表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黎明のウィレンツィア  作者: カワシマ キオ
第三章 歪な町
73/98

変装

 作戦決行は明日の午前中ということで話が纏まった。正確に言うと、その時にはもう日付が変わっていたので数時間後ということになる。

 

 マリーによって作戦決行時は、イリスはそうと分からなくするための工夫、要するに変装させられるのだそうだ。

 だがマリーには明日も食堂での仕事があるので、一旦宿屋に一同を送り届けてから帰ってきて睡眠を取り、朝にもう一度宿屋にイリスを迎えに行ってゲイリー宅で準備をするとなると時間の無駄が多くマリーの負担が大きい。


 日付が変わって昨日同様眠そうなゲイリーは、大きな欠伸をしながら一同を見遣った。


「ちゃんとした部屋が用意してやれる訳じゃないが、お前等今日はもううちに泊まっていけばいいんじゃないか?」


 まだ監視カメラの位置を把握しきれていないイリス達はリックとマリーに送ってもらうしかないので、二人に負担をかけないためにもその提案はありがたかった。


「勿論、イリスちゃんは私の部屋に一緒に泊めてあげる!」

「いい加減にしろよっ!」

「やだ!こわーい」


 片目を瞑ってイリスに微笑んだマリーは、レオンに睨まれてリックの背に隠れた。


 マリーもこの家で一緒に暮らしているということは、昨日ゲイリー宅で感じたもう一人の人の気配はマリーのものだったのだろう。

 昨日の話し合いの最中、人の気配があるのに何かを仕掛けてくる様子がなかったのは、マリーが寝ていたからだったのだ。


「じゃあお言葉に甘えてそうさせてもらいます。夜間は交代で一人見張りに起きていますし、野宿も慣れてるんで僕達はここで構いませんよ」 

「お姫さんもここで寝るっすか?」


 ロイがダイニングの床を指差せば、リックが不思議そうに訊ねてきた。


「私もどこでも寝られるから大丈夫です。それに、ロイが言ったように見張りを交代で行うから、仮眠程度にしか寝ませんし」

「いやいや、お姫さん云々を置いておいたとしても、嬢ちゃんはこの中で唯一の女性だぞ。俺の部屋を貸してやるから、仮眠だろうと何だろうと流石に個室で休め」

「ボスッ!唯一の女性ってどういうこと!ここにマリーちゃんもいるでしょ!!」

「……お前はちょっと黙っとけ」

 

 ゲイリーが額に手を当て疲れたように首を振る。その様子に苦笑しながら、イリスは頭を下げた。


「ありがとうございます。では、お言葉に甘えてお借りいたします」


 ゲイリーはリックとマリーの保護者として、常に年長者らしく振舞っている。おそらくここでイリスが遠慮したとしても話が長引くだけだろうと察し、イリスは素直に礼を述べた。




◇◇◇   ◇◇◇




 結局、イリスが作戦の要であり逆に自分達の役割は少ないからと、夜間の見張りはレオンとロイで分担してくれることになり、イリスはしっかりと睡眠を取ることが出来た。

 そして現在イリスはマリーの部屋で、向かい合うニコニコといい笑顔を湛えたマリーの圧に気圧されながら身の危険を感じているところだった。



 ちなみに現在ゲイリー宅には、イリスとマリーの他には、レオンとロイしかいない。

 

 ゲイリーとリックは、町中に作戦の決行を伝えに行っている。

 久し振りに旅人がやってきたことで、町の人達もかねてからの作戦を決行するかもしれないと薄々感じていたらしいのだが、実際に今日行うので協力して欲しいということを伝えに行っているのだそうだ。


 イリス達が町中を歩いていると町の人達が一様にイリス達を見ていたのは、物珍しさからだけではなかったようだ。


 レオンとロイも手伝いを申し出たのだが、二人は今帝都に戻っていることになっており、それをおそらくバルボックも把握しているだろうから、このままいないと思わせて油断させる方がいいだろうということになり待機している。


 そしてちなみにリュカはというと、イリスに扮して町中を絶賛闊歩中だ。


 イリスに扮するとは言っても、金髪の短い鬘を被って背中に剣を背負いポンチョ風のイリスのマントを肩に掛けて歩いているだけである。

 監視カメラの映像では瞳や髪の色などの詳細はしっかり見ないと分からないそうで、イリス風の人がいる、という印象をバルボックに与えられればいいのだそうだ。


 計画実行の際はイリスだと分からないように工夫するとは言っていたが、変装だけでなくそういったアリバイ作りも講じていたのだと知って感心した。


 しかし逆に言えば、リュカが居ないことで余計な詮索をされるのでは、という懸念もあった。

 だがそこは、この町に最初に着いた時の疲労困憊で死にそうなリュカの姿と、その後宿屋で体調を悪くして寝ているというロイの作り話も功を奏しているから大丈夫だとゲイリーが太鼓判を押していた。



 そして現在、イリスはマリーと平行線の言い争いの真っ最中である。


 イリスとてマリーが日中は給仕の仕事で忙しいのを知っている。食堂の開店前に、昼食の仕込みや準備もあると言っていた。マリーの貴重な時間をこれ以上使わせるわけにはいかない。

 それが分かっていて尚、イリスにも譲れないものがあった。


「女物の服の着方なんて、分からないでしょ?」

「いえ、普通に着ることができるので大丈夫です」


 圧に負けそうになる心を奮い立たせ、イリスが断固主張する。


 イリスは普段こそ動き易い服装ではあるものの、父親代わりに自分を八年間育ててくれたアイザックから、家にいる時は女性らしい恰好をするように言いつけられていた。

 今にして思えば、王女として女性の部分を忘れないでいてもらいたかったのだろう。

 それ故、女性の服の着方など当然問題ない。


 着せ替え人形のように着飾らせたいマリーには悪いが、その程度のことは自分で出来るのだ。


「あたしの服を着るのが、そんなに嫌?」


 悲し気に目を潤ませ儚げな表情をその顔に浮かべているものの、マリーから押し寄せる圧は強い。


「マリーの服が嫌だとは言っていないですよね?」

「それなら!」


 マリーがイリスまでの距離を詰めにかかる。

 さほど広くない寝室は詰め寄られるともう逃げ場はない。後退ったイリスはベットの端に膝裏がぶつかり、そのままバランスを崩してどさりとベッドに尻餅をついた。

 これ以上は後退できずイリスが焦りが頂点に達したところで、ノックもなく勢いよく入り口の扉が開け放たれた。


「!」


 勢いよく開けられたために扉が壁にぶつかって大きな音が室内に響く。あまりのことに二人の動きは完全に止まった。


「ぐぅっ」


 状況を理解するより早く、呻き声を上げて宙吊りにされているマリーの姿が目に入る。


「お前は何をしていたんだ」


 室内に、普段からは考えられないくらい恐ろしく低い唸るようなレオンの声が響く。

 マリーの詰襟の部分を掴んで持ち上げているため、マリーは息が苦しいのだろう。持ち上げるレオンの腕をその細腕でバシバシと叩いていた。


「レオン!やり過ぎ!!」


 イリスのためにこうなってしまったレオンは、もうイリスが何を言っても止まらない。


 騎士団内でもよくこういうことがあったので、経験上そのことを理解しているイリスは真っ先に扉の奥に視線を向けた。ロイにレオンを止めてもらうためだ。

 だが以外にも、扉のすぐそこにロイの姿が見えた。だが助けを求めるように見たロイの表情が硬いことにイリスが気付く。


(駄目だ、ロイも怒ってるっ)


 頼みの綱のロイもこれでは、イリスには為す術がない。

 するとロイのさらに後方で、ちょうど家に誰かが戻ってきた足音が聞こえてきた。


(助かった!)


 リュカでもゲイリーでもリックでもいいから、誰か冷静な第三者が入ってこの状況を止めて欲しいと切に願いながらイリスは入り口の扉を見遣った。


「おう、帰ったぞー……は?」


 扉を開けたゲイリーは、飛び込んできた光景に目を見開く。

 一瞬状況が呑み込めなかったものの、レオンによって宙づりにされているマリーという状況を理解するとゲイリーは勢いよく頭を下げた。


「すまん!俺の責任だ!とりあえずそいつを離してやってくれ!!」


 焦るゲイリーを横目に、苦労人なんだなとイリスは色々察した。



「だってぇ、変装させるって言ったのはゲイリーだし、皆も昨日そういう作戦だって納得したでしょ」


 窓際に置かれた机の椅子に腰かけて両腕を胸の前で組んだマリーはご立腹だ。

 確かにそういう話ではあったのだが、解釈違いとでもいうべきか。


「お前が手ずから着替えさせなくてもいいだろう。お前は男だし嬢ちゃんは女だって言ったろ」

「女の子の着替えを私が手伝って何が悪いのよ」

「いや~マリウス、それは普通にダメっす。犯罪っす」

「リックは黙ってて!」


 ちょうどリュカを連れて戻ってきたリックも交えてマリーへのお説教が始まったのだが、マリーは強気な姿勢を崩さなかった。


 ゲイリーがイリス達一行を見てこの作戦を決行しようと思い立った時、誰に実行犯を依頼するかというところは迷いなくイリスに決まったのだという。

 食堂で遠くから見たイリスを背の低い少年だと勘違いしたゲイリーは、そんなイリスにマリウス同様女装させることで、より侮られやすい人物を作り上げようと思ったのだそうだ。


 ふんっと鼻を鳴らたマリーだったが、そこにゲイリーの低い怒声が飛んだ。


「マリー」


 びくっと肩を揺らしたマリーはゆっくりとゲイリーを振り返った。


「ダメ?」

「ダメだ」

「少しも?」

「手伝いは鬘だけにしろ」

「化粧は?」

「化粧などしなくてもイリスは綺麗だろう」

「……」


 マリーとゲイリーの押し問答に、最後は何故かレオンが参戦する。

 マリーの申し出を断ってくれただけだろうが、レオンに綺麗だなどと表現されてイリスは恥ずかしくなった。


「あ、じゃあ、ちょっと、着替えてくるね」

「あぁ……もう!着替え終わったら必ず呼んでよねっ。鬘着けるから!」


 そそくさと扉を開けてマリーの部屋に向かったイリスの後ろ姿に、名残惜し気にマリーが声を掛ける。睨みつけるレオンの視線などお構いなしだ。


 そして程なくして、扉の奥からイリスの声が聞こえた。


「……着替えが終わりました」


 その声に、マリーは嬉々として扉を開けて部屋の中に入っていく。


「マリウスー鬘だけにしろよー。さっさと出て来いー。こっち怖いぞー」


 狭い部屋の中でイリスとマリーが二人きりという事実に、レオンの機嫌がすこぶる悪い。そのことを察したゲイリーが扉に向かって声を掛けた。


 しかしあまり時間を掛けずに、その扉は再び開かれた。


「もうっ!本当はもっと可愛くしてあげたかったのにっ!」


 不満を口にしながら先に出てきたマリーが横にずれ、イリスを前に押し出す。


「どう、かな?」


 恥ずかしくて俯きながらも、促されてイリスはおずおずと前に出た。

 イリスはマリーと服のサイズがだいたい一緒だったようで、マリーの萌黄色のワンピースを綺麗に着こなしていた。


 マリーの服なので例に漏れず詰襟になっているが、用意されたのは上品なシャツワンピースだった。

 詰襟と袖口は白い色の布が使われておりアクセントになっている。新緑のような萌黄色がイリスの翡翠色の瞳ともよく合っていた。

 頭には、背中まである緩いウェーブがかかった茶色の鬘を付けている。派手過ぎず、イリスの元来持っている優しげな雰囲気を損なわずよく似合っていた。


 その姿にゲイリーが瞠目し、感嘆の溜息を漏らした。


「流石というべきか、普段と違ってこれは……美しいな」

「こうしてると本当にお姫様みたいっすねー」


 ゲイリーとリックが手放しでイリスを褒めてくれる。その称賛がくすぐったくって、イリスは曖昧に微笑んで返した。

 レオンとロイは今までも女性らしい恰好をしたイリスを何度か見たことがあるので、ゲイリー等の称賛に対して当然だとばかりに頷く。それが身内贔屓のようで、イリスは更に恥ずかしくなった。


「……」


 そういえばと思い出し、イリスは反応のないもう一人に視線を向けた。リュカがイリスのこうした姿を見るのは初めてなのだ。

 どんな反応をされるのか怖さ半分、期待半分といったところでロイの後ろに佇んでいたリュカに視線を向けると、リュカは盛大に驚いて固まっていた。


 そんなリュカの様子に気付いて、ゲイリーが面白そうに茶々を入れる。


「おう、なんだ兄ちゃん。綺麗すぎて言葉もないか?」


 口角を上げてゲイリーがニヤニヤと笑う。その言葉に、リュカは我に返った。


「あ、えっと……びっくりした。普通に女に見える」


 その言葉に対するレオンとロイの反応は早かった。

 レオンがリュカの腹に一撃を食らわせ、ロイはリュカの両方の眉間に拳を当ててぐりぐりと回しながら押している。


「いでっ、いででっ。ごめんって、本当にっ、驚いたんだって!」


 リュカが身を捩ってロイから距離を取ると、レオンに殴られた腹を両手で押さえた。相変わらずロイ攻撃は見た目だけでそうダメージはないが、レオンの一撃は本物らしい。

 

 いつものやり取りに笑みを溢しながらも、イリスはリュカが驚きはしたが、自分の姿に対してあまり良いとも悪いとも反応が無かったことに若干の寂しさのようなものを感じていた。

 そんなことを考えている自分が意外で、イリスは首を傾げる。


(なんだろう。何か言って欲しかったのかな)


 イリスはよく分からない感情を持て余しながらも、その後は計画遂行のために粛々と各々が動き出すこととなった。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ