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黎明のウィレンツィア  作者: カワシマ キオ
第四章 国を隔てる連峰
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ニニチカの夜

 程なくして一行は、集落の最奥であり斜面の一番高いところに建てられたダンの家に着いた。


 改めて見ると、布でできているとは思えない程大きな家だ。その大部分が乳白色の布を使用しているだけに、極彩色で美しい紋様が描かれている出入り口に使われている布は、乳白色のテント式住居を彩る艶やかな装飾品のようだった。

 ダンが入り口として垂れ下がっているその布に手を掛けて捲り上げ、後方に立つ一行に中を見せながら片側だけ口角を上げてニヤリと笑った。


「ここが俺の家だ」


 紹介しておきながらさっさと入ってしまったダンに続き、レオンが警戒しつつも布を捲り上げて中に入る。続くロイが布を捲り上げて持ったまま先を促してくれたので、イリスとリュカが先に入り、最後にロイが布を降ろしながら中へと足を踏み入れた。


「綺麗……」


 イリスが先程一瞬フラッデルを取りに入った時は周囲をじっくり観察する余裕がなかったが、改めて見ると内部はかなり広い空間であり、綺麗に整えられた内装や伝統的な模様が描かれた調度品など、細部に視線を巡らせてイリスは思わず感嘆の声を漏らした。


 テントのような建物のため、中には壁や仕切りは一切なく一つの空間となっている。下には全面にラグが敷かれており、地面からの冷えはなく温かくさえ感じた。

 ここは居間と台所を兼ねているようで、周囲にはチェストや飾り棚などの調度品が置かれているし、その反対側には竈や流しといった調理場も配されている。

 そして中央には存在を主張するような太い柱が一本立っており、天井を見上げれば、その太い柱の先端から三角錐状に布が垂れ下がり屋根を形成していた。


 一同が初めて見る住居に気を取られていると、ダンが左脇の部分に掛けられていた布を捲りながら声を掛けてきた。


「今日はここで休んでくれ」


 調度品が置かれていた場所の隣の布を捲り上げたまま、ダンが先を促す。その布の奥には更に空間が広がっているようで、近くにいたイリスが一番にその布の入り口を潜った。


「わぁ……」


 続き部屋となっていたそこは、さっき居た部屋と比べて小さな空間ではあったが、円形の空間に沿うようにベッドが二つ置かれた独立した部屋になっていた。

 おそらく先程の部屋と同じ造りでそれよりも小ぶりなテント式住居を、隣接させて続き部屋にしているのだろう。先程の主室には他にもいくつか布が掛かった場所があったので、おそらくそこが入り口で、今いる部屋の他にも同じような部屋が幾つかあるのだろう。

 

 イリスは改めてゆっくりと室内を見渡す。ベットの他には床に敷かれた柔らかなラグしかない。足を踏み入れると足の甲まで埋まりそうなくらい毛足の長いラグは、フカフカとして心地よかった。

 先程の部屋とは違って、中央に位置する柱が邪魔でベッドの他には何も置けないくらい狭い空間なのだが、こぢんまりとした部屋はまるで秘密基地のようで、どこか気持ちが高揚するようだった。


「寝床は二つしかないが、まぁ野宿よりは快適だろ?」

「……ああ、感謝する」

「さっきも言ったが、お前らのことは外で見張らせてもらう。……今日はゆっくり休め」


 最後にこの部屋に入室してきたレオンが短く礼を述べると、ダンは軽く手を振って捲っていた入り口の布を降ろしてそのまま先程の部屋へと戻って行ってしまった。

 その背中を見送った後、ロイがベッドにどさりと腰を下ろすと、部屋の中央に突っ立って周囲を眺めていたイリスを仰ぎ見た。


「……それで?なんでイリスは攫われたわけ?」

「ああ、それは……」


 相手を見下ろしながら話すのも気が引け、イリスは同じように反対側のベッドに腰を下ろす。するとその隣にレオンが座り、皆が座ったのを見て慌ててリュカもロイの隣に腰を下ろした。

 リュカの慌てぶりに目を細めながら、皆が座ったのを確認してイリスは口を開いた。


「どうやら私達が登山道の入り口に差し掛かったところから、普通の旅人ではないとナタラ族の人達から警戒されていたようなの」

「ああ、やっぱり。そうじゃないかとは思っていたけど」


 イリスの言葉に、納得したようにロイが深く頷く。


「リュカを人質に取ってる辺りで異変に気付いて身を潜めて様子を窺っていたんだけど、相手の目的が不明だったから手が出せなくて。ごめんね」

「ううん。きっとそうだろうなって私も思っていたから、大丈夫」


 やはりレオンもロイも異変には気付いていたようだ。人質に取られた当のリュカがこの話を驚かずに聴いているところをみると、おそらくイリスを救出にナタラ族の集落に向かっている途中で説明されたのかもしれない。


「ダンさん達も、明らかに普通の旅人じゃない私達三人とそれに護られるリュカを見て、リュカをどこかの要人だと思ったみたい。それこそ私達のことを人攫いだと思っていたのかも。私に剣を向けて、リュカのことはダンさんが保護していたしね」

「ええ、俺が要人って……」

「まぁ、でもそれならあの行動も納得だよね」


 そうなのだ。リュカは納得できない様子で首を捻っているが、おそらくイリス達の状況を見てダンは、リュカを攫われたどこぞの要人だと思ったのだろう。だから最初にダンがリュカを保護したのだ。

 

「でも私がフラッデルを持っているのを見付けて、私の方こそ常人じゃないと思ったか、もしくは盗人だとでも思ったんじゃないかな。話を聞き出すべく、私を攫ったんだと思う」

「まぁ、フラッデルを見ちゃえばねぇ……。そう感じても仕方がないか」


 フラッデルは各国とも、国で数台を保有する程度の貴重な機械なのだ。一個人が持っているはずはなく、不審に思われても仕方がなかった。


「だから私の素性と、ストレアル山脈越えの理由はダンさんには正直に話してあるの。私が何者か知って私の敵が誰かを理解したからこそ、きっと今晩の見張りを買って出てくれたんだと思う。他の集落の人達には、得体が知れない私達を見張るなんて言っていたけれどね」


 イリスが私見を述べれば、それには腕を組んで話を聞いていたレオンも僅かに頷いた。


「まぁ、おそらくそうだろうな。俺達のことを完全に警戒しているのならば、見張りを立ててまで集落に留めておく必要はない。だが……」


 そこで一旦言葉を区切ったレオンは、座り直して隣に座るイリスの方に向き直った。


「今回のことは仕方がないが、今後はあまり簡単に色んな奴に素性を伝えるべきじゃない」

「……そうだねぇ。今回はこっちも得たい情報があるから正直に素性を明かす必要があったけれど、今後は出来るだけ控えた方がいいよ。ゲイリーは例外として、こうやって普通に暮らしている人ならイリスの顔を見たことがある人なんてそうそういないからね」

「そうだよね。……うん、今後は気を付ける」


 レオンの言葉にロイも追随する。ゲイリーがイリスの顔を知っていたのは本当に偶然であり、今後旅を続けていく中でそんな人とお目に掛かることはほぼないだろう。

 ゲイリーという特例に最初に出会ってしまったがために感覚がおかしくなっているが、今後は容易に素性を明かさないようにしないといけないとイリスも気を引き締め直した。


「じゃ、話はこのへんにしておこう。とりあえず好意に甘えて今日は皆で休ませてもらおうよ。明日はストレアル山脈を越えてエダルシア王国入りだからね。体力をつけとかないと」


 場の空気を和ませようと、ロイが隣に座るリュカの背中をバシバシと叩いた。それを避けるように身を捩りながら、リュカが非難の視線をロイに向ける。


「痛ってぇ。……言われなくても分かってるよ」


 通常ストレアル山脈越えは、一日目にサンスタシア帝国側の中腹まで登ってそこにある山小屋に一泊し、二日目にそこから頂上を越えて下りエダルシア王国側の中腹にある山小屋に一泊して、三日目に下山するというのが一般的だ。

 だがここは既に山の中腹である。サンスタシア帝国側にある山小屋まではまだ距離があるようだが、明日は一気にエダルシア王国側の山小屋まで行くつもりなのだ。明日が一番移動距離も高低差もあり過酷な道程になる。特に一番体力のないリュカは、体力を回復させておくことが大事だった。


「ベッドはイリスとリュカが使うといい。俺とロイは柱の脇で」

「えー!」


 話は終わりとばかりにベッドから立ち上がったレオンがとロイの肩に手を置きながら声を掛けると、自身は中央の柱の横に腰を下ろした。

 レオンの言葉に不満気な声を上げながらもロイはその決定に反抗する様子は全くなく、ベッドの上にある掛け布を一枚取るとレオンとは反対側の柱の脇にゴロンと横になった。

 ベッド二つで手一杯の空間ではあるが、柱の両脇に一人ずつ横になれない程ではない。


「今日は色々あったからね、休める時に休んどこう」


 誰に言うでもなくそう口にしたロイは、自身を覆うように掛け布に顔まですっぽりと包まった。頭の先の藍色の髪の毛だけが、掛け布の端から覗いている。

 二人を差し置いてベッドを使うことに躊躇していたイリスも、レオンとロイに素早く対応されてしまってはもうそれに従うしかない。ベッドに置かれていた掛け布を一枚レオンに手渡すと、仕方がなくベッドに横になった。遠慮して好意を無駄にするより、皆で十二分に休息を取った方が効率的だ。

 イリスの行動を見て諦めたように、リュカも無言でベッドに身体を横たえる。それらを確認してから、レオンも掛け布を纏いながら床に敷かれたラグの上に横になった。


「折角の機会だ。とりあえず今夜はゆっくり休もう」


(……レオンの声が遠くに聴こえる)


 安堵と共に、疲労感が身体の隅々にまで広がっていく感覚に囚われる。途端に身体が鉛にでもなったかのように重くなり、ベッドに沈み込んでしまうようだった。

 自由にならない身体に、イリスは早々に抵抗することを諦めた。閉じようとする瞼に抗わず視界を閉ざすと、イリスは知らぬ間にそのまま深い眠りについていた。


 こうして、ニニチカでの夜は静かに更けていったのだった。

   





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