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黎明のウィレンツィア  作者: カワシマ キオ
第三章 歪な町
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警報音

「馬鹿なっ!」


 バルボックは屋敷の地下に設えた監視カメラのモニタールームで、視界に映るモニターの画面を睨みつけながら苦々しく唇を噛んだ。


 ここナリシェの町の統治者として、町民を纏め上げ皆が諍いなく平和に暮らせるよう心を砕いているバルボックにとって、今モニターに映っている光景は到底許容できるものではなかった。


 モニターの向こうでは、誰かが町民を護るために設置した監視カメラを片っ端から壊して回っているのだ。

 映し出される信じがたい光景に、バルボックは苛立ちを顕わにする。


「何をやっているっ!」


 ついには机に両手を勢いよく叩きつけると、バルボックは乱暴に部屋のドアを開けて表へと飛び出した。





 ここナリシェの町がある場所は、元々は何もない平原だった。


 その何もない平原をバルボックの数代前の先祖が開墾し、小さな集落を作ったことがナリシェの町の始まりだ。

 最初こそ数人で始まった集落であったが、ここに一緒に住みたいという人々に開墾した土地をバルボックの先祖が無償で与え、集落は徐々に大きくなっていったのだ。

 集まった人々はバルボックの先祖に感謝し、彼を集落の代表として掲げ、皆で一丸となって協力し合いながら暮らしていた。


 そしてそこから何十年と過ぎ、バルボックがまだ三十代で父親の代であった時に、更にここに住みたいという人々を募って、共に町を興そうという計画が立ち上がった。


 サンスタシア帝国の帝都からストレアル山脈を抜けてエダルシア王国へと続く主街道は、この場所より少し西側を通っている。その主街道にあるルイノアールの町が、この辺りでは宿場町として栄えていた。

 だが町を興すにあたって、若かりし頃のバルボックはその街道を通る人の流れをこちらに移せないかと考えていた。


 主街道はドルシグ帝国やウィレンツィア王国など大陸の北西にある国々を通ってストレアル山脈、そしてその先にある南のエダルシア王国へと続いているので、北西から南へ緩やかにカーブを描くように通っている。

 そのため大陸の北東にあるサンスタシア帝国からその主街道に合流する道は、少し西側へ迂回するような形で続いていた。故に、サンスタシア帝国から主街道を通ってエダルシア王国に行こうとすると、遠回りをする羽目になるのだ。バルボックはそこに目を付けた。


 大陸の北西側からの人の流れはどうしても道なりに今ある主街道を通るだろうが、サンスタシア帝国の帝都からエダルシア王国に向かおうとする際は、わざわざ迂回せずとも直線で最短距離を来た方が圧倒的に早いのだ。そしてその最短距離のルートに、ちょうどこの集落の場所が存在していた。

 そのためバルボックはサンスタシア帝国の帝都からエダルシア王国を目指す人々の流れを、この場所を通るルートに移せないかと画策したのだ。


 そこで先ず、バルボックは町を興す際に町並みを整えることに注力した。建築様式を揃え、石畳を敷き、旅人に対して良い印象を持たれるようにしたのだ。

 一から町を興すのならば、古くなった集落の家も建て直そうと人々の方から声が上がっていたので、町として大掛かりに整備することに不満の声はあがらなかった。


 しかし、人々が求めたのは古くなった集落を建て直して住み良くすることであって、町並みを体裁よく整えることではない。


 最初こそバルボックと人々が志を同じくして始まった町造りだったが、それは建物を統一感のある建築様式で揃えた辺りまでで終わってしまった。

 町の大通りに石畳を敷く頃には、完全にバルボックと人々との考えに、決定的な溝ができてしまっていたのだ。


 人々は誰も今以上の生活を望んでおらず、旅人の流れをこの町に移すというバルボックの野望のために町の外の街道まで整備することには協力しなかったのだ。

 今の暮らしよりいい生活をしたいのならば、それこそルイノアールの町など栄えている町に行ってそこで旅人相手の仕事をすればよいのだ。人々はここナリシェの町で享受できる程のそこそこの生活で満足していた。


 結局バルボックの計画は道半ばで頓挫することになった。

 だが諦めきれないバルボックは、せめて移住者を増やそうと考えた。町並みは綺麗なのだ、気に入る者もいるだろう。

 そこでより町の特色を出すために、安心安全の町というのを全面に押し出すことにした。


 折しもその頃、ストレアル山脈で活動を始めた山賊による被害が周辺の町であったこともあり、ストレアル山脈近くに位置するこのナリシェの町を護るという大義名分を掲げ、バルボックは町中に複数の監視カメラを設置したのだ。

 反対意見が無かったわけではないが、正当な理由あっての行動だと言えば町民は黙る以外になかった。


 だがいつしかこの監視カメラは町民を護るためのものではなく、人々の弱みを握り、脅し、恐怖で支配する道具になってしまっていた。

 

 バルボックとて最初からそんな使い方をしようと思っていたわけではない。

 しかし、見てしまった町民の弱みに付け込めばバルボックの政策に快く協力してもらうことができ、いつでもその行動を見ていると言えば犯罪どころか町民同士の愚痴や喧嘩なども一切見られなくなった。

 監視カメラがあることで、町は美しく平和で、良いことずくめだったのだ。


 ただひとつ、帝都から来た監査の役人からは監視カメラについて「町民の自由を奪うものだ」と苦言を呈された。

 だが所詮はこんな国境付近の辺鄙な町に遣わされた下っ端役人だ。賄賂を渡したら帝都への報告は口を噤んでもらうことが出来た。


 ――監視カメラは有用だ。こんなことで無くしてなるものか。


 この頃になると町民からも時折苦言や暴動めいたことが起こるようになり、バルボックは護衛を雇ってそれらを撃退するようになった。

 すべては金で解決できていたのだ。


 だが金で買うことのできないものも世の中には存在している。名声だ。

 バルボックには夢があった。一国の王のようになりたかったのだ。


 しかし、本当に王になりたいなどと考えていたわけではない。こんな少人数の町民だけではなく、多くの民を従えてその頂点に君臨する町の統治者になりたかったのだ。

 

 町民全員に慕われ賢王と敬われる、自分はそんな存在でなければならない。自分の政策は間違っていない。全ては良い町を作るため、ひいては町民全員のために必要な事なのだ。


 それなのに――。





「くそっ!」


 いつも通り屋敷で優雅なひと時を過ごしていたところに、地下の部屋からけたたましい警報音が鳴るのを聞いてバルボックは慌てて監視カメラのモニタールームへと階段を駆け下りた。

 

 モニタールームなど諸々の機材が置かれている部屋は、何かあった場合に隠し通せるように、地下に設えてあった。

 無論その入り口は、それと分からないように壁の一角を操作しないと開かない隠し扉の仕様になっている。

 だが今は緊急を要する。バルボックは仕掛けを操作するとそれを閉じることもせずに階段を勢いよく駆け下りた。

 駆け下りているつもりだが年齢を重ねて出てきてしまった腹が邪魔で足元が見えず、急ぎたいのに思うように身体が前に進まない。転げ落ちないように注意しながら、結局あまり急ぐことはできずに階段を降りた。


「旦那様!」


 階段を降りモニタールームの扉を開けたところで、モニターの監視を行わせている作業員がバルボックが来たことに気付いて声をあげた。

 その焦りの表情を見て、何かとんでもないことが起こったのだと理解する。

 バルボックは急いで壁際に設置された警報機のパネル版を操作し、そのけたたましい警報音を止めた。


「旦那様っ!」


 今度は今降りてきた階段の上階から、大声が降ってきた。

 階段を仰ぎ見ると、屋敷の外を見張らせている護衛が二人、階段の入り口付近で戸惑いながら地下のこの部屋を覗き込んでいるのが見て取れた。

 警報音を聞いて戸外から駆け付けてきたのだろう。しかし普段はこの部屋に近付かないように言ってあるので、降りるべきか否かを悩んでいるようだ。

 そんな護衛に、バルボックは苛立たし気に大声で指示を出した。


「おそらく町中で何か起こっているんだ。早く言って事態を収めて来い!!」

「はっ!」


 モニタールームで警報音が鳴ったということは、監視カメラに何か異常があったということに他ならない。

 

(町民同士の喧嘩や火災などに巻き込まれて、監視カメラが壊れたのかもしれない)


 咄嗟にそう考えたバルボックは、急いで町中に向かおうと踵を返した護衛の背中に向かって大声を張りあげた。


「全員連れていけ!!」

「了解しました!」


 金で雇った護衛は五人。それぞれ屋敷の内外を見張らせている。

 だが町中で何かが起こった今、全員で向かわせてさっさと事態を収束させるのが得策だろう。


(これでまた、儂の株があがるな)


 バルボックは一人ほくそ笑む。


 この時バルボックは、町人同士の諍いに監視カメラが巻き込まれて壊れたか、火災などの災害で監視カメラが機能しなくなったと考えていた。

 諍いか災害かは分からないが、事態に気付いて即座に動き、早期に事態を収束させたとなれば、町のために尽力したバルボックの株は鰻登りだろう。


(どれどれ、何が起こったんだ?)


 警報音を聞いた時は焦ったが、落ち着きを取り戻したバルボックは町中の事態を把握しようと壁一面に設置された沢山のモニターを見上げた。

 最初は数台だった監視カメラも、今では町の人達を護るために数十台ににまでなっており、町の至る所を監視している。


「なっ……え?」


 バルボックは視界に飛び込んできた光景を目にして、あまりの衝撃であんぐりと口を開けた。

 すでにいくつかのモニターが砂嵐になって映像を映し出していなかったのだ。


 バルボックが呆気に取られていると、右下の映像が不意に砂嵐に代わる瞬間を視界の端で捉えた。

 先程までは確かに映っていただけに、この短時間でこれだけの数の監視カメラが同時に壊れるなど普通ではあり得ないだろう。おそらく故障ではない。


「……は?」


 そんなことを思っているうちに、砂嵐になってしまった右下のモニターの隣が今度は砂嵐に変わる。

 そこで初めて、バルボックは監視カメラが壊されていっているのだと理解した。


「~~~っっっ!!!」


 声にならない呻きが喉の奥から漏れる。怒りが頂点に達し、目の前の机に拳を勢いよく叩きつけた。

 鈍い音が室内に響く。机に叩きつけた小指がジンジンと痛んだが、今はそんな痛みなど何も気にならなかった。身体中の血が湧き上がって怒りで沸騰するようだった。


 怒り心頭のバルボックが未だ映像を映し出しているモニターを睨み付けるように凝視していると、先程屋敷から出て行った護衛が走り抜けていくところが映った。

 どこに向かって走っているのか分からないが、監視カメラの警報音が鳴った原因は未だ特定できていないようだ。


 苛立ちながらバルボックが生きている他のモニターを確認していくと、左上のモニターが、三人の護衛が誰かを追っている姿を映し出していた。


 固定カメラなので走り去る姿を追うことは出来ないが、一瞬映り込んだ護衛に追われている人物は、護衛よりかなり小さく見えた。

 身のこなしが軽い人物のようで、町中のベンチや荷車をひらりと飛び越えていく姿が映し出されている。


「……は?」


 バルボックは一瞬、見間違いではないかと思った。

 障害物を難なく飛び越えていくその人物が、スカートをはためかせていたのだ。

 

「馬鹿なっ!」


 真偽を確かめようと先程のモニターの隣、通りの先を映している監視カメラのモニターに視線を移すと、モニターが映し出していたのは護衛の追跡を躱すスカート姿の人物と、次の瞬間監視カメラが壊されて砂嵐になる場面だった。


 どうやらそのスカートの人物が、監視カメラを次々と破壊して回っているようだ。しかもすでに三人の護衛に追われているが、その三人を軽くあしらうように華麗にすり抜けてその犯行に及んでいる。


「何をやっている!」


 我慢がならなくなったバルボックは怒りのままに机に掌を叩きつけ、踵を返すと表へと飛び出していった。






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