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黎明のウィレンツィア  作者: カワシマ キオ
第四章 国を隔てる連峰
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大地の裂け目

 フラッデルを起動して直ぐに高度を上げ、一切の障害物を躱し山肌を一直線に駆け降りる。

 ニーナの危機を知らせに来た男の上を通り過ぎる際、男が何かを叫びながら腕を伸ばして方角を示してくれた。おそらくニーナが落ちた大地の裂け目の場所だろうと察し、止まることなくその方角にフラッデルの先端を向けた。


 先程のダンの話だと、大地の裂け目は大きい物だと百メトルの深さがあると言っていた。今どういう状況かは分からないが、一分一秒を争う事態であることは間違いない。……寧ろ、その深さまで落ちたのならば先ず助からない。


(お願いニーナ!無事でいて!!)


 イリスは祈るような気持ちで、フラッデルを走らせ続けた。



 どのくらいフラッデルを走らせていただろうか。全速力で山を下りていたため、風を切る空気の冷たさが衣服に覆われていない顔の表面や手先の感覚を徐々に奪っていっていた。

 大陸全土が温暖で過ごしやすい気候のラプェフェブラ大陸ではあるが、標高の高い山の上は例外だ。ストレアル山脈唯一の登山道があるこの場所が、何とかギリギリ重装備でなくても過ごせる気候と気象を保ってはいるが、それでもフラッデルで走行していると冷気の刺すような痛みが肌に突き刺さった。


 程なくして、ダンと別れた山小屋が見えてきた。山小屋の前には大勢の人だかりができていて、ロープなどを持った人もおりニーナ救出のための何かをしているようだった。

 その群衆の中の一人が、近付いてくるフラッデルに乗ったイリスを見つけて声をあげる。その声につられるようにして空を見上げた人々は次々に声をあげ、辺りは瞬く間に騒然となった。


 群衆は初めて見るであろうフラッデルに驚いた様子だったが、それでも皆ニーナを助けたい一心で驚きと興奮を押し殺し必死に同じ方角を指し示しイリスに行く先を教えてくれていた。それに感謝しつつ、イリスはそのまま皆の指し示す方角に向かって飛んだ。


 山小屋から少し行くと直ぐに、山肌の一画に集まった男達の姿を見つけることが出来た。おそらくあそこに、ニーナが落ちた大地の裂け目があるのだろう。

 イリスはそこに向かって徐々に高度を下げると、男達の後方でフラッデルを停止させた。


「ニーナはっ?」


 フラッデルを足から外し片手に持ってイリスが駆け寄ると、男達が一斉にイリスを振り返った。


「お前っ、来てくれたのかっ!」


 人だかりを掻き分けるようにしてダンが現れる。その顔は予想外だとでも言うように、イリスの到着に驚いた表情を見せていた。


「集落の人が、ニーナが大地の裂け目に落ちたって教えに来てくれて」

「どいつだ……余計な真似しやがってっ」


 イリスの言葉を聞くなり、ダンは舌打ちをして視線を逸らした。どうやらダンの口振りからするに、ダンがイリスに救助を要請したわけではなく集落の誰かの独断のようだ。

 昨晩集落でレオンとロイがナタラ族の男達と戦闘になった際に、イリスがフラッデルで止めに入ったのを集落の男達は目撃している。大地の裂け目に落ちたニーナを救出するために、フラッデルが最適だと考えて呼びに来てくれたのだろう。


「フラッデルでの救助活動は帝都でもよく行っていたの。私を呼びに来たのは正しい選択だと思う!それで?今の状況は?ニーナはどうなってるのっ!」


 舌打ちをしているダンに憤り今はそんな場合じゃないとイリスが言い募れば、ダンは慌てたようにイリスの両肩を掴んだ。


「そうだ、ニーナ!ニーナが大地の裂け目に落ちて!」

「先ずは落ち着いて。それはさっき聞いた。場所は何処で、今どんな状況で、貴方達は今ここで何をしているのかを教えて」


 気が動転しているダンを落ち着かせる様に、イリスは両肩を掴んだダンの腕に手を乗せる。一つ一つ確認するように聞きたいことを問えば、ダンは目を見開いた後、少し落ち着いたようでイリスを掴んだ両手を離しその手で頭を掻いた。


「ああ、そうだな、すまん。場所はすぐ先だ。そこに大地の裂け目がある。……近付けなくて、ニーナの状況は分かっていない」

「……近付けない?何故?」


 イリスはすぐ目の前にあるという大地の裂け目を探す。ここからだと岩と石の山肌しか見えないが、どうやらそこの地面が割れているらしい。


「その近くを歩いていたニーナが、大地の裂け目の周辺が崩落したのに巻き込まれて落ちたんだ。崩落はまだ止まっていない。これ以上の犠牲を出さないためにも、迂闊に近付くことができないんだっ」


 悔しそうにダンが言葉を詰まらせる。本当なら真っ先に駆け付けて助け出したいだろうに、ナタラ族の長として全体を考えた行動を取らざるを得なかったのだろう。

 イリスは大地の裂け目がある方に意識を集中させる。すると確かに、カラカラと小石が転がる音が微かにしていた。この状況で近付けば二次災害の危険があるだろう。


「でも、なんでまたニーナはこんな場所を歩いていたの?」

「それは……」


 そこでダンがイリスから視線を逸らし言い淀んだ。その様子に痺れを切らし、イリスは声を荒げ問いただす。


「今は一分一秒を争う事態なの!隠さないで教えて!」


 イリスの言葉にダンは一瞬逡巡したものの、視線を逸らしたまま口を開いた。


「……山小屋の前でお前達と別れた時、どうやらニーナが起きていて俺達の会話を聴いていたようなんだ……」

「!!」


 先刻ダンと山小屋で別れた時、イリスの背中で寝てしまったニーナをダンに受け渡した。体勢が変わった際に少し声をあげていたニーナだったが、すぐにダンの腕の中でも気持ちよさそうに寝息を立てていたはずだった。だが体勢が変わった時に眠りが浅くなって、どうやら意識があったらしい。

 イリスはあの時、ニーナの母親であるノーラが熱を出していることや、薬草を採りに行かなくていいのかという話をダンとしていた。それを夢現の中でニーナは聞いたのだろう。


「私のせいだ……」


 イリスの顔から一気に血の気が引き顔面蒼白になる。身体がガクガクと震え力が入らず、イリスは持っていたフラッデルを取り落とした。イリスの手から離れたフラッデルは、岩と石で覆われた山肌にぶつかりガチャンという硬質な音を立てる。


 そんなイリス様子を見たダンは、イリスの両肩をガシリと掴んだ。


「お前のせいじゃない。あの時、大地の裂け目の近くに目的の薬草があると言ったのは俺だ。それを聞いたニーナが、一人で採りに行ったんだ。俺のせいだ」

「違う、だって、私がニーナの前でノーラさんの話をしなければ……」

「そうじゃない。俺はニーナを一人にして山小屋で仕事をしていた。俺が仕事終わりに薬草を採りに行くより、今自分が採ってきた方が早いと思わせたのは俺が忙しくしていたせいだ。お前は悪くない」


 きっと、ダンも大地の裂け目に落ちたニーナを救い出すためには、フラッデルを持ったイリスが最適だと分かっていたのだろう。けれど、何故ニーナが落ちたのかという話になった時こうしてイリスが気に病むだろうと分かっていたから、ダン自身はイリスに救援を求めなかったのだ。

 だがそれを見かねて、集落の男達が使いを出し、イリスを呼びに行かせたのだろう。


 イリスは空気を吸おうとするが、上手く吸えずに呼吸が苦しくなり胸を押さえた。心臓の鼓動が早く、耳の奥で煩いぐらいに鳴り響いている。

 そんなイリスの様子を見たダンは、イリスの肩に置いていた手を離すとそのまま振り下ろし、イリスの両肩を勢いよく叩いた。


「いいか、お前のせいじゃない。こうなったらお前には救助を手伝ってもらう。だから頼むからしっかりしてくれ!お前だけが頼りなんだ!!」

「……っ!」


 ダンの言葉に、イリスが顔をあげた。


(そうだ、こんなことしている場合じゃない!)


 イリスは両手で自分の頬をバチンと叩くと気持ちを入れ替えた。悔やむのも反省するのも落ち込むのも後からいくらでもできる。今は先ず、ニーナの救出が最優先だった。


「……ごめんなさい、もう大丈夫。とりあえず一度上空から見てみるから」

「分かった、よろしく頼む」


 地面に落ちていたフラッデルに足を乗せ、強く踏み込んで起動させる。その様子に気付いて、周囲にいた男達が左右に割れてイリスの前を開けてくれた。イリスは素早く足を飛び出してきたベルトで固定すると、直ぐさま前方に向かって飛び立った。



 探すまでもなくダン達がいる場所の五、六メトル先に、地面が割れている箇所があった。これが大地の裂け目なのだろう。

 イリスはフラッデルをホバリングの状態にして、ちょうど地面が割れているところの中心辺りで空中に留まるようにし穴の中を覗き込んだ。


 大地の裂け目は地震で地面が割れたような亀裂であり、その幅は二、三メトルといったところだった。

 そしてその割れた縁の所からは、小さな小石がカラカラと音を立てながら裂け目の中へ落ちていっている。あの場所がつい先程崩落した箇所なのだろう。


 その亀裂の縁に、イリスは見たこともない草が生えているのを目にした。

 おそらくこれがニーナが採りに向かった薬草なのだろう。葉の色は薄く白っぽくも見える緑色をしていて、その葉の先には小さな白い花が無数に付いていた。粉雪が舞ったような薬草だった。


 未だかつて見たことのない大地の裂け目を落とし穴のような物だと想像し、底が見えないというダンの言葉に半信半疑だったイリスだが、こうして大地の裂け目の真上にきてみて初めて、ダンの言葉が誇張でも何でもないことを知った。


 何処までも深く鋭利な亀裂は、底が全く見えないのだ。

 まさに大地を割って造ったと言わんばかりのその裂け目は、この世の全てのもの、光でさえも呑み込んでしまいそうなほど暗く静かで見ているだけで吸い込まれてしまいそうだった。


 中を覗き身を震わせていたイリスは、視界の先、地表から五メトル程の裂け目の幅が狭くなっている部分に、人影があるのを見つけた。


「ニーナッ!」


 力なく項垂れる小さな人影。ニーナだ。途中の切り立った岩に背中側の服が引っかかったようで、吊られる形で宙に浮いていた。衣服に身体が引っ張られているが、どうやらニーナが履いている吊り下げのスカートの紐が引っ掛かっているようで首は圧迫されていないようだ。目立った出血も外傷もなさそうに見えるが、ここからでは状況がよく分からなかった。


「ニーナッ!大丈夫か!!」


 イリスがニーナを呼ぶ声を聞いて、ニーナを発見したのだと分かったダンの悲痛な叫びがその場に響き渡る。

 その声に、俯いていたニーナが僅かに顔を動かした。


「た……け、て、おと……さ」


 絞り出すようなか細いニーナの声が、イリスの耳にははっきりと聴こえた。






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