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黎明のウィレンツィア  作者: カワシマ キオ
第二章 八年前、始まりの日
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閑話 カインと帝国の科学技術研究所 1

今回はイリス達が旅立ってからのカイン視点のお話です。

 石造りの堅牢だけれど美しいロードベルク城の回廊を、勝手知ったる風を装って闊歩する。僕は結局見た目はどう頑張っても十歳の子供でしかない。だからこそ、ハッタリも必要なことを今までの経験上十二分に理解していた。

  

 でも本当のところこの広い城内で行ったことがあるのは、自分の客室と機密文書室、皇帝陛下の執務室とこの前初めて案内された科学技術研究所の四箇所しかない。しかもそのほとんどの部屋は案内無しには何処にあるのか、どう行くのかすらも分からないときている。

 にも関わらず、今僕は一人で我が物顔でこの城内を歩いている。向かう先はこの前初めて案内されたばかりの科学技術研究所だ。


 先日、イリスこそがウィレンツィア王国の生き残りの王女だろうということが判明して、今後どうするかの方針を皆で話し合った時に、皇帝陛下から造って欲しいものがあるから僕だけサンスタシア帝国に残るように言い渡された。そして、僕はその話を受けた。

 皇帝陛下が言うように、ストレアル山脈越えを始め今後の旅において自分が一緒だと、足手纏いになるだけだろうということも理由の一つではある。

 でもそれよりも、僕は元々サンスタシア帝国に自身の力を売り込み協力する代わりに、ウィレンツィア王国が有事の際にはサンスタシア帝国に救援をお願いするつもりでこの国に来ていたから、皇帝陛下からの申し出は願ったり叶ったりだった。

 

 このことは僕自身の意思でもあるけれど、革命軍からの要望でもあった。

 

 生き残りの王族がいるということが分かり、革命軍はサンスタシア帝国に協力を依頼するための交渉材料にゴットハルト工房の技術力に目を付けた。

 革命軍からの協力依頼を受け、ゴットハルト工房としても協力することに否やはなかったのだが、父や工房の皆が突然ウィレンツィア王国を離れサンスタシア帝国に向かうと、ドルシグ帝国に怪しまれることは必至だった。

 だけど僕だったら、ドルシグ帝国に怪しまれることはない。だってこんな子供が技術者だとは誰も思いもしないだろう。

 それに、僕は早く父と工房の皆から一人前の技術者だと認めてもらいたかった。だからサンスタシア帝国行きに自分から志願した。勿論父も工房の皆も最初は反対だったけれど、無理矢理押し切った形だった。

 サンスタシア帝国との交渉に僕が向かうことになったは、そうした経緯があった。

  

 僕はサンスタシア帝国に向かうリュカ達の一行に加わることになったけれど、敢えてリュカには僕のそういった背景や本物の盗聴器のことなど、諸々のことは伏せていた。途中まで一緒に旅をしていたけれど途中でエダルシア王国に向かうために別れた、革命軍のリーダー的存在でもあるヴォルターにそうしておけって言われたからだ。


 思ったことを考え無しに口にしてしまうあのバカ正直で素直な性格のリュカでは、隠し事は絶対に無理だと言われたんだ。まぁ、実際僕もそう思う。

 決して馬鹿にしているわけではなく、リュカは素直でいい奴だと思う。正義感に溢れているし、面倒見がよく何より誰にでも優しい。でも、隠し事や腹の探り合いなどには一切向かない性格なのだ。

 だからこそ僕自身もリュカに告げていない真実がまだあった。信用していないみたいで本当に申し訳ないとは思うけれど。

 

 しかし、流石に大国の皇帝陛下を相手に隠し事をする気は僕にはなかった。

 隠した情報が元で後々面倒が起こっては信用問題になることくらい僕にでも分かる。僕は僕の秘密を皇帝陛下と、結局は傍を離れない宰相の二人にだけは包み隠さず全てを話した。

 リュカやイリスにも教えていない僕の真実を知って、さしもの皇帝陛下も驚いた表情をしていて僕はちょっと得意になった。人を欺くことに関しては一家言がある。愉悦を感じてしまったのは許して欲しい。

 けれど僕は人を欺いて喜んでいるわけじゃない。イリスと一緒だ。イリスは女だからと舐められないように騎士としての実力を付けていたけれど、僕はまだ子供だから地位も名誉も何も持っていない。僕の嘘は、それ以上舐められない為の僕なりの武装だった。


 僕はまず、どうあってもこの見た目で大抵の大人からは舐められる。

 年齢とかそういうどうしようもない事で相手を見下すのは本当に意味がないから止めてもらいたいのだけれど、悲しいかなそれは何処に行っても起こり得ると感じていた。

 この前宰相に連れられて、初めて科学技術研究所を訪れた時もそうだった。


 僕が行く話は伝わっていたようだし、宰相が一緒だから難なく通してはもらったんだけれど、到着するや否や皆まず僕を上から下まで眺めた後、眉間に皺を寄せ、こんな子供が?と言わんばかりの表情で顔を顰めた。

 相手が不快になるような表情をあからさまにしても、子供であればその意図も分からず傷付かないとでも思っているのだろうか?相手に対する配慮ってものが足りてなんじゃないかな?寧ろ子供であればあるほど、人を見た目でしか判断できないから、相手の表情から自分への嫌悪感を感じ取って泣き出すのではないかとすら思うのに。


 宰相から直々に、皇帝陛下の勅命で僕がここで一緒に研究をすることになった旨が告げられたのにも関わらず、サンスタシア帝国の技術者の皆さんも全く例に漏れず、誰もが僕に対して懐疑的で嫌悪感を隠そうともしなかった。


 宰相は自国の技術者達の反応が意外だったようで、一言物申し出しそうな雰囲気で一歩前に出たものだから、僕は慌ててそれを両手で押し留めた。

 宰相は分かっていないなあと思う。技術者なんて、その人の実力を見るまでは子供だろうが大人だろうが納得しない生き物なのに。

 とりあえず後は自分で対処するしかないので、宰相に『もういいよ』と自分を置いて戻っていいことを伝えたのだが、何故か殊の外驚かれてしまった。


 心配そうに宰相が僕を見下ろしている。その眼差しがあまりに不安げで優しくて、おじいちゃんが生きていたらこんな感じかな、と僕は宰相に失礼なことを思ってしまったぐらいだ。


『大丈夫。こういう時の対処法は知ってるから』


 心配気な宰相を安心させる様に大きく頷いてから、僕は手に持っていた愛用のカバンを床に置いて乱雑に広げた。

 大体こういう場合、自分の技術力を見せつけて実力と知識を兼ね備えた即戦力であることを示すのが手っ取り早いのだ。

 この前皇帝陛下に謁見した時もそうだったけれど、大抵の場合、それで僕の実力を認めて直接嫌な顔をするのは止めてくれる。まぁ、裏でどう思われているのかまでは知らないが。

 

 そしてここが大事なところなのだが、実力を見せる際に工具や道具は自身の物を使うようにしていた。

 技術者にとって道具は自分自身の手先と一緒なのだ。おいそれと他人に貸したくはない。それは僕にも分かる。

 それに僕の道具は、ゴットハルト工房製の特注品でもある。何か特別な細工がしてあるわけではなく、ただ単にサイズが小さいというだけだが、これが一番重要なのだ。僕の小さな手で扱いやすいのは元より、僕が最も得意とする『最小化』の為には工具も細く小さな特注の物が必要だった。

 


 僕はまだ子供で、新たな技術を開発する術も知識もまだまだ不足している。そんな僕が唯一得意とするのが、既存の物を小さく造ることだ。


 僕は物心ついた頃にはすでにゴットハルト工房の片隅で遊んでいた。母が僕を産んですぐに亡くなったため、父が仕事の間中、工房で過ごすことが日常だった。

 僕は他の子供が野原や川で草花や小枝を振り回して遊ぶのと同じように、その辺に転がるナットやボルトを使って遊んでいた。

 次第に、工房で造られた失敗作を玩具代わりに、それを解体することを覚える。解体作業はプレゼントの箱を開けるような高揚感に満ちていて、一つ一つ包みを外すように部品を解体していくのはとても楽しい作業だった。

 しかしそれに慣れてくると解体だけでは飽き足らなくなり、今度は解体した物を元に戻すことに取り掛かり始める。戻すためには全ての部品の配列と組立を覚えておかなければならない。最初は上手くいかなかったが、それでも僕はあっという間に解体した物を元通りに戻せるようになった。

 だが元に戻したところで、それが動くことは無い。元々が失敗作だから当たり前だ。僕は徐々に、何故動かないのかを考えるようになる。けれどその当時の僕には、不具合個所を見つけて新しく完成品として作り出せる程の知識はまだなかった。


 まぁ、当然と言えば当然だった。世間的には極秘であるが、科学技術大国と名高いサンスタシア帝国にも劣らない技術力を誇るゴットハルト工房の精鋭が造って尚失敗作なのだ。当時の僕如きで改良できるはずもない。僕は結局、足りない知識を詰め込むのと並行して、今度は既存の完成品を模して小さく造ることに取り組み始めた。

 大きく造るよりも、小さく造る方が遥かに難しい。加えて、こうした機器というものは小さければ小さい程実用性が増す。僕は工房内で少しでも役に立てるようにと、完成品をいかに小さく造るかに全力を注ぎ始めていた。


 少しずつ僕の試みが成功しはじめ造った作品に有用性が出てくると、工房の皆も僕を、工房の代表である父の子供だからと特別扱いすることもなく、技術者の一人として扱ってくれるようになっていった。僕は自分の力で工房での立位置を確立することに成功したのだ。

 

 そんな時期に、フラッデルの修理の依頼がサンスタシア帝国から舞い込んだ。余程無茶な使い方をしたのか基盤が完全に壊れていて、自国では直せなかったらしい。

 折しもこの時工房の中では、フラッデルに水準器を組み込むことで推進力を損なわずに急な方向転換や高度変化に対してより安定性を得ることが出来るのではないかという意見が出ていたところだった。

 しかしフラッデルはすでに完成された一品であり、何処にも計器類を組み込む余地は無い。工房内でも、外付けで付けるとなると空気抵抗を生むことになり結果として推進力が僅かながら落ちるだろうから取り付けるのは難しいという結論に至っていた。


 フラッデルは元より今のままでも十分な性能を誇る。このまま通常通り修理して終わりにしようかという事になったのだが、僕がそれに待ったをかけた。

 計器を小さくすれば入らないことは無いと思ったんだ。やってみる価値はある。

 父に一か月という猶予をもらった僕は、必死に計器を小さくすることに取り掛かった。大人の手では無理なことも、僕の小さな手であれば可能なこともある。そこからはひたすら実験しては失敗しての繰り返しだった。

 しかし、何かを新たに生み出すわけではないのだ。既存の物を小さくするだけの作業、僕に出来ないことは無い。

 そうやって試行錯誤を繰り返し、期限の一か月を待たずして僕は大方の予想を覆し、この偉業をやってのけることに成功した。


 そうした経緯を経て出来上がった新生フラッデルではあるが、乗る側からしてみれば、通常通り乗るだけなら安定感が増したな、くらいの印象でしかない。

 元々技術の進歩とはそういう日々の積み重ねを経て徐々に向上していくものなのだ。一朝一夕で飛躍的に進歩するものではない。最早僕の自己満足でも構わなかったのだが、そんな僕に、素晴らしい朗報が入る。

 

 サンスタシア帝国でフラッデルを使った部隊が新設されることになったそうだが、その部隊の中にいる騎士の一人が、僕が改良を施したフラッデルの性能を最大限に生かして、自由自在に操りながら乗りこなしているというではないか。


 僕は耳を疑うほどに驚いた。水平飛行が主のフラッデルで、『自由自在に操る』とはどういうことなのか――。

 僕はまだ見ぬ、僕の作品の性能を最大限引き出してくれた騎士に、惜しみない称賛と感謝、そして憧れを抱いた。

 





カインがどうやって技術者として確立していったか、というお話でした。明日も続きます。

十歳でそれは無理では?というご指摘もあるでしょうが、そこは創作ですのでご理解下さい。

でも筆者は十の歳の子供に、小指の爪よりも小さな折り鶴を貰ったことがあります。本人は事も無げに「ピンセットがあればもっと小さくも作れる」と言っておりました。マジか、凄いな。

十歳の可能性を見た瞬間でした。

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