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黎明のウィレンツィア  作者: カワシマ キオ
第二章 八年前、始まりの日
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閑話 カインと帝国の科学技術研究所 2

 フラッデルを自在に操るという騎士に、会ってみたいと思うようになったのは言うまでもない。

 でも相手は大国の騎士。しかもインペリアルガードという皇帝直属の騎士だった。その他大勢の騎士達とは異なり、一握りの方の人間である。一般庶民がおいそれと会うことはできないだろうと思っていた。


 だからこそ今回、革命軍が生き残りの王族探しと他国への協力依頼に向かうことになり、ゴットハルト工房の技術力をサンスタシア帝国への交渉材料として使いたいという話になっていると聞いて、僕は迷わず工房の代表としてサンスタシア帝国に行く人選に名乗りを上げた。

 もちろん皆を説得した言葉の通り、僕が行くのが一番ドルシグ帝国に怪しまれないというのが一番の理由だ。けれど、早く工房の中で一人前として認められたいという気持ちもあったし、科学技術大国として名を馳せるサンスタシア帝国の技術力を見てみたいという気持ちもあった。

 そして何より、フラッデルを自在に操るという騎士に会ってみたかったんだ。だから僕のサンスタシア帝国行きが決まった時は、飛び上がる程喜んだ。


 皇帝陛下に直接依頼に行くんだ。皇帝直属の騎士にも会えるかもしれない。情勢が緊迫した状況ではあるが、僕は興奮する気持ちを抑えることが出来なかった。



 そうして、色々あって直接会って関わることになった憧れの騎士イリスは、自分の予想とは随分とかけ離れた人物だった。


 まず最初に、騎士と聞いて男性だとばかり思っていたけれどまさかの女性だった。でもすぐに、女性であるからこその体重の軽さと柔軟性が、イリス特有のフラッデルの乗り方を可能にしているのだと気付いた。納得である。

 

 次に、イリスの見た目についても驚いた。一目見ただけでは年若い少年騎士と見紛うばかりだったのだ。

 イリスの外見について僕が何かを言う権利は無いけれど、ついこの前、性別が女だと隠しているわけではないと言うイリスに、『なんで男の子みたいな恰好をしてるの』と聞いてしまったことがあった。

 言った瞬間にしまったと思った。自分だっていろんな嘘をついて身を守っているくせに、人の事には難癖をつけてしまったと思ったのだ。

 しかしそんな僕にイリスは何でもないことのように、髪は邪魔だから切っているだけで服装は騎士服だから男みたいに見えるけれど、家では女の格好もしていると教えてくれた。

 

 騎士団なんて、どうあっても男ばっかりだ。そんなこと僕でも分かる。そんな中で自分らしくいるイリスを、今度は違う意味で尊敬した。

 子供だのなんだの言われることに対していちいち突っかかったり、予防線のように分厚い鎧を纏っている僕とは雲泥の差だ。

 僕も、イリスみたい堂々と自分らしくいたいと思った。イリス本人には恥ずかしくて言っていないけれど。


(そういえば、フラッデルを自在に操って乗ってるところ、見せてもらうの忘れちゃってたなぁ)


 そんな余所事を考えながらも手を動かし、半刻ほどで目当ての物が出来上がる。

 この前皇帝陛下に見せた盗聴器は、トンボから外して持っていたから改良を加えて見せることにしたのだ。


『よし、でき……た?』


 作業に集中していた顔をあげると、いつの間にか沢山の大人に囲まれ上から覗き込まれていた。皆真剣な表情で僕の掌の中の物を見ている。

 

『先程の回路、どうやって繋がっているんだ?』

『先ず遠隔操作の基盤が何処にあった?』

『それは下のやつじゃないか?寧ろ肝心の盗聴器の部分が……』


 どうやら僕が作業していた間中、この状態だったようだ。僕は一度集中し出すと周りが全く見えなくなることがある。頭上で引っ切り無しに議論が交わされていたようだが、小耳にすら入っていなかった。

 

 どうやら僕の技術力は認めてくれたようだけれど、頭上で繰り広げられる議論が段々と白熱してきて少し焦る。工房では、集まっても数人でどう改良すべきか話し合うのがせいぜいだったが、ここは人も多く皆自分の意見を譲らない。結果、段々と語気が強まり皆喧嘩腰になってきていた。


『あっ、え、っと、あの……』


 どうしていいか分からないでいると、座り込む僕の隣に誰かが膝を付いた。


『君が集中し始めてから、ずっとこの調子だよ。誰にも君の頭の中は理解できないらしい。一から説明してやってくれるか?』


 人混みを掻き分けて隣にやって来たのは、帰っていいと伝えたはずの宰相だった。


『皇帝陛下が待っているんじゃないの?帰っていいって言ったのに』


 助けにきてくれて嬉しいはずなのに、結局大人に助けてもらわないと何もできない自分が恥ずかしくて、そっぽを向いて皮肉めいたことを言ってしまう。

 けれどそんな僕の態度に怒ることなく、宰相は柔和な微笑みを向けると僕の頭に皺が目立つようになった大きな掌をぽんっと乗せて撫でてくれた。

 本当は子ども扱いされることはあまり好きじゃないんだけれど、この大きな手はなんだか心地良くて擽ったかった。


『年寄りは心配性でな。しかし、君には無用の長物だったようだ』


 宰相は立ち上がると手を一振りする。それまで、宰相が僕の傍に来たというのにそれでも議論を繰り広げていた取り巻きの皆が、宰相の手の動きに合わせて一斉に黙り込んだ。

 きっと議論を交わすのに夢中で、僕の隣に誰が来たのかすら分かっていなかったんだろう。僕にもそういう時があるから気持ちは分かる。

 可哀そうに、僕を取り巻いていた皆の顔色が一瞬で青褪めた。中には震えている人すらいる。ご愁傷様。


『カインの実力は今お前たちが自身の目で見た通りだ。子供と侮るなかれ。これは皇帝陛下の勅命である。カインの協力を得て何としても事を成し遂げるように』


 おじいちゃんのようだなと思っていた宰相の宰相たる姿を目の当たりにして、本当は見直す場面なんだろうけれど逆に何だか可笑しくなってしまった。


『ふふっ』


 思わず笑い声を溢してしまったら、それに気付いた宰相が僕を振り返った。何で笑っているか分からないだろうに、笑っている僕を見て宰相も微笑んでくれる。

 やっぱりこうして穏やかに笑っていると普通のおじいちゃんみたいで、一国の宰相にはとても見えないななんて失礼なことを考えてしまった。


『……いかん、そうだった』


 宰相は笑っている僕を見て何かを思い出したようだ。再び笑顔を引っ込め周囲に向かって一睨みすると、威厳のある声で告げた。


『皆、カインは子供であることを忘れるなよ。お前たちと一緒にするな。寝食を忘れて作業に没頭させることは許さん』

『!』


 宰相の意外な言葉に驚いて、僕は宰相を見上げた。

 技術者や研究者は何処にいっても同じらしい。作業に没頭し始めると寝食を忘れてしまう傾向にあるのだ。僕も例に漏れず、一度手を付けるとさっきの様に切りがよくなるまで周囲が全く見えなくなることがあるので、多少食事を抜いても睡眠時間が短くなっても平気なきらいがある。

 けれどまだ子供なのだから、人間らしい生活をしろという事らしい。こういう風に子供であることを理由に気を遣われたことは初めてで、何だかとても擽ったかった。


『……分かった。ちゃんとご飯も食べてしっかり寝るよう僕も気を付けるよ。ありがと、おじいちゃん!』

『!』


 子供扱いのお返しとばかりにおじいちゃん呼びをすれば、宰相がピシリと固まった。ついでに言うと、周りにいた技術者の皆も固まっていた。

 そんな周囲の反応が可笑しくて、僕は声を上げて笑う。


 後で聞いて分かったことなのだが、この優しそうなおじいちゃんにしか見えない宰相は、寡黙で無表情、その采配には一切の妥協がない鬼の宰相なのだそうだ。

 僕がおじいちゃんにしか見えないと反論すると、教えてくれた壮年の技術者が震えあがっていた。

 

 どうやらこの科学技術研究所に対しては特に厳しいらしく、予算に対しての成果を常に求められているらしい。まぁ、お金をもらって研究しているんだから当たり前では?とも思ったが、製作に充てられる予算と人員、期限を聞いて、さしもの僕でも『わー、鬼だわー』と乾いた声が出た。余談だけど。



 そして今日も、僕は城の中を一人科学技術研究所を目指している。

 科学技術研究所は城とは別棟になっているので、何処を通ろうとも城の外に一旦出てしまえばいいので一人でも行けるようになったのだ。そこから客室まで帰ってこれる自信は今のところまだないけれど。

 そんなわけで毎日定時にアンナが護衛の騎士と共に僕を科学技術研究所まで迎えに来てくれている。アンナの気分転換と僕の研究漬けの防止のためだそうだ。

 僕にはまだ優しい所だけが見えている宰相の考えそうなことだ。


 科学技術研究所内では皆僕のことを、あの一件以来一人の技術者として扱ってくれている。皇帝陛下からの依頼の物に、共同で取り組み始めているところだ。


 リュカやイリス達が旅立って寂しくないわけじゃないけれど、必ず皆の役に立ってみせると約束したんだ。僕にはやるべきことがある。


「よし、がんばるぞー!」


 人気のない廊下で片手を挙げて宣言し自分に気合を入れる。

 そうやって僕は今日も、僕の戦場の中へ身を投じるのだった。





 

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