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黎明のウィレンツィア  作者: カワシマ キオ
第三章 歪な町
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最後の夜

 その日は結局、昼間から町中お祭り騒ぎになった。


 最初は町の再出発を祝い、そこかしこの食事を提供する店で景気よく食べ物や飲み物が振る舞われていたのだが、そのうち酒が振る舞われるようになり、結果町中の至るところで屋内外問わず人々が楽しそうに酒を酌み交わし歌ったり踊ったりして町中が賑やかな雰囲気に包まれた。


 そんな人々を横目に、イリス達はひっそりと過ごしていた。

 今回のことは多少手伝ったとはいえ、町の人達自らが戦う意志を示して行動に移し、そして勝ち取った結果だ。

 イリス達は彼等の邪魔にならないよう、宿屋で旅支度を整え、持て余した時間をリュカの剣の鍛練に費やして過ごしていた。

 

 本当なら直ぐにナリシェの町を出発しても良かったのだが、ゲイリー等に一言の挨拶も無しで出立するのは気が引けた。無論声だけ掛けてさっさと出て行っても良かったのだが、歓喜に沸き皆で喜びを分かち合っているところに水を差すのは避けたかったのだ。

 それに、今後訪れるエダルシア王国やオートレア王国の情報など、知っていることを聞き出したいというのもあった。

 今回のことでよく分かったが、ゲイリーの情報網と伝手というのは群を抜いて有用だったのだ。


 

 西の稜線に日が完全に沈み夜の帳が深くなる頃、屋外で騒いでいた人々はちらほらと家路につき始め、商店や食堂などではまだまだ愉しそうな声が響いている処があるものの、町はだいぶ落ち着きを取り戻してきていた。

 昼間から騒いでいたのだ、もうそろそろお開きになるのだろう。

 イリス達が宿泊しているこの宿屋も例に漏れず、一階に食堂が併設されているため昼からずっと人が入り浸り飲めや歌えの大騒ぎだったが、それも今は落ち着き静けさが戻ってきていた。


「あっ!」


 宿屋の窓から町の様子を眺めていたイリスは、路地を抜けて宿屋に向かってくる見慣れた二人組の姿を見つけて目を見開いた。

 イリス達に用事があって来たのか、食堂に用があるのかは分からないが、声を掛ける絶好の機会には違いない。イリスは自室を出ると、次々と隣室の扉をノックして回った。


「……何かあったのか?」


 レオンとロイに続き、最後に重い身体を引き摺りながら扉から出てきたのはリュカだった。

 声をかけてきたイリスのみならず廊下にレオンとロイがいるのを見て、リュカが気怠げな表情のまま眉間に皺を寄せている。

 昼間からの鍛練はたっぷりと時間があったので、相当疲れたのだろう。壁に寄り掛かっていないと身体を起こしていられないようで、扉の枠に上半身を預けながら首を傾げるリュカに思わず苦笑が漏れた。


「……」


 イリスに笑われたことが気に障ったようで、リュカが顔を顰める。だが反論する余力はないようで、そのまま黙って扉の枠に凭れ掛かっていた。

 そんなことをしているうちに、階下から階段を上がる複数の足音が聞こえてくる。


 階段を上りきる前に、廊下に目的の人物達がいるのを見つけてゲイリーは片手を上げた。


「よう、お揃いだな。人払いはしてあるから下に来いよ。話がある」


 ゲイリーはどうやらイリス達に用事があったようだ。

 廊下に全員がいたことで時間が省けたとばかりに、階段の中腹で踵を返すとそのまま階段を下りていってしまう。

 イリス達もそれに続いて階段を下りると、一階にある食堂は先程までの喧騒は何処へやら、誰もいなくなっていた。

 空になったいくつもの皿や、先程まで飲まれていたであろう表面に水滴が付いたままのグラスなど、テーブルに残る残骸だけがつい今しがたの宴の余韻を漂わせていた。

 そんな状況の中で、マリーが一人でせっせとテーブルの後片付けをしていた。


「あら、お疲れ様」


 階段を下りてきた面々に気付き、テーブルを拭いていた手を止めてマリーが笑顔を見せる。既に片付いたテーブルに、ゲイリーとリックが先に腰を下ろしていた。


「どうしたんだ?今回の立役者だろう、町の奴等の処にいなくていいのか?」


 ゲイリーの向かいの席の椅子に腰掛けながら、レオンが問い掛ける。それに習い、イリスとリュカも椅子を引いてゲイリーと向かい合うように座ったが、ロイは席には着かず皆の背後に立った。


「さっきまで散々祝杯を上げてたからいいんだよ。それより話しがあるんだ。兄ちゃん達、この町のことについて帝都に連絡を入れてたって言ってたな」

「ああ。すでに昨年この町の監査に携わった者は取り調べてもらって、賄賂を受け取った言質が取れたと報告が上がってきている。ちなみに今、この町の捜査のために代わりの者を呼んでいる。明日か明後日には着くんじゃないか?」


 レオンが報告と今後の予定について伝えれば、ゲイリーは苦笑した。


「流石、仕事が早いな。ところで代わりの者が来ても、もうこの町ですることはそんなにないだろ?で、帰る時、ついでに俺を帝都に連れて行って欲しいんだが、それを頼んどいてくれないか?」

「……何故?」


 確かに、ナリシェの町の問題は今日で片が付いた。ゲイリー等がバルボックを罪に問いたくないと言っている以上、帝都の騎士が来てもすることは多くはないだろう。

 そしてその捜査が終わって騎士が帝都に戻る際、ゲイリーは共に帝都に行って一体何をするつもりなのだろうか。

 イリスが疑問を呈すれば、ゲイリーは首を傾げながら含み笑いを浮かべた。


「んー?俺も誰かの役に立とうと思った、ってとこかな。本当なら皇帝陛下に直接会いたいんだが、一般の民が話したいって言っても普通話せる立場にないだろ?だからさ、お前等が一筆書いといてくれると助かるんだが」

「それは、構わないけれど……」


 確かに、イリス達はゲイリーの情報網や持っている伝手の凄さを知っているが、それをゲイリー本人がいくら帝都の騎士に言ってみたところで信用されることはなく、帝への目通りなど叶わないだろう。

 ゲイリーが何をしたいのかその真意は全く分からないが、役に立とうと思ったと言っているくらいだ、何かこちらに協力をしてくれるつもりがあるのならば、一筆添えることは吝かではなかった。


「俺達はゲイリーの為人を知っているが、帝に紹介するにあたって信用に値する人物かどうかはこちらで調べさせてもらっても構わないか」

「ああ、願ったりだよ。ドルシグ帝国にいたことがあるってことが後からバレて、あらぬ嫌疑を掛けられても困る。最初にちゃんと調べといてくれ」

 

 レオンの申し出に、ゲイリーは二つ返事で了承を示した。

 ゲイリーの言う通り、最初にしっかりと身の潔白を証明しておいた方が後々面倒ごとが起きないのは確かだ。


「ところで嬢ちゃん、今後旅を続けるにあたって、今回マリウスにやってもらったように変装する気はないのか……いてっ」

「いつでも変装グッツ貸してあげるわよ!」


 ゲイリーの言葉に、テーブルを片付けていたはずのマリーがイリス達のテーブルまですっ飛んで来た。そしてその勢いのまま、ゲイリーの背中を平手打ちする。相変わらず、マリウス呼びへの反応は早い。


「気持ちはありがたいのですが、隠し事をしている人物が他人からの信用を得ることはできないでしょう。今後も、素性を隠すつもりはありません」

「そうか」


 イリスの言葉を聞いて、ゲイリーよりも隣でマリーが残念そうに眉を下げる。だがすぐに気持ちを持ち直してイリスの手を取ると、マリーはずいっとイリスに顔を近づけた。


「マリアちゃんは何時でも貸すからね」

「……」

「ちょ、何すんのよっ!女の子の顔に!!」


 何と返答すべきか迷いイリスが曖昧な笑顔を浮かべていると、すかさず隣からレオンの手が伸びてきてマリーの顔を鷲掴みにして引き離した。

 すぐさまマリーが非難の声をあげるが、当のレオンはもう一切マリーを見てもいない。それが尚更マリーの怒りを誘い、マリーは今にもレオンに向かって飛び掛かっていきそうになっていたが、ギリギリのことろでゲイリーに止められていた。

 ちなみにマリアちゃんとは、今回イリスが貸してもらった茶髪の緩いウェーブの鬘のことだ。マリーには、それぞれの鬘でなりきる人物設定があるのだそうだ。

 そして更に言うと、今回リュカが借りた黒髪ストレートの鬘は、マナベル、という人物に変身する時用の鬘らしい。


「ああ、そうそう。これからエダルシア王国に行くんだろ?ストレアル山脈に住んでいる山岳民族の連中と仲良くしとくといいぜ」


 マリーを押さえ付けながら、ゲイリーがイリスに向き直ると話題を変えた。


 南のエダルシア王国にはストレアル山脈を越えないと入ることができない。

 ストレアル山脈に住んでいる民族がいることは知っているが、何故仲良くする必要があるのだろうか。その理由も、続くゲイリーの言葉が教えてくれた。


「おそらく連中は、嬢ちゃんにとって有益な情報を持っている。ちっとばかし荒っぽい性格の連中だが、嬢ちゃん達なら大丈夫だろ」

「……有益な情報って言うけどさ、知っているなら今ゲイリーが教えてくれればいいだろ」


 疲労困憊で机に伏していたリュカが、顎をテーブルに乗せ顔だけをゲイリーに向けていた。

 先程まで机に伏して全く微動だにしていなかったので、寝ているのかと思っていたぐらいだ。


「そうだな、リュカにしては冴えてる」


 ロイが背後で感心したように手を叩くと、リュカの頭を撫でる。歳は変わらないのだが、完全に子供扱いだ。しかし今のリュカには、その扱いに反論するだけの体力はないようでされるがままになっていた。


(やっぱり、普通にすることよね)


 その様子を見ていたイリスが、人知れず納得し頷く。

 こうして見ても、頭を撫でる行為など他に他意もなく何でもない行為であるし、今までだってよくあったことなのだ。


(あの時はきっと、普段リュカからされることがない行為だったから、驚いただけだったのね)


 イリスはそう結論付けると、疑問だったことが解決したのだと自分に言い聞かせこの思考を終わらせることにした。

 そうして一人内心で納得していると、向かいに座るゲイリーがニヤリと口角を上げて笑うのが見えた。


「言葉で説明できる内容じゃないんだ。実際にその目で見て確認してこい」


 一同に対して向けられた良い笑顔に、これ以上何を聞いても答えないという強い意志を感じた。

 

「朝には発つのか?」

 

 唐突に話題を変えてゲイリーがレオンに問えば、レオンはわざとらしく溜息を吐いて見せた。


「……ああ、今日でも良かったんだがな」


 レオンの言葉に込められた、ゲイリーへの諸々の非難を汲み取ったのだろう。ゲイリーが肩を竦める。


「そりゃ悪かったな。待たせた上に申し訳ないが、明日の出立も俺は見送れそうに無い。悪いな」

「それは大丈夫です。色々と情報をありがとうございました」


 イリスが深々と頭を下げると、それに合わせてレオンやロイ、机に伏していたリュカも頭を下げた。それを見てゲイリーが慌てたように立ち上がる。


「いやいや、止めてくれ。俺達の方こそありがとう。嬢ちゃん達のお陰でこの町はこれから生まれ変わることができる。本当にありがとうな」


 ゲイリーと共に並び立ち、リックとマリーも頭を下げる。


「……ふふっ」

「……ははっ」


 全員で頭を下げている状況が何だか可笑しくてイリスが思わず笑い声を溢すと、ゲイリーも顔を上げて笑い始めた。その笑いの波が徐々に広がり、テーブルに笑顔が溢れる。


 ナリシェの町での最後の夜は、こうして穏やかに更けていった。




 翌朝、早朝にひっそりと出立しようとしたイリス達だったが、町の外れにはリックとマリーが待っていてくれた。

 二人に見送られ、一行は様々な事があったナリシェの町を後にしたのだった。






これにて第三章完結です。

明日からいつも通り何話か閑話を書きますが、今年中に第三章に区切りをつけられるといいなと思っています。

閑話はなくても話は通じますが、ぜひお付き合いください。

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