役割分担
◇◇◇ ◇◇◇
昨晩、明日の作戦決行時にそれぞれがどう動くかという話になった時、色々な意味で最後までごねていたのはリュカだった。
『えっ、俺は?何をすればいい?』
ゲイリーがそれぞれに役割を言い渡し終えて、リュカが疑問の声を上げた。
『あー、んー……見張り、とか?』
ゲイリーも歯切れ悪く返答する。それもそうだろう。明確にこれ、といった役割がリュカには無かったのだ。
イリスは護衛やバルボックを誘き出すために監視カメラを壊して回る予定なのだが、監視カメラの位置を把握していないので、町の人達の協力を得ることになっている。
イリスがそれと分からないようにマリーに変装させてもらっている朝のうちに、ゲイリーとリックで手分けして町の人達に作戦の決行を伝えてきてくれるのだそうだ。
町の人達全員がこの作戦に協力してくれるのか疑問だったが、どうやら元々この作戦を計画していた段階で町の人達全員の総意を得ているのだそうだ。
監視カメラによって喧嘩や犯罪の抑止になっているため有用性がないわけではないことを皆知ってはいるのだが、やはり行き過ぎているところが問題で、今後の為にも一度どこかでバルボックを止めておかないと歯止めがきかなくなるのではというのが町の総意であるようだ。
レオンとロイはバルボック邸に侵入するゲイリー達の護衛兼バルボック邸の掌握が任されていた。
万が一把握していた人数よりも護衛の数が多く屋敷内に護衛が残っていて戦闘になるなど、不測の事態が起こった時に対応するためにも、戦闘経験が豊富な彼等が適任だった。
ゲイリーがこの作戦を計画していた段階では、この役割は町の中で腕っぷしに自信のある者が引き受ける予定になっていた。だが彼等だと護衛と戦闘になった場合、怪我をしたり怪我では済まない事態になることもあるので、今回レオンとロイに白羽の矢が立ったのだ。
レオンとロイであれば護衛との間に圧倒的な実力差があり、双方に怪我無く即座に対処することが可能だからだ。
マリーは勿論、イリスの変装の手伝いがある。その後はいつも働いている宿屋の食堂での給仕に向かうが、今日は仕事にはならないだろうから町の人達のサポートに回る予定だった。
リュカには一応、作戦決行前にイリスに扮して町中を練り歩くという役割がある。監視カメラを壊す人物の他に、イリスもちゃんと存在していると印象付けるためだ。
しかしそれは作戦決行前までであって、作戦時は特に役割がなく、リュカにはやることが無いのは事実だった。
『見張りなんてなくてもいいだろっ!何処を見張るんだよ。どうせ町中に来た護衛はイリスしか追いかけないだろ!』
最初は複数で監視カメラを壊す案もあったのだが、そうなるとイリス以外の実行犯が護衛によって捉えられる可能性が出てくる。そうなると作戦に支障をきたすので、実行犯はイリスだけという事になっていた。
護衛は監視カメラの位置を教えた町の人達を捕らえるよりも、先ずはイリスを捕まえようとするだろうから見張りは当然必要ない。
『そんなことよりも、バルボックも無事に誘き寄せた後どうするかだな』
『そんなことってなんだよっ』
リュカが憤慨するが、それをゲイリーは歯牙にもかけずにイリスに視線を向けた。
『俺達が早めに証拠を掴めればいいんだが……』
『戦ったり、拘束はしない方がいいんですよね?』
イリスの言葉にゲイリーが頷く。拘束してしまえば話は簡単なのだが、ゲイリー等は、町を想うが故の行動が行き過ぎているバルボックに異を唱えてはいるが、罪に問いたいわけではないのだ。
だがそうなると、時間稼ぎには限界がある。
『あ!帝都の騎士が町の実情を聞いて調査に来たって言えばいいんじゃないっすかね?』
『そうねぇ、帝都の騎士っていうのは本当なんだし、いいんじゃない?バルボックも帝都から騎士が来たとなれば、ちょっとは怯んで話ぐらい聞くんじゃないかしら』
リックが名案だとばかりにポンっと拳を掌に打ち付けた。それにマリーが賛同する。
二人で顔を見合わせ自分達の意見に自信の笑みを浮かべるが、向かい側でレオンは大きく息を吐いた。
『無理だな。騎士服を着ているわけでもない。一目で俺達を騎士だと信じるのは無理だろう』
レオンの言葉にマリーが頬を膨らませる。自身の良案を否定されて悔しいようだが、頬を膨らませ無言で抗議する様は可愛らしく、怒っているように見えなかった。
『確かにいい案ではあるな。騎士相手ならバルボックも大きく出られないだろう。しかしなぁ、騎士と一目で分かる何か、か』
ゲイリーが顎に手を添えて首を捻ると、その隣でリックがマリーに視線を向けた。
『マリウス、騎士服は持って無いんっすか?』
『ちょっと、マリーだって言ってんでしょ!無いわよ。騎士の服なんて。私は可愛い服しか持ってないの!』
胸の前で両腕を組んでプイっとマリーが拗ねたように顔を背ける。本当に女性にしか見えないなと感心しながらマリーの姿を眺めていたイリスは、ふと弾かれた様に立ち上がった。
『ちょ、どうしたのよ。急に』
『ありますよ。一目で帝都からの騎士だと分かる物』
急に立ち上がったイリスに驚いて非難の声を上げるマリーには目もくれず、イリスは肩に掛けていたポンチョ風のマントの中に手を入れた。そして背中に背負っている物を片手で支えながら胸の前で斜め掛けになっている二本のベルトの一方を外す。
訳が分からず事の成り行きを見守っていたゲイリー等は、イリスがベルトから外した背負っていた物を両手で机の上に乗せたのを見て、思わず息を呑んで瞠目した。
『ま……さか、フラッデルなのか?』
『すごいっすねー。初めて見たっす』
イリスはにっこりと微笑む。
『凄いな。国宝級の代物じゃないか。一騎士に貸与される物じゃないだろ?いや、嬢ちゃんだからか。今後の為にと持たされたってとこか?』
ゲイリーが顎に手を添えながらブツブツと独り言を言い、イリスの手の中のフラッデルをまじまじと見つめた。
『じゃあ、これで万事解決っすね。で、誰がこれに乗って登場するんっすか?』
リックの言葉に、笑顔だったイリスの表情が固まった。そこまで考えていなかったのだ。
イリスにはイリスにしかできない役割があるため、イリスがフラッデルに乗って登場することは出来ない。けれど、と思いイリスが後ろに立つレオンに視線を向けた。
レオンはイリスの視線に気付いて一瞬目を合わせたが、スッとその視線を逸らすとゲイリーに向き直った。
『バルボック邸に行くのが俺達のどちらか一人ということも出来なくはないだろうが、その場合不測の事態が起こると対処しきれなくなるな』
(え……本当に?レオン、面白がってない?)
レオンとロイならば、仮にどちらか一人だったとしても、バルボック邸に向かうゲイリー等の護衛と邸宅内の掌握は問題ないだろう。あらかじめ護衛の数も分かっているし、その護衛達はイリスが町中に誘き出す予定である。
仮に把握している以外の護衛がいたとしても、レオンとロイならば軽くあしらえるのではないだろうかと思われた。
疑問に思って尚もレオンを凝視していると、その隣に立つロイが口元を掌で押さえて笑いを堪え始めた。
(やっぱり!)
イリスの思った通りのようで、ロイは必至に笑いを堪えている。どうやら二人は、自分達が人前に堂々と登場することが嫌なようで、もう一人にこの役をやらせたいようだ。
だがそんな事とは知らないゲイリーは、レオンとロイが無理という話を信じ、消去法でその役割ができる唯一の人物に視線を向けていた。
今まで自分には関係ないと高を括っていたリュカは、視線を感じてその役目ができるのは自分以外に誰もいないという事実に初めて気が付いた。
『え……えっ?えええええー!無理無理無理っ!!』
皆の視線を一身に受けて、リュカが両手をブンブンと胸の前で振る。自然と足を引き後ろに下がるが、数歩下がったところで壁に行き当たりもうそれ以上後退できなくなっていた。
しかし壁に張り付くようにして、リュカは断固として拒否の意を示す。
『無理無理っ!乗ったことがあるのだってたった一回だろ。騎士の振りなんて出来るわけがない!』
『それならリュカスがバルボック邸に行くか?何かあった時に剣で応戦するんだぞ?』
レオンが意地悪く問えば、リュカは目を見開いた後力なく項垂れた。
『……無理ですごめんなさい』
剣技を習い始めたと言っても所詮まだ数日、対人を相手にすることに自信がないのは明らかだった。
先程までの勢いは何処へやら、リュカは意気消沈して沈黙した。
『決まりだな。坊主は面が割れてるから一応マリウスに変装して貰えよ』
『は?』
その言葉に、喜々としてマリーがリュカに詰め寄る。
『イリスと共にしっかり変身させてあげるから、安心してねっ』
胸の前で手を組み可愛らしく首を傾げて見せるが、喜色満面のその目の奥は全く笑っていない。獲物を狙うようなその視線がリュカを真っ直ぐに捉え背筋に悪寒が走った。
『俺、色んな意味で明日生きている気がしない』
すっかり顔色が悪くなっているリュカには気の毒だが、他にやれる人がいないのでは仕方がない。イリスは出来るだけ安心させる様に微笑んで見せた。
『合流場所を決めよう。そこで発進の手伝いもするから。ホバリングする後ろに居て、いつでも助けられるようにするから安心して』
イリスの言葉に項垂れた顔を少しだけ上げてリュカが一瞬イリスを見たが、直ぐに視線を逸らして元に戻ってしまった。それだけ一人で乗ることが不安なのだろう。
『ま、屋根ぐらいの高さから落ちたところで死なんだろ。念願の役割も出来たことだし、頑張れや』
ゲイリーが快活に笑う声がいやに大きくリュカの耳に響く。リュカは己の明日を思い、益々項垂れるしかなかった。
◇◇◇ ◇◇◇
そして現在、リュカはフラッデルの上で一人恐怖と闘っていた。
(こっ……怖ぇぇぇー)
フラッデルは、家屋の屋根部分で浮いた状態だ。見下ろす街道には、今回の標的であるバルボックと思われる人物をはじめ、レオンとロイがいる。そしてその中心人物達を遠巻きに囲むようにして、集まってきた町の人達で人垣ができていた。
リュカが全員の死角からスッと前に少し前進してその姿を街道に表した時、周囲に集まった観衆から大歓声が上がった。しかしそんな大音量の音ですら、リュカの耳には届いていなかった。
下を見た際にうっかり認識してしまったのだが、フラッデルは後ろ半分が斜めになった屋根の部分にかかっているが、前半分は完全に宙に浮いていたのだ。
この場所からずっと町の様子を見ていたリュカは、先程イリスを追って来た護衛の一人が屋根から転がり落ちた場面を思い出して思わず膝が震える。
リュカは今フラッデルという平らな機械の上に一人で立って浮いている状態なのだ。ここから落ちたら確実に何らかの怪我を負うだろう。
(なんでイリスはこんなのの上で平気でいられんだよ)
込み上げてきた怒りのままに後ろを振り向こうとすると、僅かにフラッデルが傾きバランスを崩しかけて元の状態に向き直る。
心臓が耳の位置に移動したんじゃないかと思うぐらい、鼓膜を叩くようにして心臓の音が鳴り響いていた。呼吸を整えようと思うが、それすらもフラッデルを揺らしそうでリュカは慎重に息を吐く。
「リュカ、落ち着いて。大丈夫だから」
後ろで待機しているイリスが小声で話しかけるが、リュカは観衆に見えないように僅かに首を横に振ってその意思を表す。
だがその時、リュカの耳に眼下でバルボックが怒鳴り散らす声が聞こえた。
「俺はお前等の為を思ってやってきたんだ。とやかく言われる筋合いはないっ」
「……は?」
その言葉に、リュカは言い知れない怒りの感情が込み上げてくるのを感じて、眼下で尚も声を荒げているバルボックを鋭く睨んだ。




