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黎明のウィレンツィア  作者: カワシマ キオ
第三章 歪な町
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旅の目的

今日から第三章開始です。

 サンスタシア帝国の帝都はロードベルク城を中心に放射線状に広がっており、その帝都を取り囲むように防壁が巡らされている。その防壁の四方に門が造られており、何人(なんびと)もこの門を通らなければ帝都に出入りすることは出来ない。


 イリス達一行は今回、オートレア王国に陸路で向かう。オートレア王国はラプェフェブラ大陸の西側に位置しているが、大陸の中央には世界の尾根たるストレアル山脈があるため直接オートレア王国を目指すことが出来ない。

 先ずはストレアル山脈唯一の登山道があるサンスタシア帝国とエダルシア王国の国境を目指し、ストレアル山脈越えを果たす。その後南の大国であるエダルシア王国を通り抜け、エダルシア王国とオートレア王国の国境となっているマニラナ大河を渡り、漸くオートレア王国に辿り着けるのだ。

 そのため一行は、城から南側に広がっている南街を通り抜け、防壁の一画に設けられている南門をくぐり、広大なサンスタシア帝国領に今まさに踏み出そうとしていた。

  

 基本的に旅路は、徒歩での移動になる予定だ。

 馬で行く方法もあるが、ドルシグ帝国からの奇襲を想定すると軍馬として訓練されていない馬を駆ることは逆に危険が増す。かといって軍馬を連れて行ってもストレアル山脈の手前までしか行くことができない。馬を連れてのストレアル山脈越えができないからだ。それでは軍馬が無駄になってしまう。

 

 千年前の世界大戦以前は、陸であれ空であれ、多くの人々を乗せて快適に運行する機械が存在していたらしい。イリスには信じがたい話ではあるが、大勢の人を乗せて鉄の塊が動いていたという文献が残っているそうなのだ。画期的であるのと同時に非常に効率的だ。

 けれど現在大陸を移動する手段は、徒歩か馬か馬車しか許可されていない。恐ろしく前時代的な方法しかないが、それは世界平和条約によって規制されていることに由来している。

 

 世界大戦を経て教訓を得た人類は、二度と同じ過ちを繰り返さないためにその時考え得るありとあらゆる面において規制を掛けた。自国他国を問わず領土領空を移動手段によって侵食することを禁止したのもその一つだ。

 大勢の人間が一度に移動できる手段があるということは、戦争などの際に利用できるいう側面も持ち合わせているため厳しく規制されている。故に、移動手段は一向に発展しないまま現在に至っていた。

 それでも唯一、フラッデルが開発された際に条約の見直しが掛けられることになった。フラッデルは間違いなく、移動手段として用いることが出来るため世界平和条約に抵触しているからだ。

 しかしフラッデルは大人数を運べるものではなく、その上非常に製造には費用が掛かるという事で量産ができないため、各国とも特例として移動手段としてのフラッデルを認める見解を示した。そのため八年前、久しぶりに条約の改定が為されることになったのだ。


 だが実際には、各国が集まって条約の改定を行う国際会議が開催される直前でドルシグの乱が起こり、条約は改定されないままになっている。移動手段としてのフラッデルの使用も、有耶無耶になったままだ。

 

 しかし仮にフラッデルの様な便利な物を造る術があり量産できるとしても、人々はそうした物を欲しないだろう。

 戦争で得た教訓は、この千年しっかりと人々に根付いていた。過ぎたる力はその身を滅ぼす。利便性と効率を望み進化を促せば、いつか歪みを産み出すと。

 故にこの千年、大きな問題もなく平和な時代が続いていたのだ。


 世界は発展と変化を望んでいなかった。ドルシグ帝国を除いて――。




 南門を潜り抜けると、目の前には一面に青く煙る草原が広がっていた。

 視界を遮る建造物が何もなくなり、燦々と降り注ぐ昼前の太陽に手を翳して空を仰ぎ見ていたイリスは、リュカが遠く向こうに見えるドナの森の方を見ていることに気付いた。


(……あの日から、全てが始まったんだよね)


 ドナの森を追手から逃れて走っていたリュカを思い出す。リュカを助けてカインを探しに行ったのが、イリスにはもうずいぶんと昔の事のように思えていた。


 先頭を歩くレオンは足を止めたイリスとリュカを待つことなく、南門から南に向けて真っ直ぐに伸びている街道を突き進んでいる。足を止めていた二人は小走りでレオンの後ろに駆け寄ると、歩調を合わせて歩き始めた。ちなみに最後尾をロイが護っている。


 吹き渡る風が心地良く、フラッデルを隠すために羽織っているイリスのマントの裾を翻していた。

 

 ――カツン、カツン。


「?」


 ふと、リュカは聞き慣れない小さな金属音が一定の間隔で鳴っていることに気付いて視線を彷徨わせた。

 音の出所を探っていると、その音はイリスの背中から聞こえてきていることに気付く。尚も耳をすませていると、それはイリスの歩みに合わせて背負っているフラッデルと剣の鞘とがぶつかって、一定のリズムを刻んでいる音だった。

 帝都の中を歩いている時には人々の喧騒で気が付かなかったが、草原の中は吹き抜ける風の音しかしないため金属音がいやに目立つ。

 音楽を奏でているかのように一定のリズムを刻むその音を聴きながら、リュカは何気なく疑問に思ったことを訊ねた。


「なあ、なんでイリスは剣も背中に背負ってるんだ?」


 レオンとロイは勿論だが、騎士ではないリュカでさえ腰に剣を佩いている。リュカに関しては殆ど剣を振ったこともないので、全くの飾りではあるのだが。


 このラプェフェブラ大陸には、森の中や山中などに獣が生息しており、中には肉食の獰猛な獣もいる。また旅人や商人を狙った山賊に襲われる危険性もあるし、何より今はドルシグ帝国の敵襲にも備える必要があった。ある程度の装備は必要不可欠だった。

 けれど大抵の場合、剣は腰に佩いている者が多かった。イリスのように剣を背負っている者をリュカは今まで見たことがなかった。


「背中から剣を引き抜くのって、難しくないか?」


 剣の扱いに慣れていないからこそ、リュカには背中の鞘から剣を引き抜くことは難しいことのように思われた。それに剣とフラッデルの両方を背負うよりは、素人目には別々の方がそれぞれ使い勝手が良いように思える。


 リュカの問いを受けて、イリスは歩調を緩めると先頭を行くレオンから少し遅れリュカの隣に並んで歩き始めた。


「慣れれば背中から引き抜くことも難しくはないよ。でも、私が剣を背中に背負っているのは、単に腰に付けると邪魔だからかな」


 その返答を聞いて、リュカはイリスの足の長さと前を行くレオンのそれとを見比べた。イリスは身長が低く、リュカでも並んで歩いていると見下ろすくらいの背丈である。確かに帯剣したら足元まで鞘がきてしまいそうだと思った。

 リュカの視線で何を考えたのかを理解したイリスは、失礼な考えに一瞬ムッとした表情をしたものの、いつも通り短絡的すぎる思考のリュカがだんだんと可笑しくなり、ふふっと笑いながら補足を口にした。


「確かに私は小さいから歩く際にも邪魔にはなるんだけれど、一番の理由はフラッデルに乗って戦う時に邪魔になるからかな。空中で宙返りした時に鞘が動いてると邪魔でしょう?」

「ああ、なるほど」


 確かに空中で固定されていない鞘がブラブラと揺れていたら戦いの邪魔だろう。リュカが納得した様子で頷くのを見てイリスも笑顔を見せたのだが、何故か直ぐにその表情を曇らせた。

 リュカから視線を逸らし、伏し目がちに足元を見たまま今度はイリスが訊ねた。


「……私の目的はオートレア王国だけれど……リュカは?本当はすぐにでも私を……ウィレンツィア王国に連れて行きたかったんじゃない?」


 イリスの予想外の問いかけに一瞬驚いたリュカだったが、次の瞬間盛大に溜息を吐いた。

 その様子に、やはり自分の思っていた通りだったのだと解釈したイリスが罪悪感を感じて表情を硬くする。だがそんなイリスに、リュカは大きく(かぶり)を振った。


「イリスはさ、どう言ったら納得してくれるんだ?それは全く問題ない。何度も言っているけれど、俺達革命軍は見つけた王族を利用しようとはこれっぽっちも思っていない。本来なら何処かの国に匿ってもらう予定だったって言ったろ?だから別に、何処で何をしていたっていいんだ」


 リュカは大袈裟に肩を竦めて見せながら「ドルシグにさえ捕まらなければね」と最後に茶化してみせる。そんなリュカの気遣いに、イリスはまだ全面的に納得は出来ないもののぎこちなく微笑みを返した。


「ところでさ、革命軍って今も各地に散らばって生き残りの王族探しをしているんだろう?でももう最有力候補のイリスが見つかったわけだし、捜索はしなくてもいいはずだろ。そのことをどうやって各地にいる仲間達に知らせるんだ?」


 二人の会話を聴いていた最後尾を歩くロイが、当然の疑問を投げかけた。

 最初にリュカと出会ってカインの捜索に向かっていた時に、革命軍の本部は既にもぬけの殻で誰もおらず全員各地に散っていると言っていたことを思い出す。


「ドルシグに傍受される可能性の方が高いから、皆無線の類は持っていないし、連絡する術はないんだよね」

「……は?それで革命軍はどうするつもりなんだ」


 それまで口を挟むことなく会話を聴いていた先頭を歩くレオンが、驚きのままに振り返る。普段の端正な顔立ちとは異なり、眉間に皺を寄せ怪訝な顔でリュカを睨んでいた。

 一方睨まれたはずのリュカはそんなレオンの様子も全く意に介さず、のんびりと答えた。

 

「再集結する約束の日が決まってるんだ。約半年後の約束の日までにウィレンツィア王国に戻ることになってる。それまでは各自、割り当てられた町や国で生き残りの王族を探すし、いないと分かれば早めにウィレンツィア王国に戻ったっていいんだ」

「……適当だな」


 あまりにもいい加減な取り決めにレオンが物申す。そんなレオンに、リュカは仕方がないとばかりに肩を竦めながら溜息を吐いて見せた。


「革命軍とはいっても、元々が有志で集まっているただの王国民だからね。しっかりと組織されているわけじゃないし、皆がそれぞれ、自国のために出来ることをしてるって感じかな」

「でもそれなら、尚更無駄じゃないか?もうイリスが見つかっているわけだし」


 ロイが痛い所を突く。実際、連絡する術がないと大半の革命軍の行動は無意味で無駄足になってしまうだろう。

 しかしリュカは悩むことなく直ぐに答えた。


「生き残りの王族探しだけなら無駄だろうけれど、俺達は三国に協力も仰ぎに行っている。サンスタシアでもそうだっただろ?」


 確かにテオドール帝に謁見した際のリュカの要望は、国民台帳の閲覧許可と有事の際の協力の依頼だった。どちらの要望も、大国がおいそれと承諾するようなものではないが、リュカとカインはそれを見事に成し遂げた形だ。

 

「イリスが言い出したことではあるけれど、今回のオートレア行きは俺にとってもちょうどいい機会だと思ってる。この旅の道中でエダルシアとオートレアに向かった連中に会えたら、イリスが見つかったことを伝えられるだろう?」


 イリスを振り返りニカっと歯を見せて笑うと、リュカは再び足取りも軽く歩き始めた。

 リュカの言葉は全くの嘘でもないだろうが、少しでもイリスがオートレア行きを気に病むことがないようにと言ってくれたのだろう。そんな気遣いに気付き、イリスは胸の内が温かくなるのを感じていた。


「でさ、これからのこと、なんだ……けど?」


 リュカの言葉は後半になるにつれて小声になり、そして最後は疑問形になっていた。

 

 談笑していた和やかな空気が気付くと一変していたのだ。

 リュカの隣を歩くイリスの表情が引き締まり、前方を真っ直ぐに見据えている。後方を歩いていたロイがいつの間にかリュカの隣に出て剣を抜いており、リュカは二人に挟まれる形になっていた。


「基本俺とロイで行く。イリスはリュカスを守れ」

「「了」」


 後ろを振り返らずに前を見据えたまま剣を構えるレオンが小声で簡潔に指示を出す。二人はそれに従い、すぐさま行動に移った。

 

「!!」


 リュカが何か口を挟む前に、目の前に迫ったドナの森の中から数名の男達が飛び出してきた。リュカの素人目でもその体躯は鍛え抜かれていることが分かり、その辺の破落戸でないことだけは確かだった。確証は無いが、ドルシグ帝国からの差し金かもしれない。

 リュカの身体に緊張が走る。咄嗟に剣の柄に伸ばした手は僅かに震えていた。


 ドルシグ帝国がウィレンツィア王国内で王国民を傷付ける行為は世界平和条約に抵触する。そうなれば他国に付け入る隙を与えてしまうため、ドルシグ帝国は徹底してそうした行為に留意していた。

 故にリュカは革命軍に身を置いてはいたが、戦闘に遭遇したことも人に剣を向けたことも今までなかったのだ。

 

 震える身体を落ち着かせようとリュカが短く息を吐いた時には、その場は一気に戦いの場と化していた。






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