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黎明のウィレンツィア  作者: カワシマ キオ
第四章 国を隔てる連峰
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救出

 一時救出に協力することに躊躇いを見せたダンだったが、覚悟を決めたようにイリスを見ている。だが、その表情は相変わらず硬い。

 本来ならばこのような状態の人間を救助に協力させることは絶対にしないのだが、周囲の男達はダンの手前自分が救助に名乗り出ていいものかと思案していたり、ニーナがナタラ族の長であるダンの娘なだけに救助には並々ならぬ責任を負うため躊躇っているようだった。


 こうなってくると、ダンに協力を頼む他無い。

 イリスとしても二人で救助にあたる以上、協力者が下手を打てば共倒れになる可能性もありできればダン以外を連れて行きたかったのだが、ニーナの状態を思えばこれ以上人選に時間を費やすわけにはいかず、覚悟を決めた。

 

「じゃあこの紐の端を……」


 イリスが乗るフラッデルに巻き付けたロープの先をダンに手渡し身体に結び付けてもらおうと思った矢先、すぐ後ろにあるニーナが落ちた大地の裂け目から岩が崩落する大きな音が響いた。

 咄嗟に大地の裂け目を振り返ると、今までのような小さな崩れ方ではなく、周辺の地面が抉れるように大地の裂け目の底に向かって落ちていくのが見えた。


「ニーナッ!!」

「っ!」


 咄嗟にダンが叫び声を上げ大地の裂け目に向かって駆け出そうとするが、それよりイリスがフラッデルを踏み込み大地の裂け目に向かって発進させるのが先だった。


(お願い、間に合って!)


 イリスは大地の裂け目の真上まで飛ぶと、今度はフラッデルの先端を掴んで上に向ける。体勢を低くして空中でくるりと円を描くように縦に一回転し、そのまま底に向かって一直線に飛び込んだ。


「おいっ!!」


 ダンは駆け出したまま何も出来ず、大地の裂け目に向かって飛び込んだイリスを見ていることしかできなかった。思わず叫んだその声は、岩盤の崩落の音に掻き消される。


(真上に飛び上がることは出来ないんじゃなかったのかよ!!)


 先程イリスが語っていたフラッデルの走行上の問題点は、ダンにはあまり理解することができなかったのだが、フラッデルが万能ではないということはダンの頭でも理解できた。だからこそ、二人乗りで大地の裂け目の上まで行って、そこからもう一人がロープで下に降りてニーナの救助にあたるはずだったのだ。


(あんの馬鹿!お前はウィレンツィアの王女だろうが!!)


 おそらくニーナの危機に、咄嗟に身体が動いたのだろう。サンスタシア帝国のインペリアルガードだと本人は言っていた。職業上、皇帝を護るためにその命など惜しまないのだろう。

 だが実際は、ウィレンツィア王国の生き残りの王女なのだ。こんなところで一人の女の子を救う為に失っていい命ではない。


「!!」


 自身の不甲斐無さと怒りとで思考が纏まらないダンの横を、イリスの乗るフラッデルに括りつけられたロープが風のように飛んでいっていた。気付けば地面に落ちているロープはもう残り僅かだ。


「まてっ!!」


 咄嗟に伸ばしたダンの手が、後残り僅かのところでロープのもう一方の端を掴むことが出来た。

 

「なっ!!」


 だが、フラッデルの走行を男一人の力で止めることは出来ず、ダンの身体はあっという間にロープに引っ張られるようにして地面を転がった。


(かしら)ぁ!!」


 その様子に、周囲にいた男達が次々にダンの身体に覆いかぶさる。それでも直ぐには止まらずロープはずるずると男達の塊を引き摺っていたが、最後の数人が綱引きのようにロープを引く頃には、何とか大地の裂け目から五メトルというところで引き摺られるダンの身体を止めることに成功した。


「大丈夫かっ!ニーナはっ!!」


 ロープが止まったことで、ダンは覆いかぶさる男達の隙間から大声を張り上げた。

 大地の裂け目の中に落ちたロープの長さ的にニーナがいた場所までは届いているだろうが、崩落に巻き込まれて引っ掛かっていたニーナの身体も底に向かって落ちていた場合は、このロープの長さでも足りないかもしれない。


 ダンは祈るような気持で、大地の裂け目からの返答を待った。




◇◇◇   ◇◇◇




(お願い、間に合って!)


 イリスは大地の裂け目の真上まで飛ぶと、姿勢を低くしてフラッデルの先端を掴み、上を向かせてその場で円を描くようにくるりと宙返りをした。フラッデルは急に方向転換できる乗り物ではないので、平行移動から垂直移動に移るためにはこうするしかないのだ。

 縦に一回転する間に、イリスは視線を常に大地の裂け目に向けて内部の状況を確認する。

 ニーナが引っ掛かっていた側の地面が更に崩壊し、底に向かって今まさに落ちていっているところだった。


(ニーナはっ!)


 イリスがニーナがいた辺りを見れば、崩落している地面のちょうど脇のところだったらしくまだ先程の状態のまま岩肌に引っかかっていた。だがその刹那、崩落の影響かニーナの体重を支えきれなくなったのか、ニーナの服が引っ掛かっていた岩肌が崩れニーナの身体が大地の裂け目の真っ暗な闇の中を舞った。


「っ!!」


 一回転を終え垂直走行に移ったイリスは、何も考えず大地の裂け目に向かって直滑降した。

 無論、この状態で突っ込んでも浮上する術がない事はイリスとて百も承知だ。けれど、目の前で小さな女の子がその命を落とすかもしれない状況に置かれているのに、自身の身の安全を優先してそれをただ黙って見ているなんてことはどうしても出来なかったのだ。


「ニーナッ!」


 闇に吸い込まれていくかのように底に向かって落ちていくニーナに向かって手を伸ばす。その手がニーナの腕を掴んだ瞬間、イリスは自身に向かってその身体を強く引っ張り抱えた。

 イリスが大地の裂け目に飛び込んでから、僅か数秒の出来事だった。


(でも、ここからどうしたらっ)


 ニーナを抱えたイリスは、フラッデルのペダルを踏んでその機能を停止させた。

 このまま起動していても下方向に向けて飛ぶしかなく、逆に落下より速度が出てしまうのだ。またこの場で先程やったように縦に半回転して方向を変えるには、幅が狭くそれも出来なかった。


(最悪、底に着いたらフラッデルを起動させてみて、後は私がニーナを抱えていればニーナだけは何とかなるかも)


 起動させれば浮力が生まれる。だがこの状況でそれをすれば、落下の力と浮力が磁石の同極同士をくっつけた時のように反発し合って、イリスの身体は思わぬ方向に飛ばされてしまうのだ。おそらく大地の裂け目の壁面に叩きつけられてしまうことだろう。


 だがどんな状況になってもニーナだけは護って見せるとイリスが思っていた矢先、逆さまになって落下していたイリスの身体が急にぐんっと上に向かって引っぱられた。

 その力に、イリスの身体は逆さ吊りの状態で止まる。だが、ロープを引く反動でイリスの身体は大地の裂け目の壁面に思い切り叩きつけられた。


「大丈夫かっ!ニーナはっ!!」


 遠くでダンの叫ぶ声が微かに聴こえた。岩肌に叩きつけられ体中が痛い中なんとか上を見上げれば、今度は大地の裂け目の縁にロープが引っ掛かったことでその周辺の地面が崩れ、上からいくつもの岩がゴロゴロと振ってきていた。


「っ!」


 イリスは咄嗟にニーナの身体を抱え込み、フラッデルを平行にして少しでも盾になるようにしてその身を護る。フラッデルの底面に岩が当たってガンッという音が鳴った直後、軌道はズレたものの底に向かって落ちていく岩がイリスの肩を強打していた。


 崩落が落ち着いた所で、もう一度上を見上げる。逆さ吊りの状態でよくは見えないが、崩落は一旦収まったようだ。

 腕の中のニーナを見れば、今の崩落による怪我はないようだった。ただ、もともと衰弱しているため顔は青白く息も絶え絶えだった。


「だい、じょうぶ、掴みました!」


 イリスが懸命に声を張り上げる。この深さでは届かないかと思ったが、直ぐにダンの声が返ってきた。


「良かった、無事なんだな。このまま引っ張り上げるぞ!」

「待って!」


 その時初めて、イリスはこの状態で助かったのはフラッデルに結んでいたロープの端をダンが掴んでくれていたからだと理解した。

 だがこのままロープを引っ張られたら、先程同様周辺の地面がその負荷に耐えられず崩れ、下にいるイリス達に危険が及ぶ。

 イリスだけなら崩落があったとしても耐えられるかもしれないが、ニーナに当たる危険性もあるし、万が一イリスが崩落してきた岩で頭などを打ち気を失ったら、ニーナから手を離してしまうかもしれない。それだけは避けたかった。


(何とかフラッデルを上に向けさせることが出来れば)


 今イリス達はフラッデルの真ん中に結ばれたロープによって逆さ吊りの状態だ。このロープをイリスの左足、フラッデルの前側に少しでも移動させることが出来ればフラッデルは傾いて先端が上を向くことになる。その状態で発進すれば大地の裂け目から抜け出ることが可能だろう。


 イリスは少しずつ身体を動かして、後方の右足に体重をかけロープを移動させようと試みる。

 女子供とはいえ人二人分の体重を片方にかけるわけなので、ロープは思ったよりも順調に左足の所まで移動し、イリス達はフラッデルに斜めにぶら下がっている状態になった。


「今から脱出します。私が大地の裂け目から飛び出したら、ロープから手を離して下さい!」

「分かった!気を付けろ!」


 きっと脱出する方法など微塵も分からないだろうが、イリスの言葉に疑問を抱かず全面的に信用してくれている言葉が返ってくる。イリスはそのことに少しだけ笑みを浮かべた。


 ニーナから片手を放し、その手でフラッデルの先端を掴む。それと同時に身体を揺らして大地の裂け目の壁にフラッデルを押し付けると、足を踏み込んで起動させた。

 真っ暗で静かな大地の裂け目の空洞の中に、フラッデルの起動音が響き渡る。壁面から僅かに浮いたのを確認すると、イリスは再び壁面にフラッデルを押し付けるようにしてペダルを踏み込み一気に加速した。


「なっ!」


 フラッデルを二度も壁面に押し付けたためか、再び崩落が起こる。先程の崩落よりは小さいが、上から拳程の岩がゴロゴロと落ちてくるのが見えた。

 先程はフラッデルを盾のようにして逆さ吊りの身を護ったが、今回は盾となるものが何もない。イリスは出来るだけニーナを懐に抱え、腕を顔の前に翳して視界を確保しながら落下してくる岩に備えた。


「っつ!」


 岩が落下する速度にイリスが上に向かって飛ぶ速度が加わり、大きさこそ小さいが先程の比ではない岩の衝撃がイリスの身体に直接ダメージを与えていく。

 だが漸く崩落の岩の中を抜けて大地の裂け目から飛び出せると思ったその時、拳程の大きさの岩がイリスの側頭部を掠めていった。


「……っ!」


 ダンが祈るような気持で大地の裂け目を見つめていた時、そこから一陣の風が上空に舞い上がった。ニーナを抱えたイリスだ。

 周囲にいた男達も歓声を挙げ、先程のイリスの指示通りロープから手を離して救助成功を喜び合い出す。だがダンだけは、上空に向かって飛び上がったイリスの異変に気付いていた。


(何だ?どうした?)


 変わりなく飛んでいるように見えるが、身体に力が入っていない。様子がおかしいことに気付いて駆け出せば、イリスを乗せたフラッデルは上空でピタリと停止し、イリスの身体もだらりと垂れ下がった。


「ニーナッ!」


 イリスは気を失っているようで、ペダルから離れた足によって走行を停止したフラッデル共々真っ逆さまに降下を始める。そしてイリスに抱えられたニーナの身体もその手を離れ、宙に投げ出された。


(まずいっ!ロープも!!)


 男達は先程のイリスの指示に従い、すでにロープから手を離している。このままでは二人共再び大地の裂け目に落ちてしまうだろう。

 だがダンは空中に投げ出されたニーナから目を離すことが出来ない。声だけで指示を出そうとしたその時、遠くからの大声がその場に響き渡った。


「ロープを掴め!離すなっ!!」


 上昇から一転、急にニーナ共々落下を始めたイリスに驚き動きを止めていた男達が、その声に現実に引き戻され急いで自分達の足元に落ちているロープを掴んだ。その横をレオンとリュカがそのまま走り抜け、駆け付けたロイがロープを掴むとすかさず指示を引き継いだ。


「そのまま一気にこっちに向かって引っ張るんだ!」

「お、おうっ!!」

 

 呆気に取られながらも、突然現れたロイの指示に従い男達が一斉にロープを引く。ロープに引っ張られ、落下していたイリスの身体は起動したままのフラッデルの浮力もあり空中で弧を描くようにこちら側に飛んできた。

 そしてそのまま地面にイリスの身体が叩きつけられる前に、落下地点を予測し走り込んでいたリュカとレオンがその身を受け止める。


「ふぅ、……間に合った」

 

 イリスの無事を確認しほっと胸を撫で下ろしたロイが視線を向ければ、大地の裂け目の手前ではニーナを抱えたダンの姿が目に入った。

 どうやら投げ出された時に大地の裂け目よりも手前に向けて落下していたようで、ダンも間一髪のところでニーナを受け止めたようだった。



 大地の裂け目が目の前にあるということが分かっていたが、その時のダンはもう何も気にならなかった。

 もしニーナを受け止めて大地の裂け目に落ちたのなら、全力でニーナの身体を投げ上げ、ニーナだけでも助けようと思っていた。だが運よく、イリスがフラッデルで上昇していた際に真上ではなく少し斜めに上昇していたようで、その手を離れニーナの身体が投げ出された場所は、大地の裂け目より手前だった。


 ダンは落下地点に手を伸ばし、飛び込むようにしてその身を受け止めた。地面に叩きつけられる前に受け止めたが、すぐさま体勢を立て直してニーナの安否を確認する。

 ニーナはダンの胸の中で青白い顔をしているものの、生きて呼吸をし、今目の前にいて触ることが出来ている。ダンはニーナの存在を確かめるように、ぎゅっと力強くその身体を抱きしめた。


「今度は間違えなかったよ……兄さん」

 

 自分に言い聞かせるように、小さく呟く。

 眼帯に覆われた今は閉じられている左目から、雫が一粒流れ落ちダンの頬を濡らしていた。






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