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黎明のウィレンツィア  作者: カワシマ キオ
第三章 歪な町
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閑話 ロイとわらしべ長者

あけましておめでとうございます。

新春に相応しく?縁起のいい?お話を書いてみました。

お話に出てくる籠は、三章の最初の方で立ち寄った町でロイか買ってきた籠です。


今日は夜にもう一話投稿する予定です。よろしくお願いします。

「くぁ……」


 陽が昇り始めた東の稜線を眺めながら、ロイは隠しもせず大口を開けて欠伸をしていた。

 目の前ではリュカが、真面目に剣を振っている。今日の剣術指南役がロイだったので、ロイは今リュカの訓練に付き合っている真っ最中だった。


 実戦形式の訓練が終わり、今は基礎の素振りを課しているところだ。

 どんなことにおいても、基礎は大事だ。繰り返し繰り返しその身に刻むことで、咄嗟の場合でも動くことが出来るようになる。

 レオンとイリスと三人で話し合ってリュカの訓練メニューは決めているが、毎日この素振りは課すことになっていた。

 

(……割と様になっているんだよなぁ)


 意外にもリュカは剣の基礎ができており、実は素振りになると教えることがほとんどなかった。


 本人曰く、革命軍としてウィレンツィア王国で活動していた時に、革命軍のリーダー格の男に教わったのだという。

 ウィレンツィア王国の元騎士だったというその人物の教え方が良かったのだろう、リュカは変な癖などが付いておらず、基本に忠実で、実は筋も良く、教えがいのある生徒だった。


 故に、実戦形式の訓練は愉しいのだが、素振りになると途端に教えることがなく暇になってしまうのだ。

 これが騎士団の訓練生などだと、段々と疲れてきて振りがおろそかになったり適当になったりするものだから時々指摘しないといけないのだが、リュカにはそんなことがなかった。


 本人も言っていたが、この旅のメンバーの中で自分一人がお荷物であるため、早く戦えるようになりたいという思いが訓練に真摯に取り組む原動力となっているのだろう。

 やはり、どこかやらされている訓練とは違って、向上心を持って取り組んでいると成長も早かった。



 そんなわけで現状することのないロイは現在、宿屋の入り口脇に作られている花壇のレンガに腰を下ろし、紐を一本握りしめていた。

 その紐を辿っていくと、先日ロイが買ってきた籐でできた籠に結び付けられている。

 籠は持ち手を軸にしてひっくり返して地面に置いてあるので、地面に対して斜めに置かれているような状態だ。

 その持ち手の部分に、ロイが手に持っている紐のもう一方が結ばれていた。


 何をしているかというと、実は何もしていない。

 こうした籠を使って鳥などの獲物を捕まえるという古典的な罠があるが、別にロイは籠の下に餌となるものを置いているわけでもない。

 ただ宿屋の脇の道にこの紐が落ちているのを見つけて、面白そうだと暇つぶしに罠を作ってみただけなのだ。

 大体、間近で動いている人間がいて絶えず剣を振り下ろす音がしている時点で、近付いてくる獲物などいやしないだろう。

 それでもこんな罠を作るくらい、ロイは暇だったのだ。


「……ん?」


 顎に手を掛けぼんやりと座ってリュカを眺めていたロイは、剣を振るリュカの後ろを急いで駆け抜けていく少年の姿を見つけた。


 早朝の時間帯だ。まだ町の人達もちらほらと起き出してきたばかりで、外に出ている人はさほどいない。

 そんな時間に、十歳くらいの少年が一目散に駆けて行く姿を見て少し驚いた。


 少年はあっという間に通りの向こうに見えなくなる。余程急いでいたのだろう。


 ――ガラガラガラッ。


 少年に気を取られていたら、少年が走り去ったのとは逆方向から何かが崩れ落ちる音がした。

 ロイが振り返ると、宿屋の二軒先の家の前で、地面に散らばった大量の薪を前に一人の夫人がオロオロしているのが見えた。


「リュカ、ちょっとそのまま剣を振っててよね」

「は?まぁ、分かったけど」


 リュカが剣を振る手を止めずにロイを振り返る。顔を横に向けたせいで、剣が僅かに斜めに振り下ろされた。


「視線がブレたから剣の軌道もズレたよ。ちゃんと前見て」

「ロイが呼んだんだろ!……ああ、もう、分かりました!」


 指南役に悪態を吐いたことに対して睨み付けると、リュカは素直とは言い難いが返事を返して再び前を見据えながら剣を振り始めた。


(ん、大丈夫だね)


 今度はしっかりと剣が真っ直ぐ振り下ろされたのを確認して、ロイは立ち上がると直ぐに夫人の元に駆け寄り、落ちた薪を拾い集めだした。


「あ、すみません、ご親切にどうも」

「いえいえ、こんなことぐらいなんでもありません」


 夫人が抱えられる程の薪なので大した量ではないが、拾い集めて立ち上がったロイはこの状態で再び夫人に薪を渡すことを躊躇った。

 この量の薪を抱えて先程落としてしまったばかりなのだ。このまま渡しても結局同じことの繰り返しだろう。


「これを、どこまで運ぶんですか?」


 近くまでならこのまま持って行ってあげた方が早いだろうと思い訊ねると、夫人は少し困った顔で俯いた。


「町外れの家までです。ちょっと急いでまして……」

「そこまで運びましょうか?」

「いえいえ、そこまでご迷惑を掛けられません」


 手伝いを申し出たのだが、丁寧に断りを入れて夫人はロイの持つ薪に手を掛け始めた。余程急いでいるのだろう。

 きっとロイが再度手伝いを申し出ても、この調子では夫人が頷くことはないと思われた。


(でも、このままだとさっきの二の舞になるし……)


 夫人に薪を取られたロイは慌てて周囲を見回す。ふと、ふざけて作った罠が目に入った。


「そうだ、ちょっとだけ待っていてください」


 ロイは急いで罠の所に戻ると、籠ごと抱えて夫人の元に戻った。そして手早く籠から紐を外すと、それで薪を縛った。


「これで少しは持ちやすくなるでしょう」

「すみません、ありがとうございます」

「いえいえ、どうぞ早く行って下さい」


 夫人は頭を下げると、大通りを急いで走り去って行った。


「いい事をすると気分がいいね……ん?」


 腕を組んで夫人を見送っていたロイの横を、先程走り抜けて行った少年が再び通り過ぎた。

 さっき向かって行った方向から来たということは、どこからか戻って来たのだろう。その腕には大量の薬草が抱えられている。


「薬草を抱えた少年っ!」


 ロイが思わずその背中に向かって呼び掛けると、声を掛けられた少年は驚いてロイを振り返った。

 声を掛けてきた人物が知らない人だと分かると、少年はあからさまに眉間に皺を寄せ怪訝な顔をした。


「ああ、怪しいものじゃないよ。只の旅人さ。その薬草、持つの大変そうだね。ほら、落としたよ」


 ロイは少年に歩み寄ると、少年が抱えている薬草の山の上に薬草を一つ乗せた。

 走っていたために、大通りに一つ零れ落ちたのだ。


「あ、ごめんなさい。ありがとうございます」


 先程まで訝しんでいたにも関わらず、拾ってくれたロイに対して少年は丁寧に頭を下げ感謝を述べた。

 そして直ぐ様、再び走り出そうと踵を返す。


「待て待て少年。その薬草、また落っことすぞ。この籠に入れていくと良い」

「え?」

「旅の道中には邪魔だから、どうしようかと思っていたところなんだ。なんならそのまま貰ってくれるとありがたい」

「えっ、いいの?」


 ロイの申し出に少年が喜色満面になる。

 その様子が素直で可愛らしく、ロイは少年の抱えている薬草を掴んで籠の中に全て入れると、籠を手渡した。


「急いでいるんだろう。早く行くといい」

「ありがとう兄ちゃん。……でも、タダで貰うのも悪いから、これやるよ」


 少年は籠の中から薬草を一つ掴むと、ロイの手に置いた。


「旅人なら薬草の一つや二つ持ってても損はないだろ。じゃ、本当にありがとな、兄ちゃん」


 片手を振りながら走り去る少年に、ロイも手を振って応えた。


 少年が抱えていた薬草の山には様々な種類があったが、くれた薬草は熱さましの薬草だった。

 当然ロイ達も旅をするにあたって薬の類はもっているし、なんなら持っているのは薬草を煮だして固めた丸薬になっているもので、もっと持ち運びしやすいものだ。

 だがロイは少年の心遣いが嬉しく、黙ってそれを受け取っていた。


「……あの、すみません」

「はい?」


 少年を見送っていたロイは後ろから声掛けられて、声のした方を振り返った。

 そこには、二十代後半くらいの年若い女が一人立っていた。


「あの、もしよろしければそちらの薬草を、譲ってはもらえませんでしょうか」

「え、あ、これですか?」


 女はおずおずとロイの手の中の薬草を指し示した。


「お代はお支払いしますっ!子供が熱を出して、未だ薬屋も開いてなくて、でもそれでも薬屋に行ってみようとっ、それでっ!」

「いえいえ、僕も頂いたものですからお代は大丈夫ですよ。それよりも、早くお子さんの所に戻ってあげてください」


 急な申し出に驚いたものの、二つ返事でロイが薬草を女の手に握らせると、女は何度も頭を下げた。


「ありがとうございます、ありがとうございます」

「いいですから、ね、早く戻って薬を飲ませてあげてください」


 ロイが女の背中を押して戻るように促すと、申し訳なさそうにしながらも女が歩き出そうとした。

 だがその時何かを思い出したように足を止め、女はロイを振り返った。


「そうだ。ではせめてお代の代わりに、こちらをどうぞ」

「……綺麗な石、ですね」


 ロイの掌に乗せられたそれは、青く透き通った石だった。宝石ではないようなので、ガラスの類かもしれない。


「昨日、裏の砕石通りを歩いている時に見つけて拾ったんです。どうです、綺麗でしょう?恋人へ装飾品に加工してプレゼントしたら、きっと喜ばれますよ。では」


 女は言い終わると、薬草を手に裏通りへと駆けて行ってしまった。


 女はロイのことを、恋人に宝石の贈り物ができないしがない旅人だと思ったのだろ。全くの善意で掛けられた言葉に苦笑するしかない。

 勿論ロイはインペリアルガードとしてその辺の騎士よりずっと給料をもらっているので、宝飾品など普通に贈れるぐらいの金はある。贈る相手がいないだけで。


 掌の石を指で摘まんで昇り始めた朝陽に翳す。

 青い綺麗な光が透過して、キラキラと煌めいていた。


「そこの貴方!すまんが、その石を見せてくれんかね!」

「え?」


 石に気を取られていたロイの目の前に、恰幅の良い男が一人立っていた。その視線はロイの手にある青い石に釘付けである。


「すまん、ダメだろうか?」

「いえ、構いませんよ」


 ロイが手渡すと、男は掌の上で石を丹念に様々な角度から眺め、そして徐にポケットから何かを取り出した。

 男が取り出したのは、シルバーのネックレスのチェーンだった。ペンダントトップには、何やらシルバーの変わった形のものがくっついている。それは曲がりくねったりクルクルと丸まっていたりと不思議な形をしていた。


「すまんが、君はこれをどこで?」


 男の声が僅かに震えている。どうやらこの石の本当の持ち主は彼のようだ。

 元々貰った物なので未練も何もない。ロイはすぐさま返却を提案した。


「僕は人から貰いました。その人は、裏通りで拾ったと言っていましたよ。貴方の物なら、お返しします」

「すまんな。……では、ちょっと確認させてもらってもいいかい?」

「構いませんよ。どうぞ」


 ロイに促され、男はその石を曲がりくねった変わったペンダントトップの中にはめ込んだ。すると石はピッタリとその中にはまる。どうやら、この石を加工せずこの形のまま収めておくために、石の周りを囲んだり巻いたりするようにして造られた台座だったようだ。


「やっぱり、これは貴方の物だったんですね。どうぞ、お持ちください」

「ああ、ありがとう!亡き妻に贈った形見だったんだよ。外れて落ちてしまってずっと探していたんだが、昨日は日が暮れてしまってね。こうやって早朝から探していて本当に良かった!」


 ロイの手を取りブンブンと振りながら男が喜びを表す。

 これを拾った先程の女性も、加工されていないだけに綺麗な石としか認識していなかったから、誰かの落とし物だという考えがなかったのだろう。


(偶然手に入れたものだったが、こうして無事に持ち主の手に戻ってよかった)


 ロイが安堵していると、少し冷静になった男がふとロイの顔をまじまじと見つめてきた。


「何か、お礼をさせてくれないだろうか」

「いえいえ、先程も言いましたが、僕はこれを貰っただけなんです。お礼なんて結構ですよ」

「だが……」


 俯いて考え込んだ男は、次の瞬間いい案が浮かんだとばかりに、嬉々としてロイの手を更に強く握り込んだ。


「では、私の娘の婿になりませんか。困っている人を助け正しい行いが出来る青年なら、娘も反対しますまい」

「は?」


 それはいいと言わんばかりに、男が満面の笑みを浮かべる。

 それに合わせるように、ロイも男に向かって微笑んだ。


 男はロイも笑顔なのを見て、男の申し出を承諾したのだと最初こそ勘違いしていた。

 だがその笑顔は爽やかなのにも関わらず、目の奥が全く笑っていないことに気付いて男も不味いと思ったようだ。

 慌ててロイの手を離すと一歩後退った。


「……おっさん、僕が誰だか分かって言ってるでしょ」

「あ、バレました?」


 ロイの言葉に、男は困ったように頭を掻いた。


 ロイは皇帝直属の騎士インペリアルガードである。そうそう外の任務に就くことはないが、皇帝に帯同して式典などの警護に当たるため、顔を知られていることが多いのだ。

 きっとこの男も、式典などで警護に当たっている白い騎士服のロイの姿を見たことがあったのだろう。


「勝手に結婚相手を決めると娘さんに叱られるよ。早く帰んな」

「……失礼な事を申し上げて申し訳ありませんでした。妻の形見は本当なんです。すみません、ありがとうございました」


 丁寧に頭を下げて男が去って行く。

 その背中に向かって溜息を吐いていると、突然ロイを呼ぶ大声が聴こえた。


「なぁ、これ、いつまで、やるんだ?」

「あ!悪い、忘れてた。もう止めていいよ」

「は?」


 真っ直ぐ前を見て剣を振り続けていたリュカが、息も荒く声を掛けてきたのだ。

 そういえば次々に色んなことが起こって、ロイはリュカのことをすっかり忘れてしまっていた。


「ごめんごめん。じゃ、今日の分はこれで終わりっ」

「はぁあああ?」


 怒りを顕わにするリュカだが、疲労困憊でロイに食って掛かってはこれないようだ。

 それをいいことに、ロイはリュカと距離を保ちながらニコニコと笑って見せる。


「やった分だけ身になるからね、無駄ではないよ」

「ぐっ……」


 正論でとどめを刺して、ロイは足取りも軽く宿屋の中に戻って行く。地面に座り込んだリュカは、まだ動けそうにない。


「朝からいい事をすると気分がいいね。いい一日になりそうだ」


 今日もこうして、新しい一日が始まったのだった。






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