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黎明のウィレンツィア  作者: カワシマ キオ
第三章 歪な町
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閑話 ドルシグ帝国での日々 2

今回はマリウスがドルシグ帝国にいた頃のお話になります。

内容に性暴力的な表現が含まれますので、不快な方はご遠慮下さい。飛ばしても話は通じます。

一話に纏めると長くなったので、二話にしました。手直しして、続きは18時に投稿したいと思います。

どうぞよろしくお願いします。

 俺のそれまでの人生は、最悪だった。

 

 子供は親を選べない。生まれる国も、境遇も、容姿も、何もかも選べない。これが先ず平等じゃない。


 俺はドルシグ帝国に産まれ落ちた。両親は健在だったが、貧困にあえぐ最下層の人間だった。

 そんな中でも俺は愛されて育った方だと思う。今はもう顔も思い出せないが、両親は俺にマリウスという名をくれ大事に育ててくれた。


 しかしそんな細やかな幸せでさえ奪われる。本当にこの世に神は存在しない。


 俺は自分で言うのもなんだが容姿に優れていた。可愛らしい子供だったのだ。最下層の住民の間で噂になる程だった。

 だがその噂は、人買いに売りに出されたり、金持ちの愛玩になるか歳がいけば情夫になるだろうというような心無いものだった。


 そんな噂の意味は分からなくても、言われている内容がおそらく良いことではないのは幼子にでも分かる。俺のせいで両親が謗られるのが俺には堪らなく悲しかった。


 そんな折、そうした噂が富裕層の耳にも入ったようで、貧民街に明らかに場違いな馬車が一台やってきた。


 初めて見る馬車に興奮気味に両親を呼んだ俺の声に気付き、外に出て来て状況を把握した母親が直ぐ様俺を腕の中に隠したが時既に遅し。

 地面にばら撒かれた金貨の対価として俺はこの男に買われたのだと後々知った。

 しかしその時の俺にはそんな事情は分からない。必死に男に縋り付き許しを請う母親が護衛らしき人に蹴り飛ばされる姿を見て、ただただ悲しかった。

 分かるのは、おそらく自分のせいで嫌な思いや辛い思いをさせているということ。

 

 後に色々なことが分かるようになった俺は、このろくでもない世の中と自分の容姿を死ぬ程呪った。



 俺を買った男の家で俺は、今までとは天と地程も違う世界が世の中にはあることに驚愕した。

 毎日食べきれない程の豪華な食事に、お湯を贅沢に使って入る風呂。何人用なのか分からないほど大きくてフカフカのベッド。

 この暮らしを満喫出来る性根なら幸せだったのかもしれないが、俺には反吐が出る思いだった。

 食べきれず棄てられる料理、一人が入ると変えられる湯、使われないいくつもの客室にも同じ様に置かれた家具。この無駄を両親に分け与えてあげられたらどんなに暮らしが楽になるだろう。

 栄養が足りず、衛生的でない環境のために病に苦しむ人々が貧民街にはたくさんいる。そんな人々に、幾らかでもこの無駄を循環できたらと思わずにはいられなかった。


 苦しむ人々がいる中で、自分だけがこの贅沢な暮らしを享受していることが耐えられなかった。



 だが俺はこの裕福な家で、只贅沢な暮らしをしているだけではなかった。

 俺を買った男はやはり俺を愛玩として扱った。夜毎俺のもとへやってきては風呂に入れられ綺麗に磨き上げられた肌を撫でまわされる。そのいやらしい手付きに身体が強張り悪寒が走った。

 しかしそうした嫌悪感が表情に出ると鬼のような形相で激昂され腹を蹴られた。服で隠れる見えない所に、俺は打撲痕が絶えなかった。


 しかし、それで済んでいるのは今だけだと俺にも分かっていた。

 俺の身体を撫でまわしながら「大きくなったら……」と溢し卑猥な笑みを隠そうともしない男に、俺が成長したらもっと嫌なことをさせられるのだと子供心に理解していた。


 それからの俺は男から与えられる苦痛の時間に従順に従う振りをしながら、どうにか逃げる算段をつけその機会を窺っていた。



 そんな暮らしが七年程過ぎて俺の年齢がおそらく十一、二ぐらいになった時、俺に貞操の危機が訪れた。


 その頃になると俺を買った男は年老い、腹は益々膨らみ、髪の毛は剝げ落ち、醜悪な笑みは深みを増していた。

 死期が迫り自分に残された時間が少なくなってきたことに焦りを感じた男は、ある時俺を組み伏せようとしたのだ。

 しかし老体の男と年若い俺ではどちらに力があるかは歴然だ。それまで俺が従順な振りをしていたので侮ってもいたのだろう。飼い猫に突然歯向かわれて男はあっけなく床に倒れ込んだ。

 俺はその隙を見計らって、兼ねてから荷造りをして準備していたカバン一つをひっつかみ、窓から外へ脱走した。


 俺に与えられた部屋は逃走を防ぐために三階に位置していた。

 しかしこの七年、部屋に籠って何もしていなかったわけではない。この日の為に筋力を付け、窓枠に手を掛けて階下の庇に乗り移れば下まで何とか降りられることを確認していた。

 本来ならばあともう十数センチ身長が伸びれば安全に降りられる手筈だったが、最早そんな悠長なことを言っている場合ではない。俺は計画通りに窓枠にぶら下がり、階下の庇に飛び移った。

 結果、やはりあと数十センチ足りず、二階の庇でバランスを崩し転げ落ちるように階下の地面に叩きつけられてしまったが、痛がっている暇はない。追手が来る前に、俺は振り返ることなくひたすら前だけを見て走った。


 大通りを避け、路地に入り、ひたすら遠くを目指す。足は裸足のままだ。この時になって初めて、靴を用意しておくのを忘れたことに気付いた。

 それまで七年、あの狭い鳥籠の中に居たのだ。変装用の服だとか当面の生活費だとか、そういう事は頭にあったが、七年も使っていない物の事はすっかり頭から抜け落ちていた。


 しかし、七年ぶりに感じる地面の冷たさに生きていることを実感する。

 今までフカフカの絨毯の上に居て、何不自由のない暮らしをさせられていても俺は死んでいるも同然だったのだ。

 靴すらも無い、明日の我が身すらもどうなるか分からない今の状況の方が、前よりもずっと自分の足で立って生きていることを実感できた。


 俺は生の喜びに打ち震えながら、カバンから取り出した布を頭からマントのように被り、自分の記憶を頼りに生家へと急いだ。



 



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