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黎明のウィレンツィア  作者: カワシマ キオ
第三章 歪な町
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説教

「それで?何があった?」


 普段は穏やかな印象を与える柔らかな茶色の双眸が、今は鋭利な光を放っていた。

 どう答えるべきか考えあぐね、イリスはレオンから視線を逸らすと宙を彷徨わせる。


「えーっと……色々?あって?」


 そんな返答で納得するはずがないのはイリスとて分かっている。しかし、どう考えても自分の昨晩の行動が軽率だった感が否めず、真実をありのままに述べることが出来ない。

 ベッドに腰かけさせられているイリスは、自分の太腿の上に置いた拳を握り締め押し黙るしかなかった。


 目の前には腕を組み上からイリス見下ろすレオンとロイが立ちはだかっている。狭い宿屋の一人部屋に大の男二人が仁王立ちしているだけでも身動きが取れないのに、リュカが部屋の入口に背を預け扉を塞いでいた。

 逃走ルートが完全に潰され、イリスは項垂れるしかなかった。




◇◇◇   ◇◇◇




 ――話は数時間前に遡る。


 外はもう東の空が薄っすらと明るくなってきており、夜空に瞬いていた星々は徐々に闇から紺色、そして碧から薄い水色へと色が変わっていく空に溶けるように、見えなくなってきていた。


「今回の協力内容については、今日の夜にもう一度呼びに行くからその時に詳しく説明する」

「……今このまま話をするのでは駄目なんですか?」

 

 ゲイリーは大口を開けて欠伸をしていた。結局徹夜になってしまい、その顔には疲労の色が濃かった。


「こっちにも準備が必要なんだよ。それに何より眠い。一旦休ませてくれ」

「お姫様のことは、俺が宿屋まで送って行くっす」


 席を立ったゲイリーは振り返ることなくイリスに向かって手を振ると、そのまま室内にあった扉の一つを開けてその部屋の中に入って行ってしまった。

 リックはゲイリーが扉に消えるまで見送った後、イリスの顔を覗き込んできた。同じく徹夜明けであっても、リックはまだまだ元気なようだ。


「でも、リックさんも休んだ方がいいんじゃないですか?」


 眠そうな様子は見受けられないが、このまま休んだ方がいいだろう。

 ここに来る際は暗闇だった上に入り組んだ道を通って来たので正確な道順をイリスは覚えていないが、この場所も町中の何処かではあるので、大通りにさえ出られれば自力でも宿に戻れるはずだ。


 だがイリスの言葉を受けて、リックはイリスを送ると言った意外な理由を教えてくれた。


「自分は監視カメラの位置を全部把握してるっす。こういう不審な時間帯に、あんまりアレに映らない方がいいっすよ」

「……」


 別にイリスに疚しいところがあるわけではないが、リックの言うように旅人が人気のない時間帯に町中を徘徊していたら不審に思われるのは必至だろう。

 無用な疑念を持たれないようにするためにも、監視カメラに映らないで済むのならそれに越したことはなかった。 


「すみません。では、お言葉に甘えてお願いしてもいいですか?」

「もちろんっす」


 イリスは結局、送ってくれるというリックの言葉に甘えることにした。



 どうやら宿からゲイリーの家へ行った時にやたらと入り組んだ道を通っていたのは、監視カメラの死角になるところを選んで通っていたからだったようだ。

 今も同じように無駄に遠回りをしながら、宿屋へ向かってイリスはリックの後をついて歩いていた。


 暫く歩いて漸く見慣れた場所に戻ってくると、リックはイリスを振り返った。


「じゃあ、また夜に呼びに来るっす」

「ありがとうございました。では、また夜に」


 相も変わらず間の抜けた調子で挨拶をすると、リックは颯爽と今来た道を戻って行った。

 その背中を見送ってから、イリスは宿屋の建物を見上げ二階のリュカが眠る部屋の窓を見た。


 周辺に異常な気配は感じられない。ゲイリーの家にいた時も町中の気配に警戒していたが、大きな動きは無かったように感じていた。おそらく、今晩は何も起こらなかったのだろう。


 イリスは身を翻すと、実際に自分の目でもリュカの安全を確認するべく足早に宿屋の中に戻った。



「っ!」

「あ、ごめん。起こしちゃった?」


 扉が開く音で目が覚めたリュカは、すぐさま勢いよく上半身を起こして窓の外を見た。

 ここ何日も朝の決まった時間に起こされ剣術訓練を行っているので、身体が条件反射的に動いたようだ。

 だが、見遣った窓の外はもう完全に夜明けを迎え、明るい朝の光が窓から差し込んできている。普段の剣術訓練の時間はとうに過ぎており、その時間を過ぎてから起こされたことでリュカはすぐに何かあったのだと察した。


「今日の剣術指南担当はロイなんだけど、ちょっとレオンとロイは今不在にしてて。それを伝えに来ただけだったの。起こしてごめんね」

「いや……大丈夫」


 疑問には思ったが、イリスがそれ以上話さないのであれば聞いてよい事では無いと判断し、リュカはそれ以上何かを聞くことはしなかった。


「昨晩はずっと私が一人で見張りをしていて……。とりあえず、私もちょっと仮眠を取りたいんだけど、いいかな?」


 イリスは矛盾がないよう留意して話しながら、リュカの反応を窺った。

 一晩ぐらいの徹夜なら何ら問題ないのだが、レオンとロイが不在の今、休める時に休んでおきたいというのがイリスの本音だった。


 レオンとロイは、実際は町のすぐ傍で待機しているのだが、帝都に戻るという口実で町を出ているため、まだ暫くはナリシェの町に姿を現すことはできない。

 馬での移動であったとしても往復で六日は町に帰って来れない距離なので、その間は全ての対処をイリスがしなければならないのだ。

 レオンとロイも町の外からドルシグ兵の襲撃などには警戒してくれている。何かあれば即刻駆け付けてくれるだろうが、それでも最初に対応するイリスの役割は大きく、気が抜けない日々がこれから続くだろう。休める時に身体を休めておかなければならなかった。


 そんな事情は全く知らないため仮眠を取りたいなどと言うイリスに疑問を持っただろうが、リュカはイリスの言葉に驚きつつも何も問うことなく、握りしめた拳でとトンと自身の胸を叩いた。


「任せろ。……と言いたいところだが、何かあれば起こすよ。それまでは安心して眠っていていい」


 何かがあった時にはイリスを頼ると正直に話すリュカに、思わず笑みが溢れた。

 イリスとしても、一人で対処しようとせず頼ると言われた方が、ずっと安心して休むことができる。


「ありがとう。その方が助かるよ」


 リュカはベッドから立ち上がると、イリスの背を押し笑顔で送り出してくれた。

 パタン、と控えめな音を立ててリュカの部屋の扉が閉まったことを確認してから、イリスは隣の自分の部屋に戻った。

 そしてそのまま、服を着替えもせずとりあえずベッドに体を横たえる。


 それ以降の記憶は、もう曖昧だった。



「ろ、……起きろ。イリス」


 ゆさゆさと身体を揺すられ、混濁していた意識が少しずつ輪郭をはっきりとさせていく。

 自分が眠っていたのだと理解した途端、イリスは勢いよく横たえていた自身の上半身を起こした。


「!」


 目の前には、ナリシェの町の外で待機しているはずのレオンとロイの姿があった。それを認識し、イリスは何かが起こったのだという事を理解した。


 咄嗟にベッドサイドに置いていた自身の剣に手を伸ばし立ち上がろうとしたのだが、それをレオンがイリスの肩を押し戻して制した。

 予想外の衝撃にイリスは抵抗するべくもなく、ベッドの上に再び座る形になる。

 そして、唖然として二人を見上げた。


 そこで初めて、イリスは二人の表情が険しいことに気付く。

 本来であれば六日はこの町に戻ってこないはずの二人が今この場にいる時点で何か不測の事態が起こったのだということだけは分かるが、それ以上の事がイリスには皆目見当がつかない。


 だが二人は何も語らない。黙ってイリスを険しい表情のまま見下ろしているだけだった。

 何とも言えない気まずい雰囲気が室内に流れる。居た堪れなくなったイリスが二人から視線を逸らすと、部屋の入り口の扉に凭れ掛かり、リュカもいるのが分かった。しかしリュカもまた、黙して眉間に皺を寄せている。


 次にイリスがリュカから窓に視線を移すと、窓の外からの日差しがだいぶ高いのが分かった。時刻は昼前といったところだろうか。

 リュカと部屋で別れたのは朝早い時間だ。随分とぐっすり眠ってしまったのだと一人内心反省していると、レオンがその重い口を開いた。


「……それで?何があった?」

「えーっと……色々?あって?」



 ――そして、現在に至るのである。



 黙ってイリスを見下ろしていたレオンは、一つ大きな溜息を吐いた。


(何って、どのことかな……)


 イリスは黙って俯きながら、必死に思考を巡らせていた。


 昨晩は確かに色々なことがあったが、宿屋のイリスの部屋に男達が押し入ったこと、その男の一人がイリスのことをアリスティア王女だと知っていたこと、男達の真意を確かめるべく男達の家についていくことなどは、ゲイリー達に付いて行く前に無線でレオンに連絡済みだ。決して単独で判断して行動した訳ではない。


(ゲイリー達との話がどうだったのか、ということかな?)


 しかしもし話の内容を聞きたいだけならば、何故こんなにもレオン達が怒っているのかが分からない。

 イリスが困惑の表情を浮かべているのを見て、レオンは再び溜息を吐いた。


「俺達はナリシェの町から少し離れた場所で野営をすることに決め、夜間は交代で見張りに就いていた。そして明け方見張りをしていたロイのところに、突然見知らぬ男が訪ねてきたんだ」

「!」


 レオンの話に、イリスは驚愕で目を見開く。


 二人が人目に付くような場所で野営をしていたとは考えにくい。そうなると、訪ねてきた人物というのは偶然紛れ込んでしまった迷い人ではなく、二人に用事があって、身を隠していた二人を探し出し、わざわざ訪ねてきたということになる。

 只者でないことだけは確かだった。 


「……僕達の前に現れたその人物は、イリスにとある協力を依頼したから、僕達にも一緒に助力を願いたいと言ってきたんだよ」

「!」


 イリスに協力の依頼をした人物――それが誰を指すのかなど、明白だった。


「その人物が、自分なら監視カメラに映らないルートを案内できるって言ってきてね。この宿屋まで秘密裏に戻ることが出来たんだよ」


 ロイの言葉に、イリスは言葉を失くしていた。脳裏に、『割と広く情報網と伝手がある』と自信溢れる様子で笑うゲイリーの顔が浮かんだ。

 

(どこが「割と」なのよ!)

 

 情報網があるどころではなく、まるっきりこちらの動向が筒抜けである。

 昨日急遽決まったレオンとロイの野営を、いったいいつ知って、どうやってその場所を特定したのだろうか。イリスには皆目見当がつかなかった。


「俺達をここまで連れてきた男は、リックと名乗っていた」


 レオンが怪訝な表情を崩すことなく淡々と告げる。

 最早分かっていたこととはいえ、その事実にイリスは頭を抱えたくなった。


「それで、なんでこんなことに?」


 二人の追求からは免れられず、結局イリスは昨晩レオンとロイを見送ってから以降の事を詳細に報告する羽目になった。


 話が進むうちに、全く何も知らされず蚊帳の外だったことを知ったリュカが、目に見えて落胆した。ついには自分の不甲斐無さに自分を責め始める始末だった。


 そしてイリスはというと、事前にゲイリーの家に付いて行くことを報告していたとはいえ、その後のあまりの展開に、途中でレオンとロイに連絡を入れるか応援を呼ぶべきだったと、全て単独で対処したことをこっぴどく叱られた。


 普段はいつもイリスに味方してくれる二人だが、今回のことに関しては同情の余地なしと、イリスは長時間に渡り二人からお説教される羽目になったのだった。






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