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黎明のウィレンツィア  作者: カワシマ キオ
第三章 歪な町
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閑話 ドルシグ帝国での日々 1

今回はリックがドルシグ帝国にいた頃のお話です。

前半は、本編の「説教」の裏側の話になります。



 まだ明け方までは遠いが深夜はとうに過ぎている。濃紺の帳と澄んだ空気の中を足早に歩く。

 監視カメラを避けて歩くのももう慣れたものだ。迷いなく歩を進め、程なくして自宅に辿り着いた。

 玄関の扉を、いつも通り不規則なリズムで四回叩く。


 間を置かず、内側から扉が開いた。


「おう、お疲れさん」


 不規則なリズムでのノックがお互いの合図になっている。ちなみに、数日で合図は変更しており不審者対策は抜かりない。

 扉を開けてくれたボスは伸びをして大欠伸をしている。夜も深い。俺だってもうそろそろ限界だ。


「お前、大丈夫だったか?」


 ダイニングの椅子に腰かけながらボスが問う。何か大丈夫で無いことがあっただろうかと、何を言われているのか分からず首を傾げた。

 その俺の反応が納得いかなかったようで、ボスは訝しげな表情を浮かべている。


「嬢ちゃんだよ。お前に対して何かしなかったかって聞いてんだ。危険な目に遭わされなかったか心配してんだよ」

「ああ。別に何も無かったっすよ」


 特に攻撃的な態度に出られることもなく宿泊している宿屋に送り届けてきた。寧ろ、俺に対して送ってもらって申し訳ないと何度も謝罪と感謝を述べられたくらいだ。


「すげぇな。俺はさっき本気で死ぬかと思ったぞ?」


 さっきとは、お姫さんをこの家に連れてきた際に剣を突き付けられた時の事だろう。


 確かにあれは怖かった。凄まじい速度で抜かれた剣の軌道は全く見えなかった。気が付いたらボスの喉元に剣が付きつけられていたのだ。

 その上お姫さんの眼光は鋭く、睨まれた方は身体が思わず萎縮してしまう程だった。視線だけで人を殺せそうだという表現は、ああいう視線の事を言うのだろう。その辺でのうのうと生きてきたお嬢さんに出来る眼差しではなかった。 


「俺も怖かったっすよ?でも死ぬのは怖くないっす。俺の命はボスに貰ったものなので、何時何処で死んでも後悔は無いっす」

「お前なぁ……。いつも言ってるが、お前の命はお前の物だ。好きに生きろ。もっと生に執着しろ」


 いつもの返しに首を捻る。そう言われても、俺はあの国で死んでいたも同然だった。今こうして人間らしく生きていられるのは、俺の人生のおまけのようなものだ。もういつ死んでも後悔もない。

 俺は今こうしてボスの隣に立ち少しでも役に立てていることこそが、本当に幸せだった。




◇◇◇   ◇◇◇




 ドルシグ帝国での日々は、思い出したくもない過去だ。

 

 あの国を一言で言い表すのならば、『最悪』だろう。

 千年前の世界大戦以降、各国が平和を掲げてそれに向けて努力する中、あの国にそんな崇高な想いは微塵も無かった。どこまでいっても利己的で独善的。あの国での生活は辛酸を舐めるものだった。

 

 俺は自分の親の顔を知らない。まだ言葉もたどたどしいぐらいの幼子だった時に、道端に捨てられていたらしい。教会の人がそんな俺を拾って育ててくれた。

 

 あの国は軍事面に注力し、この平和な世の中であっても各国に多数の間諜や兵を送り込んでいる。

 その間諜や兵には無謀な作戦が言い渡される訳だが、それに否を唱えることはできない。無論、作戦の失敗の際はそのまま見殺しにされる。

 どの国も捕まえた兵がドルシグ帝国の手の者だと分かっているだろうが、確固たる証拠は残さないよう徹底されている。要は捨て駒だった。


 そうして無謀な作戦や過酷な労働によって国民の命は儚く消える。そのため孤児となってしまう者も後を絶たない。俺もきっと、そんな親の元に生まれて親を亡くしたのか、貧富の差が激しいあの国において貧困に苦しみ捨てられたかのどちらかだろう。


 だが俺はそんな自分の親を恨んではいなかった。この国において底辺の人間は、自分一人生きていくのがやっとだ。親を恨む気にはなれなかった。


 世界大戦以降、世界平和条約によって人権だの自由だのが保障されているわけだが、この国にそんなものは無かった。公になっていないだけで、国内での人身売買や奴隷制度などは横行していた。

 そんな中でも俺は奴隷ではなくこうして真っ当に生きていられる。衣食が儘ならないことは多々あるが、雨を凌げるだけの住がある。それだけでも俺はいい方だった。

 

 

 そんな俺に転機が訪れたのは俺が十ぐらいの時だった。捨てられていた時がいくつだったのか分からないので正確な年齢は分からないが、おそらくそのぐらいの年齢の時に、俺はボスに出会った。


 俺はその時、空腹で道端に倒れていた。


 教会には次々身寄りのない子供が拾われてきていて、まだまだ俺より小さい奴等もいて、その頃になると俺は教会を出なければならなくなっていたのだ。

 だがそんな十やそこらの子供にできる仕事も、そんな子供に仕事を与えてくれる大人もいない。俺は数日当てもなく彷徨い歩いたあげく、道端で力尽きて倒れていたのだ。


(ああ、やっぱり神様なんていやしない)


 俺はいつも通り、教会から追い出した大人達を恨んだりはしなかった。俺より小さい奴等がまだまだいるのだ。そいつ等を食わしていくためにも、年上になった者から出て行かなければならないのは当たり前だ。

 寧ろ、無償でここまで俺の面倒を見てくれたのだ。そのことに感謝している方が大きい。恨むなど、お門違いというものだろう。


 だが怒りが湧かないわけじゃない。俺はいるとも思わない神を罵った。神ぐらいしか、怒りをぶつける矛先がなかったのだ。


「お前っ、大丈夫か!?」


 そんな時、虚ろな視界に誰かが映り込み、そして耳元で大声が響いた。だが、そこで俺の意識は途絶えた。



 俺が意識を取り戻したのは、どうやらその出会いから一日後らしかった。


 気が付くと何処かの部屋に寝かされていて、まだ生きていることだけが分かった。次に、今まで感じたことがないような柔らかなものの上に寝ていることに気付く。そして最後に、自分の横に誰かが座っている事に気付いた。


「おう、気が付いたか?大丈夫か坊主?」


 返事をしたはずの口は開閉されただけで、言葉を紡がなかった。

 それを見て、隣にいる男が俺の身体を支えてベッドから起こすと、コップに入った水をくれた。

 俺はコップに入った清潔で透明な水をしばらく見つめた後、それを口に近付けゴクゴクと喉を鳴らして飲んだ。


 飲んでいるうちに、何故かは分からないが目の中に涙が溢れてきた。中身のなくなったコップを傾ける角度をさらに上げて上を向くが、溢れる涙は止まらない。

 そしてついには一滴、頬を伝って零れ落ちた。


「よく、頑張ったな」


 隣にいる男が、労いと共に俺の背中を優しく擦ってくれる。その言葉に堰を切ったように、俺の目からは止めどなく涙が溢れて零れ落ちた。

 俺は喉に何か詰まったように上手く声が発せられなくて、口からは嗚咽が零れた。


「う、あ、うわあぁぁぁぁ」

 

 俺はそのまま、暫く泣き続けていた。

 その背中を隣にいる男、ゲイリーがずっと泣き止むまで擦ってくれていたことを、俺は生涯忘れることはないだろう。



 漸く落ち着いた俺に、ゲイリーは自分のことを話してくれた。


 名前はゲイリーであること、何でも屋をして生計を立てていること、三十代の独身である事、だからこの家に他に住んでいる者はなく、俺が一緒にここに住んでもいい事などを教えてくれた。


「えっ?……俺、ここに住んでもいいの?」

「俺の家の前に倒れてた奴を見捨てたら、俺も寝覚めが悪いだろうが。だから拾ってやる。だが、いい暮らしはできないからな、それだけは肝に命じとけ」


 ぶっきらぼうで不器用で、こんな言い方しかできないがその優しさ溢れる言葉に、また涙が溢れた。


「あ、悪い。そんなつもりじゃなくてだな、あ、えっと」


 俺が泣いたことで言い方がまずかったと勘違いしたゲイリーが必死で言い訳を述べるが、そんな姿が面白くて俺は涙を流しながらも笑って見せた。


「大丈夫。俺もしっかり働いてお金を稼ぐよ。だからこれからよろしくお願いします、ボス」

「え、あ、……え?ボ、ボス??」


 慌てて言い淀む姿が益々面白くて笑えば、よく分からないと首を捻りながらもゲイリーも笑ってくれた。


「そう、ボス。だって俺はこれからボスの下で働くからね。俺の上司だから、ボス」

「え、えぇ……」


 笑顔から一転、嫌そうに顔を顰めたゲイリーだったが、そのことに関しては有無を言わせないように俺は布団の中に潜り込んだ。

 暖かい布団の中で温かい気持ちに包まれながら、俺は初めて感じる感情がくすぐったくて、零れ落ちる涙を布団で拭い続けた。

 

 


◇◇◇   ◇◇◇




 ここで働くようになって何年か経った頃、俺はゲイリーが秘密裏に情報を集めている事を知った。


 表向きは何でも屋として町の人々から頼まれた諸々のことをこなしていたのだが、その裏で実はドルシグ帝国のことを嗅ぎまわっていたのだ。それを俺が知ったのは、本当に偶然だった。


 たまたま俺が引き受けたおつかいの仕事が裏取引の現場の近くだったために、その現場に張り込んでいたゲイリーを見てしまったのだ。

 後で問いただせば、ゲイリーは色々と包み隠さず真実を教えてくれた。

 実はゲイリーはエダルシア王国からの間諜であり、エダルシア王国からの依頼でドルシグ帝国の情報を集めているとのことだった。


「これ以上俺と一緒にいると、お前達にも危険が及ぶかもしれない。二人で暮らしていけるくらいの金を用意してやるから、もう俺と関わるな」

 

 この頃には、俺と同じくゲイリーに拾われたマリウスを加え三人暮らしになっていた。


 ゲイリーの提案が俺達のことを思って言ってくれている言葉であるとは分かっている。けれど、俺達に大恩あるゲイリーと別れるという選択肢はなかった。


「俺はずっとボスと一緒にいる。何なら、ボスの仕事も手伝うよ」

「俺だって!ボス、俺達を捨てないでよ!」


 俺もマリウスも、ゲイリーに拾われる前までは死んでいるように生きていた。けれど今は、ゲイリーに拾ってもらってやっと人間らしい生活をして、初めて生きているということを実感している。

 くたくたになるまで働いて、誰かと共に労いながら食事をして、心地良い疲労感の中で眠る。ただただ息をしているだけだった自分の生が、初めて色付いて光輝いたのだ。

 

 俺とマリウスにとって、生きているということを感じられるのは、この場所しかありえなかった。




 結局反対するゲイリーを何とか言いくるめ、何でも屋の傍ら俺もマリウスもゲイリーの本業の仕事を手伝うようになった。


 人から情報を引き出すためには、相手に警戒されないことが大前提だ。

 俺は女装をして人の懐に入り込むマリウスを見て、自分も負けていられないとちょっと馬鹿な振りをし始めた。口調を間延びさせ、語尾を軽くすれば面白いように誰もが俺のことを侮った。

 馬鹿な奴にはどうせ理解できないだろうと、俺がいても大事な話をするのだ。


(本当に馬鹿なのはどっちだろうな)


 俺とマリウスは順調に情報を集め、ゲイリーを手伝っていた。

  

 自分が誰かのために役に立つ事をしているなんて大それたことを言うつもりは毛頭無い。ゲイリーのように国のために貢献しようという気持ちも俺にはない。

 俺はただ、ゲイリーの隣でこうして生を実感しながら生きていたいんだ。一緒なら俺はきっと、いつどんな場所でも生きていることを実感できる。 


 死んだように生きていた俺をゲイリーは救ってくれた。だから、この先どんなことがあっても何処までも付いていく。




 この世に神は存在しない。人は平等じゃない。世の中は理不尽で溢れている。


 けれど俺にはゲイリーがいた。

 だから生かされたこの命は、ゲイリーのために使うと決めている。

 

 だってこの命はゲイリーによって救い上げられ、今も生きて存在しているのだから。






明日も閑話が続きます。

明日はマリウスがドルシグ帝国にいた頃のお話になる予定です。


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