リュカス
先程から、どこで口を挟んだらいいか分からず沈黙を貫いていたリュカだったが、自分についての話題が上がったことで漸く閉じていた口を開いた。
「俺はリュカス。皆俺のことをリュカって呼ぶから、リュカでいいよ。ウィレンツィアから来たんだ」
ウィレンツィアと聞いて、三人の眉がピクリと動く。
(まぁ、そういう反応にはなるよな)
リュカは三人の表情をぐるりと見回して、小さく溜息を溢した。
リュカがウィレンツィア王国の民で、エルヴィン皇子はそのウィレンツィア王国を実質支配している人物であるとくれば、エルヴィン皇子がここに来た理由はリュカに関係すること以外に考えられない。三人がリュカを見て訝しむのも無理はなかった。
だが実際のところ、エルヴィン皇子の思惑はリュカ自身にも皆目見当がついていない。
「君等が俺に対して疑念を抱くのは尤もだと思うんだけど、俺自身、何でエルヴィンが追ってきたのか分からないんだ」
「……」
リュカの言葉を受けて、皆がそれぞれ何かを思案し黙り込む。
短い沈黙の後、ロイが軽い口調で沈んだその場の空気を切り替えた。
「まぁ、それなら仕方がないんじゃない?僕達にもエルヴィンの思惑なんて一つも分かんないし」
軽口を叩きながらロイがレオンに視線を送る。この問題は一旦置いておいてまずは城に戻ろうという合図だったのだが、普段ならこちらの言いたいことを察して同意を返してくれるはずのレオンが、先程からずっと硬い表情のまま何かを考え込んでいるようだった。
「……自己紹介もまだだったね。僕達はサンスタシア帝国の騎士で僕はロイ、十八だ。こっちはレオンで十九。で、リュカを助けたのがイリスだよ」
とりあえずレオンの考えが纏まるのをもう少し待とうと、場を繋ぐためにロイが自己紹介をしリュカに右手を差し出す。リュカもそれに応え握手を交わした。
「ロイに、レオンに、イリス、ね」
リュカは名前を呼びながらゆっくりと一人ずつ順番に視線を向ける。そして最後にイリスを捉えると、観察するように上から下までじっくりとその姿を見た。
「しかし帝国の騎士にもこんな若いのがいるんだな。イリスなんてすごく小さくて女みたいに華奢なのに、大したもんだよ」
リュカが感じたままに感想を述べる。
と同時に、リュカは突然ロイによって勢いよく口を塞がれ、何かを思案していたはずのレオンからはものすごい勢いで肩を掴まれていた。
「もがっ……な、にすんだよっ!」
二人の手から身を捩って抜け出し、リュカがたまらず文句を述べる。
「仮にも民を守る騎士様だろう!護るべき民に何すんだよ!!」
そんなリュカの挑戦的な態度に、両者の間に慌ててイリスが割って入った。
「ごめんねリュカ!二人はちょっと落ち着いて!」
イリスの言葉を受けて、「間に合わなくてごめん」とロイが申し訳なさそうに謝る。そのやり取りを見て、リュカは称賛のつもりで言ったことが逆の意味で取られたことに気付いた。
「……ごめん、褒めたつもりだったんだ。小さいのに凄いと思ったんだよ。あっ、小さいも女みたいだって言ったのも失言だよな、申し訳な……っ!?」
素直に謝罪し頭を下げたのにもかかわらず、何故かレオンとロイからただならぬ雰囲気が漂っているのを感じて、リュカがぐっと押し黙る。
何がいけなかったのか分からず戸惑うリュカとは対照的に、イリスは楽しげな笑い声を溢していた。
「いや、いいよ。事実、女だし」
「……は?女って……え……女なの?」
実に楽しそうなイリスの横で、レオンとロイが物凄い勢いでリュカ睨んでいる。
今にも殴りかかっていきそうな二人を宥めながら、イリスはリュカに「いつものことだから気にしないで」と微笑んでいた。
(そうか……きっと他者からのこういう誤認識や中傷は、よくあることなんだな)
イリスをよく知らない人物からすれば、イリスは年若い少年騎士のようにしか見えない。きっとリュカのように、良かれと思って掛けた言葉でイリスが傷つくこともあるのだろう。
それに騎士は圧倒的に男性社会だ。そんな中で男性よりも小さく非力なはずの女性騎士が活躍すれば、大抵の場合は良く思われない。やっかまれることだってあるのだろう。
(おそらくこの二人は、そういう悪意からもイリスを護っているんだな)
そんなことを思いながら、リュカは再びイリスをじっくりと観察する。レオンやロイと比べると頭一つ分小さく、細身で華奢な身体つきをしている。とてもさっきドルシグ帝国の兵士を複数相手に圧倒していた人物には見えなかった。
(そりゃあ、こんな小っさいなりで騎士団に居たら護ってやりたくもなるよな。でもエルヴィンも言ってたけど、相当強いって他国でさえ噂らしいし……実際えげつないくらい強かったな。護ってもらう必要なくないか?)
リュカは思ったことを、今度は心の中で叫んだ。リュカの悪い癖なのだが、思ったことをよく考えずに口にしてしまっていつも失敗するのだ。
けれど今回は、口に出す前に思い留まることができてほっと胸を撫で下ろす。もしこれを実際に口にしていたのならば、きっと再び二人の鉄槌が下っていたことだろう。
(しっかし、どうしても女と思えないんだよなぁ)
リュカはイリスを見つめたまま、腕を組んで首を傾げる。
イリスは琥珀色の髪に透き通った新緑のような翡翠色の瞳をしており、髪でも伸ばしたら美人間違いなしの端整な顔立ちをしている。
しかし如何せん、今はショートヘアに白い軍服、先程の戦闘も相まって、リュカにはどうしても女性と認識できないでいた。
イリスを観察し続けるリュカの不躾な視線に再びレオンとロイの怒りが噴き出しそうになり、イリスは「まぁまぁ」と二人を制しながらリュカに声を掛けた。
「別に男でも女でもどっちでもいいよ。それよりも早く城に戻らないと。リュカにも一緒に来てもらうから」
イリスの言葉にレオンとロイは漸く冷静になり、皇帝からの勅命を思い出す。インペリアルガードには緊急の招集がかかっていたのだ。二人は先程降り立った時にその場に置きっぱなしにしていたフラッデルを慌てて拾い上げる。
「私がリュカを連れて行く。ロイとレオンが二人乗りするのは難しいでしょう?」
イリスが自身の足に付いたままのフラッデルを、右足の踵を踏み込んで起動させながら二人に問うた。
フラッデルは基本一人乗りの飛行機械だが、密着して乗れば何とか二人乗れなくもない。
だが飛行機械の特性上、搭乗者の体重が重くなればなるほど浮力に影響が出る。負荷が少ない方が高度の維持や連続飛行時間も延びるのは当然だった。
「まぁ、普通に考えたらそうなるよねー」
同意の言葉を口にしながらも、ロイが意味ありげな視線をレオンに送る。その視線に気付いたレオンは、自分が不機嫌な表情をしている自覚があったので咄嗟に顔を背けた。
そんなレオンを見て、ロイは口元を手で押さえ笑いを堪えている。イリスは何がそんなに面白いのか分からずに首を傾げていた。
「……そうだっ!カイン!!」
だが次の瞬間、突然弾かれた様にリュカが大声をあげ、三人は一斉にリュカを振り返った。
「俺、今は一緒には行けない!連れがいるんだ。ヴェントの町で待ってる!迎えに行かないと!!」
焦った表情でイリスの両腕を掴むリュカの勢いに押され、イリスは思わず一歩後退る。
(ヴェントの町って、ドナの森の先の?だって、エルヴィン皇子も今その方角に……)
頭の中に広げた大陸地図で位置を確認する。西へ伸びる街道はただ一つ、このドナの森を抜けるしかない。だが今この森の中を、エルヴィン皇子一行もウィレンツィア王国へ向けて馬で駆けているはずなのだ。
まさかの事態に、三人は顔を見合わせ言葉を呑み込むしかなかった。




