バルボック邸の攻(防)
バルボック邸に侵入すると直ぐに、各々行動を開始した。
ゲイリーはリックと町の男性陣を連れて屋敷内の捜索に向かった。
屋敷のどこでバルボックが書類仕事などをしているか把握済みとのことで、先ずはその部屋から探し始めるのだそうだ。一同はその目的の部屋に向かって迷いなく進んでいった。
レオンとロイはゲイリー等の後ろ姿を見送ってから、ゆっくりと屋敷の中に足を踏み入れる。
「……妻がいると言っていたな」
「まぁ、他にも人の気配がするけどね」
今し方別れたゲイリー等とは別に、屋敷の中には他にも人の気配が感じられた。
屋敷の中にはバルボックの妻がいると聞いているが、複数の気配が感じられるので一人ならずいるようだ。
ロイが一階の左側の廊下を見遣る。玄関ホールは屋敷の中央に造られており、玄関ホールから左右に廊下が続いている。その左側の方に、複数の人の気配が感じられるのだ。
レオンとロイはゲイリー等が無事に目的を果たせるように、屋敷内からの気配が彼等に害為す者でないかどうかを見極めるべく動き出した。
レオンが一階、ロイが二階を見て回ることになり行動を開始する。
屋敷の中はこの広さに似合わず人気が無く、遠くにゲイリー等が何かしら騒いでいる声が聞こえる他は静かなものだった。
二階から一部屋ずつ確認するも家具も置かれていず使われた形跡のない部屋がいくつもあり、対外的に富や権力を示す為だけにこの大きさの邸宅を建てたことが容易に想像できた。
人気のない広い屋敷は綺麗に整えられているものの、廃墟の様な物悲しさがあった。
二階の南側の奥にある書斎と思われる部屋でゲイリー等があれこれ捜索している以外は、二階は静かなものだった。
しかし今ロイの目の前にあるこの部屋からは人の気配がしている。ロイは二階にある最後の部屋の扉を慎重にノックした。
だが、室内からの返答はない。ロイは扉の取っ手に手を掛けるとゆっくりと扉を開いた。
「失礼します」
扉を開けると、部屋の正面に位置する窓辺に一人の女性が佇んでいるのが見えた。直感的にその女性がバルボック夫人であると確信する。
扉がノックされたことで誰かが来たことが分かっていた夫人は、入ってきたロイと目が合うと深く頭を下げた。
艶のある茶色の髪を下の方で纏めどこか品のある雰囲気を醸し出している夫人は、突然の侵入者であるロイに対して怯えるでも動揺するでもなく、落ち着きを払ってロイを真っ直ぐに見つめていた。
「町の方ですよね」
「……まぁ、そんなところです」
どう返答すべきか一瞬悩んだロイだったが、夫人にとっては町の人だろうと旅人のロイだろうとバルボックの不正の証拠を探りに来た侵入者に変わりはないだろうと思い、訂正しないでおいた。
「夫が間違ったことをしていることは存じています。皆さんにはご迷惑をおかけして、何とお詫び申し上げてよいか……」
「……いえ」
ロイは何と言葉を返すべきか、返答に窮した。
ゲイリーも言っていたが、元々バルボックが良かれと思って始めた政策が、結果として行き過ぎてしまい町の人達が困っているのが現状だ。
バルボック本人は、責められる謂れがないと思っているかもしれなかった。
けれど少なくとも、夫人は町の人の現状を理解しこの状況を憂えているようだ。
「私の力では夫を諫めることも出来ず、町の人々には本当に申し訳が立ちません」
夫人が重ねてロイに頭を下げる。
「私に勇気がないばかりに、ここまで何も行動を起こすことが出来ずにいました。ですが、覚悟を決めました。……ご案内したい場所がございます。ついてきていただけますか」
夫人がロイの方へ歩み寄ると、開け放したままになっていた扉を先にくぐりロイを振り返った。ロイは何も言わず、それに続く。
夫人は不穏な動きを見せることもなく、廊下の先の階段を降りると、玄関ホールを通り過ぎ左側の廊下を迷いなく進んだ。
部屋をいくつか通り過ぎた辺りで、壁に大きな空間が開いている場所が見える。中からは複数の人の声が聴こえてきていた。
近付くと、そこは壁に見立てた隠し扉が開きっぱなしになっている場所だった。中を覗くと、地下への階段が続いている。夫人は無言のまま、その階段をゆっくりと降り始めた。
「凄いね。一般の人の屋敷なのに」
階段を降りながら、ロイが感心したように呟く。王族やそれに準ずる身であるのならばまだしも、地下に部屋を設えてあるなど普通ではあり得なかった。
その言葉に、先を歩いていた夫人がロイを振り返ると申し訳なさそうに頭を下げた。
皮肉を言ったわけではないのだが結果としてそうなってしまったことに気付き、ロイが否定しようと声を掛けようとした時、階下に辿り着いたようで夫人の歩みが止まった。
「……」
開け放たれている扉越し見えた室内の異様さに、ロイが言葉を飲み込んだ。
地下なので無論窓は無いが、照明としての明かりがないこの部屋は全体が薄暗かった。
それでも正面の壁一面に取り付けられた無数のモニターのお陰で周囲は明るい。映し出されているのは町の至る所の様子だ。その数の多さに圧倒される。
だがモニターの半数以上がすでに砂嵐になっており映像を映し出していなかった。イリスが町中で壊した監視カメラのモニターなのだろう。
「助けてくれ!俺達は雇われただけなんだ」
「俺達は何もしていない、言われた通りモニターを監視していただけだ」
部屋に入ってきたロイ達に気付いて、複数の男達から声があがった。
見ると、床にモニターのコードを使って腕と足首を縛り上げられた男達が二人転がっている。おそらくレオンの仕業だろう。
「お、来てたのか」
上階から声がして階段を仰ぎ見ると、後ろにゲイリー等を引き連れたレオンが先頭で階段を降りてくるところだった。
「一階にいたのはこいつ等だけだったし、明らかにこの部屋が怪しいだろ。だからこいつ等を縛って二階にゲイリー達を呼びに行っていた」
二階を隈なく捜索していた時に階段が二か所にあることに気付いていたが、どうやらそれぞれ別の階段を使ったためにレオンと行違っていたらしい。
「こっちは二階の捜索が終わったから来たんだ。で、こちらはバルボック夫人」
ロイが紹介すると、夫人がレオンやその後ろの町の人達を見て頭を下げた。
「皆さんには夫が大変なご迷惑をお掛けして、申し開きのしようもありません」
深々と頭を下げる夫人にゲイリーは目を見開いて驚く。まさか、夫人が夫であるバルボックと同じ考えではないなど考えもしなかったのだ。
家探しに押し入った方が家人に謝罪されるという事態に、誰しもが戸惑い口を噤んだ。
「じゃあ、バルボック夫人はこっちに味方してくれるってことっすか?」
「リック!!」
場の空気を読まず、リックがあっけらかんと訊ねる。リックの発言にゲイリーが声を荒げるが、夫人は抑揚に頷いた。
「はい、勿論です。今まで、私では力及ばず夫を止めることが出来ませんでしたが、皆さんのお手伝いは如何様にでもするつもりです」
夫人は静かにモニターの前に進み出ると、モニターの前の机の一つの指差した。
「おそらく皆さんがお探しの書類は、こちらかと思います」
「本当かっ?」
夫人の指示の下、町の男性陣が指し示された机の中を探す。その後ろ姿を見ながらリックがのんびりと口を開いた。
「最初っから夫人の方を囲い込めば良かったっすねー」
その空気を読まない発言にレオンが眉を顰める。そんなレオンを、ロイが肩に手を置いて宥めた。
「ほらほら、こっちも順調なようだよ」
ロイが差し示すモニターを見上げると、景色を映し出していたモニターが急に砂嵐に変わった。
今まさに映像を映し出さなくなったモニターの隣に視線を向けると、緩くウェーブのかかった髪を靡かせて、萌黄色のスカートを翻した人物が颯爽と走り去るのが見えた。
イリスが順調に監視カメラを壊して回っているのがモニターを見れば一目瞭然だ。
しかし、レオンを落ち着かせるためにイリスの頑張りを見せようと思ったはずだったのだが、何故か映像を目にするとレオンの表情が引き攣り蟀谷辺りに青筋が立った。
何事かと思って画面を振り返ったロイは、思わず額に手を当てて項垂れた。
「あぁ……」
画面が捉えたイリスは、間近に迫った追手を躱すために華麗に宙を舞っていたのだ。
バルボックの護衛から付かず離れず、誘き出し引き連れて逃げるという大変な役目ではある。だが護衛如きにイリスが掴まるはずもなくその点は心配していなかったのだが、流石に今のはレオンでなくロイでも説教案件だった。
イリスは動きやすいように、スカートの中に短いズボンを履いているのだが、それでも宙を舞ったり大きな障害物を飛び越えたりと動きは大きい。
当のイリスはスカートを履いていることなどを気にする様子もなく、いつも通りに動き回っていたのだ。
レオンは黙って踵を返すと足早に階段を上る。不穏な空気が駄々洩れていて、纏う空気が恐ろしい。
「証拠も見つかりそうだし、僕達は一足先に町中に戻っているから!」
ロイは慌ててその後を追いながらも後ろを振り返る。ゲイリーが呆れたような表情で手を振り、早く行くように仕草で告げた。
騒がしく出て行った二人を見送って、ゲイリーがモニターを見上げる。
次々に砂嵐に変わるモニターを見ながらまだ生きているモニターを探し出して見遣ると、遠目にイリスを捉えた監視カメラの一つが、壁に足を付いて飛び上がるとその勢いで家屋の庇に手を掛け、ひらりと一回転して屋根の上に乗りあがるイリス姿を捉えていた。
「……どんな身体能力してんだ」
「本当に凄いお姫様っすねー」
該当の書類を探し出して持って来たリックが、ゲイリーが見ている画面に気付いて同じ画面を見上げた。
「このお転婆っぷりじゃ、お姫様の騎士がご立腹なのも納得っす」
「まぁ、そうだろうな」
「ボスもそんなに画面を食い入るように見てると、覗きと変わらないっすよ」
「なっ、おまっ!そんなわけあるか!」
ふざけたことを言うリックの頭を軽く小突く。大して痛くもないだろうに頭を両手で押さえ仰々しく痛そうなアピールをするリックに頬が緩むが、リック越しに見える画面が捉える映像には全く笑えない。
画面の向こうでは、相変わらずイリスが護衛を引き付けてから捲べくとんでもない動きをしている。
断じてスカートの中身が見える訳ではないが、もう少し考えて動けないものだろうかと溜息を吐いて思わず頭を抱えたくなった。
スカートを履いて動く際の注意点をマリウスに指導させるべきだったかと、考えるだけ不毛な考えが頭を過ったが、もう後の祭りだ。
「まぁ、何とかなるだろ」
協力を依頼しておいてイリスが咎められるような事態になることは心苦しいが、こちらとしては正直イリスのあの動きまでは想定しきれない。あんなに動けるなど普通は思わない。
となれば、もうこれはこちらの責任ではないだろう。……多分。
イリスの行動についてはまるっと棚上げすることを決め、ゲイリーは手元の書類に視線を落とした。




