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黎明のウィレンツィア  作者: カワシマ キオ
第三章 歪な町
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初めての戦闘

 ガキィンという金属同士がぶつかり合う高い音が草原に鳴り響く。


 敵に向かって駆け出したレオンとロイの動きを合図に戦闘が始まり、激しい打ち合いとなっていた。

 レオンとロイは四人の男を相手にしている。入り乱れるように次々と攻撃が繰り広げられ、リュカの目では最初、正確に何人を相手にしているのか捉えられない程だった。

 数では圧倒的に不利な状況でありながら、レオンもロイも押されるどころか、寧ろ軽くあしらっているかのように二人の表情には余裕があった。リュカの素人目にも、力の差は歴然だった。


 安堵の息を吐きながらリュカが剣の柄に伸ばしていた手を離そうとした瞬間、リュカの目の前が突然暗くなり視界が塞がれた。何事かと思う暇もなく、キィンという甲高い金属音が直ぐ近くで鳴る。

 リュカの目の前を塞いだのはフラッデルを掲げたイリスだったのだと、そこで漸く状況を理解した。


「リュカ。負けるなんてことは万に一つもないけれど、一瞬の油断が命に関わるから気は抜かないでね」


 言いながら、今度はいつの間にかその背中から抜いていた剣で、イリスは自身の前に構えたフラッデルの上を越えて飛んできた矢を薙ぎ払った。

 どうやら先程聞こえた金属音は、フラッデルの底面を盾の様に使い、飛んできた矢を防いだ音だったようだ。


 イリスはフラッデルの先端、前足を置く位置に自身の左手を差し込んで持ち、左の前腕でフラッデルを支えるようにして装備していた。

 フラッデルを起動させると足を包み込むように金属のベルトのような物が出てきて足の甲を固定するのだが、今はそのベルトが左手をがっちり押さえていて落ちないようになっている。フラッデルを起動させているため浮力も生まれており、イリスの細腕でも軽々と片手で装備することができていた。


「そういう使い方もできるんだな」

「……私の言ったこと、ちゃんと分かってる?」


 戦闘から気持ちが逸れて気になったことを口にするリュカに呆れながら、視線は前方の敵から外さずにイリスが諫める。

 

「レオンとロイの方はもうじき片が付くけれど、森の中からこちらを狙っている弓隊がいる。少なくとも二人はいるから気を抜かないでね」


 イリスの言葉に、前方のドナの森を見遣る。剣戟の合間にレオンとロイを狙って飛び交う矢は、確かに幾つか同時に放たれていた。何射か毎に位置を変えているようで、リュカには正確に何人存在しているのか見当もつかない。

 レオンとロイは迫りくる剣を躱しながら時折放たれるその矢にすら反応しており、身を翻して躱したり、敵を盾に使ったりと巧みに立ち回っていた。

 

「……凄いな」


 そんな二人の戦闘を見て、リュカの口から正直な感想が零れ落ちた。だが同時に、胸に何か重苦しいものが圧し掛かり、リュカは胸元の服をぎゅっと掴んで押さえた。

 イリスはそんなリュカの様子の変化に気付き、心配そうに視線を向けてくる。それと同時に、前方で避けられた流れ矢が飛んできたのだが、音と気配で気付いたイリスが一瞬のうちにそれを剣で払った。


「大丈夫?どうかした?」


 気遣わし気に顔を覗き込まれるが、イリスのそんな行動がリュカを更に追い詰めることになることをイリスもリュカ自身も気付いていない。リュカはただ、この嫌な重苦しさが増したことだけを感じ取っていた。


「気を抜くなって言ったのはイリスだろ。俺のことなんか気にしてていいのかよ!」


 イリスの行動に何故かは分からないが苛立ちを覚え、リュカが声を荒げる。

 しかしリュカがどうして急にそういう態度になったのか分かるはずもないイリスは、ただ困惑の表情を浮かべていた。


「二人は片が付いたようだし……弓隊も気配が去ったから……」

「……」


 イリスの言葉に前方に視線を移すと、レオンとロイが歩いてこちらに戻ってくるところだった。

 その後方には、先程まで敵対していた男達が、草原に倒れ込みピクリとも動かなくなっているのが見える。

 足元の草花が足首ぐらいまでの背丈があるので地面に流れた血の量までは分からないが、おびただしい血が流れたのだろう、ここまで風に乗って鉄臭い匂いが漂ってきていた。

 こちらに歩いてくるレオンとロイが無傷であるようなので、それらは全て敵対していた男達の物だということになる。


 リュカは突然、今まで目を逸らしていた現実をまざまざと目の前に突き付けられたようで、身体が硬直して動かなくなっていた。


 革命軍に身を置くという事はドルシグ帝国と敵対するという事であり、ウィレンツィア王国奪還を目指す以上戦うことも頭では理解していたはずだった。

 そして戦うという事は人をこの手で殺めるということであり、人の命を奪うという事に他ならない。分かっていなかったわけではないが、それが現実のものとして今初めてリュカの中にはっきりと意識されていた。


 他人の命もそうだが、戦いの中に身を置くという事は自分の命もいつ奪われるか分からないという事でもある。

 今目の前に倒れている敵の男達のように、自分も突然命を奪われるかもしれないのだ。


 リュカは目の前で倒れている男達の姿が、明日の自分の姿に重なって見えて息を呑んだ。


「おまたせ。大丈夫だった?」


 まるで散歩を終えて戻ってきたくらいの気軽さで、ロイが戻るなり声を掛けてきた。


「……」


 しかし固まったまま動かないリュカを見て、ロイが苦笑しながら視線を隣を歩くレオンに向ける。

 レオンも一目見てリュカの状況を把握したようだ。呆れたような表情を浮かべながら盛大に溜息を吐いている。

 そしてリュカに近づくと、有無を言わせずリュカの頭上に拳を落とした。


「痛っ!」


 表情を失い固まったままだったリュカが一瞬で我に返り、本能のままに頭を両手で押さえながらレオンから一歩後退る。

 突然のことにイリスは止めに入ることもできずにリュカの隣で慌てていたが、当のレオンはリュカの正面で腕を組むと、眉間に皺を深く刻み鋭い眼光でリュカを睨んでいた。


「お前は馬鹿か」

「はあ?」


 突然罵倒され、レオンにつかみ掛かろうとしたリュカの肩をロイが掴んで制した。

 しかしそんなことでは止まらないとばかりに、リュカは尚もレオンに挑んでいこうとする。軽く掴まれたはずのロイの手を必死に外そうとするけれど、リュカはそれを振りほどくことが出来ず地団太を踏んだ。その場に押し留められたリュカは、動くことは諦めたが負けじとレオンを睨み返した。


 そんなリュカの姿を見て、レオンはこれ見よがしに再び大きな溜息を吐いた。その態度が、更にリュカの神経を逆撫でる。


「なんだよ!何が言いたい!!」

「やっぱり馬鹿なんだな」


 その言葉に今度こそ我慢ならないとリュカが身を捩ってロイの手を振りほどきレオンに掴み掛かっていこうとした。

 だが咄嗟にレオンとリュカの間に、イリスがその身を割り込ませる。

 視界がイリスによって遮られ、リュカは振り上げた腕を途中で止めたままイリスを睨んだ。


「どいてくれイリス」

「リュカは一旦冷静になろう。それからレオン、言い方が良くないよ。説明が足りてない」


 イリス越しにリュカは尚もレオンを睨む。しかしその視線の先にイリスは尚も顔を割り込ませて視界を遮り、そして後ろを振り向いてレオンに苦言を呈した。

 イリスに諭され、レオンは短く息を吐くとリュカに向き直った。


「あのなリュカス、お前は俺達と違って騎士でも何でもない。革命軍に所属しているとは言っても、おそらくその剣で人を傷つけたことも無いんだろう?」

「なっ……」


 痛い所を指摘され、リュカは顔を真っ赤にして激昂する。それをレオンは軽く手を振り否定した。


「それは別に悪い事でも馬鹿にされることでもない。人を殺める業など背負わなくて済むのなら背負わない方がいい。俺が馬鹿だと言っているのはそこじゃない」

「じゃあ俺の何が馬鹿だって言うんだよ!」


 レオンはやれやれと肩を竦めてから続けた。


「そういうところは素直なんだがな。……俺が言いたいのは、人も殺めたことがないような奴が、こんな戦闘の真っ只中に突然放り込まれて、人が人の命を奪うところを見せつけられて、正気でいられる方がおかしいっていうことだよ」


 リュカは告げられた言葉の意味をゆっくりと噛み砕いて考える。先程まで怒りで握りしめていた拳の力が、少しずつ抜けていくのが分かった。


「それにな、俺達はサンスタシア帝国が誇るインペリアルガードなんだ。騎士団の中でもその実力は皇帝が認めるところだ。そんな俺達と自分を一緒にするなよ。只でさえ実戦経験も皆無なリュカスと俺達じゃあ力の差は歴然だ」

「っ!なんだとっ!」


 リュカは少し気持ちが落ち着いてきたところだったのだが、レオンの言葉にまたもや拳に力が入る。しかしそれを、隣に居たロイが「まぁまぁ」と宥めて押し留めた。


「レオンが言いたいのはさ、リュカが自分を卑下する必要は無いってことなんだよ。俺達のように剣が振れなくて当たり前。人を守り国を守る為であれば敵を殺めることに躊躇しない俺達のような思考回路でないことが、当たり前ってこと」


 ロイの言葉を心内で反芻する。少し気持ちが落ち着いてくると、レオンとロイが自分を気遣って言ってくれているのだということはリュカにも分かった。

 だがそれはかえって、自分達とは違うのだと突き放す言葉のようでもあった。

 ウィレンツィア王国奪還を掲げておきながら、お前は何もできなくて当たり前だから俺達に任せて見ているだけで構わないと言われているようだったのだ。


 帝国のインペリアルガードとして名を連ねる三人とは、実力に雲泥の差があることは分かり切っている。元々比較対象ですらない。

 しかしリュカ達はこれから、自国であるウィレンツィア王国を取り戻す為の戦いに身を投じる予定なのだ。国を自分達の手で取り戻すためには、何もできないままではいられない。

 少なくとも彼等の足元に及ぶぐらいの力が無ければ、ウィレンツィア王国奪還など人任せでしか成し得ないだろう。


「……俺には、覚悟が足りてなかったんだな」


 リュカが視線を落としながら呟く。そして深く息を吸って吐いてから、リュカは顔をあげ正面に立つレオンを真っ直ぐに見つめた。

 その表情には先程までの憤怒や落胆は見られず、その宵闇を写し取ったような紺色が混じった黒の双眸には、固い決意の炎が灯ったのが見て取れた。


「俺に、剣を教えて欲しい」


 周囲に視線をぐるりと巡らせ皆の顔を見ると、リュカは頭を下げた。

 

 草原の青々とした葉を揺らしながら、一陣の風が通り過ぎていく。

 風は立ち尽くす彼等の髪や衣服を巻き上げ悪戯に揺らしながら、ただ静かに吹き抜けていっていた。





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