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黎明のウィレンツィア  作者: カワシマ キオ
第三章 歪な町
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依頼内容

 漸くイリスが協力する依頼の話になり、イリスは居住まいを正すと本腰を入れてゲイリーの話を聞く体勢をとった。

 ゲイリーはカップに入ったコーヒーを一口口に含むと、真っ直ぐにイリスを見据えた。


「今回の作戦は至ってシンプルだ。実行役の嬢ちゃんに、派手に監視カメラを壊して回ってもらいたい」


 テーブルの向かいで腕を組み、ゲイリーがふんすと鼻を鳴らす。

 話は途中でまだ続きがあるのだろうとイリスは少しの間待ってみたのだが、それ以上ゲイリーの口から依頼内容の続きが語られることはなくイリスは首を傾げた。


「……え、っと……それだけ?」

「ああ、それだけだ」

「……え?」

 

 意を決してイリスが確認を取るが、向かいに座るゲイリーは間違いないとばかりに大きく頷く。

 頭を抱えたくなったイリスを見かねて、後ろに控えていたロイが話に割り込んだ。


「それだけなら、別にイリスに頼まなくても町の人達でやったらよかったんじゃない?」


 そうなのだ。壊して話が済むのならば、町の皆で一念発起して行動を起こせば済む話だ。

 わざわざ珍しくこの町にやってきた旅人に頼む必要性はどこにもない。


「そうもいかない事情があってね。兄ちゃん達は、この町に入ってまずどう思った?」


 急に別な話題を振られ戸惑うが、ロイは悩むまでもなく即答した。


「町の建物に統一感があってとても美しいと思ったね。あとは、わざわざこの町の通りを石畳にする必要性が分からなかったかな。美しくはあるけどね」


 ロイの言う通り、町並みは皆同じ建築様式で建てられておりとても美しい。けれどそんな町中に一つだけ違う建物があったことを思い出し、イリスが付け足した。


「……あ、でも、そんな統一感溢れる町の一角に一棟だけ、いやに大きくて他とは一線を画した建物があったわね。遠くからでも目立っていた」


 大通りから中に入ったところに、他の建物の三倍はあろうかという建物の屋根が見えたのだ。

 イリスの言葉に、リックが指を一本出して正解だとばかりに告げる。


「そうっす。それが、バルボックの屋敷っす」

「それで?町並みと今回の依頼内容と、何が関係あるんだ?」


 雑談など許さないとばかりに腕を組んだレオンが苛立たしげに問えば、ゲイリーがやれやれと息を吐いた。


「だからそっちの兄ちゃんは、最後まで話を聴けって。そうカリカリしてもいいことないぞ?」

「いいから早く本題に戻ってもらおうか」

「……はいはい」


 ゲイリーは溜息を吐きながら、町の成り立ちについて語り始めた。


「この町は比較的新しい町で、数十年前に興ったらしいんだ。志を同じくした仲間とその家族が集まって、バルボックをリーダーに町づくりを始めたらしいんだよ。

俺達は八年前からこの町に住んでるから、途中からその政策に参加したわけだが、最初は建てる家を統一の建築様式にしようだとか、家二階には必ずバルコニーを設置してそこで花を育てることで通りからの見た目を華やかにしようだとか、その程度の話だったらしいんだ」


(なるほど、それでどの家のバルコニーにも花が置かれていたのね)


 ゲイリーの話を聞いてイリスは一人納得した。

 洗濯物を乾かしたいだろうに、どの家でもバルコニーを花が占領しているのが不思議だったのだ。そういう取り決めでもなければああも美しく整えられたりはしないだろう。


(……そうか。どこか歪だと感じていたのは、この部分だ)


 この町に入ってからずっと感じていた違和感の正体に気付き、漸く合点がいった。

 この町は外から見える処に、一切の生活感が感じられないのだ。


 イリスが帝都で巡回をしていた時は、眼下の町では家と家を繋ぐようにロープが張り巡らされて、街道の上を洗濯物がたなびいているなど日常茶飯事だった。

 だがこのナリシェの町には、それがない。洗濯物など外に干されていないし、そうやって考えてみれば、町中にゴミ箱なども設置されていなかったように思う。だが町中にはゴミ一つ落ちていなかった。


「だがバルボックは、ナリシェを主街道にあるルイノアールの町に負けない町にしようと言い出したんだ。大通りを石畳にして馬車が通れるようにしようとしたり、犯罪を抑止することで安心安全の町をアピールするのだと監視カメラを設置したりし始まったんだよ」

「度が過ぎてるな」


 レオンが冷静に告げれば、その言葉にゲイリーは頷くしかない。


「ああ、そうだな。町の人達だって常軌を逸し出したあたりで諫言しなかったわけじゃないんだ。だがそれでも元々はナリシェの町を良くしようとしてバルボックが私財を投入しながら進めてくれていた政策だからな。それ以上は言えなかったんだよ」

「それで結局何も出来ずに、現状に甘んじていたということだね」


 ロイの言葉に、ゲイリーは今度は首を横に振った。


「何とかしようと、町の人達と色々準備してはいたんだよ。だから、久し振りにやってきた旅人である嬢ちゃん達を見て、俺達はチャンスだと思ったんだ」

「何でそこで俺達が必要になるんだ?」

「……」


 訳が分からないとリュカが口を挟んだのだが、その質問に対してゲイリーは気まずそうに視線を逸らした。

 だが、そんな言いにくそうにするゲイリーを横目に、あっけらかんとリックが口を割る。


「自分達でバルボックと揉めると確執になるっす。けど、町の外から来た人と揉めても問題ないっす」

「なっ!リック!もうちょっとオブラートに包めって」

「……なるほど、俺達に悪役になれってことか。最低だな」

「ほら!怒ったじゃん!!」

  

 レオンが鬼の形相でゲイリーを見下ろせば、ゲイリーが身を縮こませた。


「大丈夫よ。あなた達だって分からないようにやるための工夫は考えてあるから」


 そこで急に正座していたマリーが立ち上がると、イリスに向かってニッコリと笑いかけた。

 何故ここで微笑まれたのかはよく分からなかったが、どうやらイリスだとは分からないようにはするようだ。


「そうなんだよ。一応、嬢ちゃんだって分からないようにして計画は実行する予定だ」

「じゃあ、町の誰でもいいから、そいつを誰だか分からないようにしてやればいいだろう」


 嫌悪感を隠しもせずレオンが辛辣に言葉を投げかける。自分達を悪者にすると聞いてまだ怒っているようだ。

 だがレオンの言っていることは尤もで、その意見にロイも同調した。


「まぁ、それはそうだよね。イリスである必要はなくない?」

「いや、嬢ちゃん以上の適任はいないんだよ」


 焦ったようにゲイリーが二人を説得にかかる。何故自分こそが適任なのか分からず、イリスは首を傾げた。


「俺達は監視カメラが壊されたことに激昂し、それを止めようとバルボック本人と護衛が屋敷から同時にいなくなる状況を作りたいんだよ。そしてそのうちに、バルボック邸に忍び込んで不正の証拠を掴みたいと思ってるんだ」

「不正が行われているのか?ナリシェの町のために私財を投入して行ってる政策なんだろ?」


 レオンが訝し気に眉を寄せると、ゲイリーが首を横に振った。


「町の政策に関して不正がある訳じゃないんだが、こんなに監視カメラだらけなんだ。帝都からきている監査の目は確実に誤魔化してるだろ。兄ちゃん達だって気付いたんじゃないか?」

「まぁね、それは直ぐに気付いたから、すでに帝都には連絡を入れているよ。監査に関わった人物を今取り調べてもらっている」

「流石、インペリアルガードともなれば仕事が早いな」


 ロイの言葉に、ゲイリーが感心したように呟いてから話を続けた。


「ただ、バルボック本人と護衛を共に屋敷から引っ張り出すためには、普通に監視カメラを壊しただけじゃダメなんだ。それだと護衛に対処されて終わってしまう」

「まぁ、そうだろうね」

「ならどうするんだ?」


 ゲイリーの言葉にロイが相槌を打ち、リュカが追随する。


「それなら、お前等ならどんな奴がどんな風に監視カメラを壊していたら、自分が屋敷から飛び出してまで止めさせようと思う?」


 投げ掛けられた疑問に対して、ゲイリーが笑いながら質問を返す。

 どんな人物だったら人任せにしていられないと自分から飛び出して行くものだろうかと、イリスも頭を捻った。


「……護衛が対処しきれない数の人数で壊されたら、とか?」

「護衛が壊して回る人物を捕まえることができなかったら、もどかしくなるんじゃないかしら」


 リュカとイリスが思考を巡らせ答えを絞り出すが、ゲイリーは面白そうに目を細めるだけだった。どうやら正解ではなかったようだ。


「まぁ、外れではないな。でも最も重要なのは、見た目からして侮るような相手であることだ」

「?」


 答えの真意がよく分からずイリスは首を傾げる。イリスの後ろでは、腕を組んだレオンが「なるほどな」と頷いていた。


「要は、こんな奴に壊されてたまるか、こんな奴一人捕まえられないとは、とバルボックを激昂させることが成功の鍵ってことか」

「ああ、なるほど!こんな奴相手に何やってんだ、ってなれば本人がいてもたってもいられなくなるってわけか」


 レオンの回答にリュカが大きく頷いて納得する。ゲイリーも自身の計画が伝わったことで満足顔だ。


「俺は食堂でお前らがマリウスと、帝都から街道を通らずにここまで来たという話をしているのを聞いて、一般人ではないことを確信した」

「あんな軽装で道なき道を通ってくるのは普通の人じゃないっす。でも、食堂の片隅で覗き見してるボスも普通の人じゃなかったす」


 どうやら最初に食堂で食事をしていた時から、イリス達は目を付けられていたようだ。

 

「リックはちょっと黙っとけ。でな、そんなことが出来る実力者なら、バルボックの護衛に追いかけられたり多少やり合っても、直ぐに掴まることもないだろうって考えたんだよ」


 それで自分達にこの作戦の協力者として白羽の矢が立ったのだと納得する。

 しかしイリスにはどうしても分からないことがあった。


「じゃあ、普通に話しかけて協力を依頼してくれればよかったのに」


 そうなのだ。なぜ深夜に忍んできてイリスに接触したのだろうか。

 だがそのイリスの問いに、ゲイリーは首を傾げた。


「監視カメラと人目を避けて宿屋に行くためにはその時間帯になっただけで、普通に話し合いに行っただけだぞ」

「普通、深夜に知らない男が訪ねて来たら不審者確定っすけどね」


 確かに二人は宿屋の正面から入ってきていたし、ご丁寧にイリスの部屋の扉をノックもしていた。

 普通に話し合いに来たと言われればそうかもしれないが、リックの言う通りそんな時間の見知らぬ来訪者など怪しさしか感じないが。


「そもそもそんな回りくどいことをしなくても、普通に私達がバルボック邸に押し入れば捻じ伏せて証拠を掴むことは出来ると思うけど……」


 イリスがもう一つ疑問を投げかける。

 イリス達なら少人数でもそれは可能だろう。なにせイリス達三人は帝国の誇るインペリアルガードなのだ。何人束になろうと、そこいらの護衛風情に負けることはない。


 しかしイリスの尤もな意見に異を唱えたのは、レオンだった。


「杜撰で稚拙な計画であることは否定しない。だがこいつ等は、そのバルボックとやらを完全に悪者にしたいわけでもないんだろう」

「まぁ、だからと言ってイリスを矢面に立たせることに文句はあるけどね」


 ロイの言葉にゲイリーは申し訳なさそうにしながらも、イリスを正面から見据えた。

 その表情に迷いはなく、はっきりとした決意に満ちていた。


「俺は今回、この町をよりいい町にしたいと思っているんだ」

「出身でもないこの町に、随分と思い入れがあるんだな」


 リュカが問えば、ゲイリーはふっと息を溢して微かに笑った。


「こんなどこの誰とも分からない余所者を快く受け入れてくれた町だからな。愛着はあるよ」


 ゲイリー達は八年前からこの町に住んでいると言っていた。

 ドルシグ帝国の実情はイリスには何も分からないが、圧政のため平民の生活苦の噂は絶えない。そこから抜け出し、きっと穏やかな日々を過ごしていたに違いない。


「じゃあ、そういう事で計画通りでいいか?」


 ゲイリーの言葉に一同が頷く。

 この町のことを聞いたからには、これからの町のために協力することに異論はなかった。


「じゃあそういう事で、私に任せてね!」

「えっ!?」


 突然場の雰囲気を一変させる喜色溢れる声が響く。

 イリスは突然マリーから手を取られた。


「すっごく楽しみ!」

「……え?」


 イリスは不穏な空気を感じて一歩後退る。しかしその手はマリーにがっちりと掴まれたまま、逃れることは叶わなかった。




 


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