表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黎明のウィレンツィア  作者: カワシマ キオ
第三章 歪な町
70/96

もう一人の仲間

 二人にこってりと絞られ、イリスはもう息も絶え絶えだ。視線を上げることすら出来ず俯いたまま意気消沈している。


 普段の冷静沈着なイリスからは考えられない行動だったために、レオンも熱くなり過ぎた感は否めない。

 最終的に、一緒に叱責していたはずのロイに止められて我に返ったレオンは、冷静さを取り戻すと気まずそうにイリスから視線を逸らし頭を掻いていた。

 

 室内には何とも言えない雰囲気が漂う。イリスと同じく、リュカもがっくりと項垂れたままだ。

 

「状況は分かったけど、それで結局僕達はどんな協力をさせられるんだい?」


 場の空気を変えようと、ロイが部屋の書机の所から椅子を引っ張ってくるとベッドの近くに置いて腰を掛けた。


「……あちらも色々準備があるから、夜に詳しく話すと言っていたの。また今晩迎えに来るって言っていたわ」

「ふぅん……準備ねぇ」


 椅子に腰掛け足を組んだロイは、隣に立つレオンを見上げた。

 ロイから視線を向けられたレオンは、仁王立ちで腕を組んだまま眉間の皺を深める。


「とりあえず向こうが接触して来るまでは動きようがない。俺達は町を出ていることになっているから、部屋から動かない方がいいだろう」


 本来は監視カメラが多数設置され町の人々が怯えたように暮らしているこの町の現状を把握するべく、レオンとロイは一旦町を離れ帝都に戻ったことにし、相手の油断を誘いながらイリスが町の人々から話を聴いてみる手筈になっていた。


「帝都からは何て?」

「ああ、この町の監査に携わった奴を今取り調べてもらっている。大方賄賂でも握らされたんだろう」


 帝都の力が及びにくい地方都市で、悪事や独裁などが横行しないよう帝都から毎年監査が入っているはずなのだが、どうやらそれはこのナリシェの町では機能していなかったようなのだ。

 そこで町を離れたついでにレオンから帝都に無線で、その辺りのことを調べてもらえるよう連絡をしてもらっている。


「本来ならこの間イリスに情報収集をしてもらう予定だったが、そのゲイリーとやらの思惑が分からない以上、イリスも下手に動かない方がいい。別に部屋に閉じこもる必要はないが、情報収集もなしだ」

「そうだねー。相手も僕達の居場所を簡単に突き止めてしまうあたり、侮れない部分もあるからね」


 そうなのだ。ロイの言う通り、戦闘能力に関してはゲイリーもリックもからっきしなのだが、流石情報屋を名乗るだけあってそうした面に特化している。

 リックがイリスを宿屋に送ってくれ別れたのが朝方で、それからレオンとロイの居場所を突き止めるまでに数時間しかかかっていない。驚く以外なかった。


「夜に備えて俺とロイは身体を休めておく。イリスはリュカの剣術訓練にでも付き合ってやってくれ」

「えっ!?」


 項垂れていたリュカがその言葉に勢いよく顔をあげた。どうやら今日の訓練はないものと思っていたようだ。

 

「了解。じゃあまた後で。レオンもロイもゆっくり休んで」

「え、ちょ、マジで?」

「ほら、リュカ。行くよ」

「えっ……えぇ……」


 再びがっくりと肩を落として項垂れたリュカだが、扉を開けたイリスを見て、仕方がないという表情ではあるが扉から出て行くあたりが素直だ。

 そんなリュカに苦笑しつつ、イリスは室内の二人に軽く手を振ってゆっくりと扉を閉めたのだった。




◇◇◇   ◇◇◇




 リュカの剣術の訓練に昼過ぎまで時間を費やし、二人で遅い昼食をとった後は休息の時間を取った。

 思うように行動出来ないのは時間の無駄ではあったが、連日の疲労が蓄積しているリュカにとっては休息をとるいい機会でもあった。ここでしっかりと身体を休められるのは大きいだろう。


 夕方になって、イリスは全員分の食事を町中の屋台などで購入して宿屋に戻った。レオンとロイは今町にいないことになっているので、宿屋の一階の食堂を利用することが出来ないからだ。

 レオンとロイの二人部屋になっている部屋に購入物を運び込み、一人部屋で起こされるまで寝ていたリュカも連れてきて、皆で早めの夕食をとる。

 ゲイリーが呼びに行くと言っていた時間が何時なのか分からないので、いつ来られても対応できるようにしておくためだ。


 だが大方予想はしていたが、そんなに早い時間にゲイリー達が訪れることはなく、只時間だけが過ぎていっていた。


 そして気付けば、間もなく時刻は日付が変わろうかという時間になっていた。

 レオンは終始窓際の壁に張り付いて窓の外の通りを警戒していたが、未だそれらしい人物は見当たらないようだ。


 真夜中ではあるが、昼間十分に身体を休めることが出来たことでリュカの表情は良く、まだまだ元気な様子が窺える。

 イリスが今日のリュカの成果などを皆に話しながらその時を待っていると、暫くして階段を上がってくる複数の足音が聞こえてきた。


「……来たな」


 レオンが窓から振り返り、イリスとロイに視線を送った。

 どうやら通りからはその人物の姿は見止められなかったようだ。それを受けて、イリスは扉脇の壁に身を潜め、ロイはリュカを背に庇った。

 おそらくゲイリー達であるとは思われるが、ゲイリー達は昨日は通りから宿屋に入ってきていただけに、そうではない可能性も捨てきれない。油断は命取りだ。

 全員で何が起こっても対応できるようにしながら剣の柄に手を掛けた。


 イリス達がここに宿を取ってから、新たな宿泊客はいないし、前から宿泊していた者もいない。

 元々街道からは外れた町なので利用客はほとんどいないのだ。この宿屋も、食堂を主な収入源として成り立っているのだろう。

 故に、イリス達の他に上階に上がってくる客などいるはずもない。今階段を上がってくるのは明らかにイリス達に用がある何者かだった。


(……おかしい。足音が軽い)


 扉脇で廊下を警戒しながら耳をそばだてていたイリスは、階段を登ってくる足音がおかしいことに気付いた。


 足音はおそらく二つ。体重や歩く時の癖などから、違う足音が混ざって聴こえるので複数人がいることは間違いない。けれどそのうちの一つが、どうしてもゲイリーとリックのものではあり得なかった。

 ゲイリーは体躯の良い身体をしており、リックは細身ではあるが長身なのでそこそこ体重があるのだ。けれど聴こえてくる足音の一つは明らかに体重が軽い者のものであり、ゲイリーやリックのものではなかった。

 

「……」


 イリスが室内を振り返り、首を振って皆に合図を送る。

 イリスの表情と合図で、待ち人ではないかもしれないということを皆悟ったようだ。レオンとロイは鞘から音もなく剣を引き抜いた。

 イリスも背中から剣を抜くと、油断なく構え扉の外に意識を集中する。


 程なくして、聴こえてくる足音が階段を登り切り廊下に差し掛かった。廊下の床板を踏みこむと、ギシギシと床が軋む音が真夜中の静かな部屋の中に響いた。


 ――コンコン。


 目的の部屋に辿り着いた人物が、部屋の扉を叩く。しかし叩かれたのは隣のイリスの部屋のようで、この部屋の扉ではなかった。


 イリスがどうすべきかを迷って後ろを振り返ると、視線が合ったレオンは首を横に振った。


(まだ誰か分からないから、待機、ね)


 一同に緊張が走ったその時、廊下で間の抜けた声が響いた。


「あれ?いないっす」

「あ?この部屋にいないだけで、何処かの部屋にはいるだろ馬鹿」


 聞き間違えようのない独特の話し方をするリックの声と、やはりゲイリーのものではないドスの効いた声が届く。

 軽い足音をさせている方の人物の声であり、その足音から察するに小柄で体重が軽い人物であると思われるのだが、その声は低く凄みがありその言葉遣いも高圧的だった。

 

 とりあえずドルシグ兵による襲撃の線は消えたので、イリスは再びレオンを振り返り頷いて見せた。

 イリスの待ち人だということが分かったことで、レオンも頷きを返す。許可を得たことでイリスは剣を鞘に収めると、把手に手を掛け少しだけ扉を開けた。


「リック?」

「あ、お姫さん。そっちの部屋にいたっすね!」


 イリスが遠慮がちに廊下に向かって声を掛けると、気付いたリックが笑顔で振り返った。

 

「え?」


 リックに微笑み返そうとしたイリスだが、その視線がリックの後ろにいるもう一人の人物を捉えた時、その動きは止まった。

 正確には、まだその人物は廊下の奥にいるのでリックの背に隠れて見えないのだが、その人物の服装がリックの身体の脇から見えたのだ。その服装が意外過ぎて、イリスは驚いて固まってしまっていた。


「?」


 予想外のことに固まり二の句が継げないでいるイリスに、リックが首を傾げる。

 そんな状況に、何か不測の事態が起こったのだと察したレオンとロイがいち早く動いた。


 扉から顔を覗かせているイリスの腕を引いてレオンが室内にイリスを引き摺り込むと、リュカの方にイリスの身体を放った。

 突然のことで為す術の無かったイリスは急に腕を引かれて体勢を崩したが、リュカが驚きながらも咄嗟に動いて放られたイリスの身体を受け止めてくれたので、何とか転ばずに済む。

 

 イリスがレオンによって扉から遠ざけられた隙に、ロイが廊下に飛び出して剣を構えた。イリスをリュカに預けたレオンも続いて廊下に出ると、同じくロイと相対している人物に剣を向けた。


「え?」

「は?」


 廊下から聴こえる呆けた声に、リュカに抱き留められたイリスも体勢を立て直すとすぐさま廊下に飛び出した。呆気に取られながらも、リュカもそれに続く。


「何なんっすか。怖いんで止めて欲しいっす」


 イリスが廊下に出ると、両手をあげて降参の仕草をしているリックの姿が目に入った。

 そして、リックの隣でこちらの様子を窺うもう一人の人物も、今度ははっきりとその姿を視界に捉えることが出来た。

 おそらくレオンとロイは、この人物の姿を目にして驚きの声をあげたのだろう。


「今晩もう一回呼びに来るって言ってたっすよね。忘れちゃったっすか?」

「いや……忘れてはいなかったけど」


 リックはもう一度廊下に姿を現したイリスを見て、非難の視線を向けてきた。


(いや、だって、仕方がなくない?)


 イリスとて、まさかもう一人別の人物を連れてくるなど想定外だったのだ。しかも、それが見知った人物だとはこれっぽちも思わない。こちらが非難される謂われはなかった。

 だがとりあえず、危険はないだろうと判断してイリスは後ろで剣を構えるレオンとロイを振り返った。困惑の表情を浮かべていたレオンとロイだが、イリスが頷いて見せたことで構えていた剣を渋々鞘に戻す。


「あの、リックさん」

「リックでいいっす」

「じゃあ、リック。あの……」

 

 剣が仕舞われたことに安堵し、いつもの調子を取り戻したリックが飄々と答える。

 そんな様子に頭を抱えたくなりながら、イリスは今一番の疑問であることを訊ねた。


「……あのね。その人は、どうして?」


 イリスがリックの後ろを見ていることに気付き、リックは「ああ」と得心が言ったように頷いた。


「紹介がまだだったっすね。俺達の仲間っす」


 仲間だと紹介された彼女が、先程リックの後ろに隠れてその姿が見えなかった時も、リックの身体の脇から覗いていたスカートの裾を摘まんでニッコリと微笑んだ。


 今リックの隣で微笑んでいるのは、一階の食堂で給仕をしていた彼女だったのだ。


「マリーでぇす。よろしくね」


 食堂で聴いたその声のままに、女性としては少し低いが明るい声でマリーが自己紹介をする。


(あれ、でも……)


 イリスが疑問に思って首を捻っていると、リックがマリーの肩に手を置いてにこやかに告げた。


「でも本当の名前はマリウスっす」

「黙れ馬鹿リック」


 リックの言葉に被せるように、即座に先程の明るい声とは異なり威圧的な声が廊下に響く。先程廊下から聞こえていたもう一つの声の主は、やはりマリーのもののようだ。

 マリーは今日食堂で見た通り、オレンジがかったブロンドの髪を後ろで一つに束ねており、着ていた紺のシャツワンピースがその艶やかな色彩をより際立たせている。かなり女性らしい見た目なだけに、先程の声はかなり異質に感じられた。


 一同が呆気に取られているのに気付き、マリーは右頬に片手を当てるとコテンと首を傾げて見せる。その姿も、実に女性らしく可愛らしい仕草だった。


「何かごめんなさいね。馬鹿リックと話しているとつい声を荒げてしまうの」

「荒げるどころか、大体いつもマリウスはこんな感じっす」

「煩い!黙れこの馬鹿」


 鋭い視線でリックを睨み付け、怒気を孕んだ声が即座にリックに投げ掛けられる。

 そのやり取りにイリスが呆気に取られていると、ロイが後方で大きな溜息を吐いた。


「……はぁ。男なのは知ってるから、話を進めてくれるかな。僕達も暇じゃないんだ」

「えっ!?」


 思わずロイを振り返る。腕を組み呆れたようにマリーを見ているその表情は冗談を言っているようには見えない。イリスは今度はもう一度、マリーに視線を戻した。


「……え?」


 細身なシャツワンピースを着こなし、豊かな髪を結った姿はどう見ても可憐な女性にしか見えない。

 だがロイの言葉を受けて、マリーは怪訝に眉を顰めると盛大に舌打ちをした。


「チッ。だからこいつは嫌だったんだよ」


 腕を組み不快感を全面に出した顔で吐き捨てられた言葉に、イリスは驚きを隠せない。


「……え??」


 真夜中の静かな宿屋の廊下は今、混沌とした空気に包まれていた。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ