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黎明のウィレンツィア  作者: カワシマ キオ
第三章 歪な町
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閑話 ドルシグ帝国での日々 3

本日二話目の投稿です。

 俺の生まれ育った家はおそらく記憶通りの場所に存在していたのだが、俺の両親はもうそこには居なかった。

 貧民街の入れ替わりは激しい。奴隷として売られる者、僅かな賃金で徴兵される者、飢えや病に倒れる者……。

 周辺の家の者に聞いても両親の消息や足跡は分からなかった。


 あまり捜索に時間をかけて俺を買った男の追っ手に追いつかれても困る。俺は諦めざるを得なかった。


 意気揚々とこれからの自由な生活に向かって歩みを進めていたはずだったのだが、それからの俺は何処をどう歩いていたのかもよく分からなかった。

 あの男の元を出てこれからどうすべきか分からなくても、とりあえず両親に会えれば何とかやっていけるのではないかと思っていたのだ。

 それが子供の甘い考えだったのだとこれでもかと思い知らされる。現実の何と残酷な事か。やはりこの世に神など存在しない。


 気が付くと俺は大通りに出ていて、通りの一画の壁に凭れて往来を行き交う人々を只眺めていた。


 そんな時、人通りが多いわけでもないのに馬車でも除けたのか、歩いていた年若い男が俺にぶつかった。

 ぶつかった男は俺に軽く頭を下げてそのまま通り過ぎようとしていたが、その時後方から走ってきた俺より二回りは年上だろう男が、俺にぶつかった男の腕をいきなり掴んだ。


「兄ちゃん、スリは良くないよ」


 見ると、俺のカバンに入っていた全財産の小銭が入った小袋と同じ袋が、俺にぶつかった男の手に握られていた。


「なんだと?俺に言いがかりをつけようってのか?」


 俺にぶつかった男がこちらを睨みつける。

 しかしそんな視線に動じることなく、腕を掴んだ年上の男は俺にぶつかった男の耳元に顔を近づけると、何事かを小声で囁いた。


「なっ、お、俺は関係ない!これもそうじゃないからな!」


 何事かを囁かれて驚いたように目を見開くと、俺にぶつかった男は必死で掴まれた腕を振り払い、小銭の入った袋を投げ捨てると慌ててその場から走り去ってしまった。


 呆気に取られる俺を余所に、腕を掴んだ方の男は小銭の入った袋を地面から拾い上げ、俺の両手を持ち上げるとその中に袋を置いた。


「気を付けなよ。ここに善人はいない」


 向けられた笑顔は穏やかで、優し気な印象の男性だった。

 だが、先程のやり取りがどうにも頭から離れない。

 若い男を軽くあしらう様は手慣れていて、これまでもこうした場面をいくつもくぐり抜けてきていることを連想させた。


 俺が呆然と男を見つめていると、不思議に思ったのか男が俺を眺め、靴を履いていないことに気付き目を止めた。

 それであらかたの事情を悟ったのだろう。優し気な顔で微笑むと、男は俺の手を引いて歩き始めた。


 何も言わず男は迷いなく歩を進める。それに引き摺られるようにして、俺は足を動かした。


(このまま人身売買所に売られるのかもしれない)


 こんな身寄りのなさそうな奴を売っても誰にも文句を言われない。それは妥当な線だと思われた。


 俺はすでに全てを諦めていた。売られたとしてももうどうでもよかった。

 結局あの男の元で貯めることが出来たのは僅かな小銭ばかりだ。これでこの先暮らしていくことなどできやしない。それならもう何もかもどうでもよかった。


 生きることに本当に嫌気が差したら死のう。そう思って、男について歩いていた。


 


「さ、とりあえず食べな」


 何処かの家の中に連れ込まれ、食卓の椅子に座らされた俺の目の前に、温かな湯気のたつスープとちょっと固そうな見た目のパンが置かれていた。

 状況がよく呑み込めないが、俺は勢いよくその食事に齧り付いた。今朝はいつも通り豪華な食事を食べていたから空腹を訴える程ではなかったのだが、今朝の豪華な食事より、今のこの質素な食事の方がよっぽど俺の食欲を刺激していた。

 

 食事が美味しいと感じたのはいつ振りだろう。温もりに溢れる食事に、不覚にも涙が込み上げた。


「お前、帰る家はあるのか?」


 他に聞くことが山程あるだろうと、俺の方が突っ込みたくなるような一言だった。

 しかし男は俺を真っ直ぐに見つめ、ただ俺の返答を待っていた。


 何か胸を打つ一言を言われた訳でもない。感動するような言葉のやり取りがあったわけでもない。

 でも何故だかよく分からないけれど、その一言は俺の琴線に触れた。


「……ない」


 とめどなく両目から溢れる涙を拭いもせず何とか言葉を絞り出すと、男が近づいてきて俺を抱きしめた。

 椅子に座ったままの俺の頭が男の腹の辺りに埋まる。俺は人の温もりに嗚咽が止まらなくなり、声を上げて泣いた。


 今までどんなに辛いことがあっても涙を零したことが無かったのに、俺はさっき知り合ったばかりの男の前で涙が枯れるまでわんわん泣いた。何故泣いているのかもよく分からないが泣いていた。

 涙が次々溢れて止まらなかったのだ。


 


 結局俺の素性もろくに聞かないで、俺を拾った男、ゲイリーは、俺と同じように拾ったと言っていたリックと共に俺ゲイリーの家に置いてくれた。


 俺がそんなゲイリーの役に立ちたいと考えるようになるのに、そう時間はかからなかった。

 

 最初はリックと一緒にゲイリーの何でも屋を手伝っていたのだが、そんな折、リックが偶々ゲイリーが本業の仕事をしている場面に遭遇する。

 そして俺達はゲイリーの真実を知ることになり、俺もリックも、ゲイリーの本業の手伝いもするようになったのだった。


 情報収集をするにあたって、俺は自分の武器を利用すること思い付いた。俺は容姿に優れているのだ、それを使わない手は無い。

 俺は華奢な身体を生かして女に変装することにした。


 女であれば、酒場などで簡単に給仕として雇ってもらえた。そして女だから何も分からないだろうと、酒に酔った勢いでこちらが聞いていないことまでベラベラと情報を話してくれたのだ。


 そしてリックも、飄々とした佇まいで間の抜けた喋り方をし始め、一見頼りなげに見えるように振舞い始めた。

 けれどそれは俺と同じように相手に自分を侮らせるための演技であり、その実相当な切れ者であることを俺は知っていた。

 多分、ゲイリーよりも敵に回してはいけないのがリックだろう。


 ゲイリーは俺達に、そんなことは望んでいないと常日頃から言っていた、けれどこれは、俺達が勝手にやっていることだ。

 俺達はゲイリーによって生かされたのだ。それに報いたかった。


 


 そうして三人で何年か過ごしていた頃、世の中では臨時の国際会議が開催されることになった。

 ウィレンツィア王国に各国の首脳が一堂に会することになったのだ。


 ドルシグ帝国からはエルヴィン皇子が大量の兵を連れてウィレンツィア王国へと向かった。

 その尋常ではない兵の数に、何も知らない民ですら何かが起こるのではないかと思う程だった。

 

「狙うなら今しかない。お前ら、俺と一緒にこの国を出るつもりはあるか?」

「勿論、ボスと一緒に何処までもいくっす」

「私も!どこまでも一緒よ」


 ドルシグ帝国は、情報の漏洩などを防ぐために厳重に出入国が管理、制限されている。

 だがドルシグ帝国内で最も危険な人物であるエルヴィン皇子が大量の兵士と共にいない今、出国を目論むのならば好機は今しかなかった。



 その後のことは、正直必死過ぎてあまり詳しくは覚えていない。もう駄目だと思う場面もいくつもあった。それでも俺達はドルシグ帝国の目を掻い潜り、ウィレンツィア王国の混乱に乗じて、なんとかドルシグ帝国を後にすることが出来たのだ。

 

 そして辿り着いたサンスタシア帝国の辺境の町で、俺達は暮らすようになったのだ。


「ねぇ、ボスはエダルシアに帰らなくても良かったの?」

「いいんだよ。俺はもうドルシグ帝国への潜入を最後に足を洗ったんだ。あの国に戻るつもりも義理もないよ」


 快活に笑うゲイリーに、笑顔を返す。

 本当は何か理由があるのかもしれないが、真相なんて知らなくてもいい。きっと誰しも、誰にも言えない過去の一つや二つ抱えている。それを知りたいとも思わない。


 俺にとっては、三人で穏やかに暮らしていられる今が大事であり、それが全てだ。




◇◇◇   ◇◇◇




 朝靄の中、町外れに立つ民家の壁に背を預けてリックと共に待ち人を待つ。

 約束をしたわけではないが、きっとこの時間にくるだろうと思われた。


「マリウスはこなくてもよかったのに」

「別に。目が覚めたから来ただけだ」


 ちなみにリックとも約束をしたわけではない。ここに来たら、すでにリックがいたのだ。


「随分気に入ったんだな」

「そっちこそ」


 主語が無いが会話は成立する。長年の付き合いなので、最早お互いが考えていることなど熟知していた。


「出来ることはしてやりたい」

「そうだな」


 俺達はあの頃の何もできなかった自分ではない。今は彼女の為にしてやれることがある。

 ゲイリーもその為に、宴にも参加せずに昨日からずっと根を詰めて情報の整理に追われていた。俺達も今必死でそれを手伝っている。帝都から騎士が来るまでにある程度資料を仕上げておくためだ。

 得体のしれない俺達をこの国の皇帝に信用してもらうためには、情報は有益であり確たる根拠になる。


 そんなことを話していると、通りの向こうから待っていた一行がやって来た。

 この距離でも俺達の姿を見つけたのだろう。驚いた表情をしているのが見てとれた。


「疲れているからってボロを出すなよ」

「そっちこそ。口調が戻ってるわよ」


 わざとらしく小首を傾げて笑って見せれば、リックが眉を顰めた。

 俺がリックに勝てることはそうないから、いい気味だ。


 俺は気を良くしてこちらに向かってくる一向に笑顔で手を振る。その中に彼女の姿を見止め、笑みを深めた。


 俺達もそれなりに過酷な人生を送ってきたが、それよりもずっと重く辛い運命を背負わされた、世界の命運を握る彼女。

 ゲイリーが俺達にしてくれたように、彼女に俺達にでもしてやれることが僅かでもあるのならば、その努力は惜しまないつもりだ。



 彼女のこれからに少しでも役に立てることを頭の中で模索しながら、俺は近付いてくる彼女に向かって手を振り続けた。






10月から投稿し始めて早3か月。

ここまで来ることが出来たのは、いつも読んで下さっている皆さんのお陰です。ありがとうございます。

来年も執筆頑張りますので、今後もどうぞよろしくお願いいたします。

皆様もどうぞ、よい年をお迎えください(^_^)/~

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