それぞれの想い
驚きと困惑、身勝手な申し出に対して少しの怒りを孕んだ三者三様の視線がリュカに突き刺さる。だがその視線に怯むことなく、リュカは尚も追い縋った。
「一人で置いてきたんだ。きっと不安なまま夜を過ごしたはずだ。あいつを連れてからなら城でも何処へでも行く。だからまず、あいつを迎えに行かせてくれ!」
イリスの腕を掴むリュカの手に力がこもる。その手をレオンが乱暴に引き剥がしながらリュカに冷たい視線を向けた。
「連れがいることは分かった。だがお前はドルシグ兵に、ひいてはエルヴィン皇子にも追われていた身だ。エルヴィン皇子の目的も分からない今、お前を自由に行動させることはできない」
「まぁまぁ……。連れのことなら大丈夫。僕達で城まで安全に連れてくるよ」
少々強引になっているレオンの肩に、ロイが手を置いて落ち着かせる。レオンは不快そうに眉を顰めロイの手を肩から振り払ったが、少し冷静さを取り戻したようだった。
レオンは息を吐いて気持ちを落ち着かせると、耳輪の無線に手を伸ばす。追加でリュカに連れが居たことを報告するためだ。
だがそうした周囲の状況の変化にも全く気付かないようで、リュカは必死に声を荒げ続けた。
「だって、あいつがどんな奴かも分からないだろ!頼む、すぐにあいつを見つけて戻るから!」
リュカの必死な形相にイリスも絆されかけるが、一国の皇子が自ら追って来るような人物であるリュカを一人で行動させることは出来ない。何としても保護しておかなければとイリスも説得を試みる。
「名前と外見的な特徴を教えて?私達がサンスタシア帝国の名にかけて、必ず安全に連れ帰ると約束するから」
イリスの提案に、リュカの顔には初めて少しの迷いが浮かんだ。リュカの表情の変化を見逃さなかったイリスはこれを機に畳み掛けようとしたが、それはレオンによって遮られた。
「テオドール帝から許可が出た。こいつを連れてヴェントの町へ向かう」
「「「えっ」」」
まさかの言葉に、イリスとロイ、そしてリュカまでもが驚いてレオンを見た。
レオンは不機嫌に顔を歪め、嫌々と言った風体を隠すことなくぶっきらぼうに告げる。
「現状を報告したところ、エルヴィン皇子が自ら追って来るような人物の連れならば早くこちらで保護した方が良いとの判断が下った。エルヴィン皇子の後を追う形になるので、こちらは街道を逸れてドナの森の中を迂回して進むことになる」
「それにしても、危険なことに変わりないと思うけど……」
ヴェントの町とウィレンツィア王国では途中で道が分かれるのだが、どちらに向かうにしてもドナの森の中を西に走る街道を、森を抜けるまでは真っ直ぐに進むしかない。
その道を今エルヴィン皇子が通っているので、こちらは街道を逸れて森の中をフラッデルで向かうということだが、それでも目聡いエルヴィン皇子が気付かない保証はない。
眉を顰めたイリスにレオンが同調するように頷きを返したが、次に諦めたように大きな溜息を吐いた。リュカを連れてヴェントの町に行くことに、レオンも完全に同意しているわけではないようだ。
「こいつとそのヴェントの町に居る奴と、どちらがエルヴィン皇子にとって重要人物か分からないため、保護を優先とのことだ。とにかくこいつを三人で護衛しながら町まで連れて行って、連れと話をさせて即その身柄を確保、二人纏めて保護だ」
確かにエルヴィン皇子にとって、どちらが、もしくはどちらも重要人物なのか現段階では分かっていない。
「私見だが、何らかの目的があったはずのエルヴィン皇子が自ら撤退したということは、もうここに用は無く、真っ直ぐにウィレンツィア王国に戻っているのではないかと思っている」
レオンが自身の考えを述べると、腕を組んで考え込んでいたロイもその意見に同意を示した。
「そうだね。今まさにウィレンツィア王国でドルシグ帝国軍が不穏な動きをし始めているのに、指揮官であるエルヴィン皇子が長時間王国を不在にはできないだろうからね。僕も急いで戻ってるんじゃないかと思うよ」
それでも、遠く離れた場所を迂回してもフラッデルの僅かな機械音を耳聡くエルヴィン皇子が拾ってこちらの存在に気付くとも限らない。だが一刻も早くリュカの連れを保護しなければならず、迷っている暇はなかった。
「分かった。じゃあ、みんなでヴェントの町に向かおう」
イリスも納得して頷きを返す。意見が纏まりそれぞれ動き出そうとした三人を見て、やり取りを見守っていたリュカが突然頭を下げた。
「ごめん……でも、ありがとう」
自分の身勝手な願いに三人を巻き込んだだけでなく、その身を危険に晒させてしまうかもしれないことに罪悪感を覚え、リュカは深く謝罪と感謝を述べた。
「いいってことよ。そうと決まればさっさと出発するよ。お連れさんのことが心配だろ?」
深刻そうな顔をしたままのリュカに、ロイが片目を瞑って茶目っ気のある笑顔を返す。そんなロイを見て、罪悪感でいっぱいだったリュカの心が少しだけ軽くなっていた。
お互いまだよく知らない者同士ではあるが、イリスは二人のやり取りを見て少しだけその距離が縮まったような気がした。
緊迫した状況ではあるが、一瞬だけ場の空気が和む。だがそんな和やかな空気は、突然レオンが強引にリュカの腕を掴んで引っ張ったことで霧散してしまった。
「なっ!」
突然のことに、イリスとロイもレオンを止めることが出来ずただ見ていることしかできなかった。身体を引っ張られたリュカは突然のことに足で踏ん張ることも出来ず、よろける様にロイの前まで連れてこられている。
どうしたのかと皆がレオンを訝しむが、当の本人はさも当然とばかりに涼しい顔をしていた。
「……ロイがこいつを乗せていけばいいだろう」
「いやいや。それさっき、イリスが乗せてくって話をしましたよね?」
話しを蒸し返したレオンに、ロイは呆れ顔を向ける。
急いで向かおうとしている時に何か問題があるのかと、イリスも疑問を口にした。
「私がリュカを乗せて行くのでは駄目なの?」
イリスの問いには答えず、レオンはふいっと顔を逸らす。ロイはそんなレオンを見てやれやれと息を吐いてイリスを振り返った。
「駄目じゃないし、それが最適解だよ。レオンはほっといていいよ。イリスに対していつもの過保護が発動してるだけだから」
ロイは諦め口調で肩を竦める。「過保護」発言を受けて、イリスはそれが日常的に度々あることなのであまり疑問にも思わず、そのことをすんなりと受け入れた。
だがそのやり取りを見ていたリュカだけがただ一人、首を捻っていた。
(過保護って……この小さい板の上に二人乗りすることが危ないからさせたくないってことか?あんなに自在にフラッデルを扱えるのに?……っていうか……そうか、二人乗りが嫌なのか?)
レオンもロイもイリスを大事に想っていることは、出会って間もないリュカにも見ていてよく分かる。だが、レオンとロイの「イリスを大事に想う」は同じではないようだ。
気付いた瞬間、リュカの口からは言葉が零れ落ちていた。
「あ、なるほど!レオンはイリスのことが――」
言いかけて、またしてもリュカはロイによって口を塞がれ、レオンには今度は思い切り腹を殴られていた。ロイが「今度は間に合った」と安堵の息を吐いている。
当のイリスはというと、鈍感なのか聞こえていなかったのか、よく分かっていない様子でただただこの一連のやり取りに戸惑っているだけだった。
口を塞いで言葉を遮ることに成功したんだから、レオンからのこの仕打ちは無くても良かったんじゃないかと思わずにはいられなかったが、思ったことを直ぐ口に出してしまう自分の悪い癖が出たことは分かっていたので、リュカは今度は殴られたことに関して文句は言わずにいることにした。
失言をした自覚はあったのだ。それはもう、大いにあった。
(ほんと、重ね重ね申し訳ない……)
リュカは心の中で、地に頭を擦りつける勢いで盛大に謝罪を繰り返していた。




