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黎明のウィレンツィア  作者: カワシマ キオ
第二章 八年前、始まりの日
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閑話 皇帝と宰相の密談

今回のお話は、イリス達が旅立って、カインを初めて科学技術研究所に送り届けた後の宰相とテオドール帝のお話です。

 カインを科学技術研究所に送り届けて執務室に戻って来た宰相のジェラルドは、何処となく落胆した様子だった。


 執務室から送り出してどのぐらいの時間が経っただろうか。目を通していた書類から視線だけを上げて時計を見遣る。何か揉めたのだろうかという懸念が頭を過るが、カイン程の実力があれば腕前を見せつければ他が黙る以外ないだろうと思い直した。

 如何に科学技術大国と名高い我が国であっても、カインにはそれを凌駕する突出した才能がある。それは我が国の技術者が束になっても叶うことがない技術だった。


 才能や技術には様々なものがある。何もない所から一から造り出す創造という才能もあれば、既存の物を改良して性能を高める技術もあり、それは多岐に渡る。カインはどちらかと言えば後者の方、既存の物を小さくするという才能に秀でていた。

 これはやろうと思って真似できるものではない。何よりも指先の器用さが求められる。無骨で大きな男性の手では土台無理な話だろう。子供ならではの小さくしなやかな指先故の技術でもあった。

 かといって、同じように指先が繊細な女性技術者であれば同じことが出来るかと問われてもそれは否だ。小さくした機械に、収まりきらなくなった部品をどのように配置すればきちんと機能するかを考えて組み込むためには結局、発想力と創造力が必要になってくる。

 要するにカインは、一言で表すならば天才だった。


「時間が掛かったね。何か揉めたのかな」


 執務室の扉が閉まり切ったところで、敢えて訊ねる。現状把握は大事だ。


「いえ。カインは先日と同じように、見事にその技術力で皆を納得させておりました」


 初めて私と謁見した時の事を言っているのだろう。あの時はトンボを自在に操ってみせていたが、その実、極小の盗聴器が仕掛けられており言葉を失ったものだ。

 

「何よりだね。……それで?」


 相槌をうってから、わざとらしく首を傾げて見せた。


「何故ジェラルドは落ち込んでるんだい」


 私の言葉に勢いよく顔をあげたジェラルドと目が合った。

 落ち込んでいるつもりもなかったし表情にも出していないつもりだったのだろう。しかしジェラルドとは生まれた時からの付き合いなのだ、その表情の機微が分からない私ではない。


「……申し訳ありません。全くの私事でして」

「それで?」


 冷徹だの無慈悲だの周りから言われている冷静沈着なジェラルドである。そんなジェラルドがここまで顕わに落ち込んでいるのだ。何がこんなにも表情を曇らせたのかと興味が湧いた。

 ジェラルドは言いにくそうに視線を逸らしたものの、主である私から問われれば答えないわけにもいかないと、俯きながらも重い口を開いた。


「『おじいちゃん』と、言われてしまいまして……」

「……は?」


 予想外の返答に、いかに私とて一瞬表情を繕えていなかったことだろう。

 ジェラルドの言葉の意味を理解するのに時間が掛かった。しかしその言葉の意味を理解すると、柄にもなく堪えきれなくなって声をあげて笑ってしまった。


「ふ、はははっ」

「陛下……」

「くくくっ……ああ、悪い。……くくっ、いいじゃないか。ジェラルドには孫もいただろう?」


 笑いを堪えようと必死に片手で口元を覆うが、抑えきれなかった。ジェラルドが非難めいた視線を向けて寄こすが、笑いを収めようと思ってもできないのだ。こうなっては、落ち着くまで待つしかない。

 

 ジェラルドは歳こそ六十二歳と高齢ではあるが、若い頃はさぞ眉目秀麗だっただろうと思わせる顔立ちをしている。皺が増えた今でも思慮深さが滲み出ている顔で私は好ましく思っているのだが、寡黙で無表情なために、それが冷酷無慈悲などと言われる采配と相まって鬼の宰相と呼ばれていたりする。

 

 そんな臣下から恐れられるジェラルドであっても、あの子にかかったら形無しだったようだ。

 

 未だ笑い声を抑えきれない私を、ジェラルドがジトリと睨んだ。


「まだ産まれたばかりですよ。あのように大きな孫はおりません」


 ジェラルドはカインぐらいの孫がいてもおかしくない年齢なのだが、先代皇帝は晩年は病気に苛まれていたし、先代亡き後は幼い私を支えるために東奔西走するなどジェラルドは常に仕事優先だった。

 婚期が遅れたのも子供を作るどころではなかったのも、責任の一端は我が一族にあった。


「悪い、揶揄いすぎたな。でも意外だよ、ジェラルドが齢を気にしたのか?」


 その問いに、ジェラルドは軽く首を振った。


「あのように幼い子供まで駆り出さなければならないほどなのだと、ウィレンツィア王国の現状を改めて理解したまでです」

「ああ……そうだね」


 ドルシグ帝国がウィレンツィア王国を乗っ取っていることは誰の目にも明らかであるのに、この八年、世界平和条約があるが故にこちらから手を出すことが出来なかったのだ。


 ――そう、今までは。


「今後ドルシグ帝国は必ず動く。この機を逃すわけにはいかない。幼い子供の力まで借りなければならないのは本意ではないが、カインの才能は必ず突破口を切り開く。他三国と協力して、今度こそ世界をあるべき姿に戻そう」

「そうですね」


 私の宣言に対して、穏やかな低音が返ってくる。それを聴きながら、話題の中心人物であるカインを頭の中で思い浮かべた。


「しかし……あの子はとんでもないな」


 執務室内の自身の机に腰を下ろしかけたジェラルドが私の呟きに反応して一瞬その動きを止めたが、ゆっくりとした動作で椅子に腰を下ろすと深い溜息を吐いた。

 

「……そうせざるを得なかったあの子の気持ちも、分からなくはないですが」

「次から次へと予想もしない発言が飛び出すな。びっくり箱のような子だよ」

「全くです」


 再度溜息を吐いて、ジェラルドが私の発言に全面的に同意を示した。

 ジェラルドがここまで他人に対して感情を顕わにするのも珍しい。本当に孫の様に心配しているのかもしれない。


 しかし善良で可愛いだけの孫ではなく、カインは相当な曲者だった。

 思い返してみると、カインにはこちらも大分してやられている感が否めない。あの子は本当に十歳の子供なのだろうかと疑ってしまう。

 先日も聞いて欲しい話があるというから何事かと思えば、私達が全く予想だにしない真実を告げられた。

 どんなに些細なことであっても、情報というものはあるに越したことはないし、知らないよりは知っていた方が今後の対策も立てやすい……のだが、驚きすぎて返答に暫し時間を要したのは言うまでもない。


「利用されているのは此方(サンスタシア)彼方(ウィレンツィア)か、どっちだろうね」


 私の問いに、ジェラルドが僅かに口の端だけを上げて見せる。優しいだけではない一国を担う宰相の素顔が顔を出す。


「同じことです。ウィレンツィア王国が元の姿に戻り、我が国には結果として有用な技術が手に入る」


 抑揚のない低い声で、ジェラルドはきっぱりと言い切った。


 今回の『有事の際には、ウィレンツィア王国に救助の手を差し伸べてもらいたい』というリュカスの申し出は、一見すると我が国に何も利が無いように見える。しかしそんな申し出が無くとも、革命軍が動くということはドルシグ帝国もそれを排斥しに動くということに他ならない。そうなれば今度こそドルシグ帝国を討つ建前ができるのだ。

 それこそ世界平和条約に則り三国協力の下、今度こそドルシグ帝国を粛清することができるだろう。

 リュカスの申し出がなくても協力は惜しまなかったが、にも関わらずカインという技術力も得ることが出来るのだ。その実サンスタシアにとっては利しかない申し出だった。


 ただ、革命軍が闇雲に突き進むだけでは、ウィレンツィア王国と協力関係にあるとされているドルシグ帝国によって、革命軍は国内の反乱分子として粛清されて終わってしまうだろう。そうさせないためにも、これから様々な方策を巡らせることになる。


「忙しくなるな」


 私の呟きに、ジェラルドが黙って視線だけ投げて寄こした。それに微笑みで返事を返す。


(元より、そのつもりだったな)


 八年前、生き残りの王女であるイリスをアイザックが連れ帰った時から、いつか訪れるこの日の為に少なくない準備をしてきた。


 何よりも、イリス自身を助けてやりたかった。


 記憶が無いにも関わらず、騎士になりたいと力を欲した彼女を想う。

 その心の奥深い所で、王族として国と民を想う気持ちが彼女をそうさせていたのだろう。まだ弱冠十歳の子供のその意志の強さに、同じく十代だった自分は憧れとも嫌悪とも区別がつかない不思議な感情を抱いた。

 もし自分がイリスと同じ境遇に立たされたとしたら、たった一人で立ち上がろうと思えるだろうかと幾度となく考えたものだ。


 自分よりも九つも年下で国も家族も記憶すらもを失っているに、不安をおくびにも出さず運命に精一杯抗おうとする彼女。そんなひたむきな姿に、好意を抱くのにそれほど時間はかからなかった。

 だがイリスに対するこの感情は、恋慕の情などではない。私にとってイリスは、純粋な憧れのような存在に近かった。

 明朗で思慮深く聡明。慈愛に満ちている反面、騎士としては非情な判断も冷静に下せる彼女は、同じ目線で国を想いお互いを支え合っていける伴侶として、最も相応しい人物のように思えていた。


 だが私もイリスも、お互い一国を支える立場にある身だ。私がイリスを伴侶にと望むことは許されない。元より大国同士が繋がりを持つことは領土の拡大にあたるため、条約の不可変の掟に抵触する。

 

 けれどそんな条約がなくとも、イリスはウィレンツィア王国にとって最早失くせない存在だ。他国に嫁ぐなど有り得ないだろう。

 ならばとこの八年間傍で支えてきた訳だが、それは今回のことを機に突然の終わりを告げた。


「もう少し……このまま傍で支えていても良かったんだがな」


 私の呟きが聴こえていたであろう宰相は何も言葉を返してこない。私の気持ちを知っていて尚、知らない振りをしてくれているのだ。

 その気心の知れた態度に心が救われる。

 

 これからの私にできることは、イリスが望む結末に辿り着けるよう陰から援助することだけだ。

 イリスはしっかりしているとはいえまだ十八歳の少女だ。騎士団で肉体的にも精神的にも鍛えられたとはいえ、思い悩み、迷い、挫折する時もあるだろう。

 

(私は私にできることで、イリスを護っていこう)


 決意も新たに、再び書類に目を落とす。

 私の行動が少しでも、彼女の行く道の先を照らす光となることを祈って――。






これにて第二章の閑話も終了です。

明日から第三章に入ります。これからもよろしくお願いします。

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