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黎明のウィレンツィア  作者: カワシマ キオ
第三章 歪な町
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予想外の登場

 二階の屋根の上に乗り上げたイリスは、僅かに乱れてきた呼吸を整えながら状況を確認していた。


 眼下の街道では集まったバルボックの護衛達がイリスに向かって口汚く罵っている。護衛達は屋根の上に登ってくることができないのだろう。追ってくる様子はまだ無い。

 それを確認し、イリスは大きく息を吐いた。


「そろそろあっちも、屋敷内に侵入出来たかな」


 視線を先程走ってきた方向に向けると、屋根の上にしゃがんでいても通りの奥に一際大きな屋根が見えた。

 そろそろバルボック邸の方でも動きがあった頃だろうかと目を凝らすも、距離がありすぎてもちろんあちらの様子は全く分からない。

 

「仕方がない。もう少し頑張りますか」


 イリスは深く息を吐き出すと、太腿を拳で叩いて勢いよく立ち上がった。イリスの役目はとにかく、バルボック邸に向かった皆が証拠を掴むまでの時間を稼ぐことだ。


「きさっ、っ、貴様!何を、してっ、っ、いる!」


 今見ていた通りの路地から、前に突き出た腹を揺らしながら恰幅のいい中年の男がドタドタと走ってくるのが見えた。

 少し薄くなってきている茶色の髪は乱れ、その顔からは尋常ではない量の汗が吹き出ているのが見える。呼吸が乱れ、口にしたはずの言葉は途切れ途切れだった。


 おそらくこの人がバルボック本人だろうと、直感的に理解した。


「っ!」


 やっと登場したバルボック本人に気を取られていると、イリスの後方で屋根に設えてある明り取りの窓が勢いよく開け放たれた。

 驚いて振り返ると、護衛の一人がそこにいた。イリスが呼吸を整えている隙をついて、屋内を通ってここまで来たようだ。窓から身体を乗り出すとイリスを捕らえようと飛びかかってきた。


(あ、まずい)


 窓から捉えようとしてくるとは思ってもいなかったイリスは、自身に迫りくる手を躱すのが一瞬遅れてしまった。それでも無理矢理身を捩ったために、空中で身体が斜めに傾ぐ。


 だがイリスは慌てることなく、手を伸ばして屋根に手を付くと傾いた動きを利用してそのまま身体を側転させた。

 無論、手を着いた場所も着地した足場も屋根なので斜面だった訳だが、イリスは危なげなくヒラリと宙を舞い華麗に着地した。


「!!」


 一方護衛の方はそうはいかず、イリスの腕を掴まえそこねて空を切った身体がバランスを崩し短い斜面を滑るとあっという間に二階から身体が宙に投げ出されてしまっていた。 

 地面に身体が叩きつけられる鈍い音が響く。この高さであれば打ち所が悪いと骨折ぐらいはするかもしれないが、命に別状は無いだろう。


「こ、このっ!すばしっこい猿めっ!!」

「降りて来いっ!!」


 護衛達が口々に往生際悪くイリスを罵っているが、漸くイリスの眼下まで辿り着いたバルボックがそれを一喝した。


「お前らっ!何をやっているっ!」


 バルボックの怒声が響き渡る。地面に落ちた護衛を心配するより先に叱責する様に、イリスは眉を顰めた。

 落ちた護衛に視線を向けると、呻き声を上げていたもののノロノロと身体を起こしている。無事であることを確認し、イリスは人知れず安堵の息を吐いた。

 

「目の前で人が、それも自分を守ってくれる人が怪我をしたかも知れないのに、最初に掛ける声が叱責なの?」


 イリスが冷ややかな視線を向ければ、バルボックはその言葉を嘲笑うかのように鼻で嗤い、吐き捨てるように怒鳴った。


「はんっ、綺麗ごとを。金で雇った奴が仕事も出来なかったら、責められて当然だろうがっ」


 バルボックは走って来て乱れていた呼吸が整ってきたようで、先程よりも声を張り上げイリスを睨む。

 その大声を耳にしバルボック本人の登場を知った町の人達が、状況を把握しようとちらほら街道に集まりだしていた。


「お金で全てのことを解決はできないわ」

「貴様に何が分かる。世の中金が全てだ。金がある者こそが強者であり勝者。そうした一部の勝者が人の上に立ち、金の無い敗者はそれに従うのみだっ」


 鼻息も荒くバルボックが言い放つ。イリスはその言葉に、言い知れない怒りが込み上げてくるのが分かった。

 イリスが知る『上に立つ者』は、決してそんなことはしない。


「上に立つ者は、権力などを振りかざしたりしない」


 帝もアイザックも、下の者を抗えないような強い力で捩じ伏せることは決してしなかった。


「上に立つということは、自分についてきてくれる人達に対して責任を負うということよ。決して従えて自分の都合のいいように動かすことじゃない」

「はっ、偉そうに。知ったような口をききやがって。鬼ごっこで勝ったつもりかもしれないが、お前みたいなガキ一人じゃ何にも出来やしないんだ」


 言い終えるとバルボックは何かを思い出したように周囲を見回した後、ニタリと口角を上げて顔を歪ませた。

 

「そうそう、貴様が壊した物の代金は全て請求してやるからな」


 イリスを見上げながら卑下た笑みを浮かべるバルボックに心底辟易する。


「町を見守るという体で、その実、町の人達を監視するための物なんていらないでしょう」

「は、笑わせる。俺は町のためを思って監視しているんだ。現にこの町では諍いも犯罪も起こっていない。安心で安全な町のためには必要なものなんだよ」


 先程からちらほらと集まってきていたが、最早街道を埋め尽くす程の人波となった町の人達がバルボックの言葉に反応する。

 

「まぁ、確かに……」

「でも、監視されていると思うと心が休まらないわ」

「万引きや強盗がなくて店は助かってるけど」

「だからって、この数はやりすぎじゃない」


 監視カメラに対して否定的な意見ばかりではないようだが、やはり諸手を挙げて賛成という訳でもないようだ。

 ゲイリーが言っていたように、元々はいい町にしようとしてバルボックが始めた政策の延長上にあるために、バルボック本人は罪悪感が薄く、町の人達も全面的に否定もしにくいのかもしれない。


「ほらな、聞いた通りだ。町の奴等だって嫌々従っている訳じゃない。言い掛かりはやめてもらおうか」


 町の人達の肯定的な意見を受けてバルボックが鼻息も荒く捲し立てる。

 そして護衛に向かって手で合図を送ると、その場にいた護衛達がイリスを捕らえるために家の中に入ろうと駆け出した。屋根から落ちた一人も、後に続こうと立ち上がる。


 しかし彼等がそれ以上、先に進むことはなかった。


「……ぐうっ」

「ごはっ」


 呻き声と共に、護衛達がその場に崩れ落ちる。バルボックも何が起こったのか一瞬理解できなかったようで、目を見開き驚きの表情で固まっていた。


「レオン、ロイっ!首尾は?」

「上々?でも、別な問題もあるからそれは後で」


 周囲の人混みの中から突然姿を現したレオンとロイが、まさに電光石火の如く護衛を次々と手刀や拳で地面に転がしたのだ。

 その様子を目にして、イリスはバルボック邸の様子をすぐさま訊ねた。けれどよく分からない回答がロイから返ってきて首を捻る。

 

 何か不測の事態が起きたのかと不安が過るが、もしそうであるのならばレオンとロイが揃ってこちらに来ることはないだろう。ロイの表情からも焦りの様子は見えず、とりあえず大きな問題はなかったのだろうと思われた。


 けれど仮にそうだとするならば、別な問題とは何だろうか。考えてもイリスにはよく分からなかった。


「おまっ、お前等!何をしているっ!」


 その場に崩れ落ちた護衛達は、呻き声をあげて地面に蹲っている。まだ当分はまともに動くことは出来ないだろう。

 自分を守ってくれる者がいなくなって一瞬焦った様子を見せたバルボックだったが、それでも果敢にレオンとロイに向かって啖呵を切っていた。

 目の前でこれだけ圧倒的な強さと力量差を見せつけられて尚折れない姿勢に、寧ろ感心する程だ。


「俺達はサンスタシア帝国のインペリアルガード、フラッデル隊の騎士だ。お前の悪事を暴きに来た」


 地面に押さえ付けていた護衛から手を離し、レオンがスッと立ち上がる。レオンの言葉に、周囲からどよめきとも歓声とも取れる声が上がった。


「……は?」


 一呼吸置いて、バルボックはやっとレオンの言葉を理解した。正確には、レオンの発した言葉は分かったのだが、その言葉の意味が分からず目を見開いた。

 だが漸くその言葉を本当の意味で理解し、バルボックは蟀谷に青筋を立て怒りのままに大声を張り上げた。


「そんなわけがあるか!馬鹿も休み休み言え!こんな辺鄙な町に、わざわざ皇帝直属の騎士なんかが来るものかっ!」


 その言葉を待っていた、とばかりにロイが笑みながら目の前の屋根の上を大仰に見上げた。その動きに釣られて、周囲の観衆も空を見上げる。


 次の瞬間、わっ、と周囲から大歓声が上がった。


「その目で確かめるといい。帝国が誇る騎士の姿をな」

「ヒッ!」

 

 レオンの言葉に、レオンとロイを見据えていたバルボックも戸惑いがちに空を見上げる。

 そしてそこに、あるはずのないものを目の当たりにしてバルボックが呻くように息を飲んだ。


 

 ホバリングしたフラッデルの後方から噴出される風が、屋根の上に立つイリスのスカートの裾をはためかせていた。

 集まった観衆は今まさに、帝国が誇るフラッデル隊の騎士を目にしていたのだ。


 フラッデルに乗るのは、漆黒の長い髪を後で一つに束ねた年若い青年だ。イリスの隣に佇むようにして空中に浮いている。

 

 人々からあがった歓声はどんどん大きくなり、周囲一帯を興奮した声が埋め尽くしていた。

 帝都を遠く離れた遠方の町であっても、フラッデルがどんな物かはもちろん知っている。恐ろしく貴重で高価で扱いの難しいそれに乗ることが出来る者が、限られるということも。


 一生に一度見る機会があるかないかという代物を目にし、住民の興奮は最高潮に達している。

 そんな住民の熱視線を浴びているにも関わらず、当の本人は大歓声が全く耳に入らない程、緊張と焦りでいっぱいいっぱいになっていた。


(こえぇぇぇぇぇー!!)


 この大役を断りきれなかったことを、リュカは今まさに死ぬ程後悔していた。






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