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黎明のウィレンツィア  作者: カワシマ キオ
第三章 歪な町
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協力依頼

 室内は異様な空気に包まれていた。 

 イリスは構えた剣を降ろすことなく、真っ直ぐにゲイリーを睨みつけている。


「はぁ……剣を降ろすんだ」


 剣を突き付けられたままゲイリーは大きく一つ息を吐き出すと、両手を挙げて降参の仕草をした。


「ここで戦ったところで、俺達には何もできないって嬢ちゃんにはよく分かっているだろう?」


 最初こそ動揺を見せたものの、ゲイリーは落ち着いた様子で真っ直ぐにイリスを見つめ返した。


「……」

 

 この場をどうするべきかを、イリスは悩んでいた。


 二人が何かを仕掛ける素振りは見受けられない。そしてゲイリーの言う通り、もし何か仕掛けられたとしてもイリスなら余裕で二人を捻じ伏せることができるだろう。二人に戦う術はなかった。


 まだ全ての懸念が払拭されたわけではないが、とりあえずこの場は何が起こってもイリス一人で対処できると判断し、イリスは突き付けていた剣をゆっくりとゲイリーから離すと椅子に乗り上げていた足を降ろした。


「お姫さんじゃなくて、悪魔だったんっすねー」


 こんな状況であるにも関わらず、どこかネジの緩んだ調子を崩すことなくリックがのんびりとコーヒーを啜った。

 その独特の雰囲気と間の抜けた話し方に、イリスも知らず張りつめていた緊張感が緩む。


 だがそんな場の空気を読まないリックの発言に慌てたのはゲイリーだった。

 焦った様子で隣を見るなり、リックの後頭部に平手で一発食らわせていた。


「こんっの、馬鹿ッ!」

「いてっ」


 不意に後ろから叩かれ、リックの持っていたカップが揺れてコーヒーが数滴テーブルに溢れ落ちる。

 リックは何故叩かれたのか分からないとばかりに、ゲイリーを振り返ると声を荒げた。


「事実っすよね?サンスタシアの『白い悪魔』だったんっすから」

「おまっ!ちょっと黙ってろ!」


 ゲイリーが今度はリックの首元に両手を回し、首を絞めにかかる。

 本気でするつもりが無いのはイリスにも見て取れたが、普段のゲイリーはそんなことをしないからなのか、それまで飄々としていたリックが初めて慌て始めた。

 

「ボスっ、やめっ!俺が悪かったっす!」


 自身の首に回されたゲイリーの手をバシバシと叩いて、拘束を外すようリックが必死に訴えている。そんなリックにお構いなしに、ゲイリーは今度は首に腕を回すと後ろから羽交い絞めにかかっていた。


「……っふふ」


 そんなやり取りを目にして、イリスは再び何処かで見たような光景を思い出し、思わず笑い声が溢れた。


「?」


 急に笑い出したイリスに驚いて、二人は動きを止める。

 イリスは笑いを抑えようとするのだが、止めようとすればするほど可笑しくなってきてしまい、ついには声を上げて笑い始めた。


「あははっ」


 ゲイリーとリックは顔を見合わせ、何故イリスが自分達を見て笑っているのか現状を確認する。


 よくよく考えてみれば、いい歳をしたおっさんと若いの男二人で、最早じゃれ合っているのでは?と言われても否定できない状態である。

 それを年若い女性に見られ笑われているという状況に、ゲイリーとリックは即座に身体を離すと二人共顔を赤く染めた。


「……」

「……」


 何でこんなことになっているのか二人共よく分からなくなり、ゲイリーはガシガシと片手で頭を掻くと大きく溜息を吐いた。


「はぁ……ちゃんと一から説明するから、ちょっと待ってろ」


 ゲイリーが席を立ってキッチンへと向かう。それを見て、慌てて追うようにリックも立ち上がった。

 どうやら新しい飲み物を用意してくれるようだ。ゲイリーがお湯の準備をしている隣で、リックが別なカップを戸棚から出してきている。


 何とか笑いを収めたイリスは、未だ一口も口をつけていない自分に提供されたカップの中のコーヒーに視線を落とした。


 初対面の相手の家で出されたもの、それも敵かもしれない相手から出されたものなど口に含むべきではない。

 まだゲイリー達が何者なのかも聞いていないし、信用に値する何かがある訳でもない。

 それでも、イリスはこの二人のことは信じられるような気がしていた。

 

 新たな飲み物が到着するのを待つ間に、イリスはすっかりと冷めてしまったコーヒーをゆっくりと一口、口に含んだ。




◇◇◇   ◇◇◇




「俺は情報屋だって言っただろ?『白い悪魔』の話は、そんな中で聞いたんだ」


 お茶を淹れ直し再び腰を下ろしたゲイリーは、湯気を立てるカップを息を吹いて冷ましながらゆっくりと一口飲み込んだ。


「ドルシグ帝国内の話も、仕入れることができると?」


 サンスタシア帝国の優秀な間諜であっても、ドルシグ帝国内の情報はなかなか掴めないものだと聞いている。

 それがこんな辺鄙なところにある町で暮らしている人物に成し得るとは、イリスには到底思えなかった。


「俺は出身はエダルシアなんだが、とある時期にドルシグ帝国に潜入していたからな。ちょっとドルシグ帝国内にも伝手があるんだ」

「……ゲイリーさんはエダルシア王国の間諜、ということですか?」


 話の内容が国家機密レベルになってきたことにイリスは焦る。こんなに簡単に他人に打ち明けていい情報ではなかった。

 この家の中ならどんな話をしても安全だとしてここに連れてこられた訳だが、あまりにゲイリーの話が極秘情報すぎて、イリスは問う声が小声になってしまっていた。


「ああ。まぁ、俺はそんなところだ。こいつは違うけどな」


 そう言ってゲイリーが隣に座るリックを親指で指差す。指差されたことに気付くと、リックは飲んでいたお茶のカップをテーブルに置いた。


「俺はドルシグ帝国出身っす。ボスに拾ってもらって、そこからずっと一緒っす」


 リックがゲイリーに向かって満面の笑顔を向ける。リックがゲイリーを信頼しきっている様子が窺えた。

 ドルシグ帝国出身ということは、ゲイリーがリックの亡命を手伝ったというところだろうか。

 リックに関しても気になることはまだまだあるが、イリスはそれよりも気になっていることを訊ねた。

  

「『していた』という過去形であるという事は、今はドルシグ帝国に潜入捜査はしていない、という事ですか?」

「ああ、完全に足を洗っている」


 自分で問うておきながら、イリスはその会話が矛盾だらけであることに気付いていた。


 ドルシグ帝国は他国から「蟻地獄」という名で呼ばれることがある。踏み入れたが最後、出てくることが叶わないからだ。


 ドルシグ帝国は機密や情報の漏洩を防ぐために、ドルシグ帝国内に出入りする者には相当な手続きと調査が課されるという話だ。

 故に商人なども、しっかりと身元を調べられ、信用に足るとされた者のみしか入国を許されていない。

 もし間者などが紛れ込んでいた場合、調べた情報を元に家族や親兄弟、親戚に至るまで徹底的に潰されると実しやかに噂されている。


 噂の域を越えないので実際のところはイリスには分からないが、ドルシグ帝国という国を考慮するならば、その話も強ち間違いではないだろうと思われた。

 

 だが目の前に座るゲイリーは、ドルシグ帝国に間諜として潜入していただけでなく、ドルシグ帝国の手から逃れてこうして普通に暮らしているというのだ。

 俄には信じがたい話だった。


 だが次に告げられた言葉は、もっと信じ難いものだった。


「俺達は八年前から、この町に住んでいる」

「……っ!まさか!」


 イリスは驚きのあまりテーブルに両手を付いて勢いよく立ち上がる。

 ()()()という言葉が、イリスの胸を激しくかき乱していた。


「まあ落ち着け。順番に説明してやるから」


 ゲイリーに椅子を指し示され、イリスは動揺しながらも言われた通り再び椅子に腰を降ろした。


「俺はドルシグ帝国の先代皇帝が暗殺されたのを受けて、エダルシア王国から間諜としてあの国に潜入を命じられた。次の皇帝に誰がなるのか、これからあの国がどう動くのか、各国とも情報が欲しかった時期だからな」

 

 ゲイリーはテーブルで湯気を立てるカップに視線を落とす。

 カップの中に注がれたお茶の表面に天井の明かりが映っている。お茶の水面がゆらゆらと揺れるのに合わせて、映り込んだ明かりも小刻みに震えていた。


「結果として第一皇子が帝位に就いたが、陰で暗躍しているのは第三皇子だった。更にきな臭くなった情勢の中、折しもその時世界平和条約の改定が検討され、臨時の国際会議が行われることになった。そしてその臨時の国際会議に出席するために、エルヴィン皇子がウィレンツィア王国を訪れることになったんだ」

「……」


 イリスの顔から表情が抜け落ちる。

 ゲイリーの言う八年前がいつの日を指すのか、すでにイリスには分かってしまったからだ。


「俺はドルシグを出るならこのタイミングしかないと思った。エルヴィン皇子と共に軍も動いていたからだ。ドルシグ帝国の本国に残っている兵力もあるが、エルヴィン皇子がウィレンツィア王国に連れて行った方が主戦力だ。俺は迷わずリック達を連れてドルシグを出た」


 それでも、ドルシグ帝国を出るのは至難の業だったはずだ。賭けに近かっただろう。

 けれどあの時は、ドルシグ帝国の思惑は明らかにウィレンツィア王国へ向いていた。出国を目論むゲイリー達にとっては追い風となったことだろう。


「俺はどんなに危険な目に遭っても、ボスに一生付いて行くって前から決めてたっす」

「……」

「……」


 緊迫した話の合間にリックの宣誓が挟まり、場の空気が弛緩する。こうも場の空気を乱しても、本人は至って真面目に答えただけなのだから諫めようもない。

 頭を抱えて一つ大きな溜息を吐いたゲイリーは、リックの一言は無かったものとしてイリスに視線を戻すと、言葉を選ぶように慎重に口を開いた。


「……あの日、エルヴィンは」

「ドルシグの乱……」


 ゲイリーの言葉を待たずに、イリスが言葉を引き継ぐ。

 イリスの声色は低く掠れているものの、そこに憤怒や焦燥などの乱れた感情はないようにゲイリーは感じた。逆に抑揚がないため感情の起伏が読み取れず、ゲイリーにはその言葉を語るイリスの真意は分からなかった。


「そうだ。俺達が今もこうしてあの国から逃げ遂せているのは、あの日の混乱に乗じたからに他ならない」


 自身の事を話し終え、ゲイリーがイリスを窺う。

 話を聴き終えイリスは黙って俯いていたが、不意に顔をあげるとゲイリーを真っ直ぐに見据えた。


「……何故、私がアリスティア王女だと気付いたんですか?」


 イリスにはまだ疑問が残っていた。ゲイリーは押し入った宿屋でイリスを見るなり「アリスティア王女」だと言ったのだ。

 なぜ他国に知れ渡っていない王女の顔をゲイリーが知っていたのかが疑問だった。


「は?」


 ゲイリーはその質問に、逆に疑問だとばかりに間の抜けた声を出した。


「いやいや、嬢ちゃん。あんた小さい頃に見た王女のまんまだぞ?……あぁ、寧ろそんな身なりだから、最初は王子だと思ったがな?」

「どこで、私を?」

「言ったろ?仕事柄見たって。ドルシグに潜入する前にウィレンツィア王国にちょっと寄ったことがあって、その時にな」


 どうやらイリスの見た目は当時の面影を色濃く残しているようだ。

 そうであるならば、王女の顔を見たことがある者であれば、イリスを一目見てそれと分かるという事だ。今後気を付けなければならないだろう。


「それで?こんな夜更けに私の部屋に来た理由はなんですか?」


 イリスの質問に、ゲイリーとリックが顔を見合わせ目を瞬かせた。


「あぁ!他の事に気を取られてすっかり忘れていたよ」


 イリスに向き直ったゲイリーは、カップのお茶を啜りながら悪びれずに答える。その言葉に、イリスは眉を顰めた。


「突然真夜中に襲撃された身としては、信じがたく許しがたい発言なんですが?」

「ノックもしたんだから襲撃じゃないだろ。それに嬢ちゃんだって知りたいことがあったんだから、話が逸れたのは仕方がない」

「……」


 確かに、イリスがアリスティア王女だと知られていたりゲイリーがドルシグ帝国と関わりがあったりで、すっかり話が逸れてしまっていた。


「まぁまぁ、それは置いておいて。俺達は嬢ちゃん達に協力を依頼したかったんだよ。夜間の訪問で少々強引だった点は謝るが、昼間は動きにくくてね。そこは許して貰いたい」

「でも、手荒な歓迎をされたのは俺達の方っすけどね」


 リックがそこは譲れないとばかりに力強く補足を入れる。間違ってはいないが、イリスとしては正当防衛を主張したいところだ。


「……協力?」


 リックの言葉で聞き逃しそうになっていたが、ゲイリー達はイリスに協力を依頼しに来たようだ。

 たまたまこの町に立ち寄っただけのイリス達に、何を手伝ってもらいたいのだろうか。


 イリスが首を傾げていると、ゲイリーが片側だけ口角をあげてニヤリと不適に笑った。


「あぁ……この町を救うために、力を貸す気は無いかい?王女様」

「……」

 

 普段のイリスであれば人助けは厭わない性質なのだが、ゲイリーが言うとなんだかとても胡散臭く感じる。


(何だか嫌な予感がする)


 イリスは何故か、無性にこの場から逃げ出したい衝動に駆られていた。






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