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黎明のウィレンツィア  作者: カワシマ キオ
第三章 歪な町
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作戦決行

「こっちです!」

「ありがとう」


 通りを走っていたイリスは、片手を大きく振って合図を送る男性から大声で呼び掛けられ、男性の元に走り寄ると礼を述べた。


 駆け寄ってきたイリスを間近で見た若い男性が僅かに頬を染めるも、直ぐに表情を引き締め直すと「ここです」と家の植え込みの中を指差した。


 見ると、白や黄色の小さな小花が咲き乱れる膝下丈の植え込みの根元に、目の前の通りを見上げるように監視カメラが仕掛けられていた。

 こんな足元の陰になる場所など、教えられなければ気付くことは難しいだろう。


「じゃあ、遠慮なく」


 ――ガチャン。


 イリスによって突き立てられた剣に貫かれ、監視カメラは真っ二つになっていた。




 イリスは今、町の人達の協力を得て監視カメラを壊して回っていた。


 作戦の決行がゲイリー等から町の人達に伝えられたのは今朝方だ。にも拘らず、それから数時間後の現在、ナリシェの町の人達の殆どがこの作戦に協力し、監視カメラの場所をイリスに知らせてくれている。

 

 イリスが先程走って来た方向からは、曲がり角を曲がってやっとバルボックの護衛が三人、その巨体を揺らしながら追いかけてきているのが見えた。


 その姿を確認すると、彼等に気付かれないようにイリスを呼び止めた若い男性が家の中にさっと身を隠した。

 屋内に入る直前、「次は通りの反対側、三軒先です」と監視カメラの場所を教えてくれる。


 視線を向けると、反対側の家の一階の窓に家人と思われる年配の女性がいるのが見える。イリスが顔を向けると控えめに片手を挙げて合図してくれた。


「っ、この野郎!」


 女性に気を取られていると、イリスを追いかけてきていた護衛の姿がもうすぐそこまで迫っていた。


「!」


 先頭を走って来た護衛の伸ばした腕がイリスの肩を掴みにかかる。

 イリスはそれを身を屈めて避けると、石畳の隙間に剣を突き立てた。そして身を屈めた勢いを利用して剣を軸に飛び上がると背面飛びで護衛との間に距離を取る。

 軸として地面に突き立てた剣を、イリスが飛び上がった勢いで引き抜く。剣を片手に華麗に宙を舞う姿は、剣舞の一幕かと見紛うほど美しかった。


 護衛も予想外の動きに目を奪われて一瞬動きが止まる。

 先程家の中に隠れた男性だろうか、こんな状況であるのに拍手がどこからともなく聞こえてきていた。


「あっ!待てっ!!」


 イリスはその隙に、通りの反対側へと駆け出す。直ぐに気を取り直した護衛達がそれを追うも、すでにイリスとの間には距離が出来ていた。


 イリスは現役の騎士である上に、皇帝にその実力を認められた精鋭でもある。それに若かった。

 体躯が良いというよりは恰幅の良い身体付きの中年の護衛では、剣の技量、実力、体力そのどれをとってもイリスに勝てる要素は皆無だった。


 だがイリスは彼等に直接攻撃を仕掛けることはしない。

 あくまでも護衛達を傷付けないようにしながら、町の人達の力を借りて監視カメラを壊して回り、護衛とバルボックを屋敷から遠ざけ時間を稼ぐのが今回のイリスの役目なのだ。


 通りの反対側の家に到着し、イリスは窓辺に佇む年配の女性に軽く会釈をした。


「ここの庇の下よ。……次はこの先の角を曲がって」


 女性は胸の前で組んだ両手を握り締めながら、震える声で教えてくれた。


「大丈夫ですよ。任せて下さい」


 イリスは精一杯の笑顔で女性を安心させる様に頷いた。

 女性の怯えた様子を見るに、この作戦に協力してくれているが成功するかどうかは半信半疑なのだろうと察せられた。

 失敗に終わってしまった時の、バルボックからの報復を恐れているのかもしれない。


 監視カメラを壊した際に女性に被害が及ばないよう、外側に向けて開け放たれている窓を片手で押して閉める。

 窓がしっかりと閉まったことを確認してから視線を上に向けると、庇の下の部分に括りつけるようにして、通りを一望する画角で監視カメラが設置されていた。


 イリスはそれを鷲掴みにして庇から外すと、地面に叩きつけた。ガチャンという大きな音と共にそれは見るも無残に砕け散る。


 直ぐ後ろから護衛が迫っている気配があり、念のため壊れた監視カメラに剣を突き立ててからイリスは次の場所へ向かうべく角を曲がろうと駆け出した。


「っ!」


 角を曲がろうとすると、そこにはイリスを捕まえようと四人目の護衛が待ち構えていた。

 その存在に気が付かなかったイリスは、あわや護衛の腕に捕らえられるところだった。


 瞬間身を捩り脇に避ける。

 急に体勢を変えたのでバランスを崩し斜めに身体が傾いたが、傾いた勢いのまま身体を一回転させ、イリスは石畳に片手を付いて体勢を立て直した。


「こんのっ!」


 イリスを取り逃した腕が空を切り、護衛はバランスを崩して前のめりによろめく。

 何とか転ばずに身体を持ち直すと、イリスを振り返って憤怒の形相を見せた。


(あと二人……)


 護衛の数は五人と聞いている。であるとすれば、残るのは護衛一人とバルボック本人である。


(残りの二人も上手くをおびき寄せて、出来るだけ時間を稼がないと)


 ここまではゲイリーの作戦通り順調にきている。

 イリスは引き続き護衛等を翻弄しながら、残る二人をおびき寄せるべく走りながら次の監視カメラを探した。


 通りの先を見ると、奥にある花屋の店先に立つエプロン姿の店員が、店の庇代わりに掛けられた日除けの帆布の根元を指差しているのが見える。


(あんなところにまで)


 自分に与えられた役割を遂行すべく、イリスは次の目標物を確認すると駆ける速度を速めた。




◇◇◇   ◇◇◇




 イリスが町中で奮闘していた同時刻、バルボックの屋敷前を見張っていたゲイリーとリック、レオンとロイ、そして町の男性陣数名が息を呑んでその状況を見守っていた。


 屋敷を取り囲む鉄格子の門がガシャンと大きな音を立てるのも構わずに、バルボックが感情のままに当たり散らしながらその門を潜り抜け、今まさに町の中心部へと向かって走り去っていったのだ。


 その様子を向かいの通りの路地に隠れて、一同は固唾を呑んで見守っていた。

 バルボックの姿が道の先に見えなくなるまで待ってから、念のためゲイリーが身を潜めていた路地から顔を覗かせバルボックが消えた通りの先を確認する。


「……大丈夫、行ったようだ。嬢ちゃんが上手くやってるみたいだな」


 その言葉に、町の男性陣から控えめな歓声が上がった。

 声は抑えているが、感情が抑えきれないのだろう。その表情は歓喜に満ち溢れていた。

 

「まだ作戦の序盤、これからが本番だろう。ここで浮かれていては失敗するぞ、気を引き締めろ」


 レオンの言葉に、歓喜に湧いていた一同が一瞬にして水を打ったように静まり返る。

 ロイがレオンと男性陣等の間に身体を割り込ませ、まあまあとレオンを宥めた。


 男性陣はゲイリーと共に、ナリシェの町を住んでいる人々にとって自由で安心できる町に戻そうと常日頃から画策していた仲間達なのだそうだ。


 かねてからの構想が計画通りに進み、一つの成功に浮かれる気持ちもレオンとて分からなくもないが、ここからが彼等の出番であり、敵の本拠地とも呼べる場所にこれから潜入するのだ。


 イリスが一人で奮闘している以上、彼等には何としても作戦を成功させてもらわなければならない。

 レオンは厳しい表情を崩すことなく彼等を睨み付けていた。


「ん、んっ。……そうだな、ここからが本番だ。気を引き締めていくぞ」


 だいぶ年下のレオンに諭され、冷静さを取り戻したゲイリーが場を仕切り直すために軽く咳払いをした。


「今後の動きについての確認だ。屋敷にいた護衛も先程全員出て行って、バルボック本人も今屋敷を出た。一人息子は帝都の大学の寮にいるため不在。これで今この屋敷にいるのは妻だけのはずだが、念のため屋敷内の把握をレオンとロイに任せたい」

「……」

「了解。もし誰かいれば拘束しておくし、その後は屋敷の外で、屋敷に引き返してくる奴がいないか警戒しておくよ」


 無言でゲイリーを睨むレオンとは対照的に、ロイは心得たとばかりに頼まれた以上のことも進んで引き受けていた。


 ロイの返答にゲイリーは頷きを返すと、次に仲間の男性陣に視線を向けた。


「俺達はその隙に何としても、帝都からの監査を潜り抜けた不正の証拠や賄賂の証拠を掴むぞ」

「おぉー!」


 ゲイリーの言葉に、男性陣はやや控えめに、だか揃って声をあげた。

 その声を聞いて、先程の忠告が何も生かされていないとレオンが眉を顰めて睨み付けるが、一同は興奮からその視線に全く気付いていない。


 ロイはその状況を諦めたように見つめ溜息を吐くと、ポンポンとレオンの肩を宥めるように叩いた。


「まぁ、もう仕方がないよね。何かあったら俺達が全力で対処しよう」


 ロイは気持ちを切り替えたようで、張り切っている一同を幼子の成長を見るような穏やかな笑みを浮かべながら見守っている。

 そんなロイを目にし、レオンも観念したように盛大に溜息を溢した。


(まぁ……なるようになるだろ)


 勇ましくバルボックの屋敷に向かって歩み出した一同の後ろを、レオンは諦めの心境で足取りも重く付いて行く外なかった。






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