)』
問題用紙を確認した呉野は残念そうに項垂れた。
「正解。やっぱ簡単だったかなぁー」
「それじゃあ次の問題に行こうか」
箱の中に手を入れ、次の問題を取り出す。
これは……少し知識が必要かもしれない。生徒会の中でこの分野が得意なのはあの二人だな。
「次の美術部の問題は、由乃頼む」
「かしこまりました」
色の謎を紐解く必要があるみたいだから、きっと芸術関係に強い由乃が最適解だ。
由乃が問題用紙を受け取り、黒板に貼り付けた。
『 美術部
しろ ↔ ブラック
あお ↔ オレンジ
きいろ ↔ パープル
みどり ↔ ??? 』
タイマーがスタートされ、由乃が頬に手を添えながら思考を始めた。
俺も彩木と面談を進めようと、呉野と同じ質問を投げかけたが――
「彩木?」
「……ここはあえて色味を変えた方がメリハリが付くか? それともいっそモノクロに仕上げるか?」
黙々と絵の構想を練っていて、ろくに話を聞いていない。
一心不乱にノートとスケッチブックの間で、ペンを行ったり来たりさせている。
秋良が机の前に立ち、サッと紙類を取り上げる。すると、恨めしそうな表情で彩木の動きが止まった。
「会長の質問に答えろよ」
静かな怒りが込められ、彩木はさらに顔を曇らせる。
何故か外野の蒼灯がニヤケ顔で結莉の肩を力強く叩いていた。野次を飛ばさないだけマシか?
「部員数と活動日を教えてくれるか?」
「……活動報告書を見ればわかるだろ」
「いいから答えろっつーの」
「部員は約20人で月曜と火曜は休みだが、部室自体は休みでも開放されてる。……とはいえ、休みに活動する物好きは俺だけ」
由乃が回答者なので歩美がせっせとメモを取る。
「画材が散乱してたって話についても詳しく教えてくれるか」
「絵の具や筆が床に散らばったり、イーゼルが倒されてた」
「イーゼル?」
「絵を立て掛けるのに使う、折りたたみ式の三脚ですよ」
謎解きをしていた由乃が簡単に説明してくれた。
余裕があるみたいだし、もう解けたんだろう。
「あとは普段締め切っているカーテンが、最近は開いていることがある」
「なんで締め切ってるんだ?」
「直射日光が当たると色がくすんだりヒビ割れの原因になる。画材の寿命を縮めることにも繋がるからな」
美術に関しては人一倍ストイックなようだ。物を大事にするわりには犯人に対してあまり怒っていないのが気になる。
聞きたいことはあらかた聞けたので、由乃に合図を出す。
すぐに「解けたので答え合わせをお願いします」と彩木の注意を引き付けてくれる。この隙にスケッチブックを確認してみると、猫が木の上で寝ている絵が書かれていた。
「この色は補色という対の関係にある色です。なのでみどりの反対は赤ですね」
「合ってる」
「右側は全て英語なので、赤を英語に変換して……答えは『レッド』でしょう?」
一応補色ってのは授業で習うが、日常生活では馴染みある言葉じゃない。感心した様子で彩木が正解を言い渡した。
これで二勝零敗。次の問題を取り出した。
「次は演劇部か……由乃と時哉かな」
「え?」
自分が呼ばれるとは予想だにしていなかったんだろう。キョトンと間の抜けた顔を向けられた。
ひとまず問題用紙を手渡す。
『 演劇部
じょうず ⇔ ◯◯◯
↕ ↕
へた ⇔ ??? 』
時哉は不満げだけど、由乃も二人で相談を始めたみたいだ。
ひょっこりと秋良が俺の隣にやって来る。
「んで? とっきーの選出理由は?」
「前にロミオとジュリエットをやった時に手伝ってくれたから」
「ああ、なるほど」
去年の学園祭で生徒会はロミオとジュリエットを演じた。その時生徒会長を務めていたのは時哉の姉で、助っ人として駆り出されていたのだ。
裏方だったし、多少は演劇用語にも強いはず。
「さて、それじゃ皇にも質問させてもら――」
「解けましたけど」
時哉を制止しようと由乃が手を伸ばしていたが、間に合わなかったようだ。
そういえばあんまり空気を読めないとか言ってたような……。
時哉は今年度から加わったから、まだ阿吽の呼吸とはいかないみたいだ。
「君の答えを聞かせておくれ」
皇のキザな笑顔も相まって、囁き声が妙に甘ったるく、耳から溶けてしまいそうだ。惹かれる人が多いのも頷ける。
「まず『じょうず』と『へた』を漢字に変換する。そして舞台用語では別の読み方……『上手』と『下手』だ」
「ブラボー。観客席から見て舞台上の右側と左側のことだよ。よく知っていたね」
公演後のようにパチパチと熱い拍手が贈られる。時哉は恥ずかしそうに目を逸らし、さっさと元の場所に戻ってしまった。
話を聞くことはできなかったけれど、部活荒らしの被害は手芸部の活動とも絡んでいるようだから、後でまとめて聞けばいいか。
箱から次の問題を取り出した。
「歩美、秋良、調理部の問題を頼む」
「料理ならお任せくださいっ!」
「やっと俺の出番か!」
張り切っている歩美と秋良には悪いが、二人を選んだ事を後悔している。
言わずもがな、由乃からの殺気が背中に刺さってるし、嫉妬の炎がジリジリと周囲を焦がしていく幻聴がする。
でも由乃はたいして料理しないから無理だって。
『 調理部
△△ ⇔ ◯◯◯
△ ⇔ ◯◯
△ ⇔ ◯
△△ ⇔ ???
△△ ⇔ ◯◯ 』
貼り出された問題用紙を一瞥し、案の定由乃は匙を投げ出したようだ。
それにしても、ここ二ヶ月くらいの間に随分と仲良くなったみたいだな。距離感が友達以上家族未満って感じだ。
さて、俺は俺で仕事しないと。生物部と美術部への内容と同じく、まずは部員数と活動日を確認した。
「部員自体は10人くらいかな? 部外者オッケーだからお菓子の日とかはつまみ食いに来る人とかも多いよ。……なっ?」
話を振られた秋良が焦ったように俺の視線から隠れる。
いや、机の下に隠れたところで身体の一部が見切れるくらいだっての。
でも生徒会の仕事をほっぽり出してどこに行ってるのかと思ったら、まさかつまみ食いとはな。あ、たまに由乃がお茶菓子を用意するようになった理由はそれか。
「いいから、お前は謎解きしてろよ」
「へーい」
悪びれもせずに謎解きに戻る姿を横目に、結莉に続きを促した。
「活動日は毎週火曜日と木曜日。食材は前日買い出しに行くんだけど、調理を始めると足りないことがあんだよね」
「何を作る時に足りなくなるんだ?」
「魚が多いな。あと水菜とかほうれん草みたいな葉っぱ系も。お菓子作りの日は全体的に足りなくなるけど、それは頭数増えてるだけだしさ」
どちらかといえば部外者が出入りしていることの方が問題に感じるけど、寛容なのか結莉は一切気にしてないみたいだな。
なんなら他の部も部外者が出入りしてるんだろうか。
「生徒会だと副会長だけじゃなく、庶務さんもご贔屓にしてくれてさー」
「ナイショにしてって言ったのに!」
「歩美ちゃんを餌付けするなんて許せませんっ!!」
「別に怒らないから、ちょっと静かにしててくれ」
思わぬ飛び火に歩美の集中力が削がれたみたいだ。でもそれは秋良にフォローしてもらうとして……
「普段から出入りは多いんだな。なら、犯人の目星はつかないか」
「そもそも家庭科室は授業でも使うしさ、全校生徒でも教員でも犯行可能じゃお手上げってわけ」
「わかった。その点も考慮する」
この面談の意味は始めた時から見え透けている。
わざわざ言葉を選ぶ必要もない。
「解けましたけど、そろそろ答え合わせしていいですかっ?」
「どーぞ」
「この問題は文字が一つもありませんが、ヒントが二つありました。一つは使われている記号が△と◯と⇔ってところです」
「記号がヒント?」
「△は漢字で◯は平仮名。他の方もそうですが、例題と同じように使用してくれてました」
言われてみれば、生物部と演劇部もそうだったな。
「もう一つのヒントは5行だということです」
「調理で5っていうと、俺でもわかるような有名なのがある。調味料のさしすせそってやつだな」
「はい。なのでそれぞれを記号に埋めていきます」
歩美が問題用紙の記号の上に文字を書き込んでいく。
『 調理部
砂糖 ⇔ さとう
塩 ⇔ しお
酢 ⇔ す
醤油 ⇔ ???
味噌 ⇔ みそ 』
「つまり答えは『しょうゆ』です!」
「未だに『せ』が醤油なのは納得いかないけどな」
秋良が余計な一言を添えつつも、これで調理部の問題も正解したことになる。
残りはオカルト部、手芸部、天文部。だけど、まだ部活荒らしの犯人探しも、部費の不正利用の解明も目処が立ってない。
この予算会議の延長戦の中で、答えに辿り着くことはできるんだろうか。