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黎明のウィレンツィア  作者: カワシマ キオ
第三章 歪な町
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剣術指南

「おい、起きろリュカス。行くぞ」


 誰かに強く肩を揺さぶられていることに気付いて、リュカは重い瞼をゆっくりと開けた。

 うっすらと視界の端に見える窓の外はまだ暗い。横たわっている自身の身体を何とか起こして、リュカはまだ完全には開かない目を手で擦って無理やりその視界を広げた。

 どういう状況だったか分からず、寝起きで回らない頭を捻る。


(誰だ?……ああ、レオンか)


 目の前にいる人物に気が付いた時、自分の置かれている状況と現状を把握した。


「すまん、今起きる」


 レオンがこうして起こしにやってきたのは、剣術を教えてくれるためだったことを思い出した。

 

 昨夜の話し合いで、夜間を宵、深夜、早朝の三区分で分け、毎日輪番でイリスとレオンとロイが各時間帯を担当し、交代で見張りを行うことになった。リュカも慣れてきたら、宵の時間帯を誰かと一緒に見張ることになるそうだ。

 そして早朝の見張り担当者が、リュカの剣術指南担当にもなることが決められた。そのため、今日は早朝の見張り担当だったレオンが担当ということになる。


 リュカは急いでベットから起きようとしたのだが、久しぶりに長距離移動をしたため足が重い。しかしそれはおくびにも出さないようにして、足に力を込めていつも通りを装い床に降り立った。

 今回リュカは夜間の見張りを免除してもらった上に、剣術指南までしてもらうのだ。文句を言っている場合ではなかった。


 さっさと部屋を出て行ってしまったレオンを待たせないように、リュカは急いで服を着替える。見張りを終えてイリスとロイはまだ眠っているはずだ。リュカはできるだけ音を立てないようにしながら身支度を急いだ。


「……」


 昨晩は食事を終えた後、よく分からないモヤモヤしたものを心内に抱えながら与えられたこの部屋に戻ってきた。


 イリスとレオンとロイの三人は、フラッデル隊に所属し多くの時間を三人で共有しており、お互いを理解し信頼関係を築き上げ、切磋琢磨しあってきたことだろう。

 片やリュカはつい数週間前にサンスタシア帝国にやってきて、偶然イリス達と接点を持ち、今回こうして共に旅をすることになったばかりだ。

 過ごしてきた時間も経験も、三人の間にある確かなものとは比べ物にならないくらい圧倒的に足りていない。そんなことはリュカにも当然分かっているのだが、自分だけがイリスを分かってあげられなかったことがリュカは悔しかった。


 イリスはおそらく、ウィレンツィア王国の王女で間違いないだろう。

 本来であればウィレンツィア王国民であるリュカの方が、自国の王女の事を一番に分かってあげられるはずだ。けれど実際は、他国の民であるレオンとロイの方がイリスのことを理解し、信頼もされている。その事実がリュカには受け入れ難かった。


 しかしそんなことを思い悩んでいても、疲れ切っていた身体は正直だったようだ。一日酷使した身体をベッドに横たえると直ぐに思考は停止し、眠りに落ちてしまっていた。


(もっと、頑張らないとな)


 イリスを一番に理解してあげられる存在になりたいという思いは確かにある。だが現状、一番の問題は筋肉痛で身体中が悲鳴をあげていることだ。

 先ずは道中、三人に遅れをとり迷惑を掛けることがないよう体力と筋力を付けなければならないし、剣術を教えてもらうからにはそれも中途半端には出来ない。

 リュカにはやるべきことが山積みだった。


 ふんすと鼻息も荒く息を吐き出すと、リュカは寝ている皆を起こさないように静かに二階の部屋から階下へ向かって階段を駆け降りた。

 


 宿屋の入り口の扉を開けると、扉の蝶番が軋む音が静まり返った町中に響き渡った。

 町は未だ静寂の(とばり)に包まれたままで、町全体が眠っているようだった。


「昨晩は、何事も無かったんだろう?」


 レオンは宿屋の入り口脇の壁に凭れながら立っていた。その態度は悠然としているのに油断なく周囲に目を配っている様子が異様で、リュカはふとそんなことを問いかけた。


 どれだけぐっすり眠っていようとも騒ぎがあれば目を覚ましたはずである。けれどそんな喧騒はリュカの耳には届いていなかった。だからおそらく何事も無かったのだろうと結論付けたのだが、返ってきた返答は予想とはまるっきり異なっていた。


「ロイが見張っていた真夜中過ぎに刺客が現れた。ロイが問題なく対処している。さっき帝都に連行されていったところだ」

「……マジか。今後もこうやって毎回襲われるのか?」


 町中で宿泊するのに、夜間に見張りを立てる必要があるのかと正直リュカは思っていた。

 こんな町中で騒ぎを起こすような軽率な行動を取るとも思えなかったのだが、どうやら違ったようだ。


「少なくともサンスタシア帝国領を抜けるまでは何らかの接触があると思っていた方がいい。ドルシグ帝国も、近隣であるサンスタシア帝国を最も警戒している。元々こちらに常駐させている兵も多いだろうから、そいつ等が何かを仕掛けてくる可能性は高いだろうな」


 なるほどとリュカが頷く。

 奴らの狙いは間違いなくイリスだ。戦闘を仕掛けて勝利したいわけではなく、攻撃を仕掛け混乱に乗じて隙あらばイリスを攫おうという事なのかもしれない。


「俺も役に立てるように頑張るよ。……じゃ、よろしくお願いします」


 決意も新たに、リュカが殊勝に頭を下げる。そんなリュカを見下ろしながら、レオンはふーっと長い溜息を吐いた。


「別に役に立たなくていい。お前は先ず自分の身を守れるようになれ」

「……人がせっかくこうして頭まで下げてるのに」

「無駄口はいい。さっさとその剣を抜いて先ずは振って見せろ」

「へいへい」


 頭を下げたまま視線だけ上げてレオンに抗議したリュカは、いつも通りのレオンの物言いに辟易しながらも姿勢を戻すと帯刀していた剣を抜いた。

 鞘の中からすらりとした刀身が現れる。少しずつ白んできた東の稜線の明かりを受けて、その刀身が僅かに煌めいた。


 リュカは一つ大きく深呼吸をして心を落ち着かせると、手にした剣を頭上高く振り上げ真っ直ぐに振り下ろした。ヒュン、という風を切る音が辺りに響く。

 レオンから声は掛からない。一振りでは何も分からないという事だろうと判断すると、リュカはそのまま同じ動作を何度も繰り返した。繰り返しながら、振りが雑にならないように心掛ける。バランスを保ちながら、体幹がブレないようにも意識した。


「……驚いた。基本的な振りはできるんだな」


 腕を組み仁王立ちでこちらを睨んでいたレオンが驚いたように呟いたのを耳にして、リュカは剣を振る手を止めると得意気に笑った。


「剣の基礎はヴォルターに習ってたからな。あ、ヴォルターってのは前にも言ったけど、革命軍のリーダー的存在で元ウィレンツィア王国の騎士なんだ」


 褒められたことに気を良くして答えていたら、目の前にいたはずのレオンが助走もなしに高速で移動した……ようにリュカには感じられた。


 一瞬、だった。

 

 気付いた時には、宿屋の入り口に佇んでいたはずのレオンはリュカの目の前に立ち、鞘に収まったままの剣をリュカの首元に押し当てていた。


「お前はこれで一回死んだな」


 笑いながら、レオンは数歩後ろに下がると鞘に収まったままの剣をリュカの首から離して構え直した。呆気に取られ、リュカは目を見開きレオンをただ見ていることしかできない。


「お前に足りないのは経験だな。これから実戦形式で打ち合う」


 何を言われているのか分からずリュカが固まっていると、レオンが構えた鞘の先をちょいちょいと動かした。どうやら、かかってこいという事らしい。

 しかしレオンの剣は鞘に収まったままで、一方リュカの剣は剝き出しの真剣だ。このままでいいわけはなく、自分も刀身を鞘に納めてからの方がいいのではないかと悩んでいると、そんなリュカの迷いを察したレオンが軽く鼻であしらった。


「リュカスの剣が俺に当たることはないから、そんなことは気にしなくていい」


 挑発とも取れる物言いに、リュカは苛立ちを顕わにする。


「……怪我をしても文句言うなよ」


 リュカがレオンを睨みつけるが、レオンは尚も嘲笑う。

 その様子がまたリュカの自尊心を踏みつけ、持っていた剣を振り上げるとリュカは勢いのままにレオンに飛び掛かっていった。


「剣を振り上げたまま移動するな。胴ががら空きだぞ」

「うっ……」


 リュカの剣がレオンに振り下ろされる前に、レオンの鞘の先がリュカの腹を一突きする。その痛みに呻きながらも、リュカは一歩後退して素早く体勢を立て直した。

 リュカを突くために伸ばされた剣を払うべく、今度はレオンの剣に向かって刀身を振り下ろす。


「感情のままに剣を振るな。相手をよく見ろ」


 その剣先をほんの僅かな動きで避けながらレオンが鞘を振り上げる。動いた、とリュカが認識した時にはもうすでに、自身の肩に鈍い痛みが走っていた。


「大振りをするな、相手に隙を与えるだけだ」

「はぁ、はぁ、……」


 肩に落とされた一撃は殊の外重く、リュカが地面に膝を付く。これがもしレオンも真剣を使っての勝負であったのなら、リュカはすでに二回死んでいた。

 そして、たった二振りのやり取りですでに、リュカの息は荒かった。

 打ち付けられた肩を手で押さえながら立ち上がる。リュカとは違い、レオンの息は上がるどころか涼しい顔のまま面白そうに笑っているだけだ。


「どうした?もう辞めるか?」


 態と焚きつけてくるレオンにリュカは唇を噛むと、肩に置いていた手を離して両手で剣を握り込んだ。

 ふっと短く息を吐き出し呼吸を整えると、レオンを眼光鋭く睨みつける。


「まだまだ!」


 リュカは果敢に、レオンに向かって行った。



 その後もレオンはリュカの剣を難なく躱し続け、代わりにリュカの身体には打撲創や皮下出血斑が大量にできる結果となった。

 それでもリュカが途中で弱音を吐くことは無く、休憩を挟みながらも一時間ほど鍛錬は続いた。




「おはよう……って、レオン……これはやり過ぎじゃない?」

「あぁー……どうするのこれ。今日の道程無理じゃないの?」


 空が完全に明るくなり日の出が近付いてきた頃、夜間の見張りを終えて仮眠を取っていたイリスとロイが起き出してきた。


 普段の習慣とは恐ろしいもので、休める時であっても普段の騎士団の早朝訓練時間にピタリと起き出してきた二人に苦笑しつつ、レオンは地面に横向きに倒れ込んだまま眠ってしまったリュカを見下ろした。


「意外と筋が良くて根性もあるようだ。少々やり過ぎてしまった」

「えぇ……これで少々なの?」


 ロイの非難めいた言葉を無視してレオンは眠り込んでしまったリュカの元にしゃがみ込むと、ロイを見上げてくいっと顎をしゃくった。

 その仕草だけでレオンの考えていることを汲み取ったロイは、リュカの足元に移動すると盛大に溜息を吐きながら同じようにしゃがみ込んだ。


「せめてその誉め言葉だけでも、起きたらリュカに直接言ってあげなよ」


 二人で息を合わせてリュカの身体を持ち上げる。抱え上げられたリュカだが、その状態の変化に全く気付くことなく規則正しい寝息を立てていた。

 

「まさか。言うわけないだろ」


 ロイの言葉を聴き流し、レオンは宿屋の入り口に向かって歩き始めた。呆れたように再び溜息を吐くと、仕方がないとロイもそれに続く。


 そんな二人に苦笑しつつ、イリスが先導して入り口の扉を開けた。朝食までにはまだ少し睡眠を取ることが出来るだろう。

 リュカの疲労がそれで少しでも緩和されればいいと思いながら、イリスはリュカを運ぶ二人を宿屋の中に通すと、音を立てないように静かにその扉を閉めた。






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