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黎明のウィレンツィア  作者: カワシマ キオ
第四章 国を隔てる連峰
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追求

 顎を掬われ上向かせられているが、痛い程の力で無理やりされているかと言われればそうではなかった。

 それらも鑑みるに、おそらく(かしら)は悪人ではないのだろうとイリスには思えた。


 何故登山道の入り口に差し掛かったばかりのイリス達が目を付けられたのかは分からないが、確かに接触してみればイリスはフラッデルを持っているし、普通の旅人には到底見えないだろう。相手が訝しむのも仕方がなかった。


 結局イリスは質問にどう答えるべきかを悩み、そのまま真っ直ぐに頭の顔を見つめ返していた。


(殺意の類は感じない。少なくとも私を害そうとは思っていない。でも……)


 二人の間に沈黙が流れる。それは時間にすれば数秒の間であったが、数分のようにも感じられるぐらい長く静寂の時が過ぎた。


「……わぁった。そんな目で俺を見るな」

「そんな目?」


 突然、頭が掴んでいたイリスの顎から手を放し、顔を逸らした。そうかと思うとガシガシと自分の頭を片手で掻く。

 一体何が起こったのかさっぱり見当のつかないイリスは、呆けた顔で小首を傾げた。


「そんな風に真っ直ぐに見つめられたら、俺の方が疚しい者の様な気がしてくるんだよ」

「へっ?」


 何を言われたのかよく分からず、イリスの口からは間抜けな声が漏れる。頭はぐしゃぐしゃになった髪もそのままにイリスに向き直った。


「何故何も疑わない?お前は連れ去られてここにいるんだぞ。何故警戒心を抱かない?俺が、怖くはないのか?」


 この暗がりの中でも、頭の瞳の奥が僅かに揺らいだのが分かった。どうやら頭も、何かしら迷っているようだ。

 ここは嘘を吐くべきではないと判断し、イリスは正直な気持ちを告げた。


「貴方自身、私に対して殺意も警戒心も抱いていないのが分かります。私を害そうと思うなら、最初にあの川端で私を捉えた時に出来ていた。でもそれをしなかった。だから私も貴方を疑わないし警戒もしません。それに……」

「それに?」


 イリスが一旦言葉を切ると、頭が腰を屈めてイリスの顔を覗き込んできた。その距離の近さにたじろぎイリスは一歩後退りながらも、真っ直ぐに頭を見つめて言葉を続けた。


「……私は強いから貴方には負けない。だから貴方の事は怖くは無いです」

「は?」


 一瞬何を言われたのか分からず頭が呆けた顔をしていたが、イリスの言葉の意味を理解すると勢いよく笑い出した。


「ガハハハハッ!そうか、なら怖がる理由は無いな!」


 そうかと思えば頭はすぐに笑い声を収めると、片側の口角だけをあげて意地悪く笑んで見せた。


「はったりも時には必要だが、相手にとって癪に障る言動は時と場を選んだ方がいい。その丸腰でどうやって俺に勝つとでも?」


 両手を広げ、無理だろうと言わんばかりに頭が鼻でイリスをせせら笑う。

 瞬間、イリスは一気に頭との距離をつめた。


「っ!」


 油断していた頭に向かって姿勢を低くして突っ込むと、イリスは頭が腰に巻いていた帯を掴んでぐっと引っ張った。

 驚いた頭ではあったが、この巨躯が意表を突かれたくらいで倒れることはない。少しバランスを崩したが足を踏ん張りその場に踏み留まる。


「!!」


 しかしイリスの狙いは頭の身体を倒すことではなく、その腰に刺さった剣だった。頭がバランスを崩した隙に鞘から抜くと後ろに回り込み、鞘から引き抜いた動作のままに上からその背中目掛けて振り下ろした。


「狙いは良かったが、奇襲は一回しか通用しないぞ!」


 踏み留まった頭がすぐさま後ろを振り返り、剣の軌道を避ける。


(甘いな、大振りだ)


 頭は後方に一歩飛び退き繰り出された一撃を難なく除ける。だが二人の距離が近かったために、頭が肩から斜め掛けにしていた帯が飛び退いた反動で膨らみ、イリスの振り下ろした剣に切られ二つに分断された。


「っ!」


 次の瞬間、気付くと頭の視界にイリスの姿はなかった。


(後ろかっ?)


 動く気配を察知し、頭が後ろを振り返る。すると体勢を低くして回り込んでいたイリスが、腰の帯の所でぶら下がっている先程切られた斜め掛けにしていた帯の一端を引っ張った。


(こいつ、最初からそのつもりでっ)


 初めに引っ張られたことで緩んでいた腰帯から、斜め掛けにしていた帯はするりと抜けた。


「!!」


 引き抜かれる帯に気を取られていたら、今度は距離をつめたイリスが頭の上着の胸元を鷲掴んだ。


「何をっ」


 胸元を掴んで引っ張られたとて、この体格差では頭の身体はピクリとも動かない。頭は当然のように身体に力を込めた。


「なっ!」


 だがイリスは頭を倒そうなどとはせず、ぐっと力を込めて胸元の上着を握るとそこを起点に、頭の腹に足を掛け勢いよく反転するように宙を舞った。


 真っ暗な闇の中に白く欠けた月が輝く中、華麗に宙を舞う姿はまるで現実味がなく、まさに夢物語のようだった。

 その背に羽でも生えたかのようにその身体は一切の体重や重力を感じさせず、ふわりと宙に浮かんでいたのだ。絵画のようなその光景に、頭は思わず見入ってしまっていた。


 けれど怪しく美しいその姿に目を奪われた次の瞬間、頭の首には先程イリスが抜き取った帯が巻き付けられていた。


「!!」


 宙を舞うイリスの手に帯の端の片方を持ち、もう一方を頭の上着の胸元を握る手に共に持っていたので、イリスが頭の後方に着地した際に首にぐるりと回されたのだ。

 着地したイリスはそれを素早く交錯させると肩に担ぐようにして持ち、頭と背中を合わせた。


「このまま私が貴方を背に担ぐようにすれば、非力な私でも貴方を締め上げることが出来ますよ」

「……」


 淡々と告げられた言葉に頭は目を見開く。首には切られた帯がしっかりと巻かれ、背を合わせるようにして立つ人物にその帯が握られている。一瞬でも自分が動く気配を見せたのなら、間違いなく締め上げることができる体勢だ。

 何が起こったのか、頭は未だに状況を呑み込めていなかった。


(……実力を、示してみせたということか)


 はったりだと言われたことに対して、口だけではないことを実際に証明して見せたのだろう。


(しかし……凄いな)


 背を合わせる形になっているのでその小ささがよく分かるのだが、背中にいるイリスは頭よりも頭三つ分も小さく、体格差は歴然だった。


「……ッハ、ガハハハハッ。本当に丸腰で勝っちまったな」

 

 頭は降参だとばかりに、両手を挙げる。それを見たイリスは頭の首に回していた帯を引き抜くと、頭に向き直った。 

 頭は笑いを収め一つ大きく息を吐き出すと、イリスを振り返り居住まいを正した。


「俺の名はダングワーン・リュー。ダンとでも呼んでくれ。この山に住んでいるナタラ族の頭をしている」


 自己紹介と共に手が差し出される。降参と友好の握手だろう。


(ナタラ族……やっぱり)


 ナタラ族とはストレアル山脈に古くから住んでいる山岳民族だ。肌の色は褐色をしている者が多いといわれている。ダンもどちらかと言えば褐色の肌をしているようだが、この暗がりではあまりよく分からなかった。

 

 イリスは自分も手を差し出し、ダンの手を握った。


「私はイリス・ウェリールです。……サンスタシア帝国で皇帝直属の騎士をしています」


 国境線はストレアル山脈の山頂にあり、サンスタシア帝国側の山道はまだ一応サンスタシア帝国領ではある。だが実質ストレアル山脈自体が国境のようなもので、ストレアル山脈に暮らすナタラ族は何処の国にも属していない。なのでイリスはサンスタシア帝国の騎士であると丁寧に自己紹介をした。

 イリスの言葉を聞いて、ダンは顎に手を掛け納得するように唸った。


「なるほど、皇帝直属の騎士か。それならフラッデルを持っていることは頷ける。ということはあの二人も騎士か?」

「……ふふっ、あ……すみません」


 残りは三人のはずだが、ダンの中で騎士確定なのは二人であることが可笑しくてイリスは思わず笑い声が溢れてしまった。

 そんなイリスを訝しげに見たダンだったが、すぐにイリスの笑いの理由に気付いたようだ。


「……いや、あれが帝国の騎士なら弱すぎるだろう?」


 ダンの言葉に、イリスの脳裏には憤慨するリュカの姿が浮かんだ。

 大声でダンに食って掛かろうとするリュカがありありと思い描いてしまい、イリスは尚も笑いそうになるのを手で口元を押さえて堪えた。


「彼は、確かに騎士ではないです」


 イリスの言葉にダンは肩を竦める。そして一呼吸置いて今までの穏やかな雰囲気を消すと、表情を真剣なものに戻した。


「それなら、奴は何者だ?皇帝直属の騎士が守る要人は何者だ?」


(なるほど。ダンは私を攫う前から、こちらの関係性を見抜いていたってわけね)


 おそらくダンは、ストレアル山脈に入ろうとするイリス達の事を何処からか見ていたのだろう。そして実力のある三人と明らかにそうではないリュカを見て、リュカは何らかの守られるべき対象であり、イリス達のはリュカを守る護衛だと思ったのだろう。


 だから最初に遭遇した際、最も力のあるダンが重要人物であろうリュカを取り押さえにかかったのだ。

 しかし蓋を開けてみればフラッデルを所有しているイリスがいた。そのため事情を問い質すべく、イリスだけを攫ったのだろう。

 

「リュカは要人でも何でもないです。私達と違って只の旅人なだけですよ」

「では何故皇帝直属の騎士が何者でもない旅人を連れて山越えをする?」


 間髪入れずにダンから質問が返ってくる。だがこれには何と答えるべきかイリスは返答に迷った。普通に考えたら、皇帝直属の騎士と旅人が一緒に行動する理由などないのだ。


 ゲイリーの言葉を信じるのならば、ダンはイリス達にとって有益な情報を持っている人物であり、仲良くなっておくのに越したことはない人物である。

 だが情報を貰うのならばある程度イリス達の情報も明かさなければならないだろう。

 けれど情報の真偽も分からない現状で、ダンに対して何を何処まで話すべきかが分からなかった。


 黙ったままでいるイリスに対して何かを察したのか、ダンの漆黒の瞳に宿る光が強さを増した。

 片目が眼帯に覆われているだけに、残った片方だけの瞳で見つめられると文字通り射貫かれているような気すらした。


「何のためにこんな山奥に二人だけだと思っている。他には誰も聞いていない。隠し事は止めろ。嘘も吐くな」

 

 その言葉に、イリスはぐっと息を詰める。きっと嘘は通じない。そう思わせるだけの何かがダンにはあった。


「……」


 ふう、と長く息を吐いてイリスは真っ直ぐにダンを見つめた。


「これから話す事は貴方の中だけに留め、口外しないと約束してもらえますか」

「……誰に物を言っている」

「それと……真実を話すからには、そちらの持っている情報もこちらに渡してもらいたいのです」

「……」


 イリスの言葉に、暗がりでもはっきりと分かるくらいダンが眉間に皺を寄せて怪訝な表情を浮かべた。


「情報、とは?」

「ある人に、貴方達が私達にとって有益な情報を持っているという話を聞きました」


 ゲイリーのことは敢えて伏せておく。このことがきっかけでゲイリーが不利益を被ることがないようにするためだ。

 だが当のダンはイリスが言葉を紡ぐたびに眉間の皺が深くなっていく。その表情を見るに、不信感が増しているようだった。


「……何について知りたいか分からない以上、確約はできない。こちらにも言える事とそうでない事は存在する」


 ダンの表情と言葉の内容から、握っている情報はいくつかあり、その中には余程のものもあるのだということが窺えた。しかしイリスには、自分達にとって『有益な情報』が何なのかが分からないだけに、どの情報について知りたいかということを明確に伝えることはできなかった。


(こんなことならやっぱり、ゲイリーさんをもっと問い詰めておくんだった!)


 後悔しても遅いが、せめてどういう方向性の情報なのかだけでも聞き出しておくべきだったのだろう。悔やまずにはいられなかった。

 思い悩むイリスに業を煮やしたのか、ダンが歩み寄り距離を詰めると近距離からイリスを見下ろした。


「どんな情報が欲しいのかはお前さんの話を聞いて俺が判断してやる。だから嘘偽りなく真実を話せ」


 見上げる程間近にダンが立っている。イリスは臆することなく真っ直ぐにダンを見つめ返した。


 同じ様にイリスを見つめていた漆黒の瞳は、この深淵の森の中よりも黒く深い闇を思わせる。

 吸い込まれてしまいそうなその瞳に呑まれないように、イリスは拳をぎゅっと強く握ると覚悟を決めた。


「……私は、八年前に死んだとされていたウィレンツィア王国の王女、アリスティア……らしいのです」


 仮定でしか語れないのでどうにも言葉が締まらないが、それは仕方がない。嘘は吐けなかった。


 しかしそんな歯切れの悪い言葉ですらダンには衝撃だったようだ。

 片目しかなく感情の読み取りにくい漆黒の瞳が見開かれ、睫毛まで震えている。口は僅かに開いたまま固まっており、明らかに動揺していた。


 その驚愕の表情を前に、イリスは困ったような笑みを浮かべる。

 思えば自分がアリスティア王女かもしれないと伝えて、これほど驚かれたのは初めてだった。


 サンスタシアでリュカ達にその可能性を示唆した時は、何となく皆がその仮定を考えていたから動揺は少なかった。ゲイリーには顔を見ただけで気付かれてしまったので、イリスから伝えたわけではない。


 だからこれほど驚かれるのを見て、イリスにも動揺が走った。


(そんなに、驚くことかな。……まぁ、驚くよね)


 ダンとは先程一戦やりあっているし、何なら奇襲を仕掛けたために勝利してしまってもいる。


(……大丈夫、そんなこと誰も、思っていない)


 ダンに他意はなく、ただ話が予想外の内容で驚愕しているだけなのだろう。

 しかしイリスは先程戦う姿も見せてしまっているだけに、ダンが沈黙の裏で「こんな野蛮な奴が王女だなんて」と思っているような気がしてならなかったのだ。


 王女である自分を否定されたような気がして、イリスは押し黙る。

 そんなことはないと分かっていても、イリスは卑屈な気持ちになってしまうのを止めることが出来なかった。






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