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黎明のウィレンツィア  作者: カワシマ キオ
第二章 八年前、始まりの日
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出立

 帝の執務室を出て、イリスはリュカと一緒にリュカ達が過ごしている客室を目指して歩いていた。


 レオンとロイは、これからイリスも含めた自分達三人がインペリアルガードを抜けるにあたり引継ぎなどのために騎士団本部に向かった。それにイリスも同行しようとしたのだが、レオンとロイの二人がいれば問題無いと言われ追い払われてしまっていた。


 一応イリスは今までの三日間リュカとカインの護衛と称して監視に就いていたので、そのまま護衛するよう言われてしまえばイリスに否やはなかった。

 リュカとカインの素性が明らかとなり信用に足る人物であることと、サンスタシア帝国に来た目的である生き残りの王族探しとサンスタシア帝国への協力要請が達成された今、リュカ達が何か問題を起こすとは考えにくく最早監視の必要性はないと思われたが、それでも護衛の任が解かれていない以上護衛に就くのは当然でもあった。


 だがリュカやカインがどうこうというよりも、イリスが一国の王女かもしれないと知って尚、当然のように任務に就くように言い今まで同様接してくれる二人がイリスには嬉しかった。

 

 そして本当ならこの場に一緒にいるはずのカインは、帝の執務室に一人残っていた。

 カインが今後サンスタシア帝国に協力するにあたって、その内容と待遇などについて話を詰めるためだ。

 カイン自身も、他の皆には聞かれたくない何らかの話が帝にあるような口ぶりだったので、イリスは現在リュカだけを連れて城の回廊を歩いていた。


「なぁ……カインの話って、何だと思う?」


 執務室を出て以降、俯きながら何かを思案し、黙って歩いていたリュカがおもむろに口を開いた。

 イリスは問われた内容に少し驚き、足を止める。並んで歩いていた隣の足が止まったことに気付いたリュカも、足を止めると振り返った。


「どうした?」

「あ、ごめん。……ちょっと意外だなと思っただけ」

「……何が?」


 イリスは不思議そうな顔で、振り返ったリュカをまじまじと眺めた。


「私が探していた生き残りの王族かもしれないんだから、そのことについて色々聞かれたりするのかなと思って身構えていたのに、考えていたのはカインの事だったんだなぁって思って」


 それこそ革命軍は生き残りの王族のことを知るや否や、何としてでもドルシグ帝国より先にその人物を見つけるべく全員で探しに出たとリュカは言っていた。

 探し求めていた存在であろう人物が見つかった今、最も重要な人物はその生き残りの王族、つまりはイリスのことと言える。

 しかし当のリュカはあまりイリスを重要視している風にも見えず、それよりも連れであるカインが一人帝の執務室に残ったことの方を心配しているのだ。

 イリスは可笑しくなってふふっと笑い声を零すと、また歩き始めた。


「自分がウィレンツィア王国の王女かもしれないと分かって、不安とか、気負いとか、いろんな感情がごちゃ混ぜで自分でもどうしていいか分からなかったんだよね。それなのに、私を探しに来たはずの当のリュカが私の事など蔑ろで寧ろカインの事を考えてるって分かったら、何だか可笑しくて」

「……」


 リュカを追い越し歩を進めるイリスの後を追って、リュカも再び歩き始める。

 イリスは後ろを付いて来るリュカの気配を感じ、振り返らずに真っ直ぐに前を見つめたまま言葉を続けた。


「私はこれからいつ何時も、ウィレンツィア王国民にとって希望の王女でなければならないって知らず知らずのうちに気負っていたんだと思う。でも、そうじゃないんだなぁって。少なくとも私を探しに来たはずのリュカにとっては王女よりカインが大切で、レオンもロイも今までと変わらずに私に騎士の仕事を任せてくれるし、父さんも私のことはこれからも娘だって言ってくれた。皆の私に対する態度が変わらないのが嬉しいって言うか……そういうのが、ちょっと安心した」

「……イリス」

「ん?……!」


 イリスの言葉を黙って聴いていたリュカが足早にイリスに駆け寄ると、その腕を掴んでぐいっと引っ張った。

 急に腕を後ろに引かれる形となり少し驚いたが、イリスは踏み留まると振り返ってリュカを見た。


「……」


 今までに見たことのない真剣な表情のリュカと視線が交わる。夕暮れ時を映したようなリュカの黒に近い深い青の双眸には強い意志が宿っており、イリスは黙るしかなくなった。

 リュカは一呼吸置くと、ゆっくりと言葉を紡いだ。


「俺は……俺達は、生き残りの王族に確かに希望を見出している。でもそれは、王族としての責務を負って欲しいという事じゃない」


 イリスの腕を掴んでいる手にリュカがぐっと力を込める。そして真っ直ぐにイリスを見つめたまま続けた。


「俺達革命軍が生き残りの王族がいると知ってその人物を探しに出たのは、ドルシグ帝国よりに先にその人物を見つけて保護するためだ。ウィレンツィア王国に眠る『世界の力』の封印を解かないためにも、本当ならイリスをサンスタシア帝国にこのまま匿ってもらいたいぐらいなんだ」


 リュカの告白に、イリスが目を見開いて驚く。

 革命軍が何としても生き残りの王族を探し出したいのは、その人物を旗頭にドルシグ帝国に反旗を翻したいからだとばかり思っていたからだ。


「イリスは自分にドルシグ帝国と戦える力があるせいで、王族としての記憶を取り戻してウィレンツィア王国奪還に協力してくれようとしているんだろうが、俺達は見つけた生き残りの王族が、戦える人物だなんて思ってもいなかった。生き残りの王族は見つけ次第、事情を説明して三国の何処かに保護してもらうつもりだったんだ。だから生き残りの王族の捜索と並行して、俺達は各国に協力の要請をしていた」

「……」


 リュカの話は、イリスにとっては俄には信じがたい話だった。

 イリスは自分がウィレンツィア王国の生き残りの王女であるならば、ウィレンツィア王国奪還に向けて尽力するのは決定事項だとばかり思っていたのだ。

 それなのに戦わなくていい、匿われてくれていた方がいいと言われて、困惑してしまう。

 

「俺達にとってイリスは希望だ。でも、それは一緒に戦ってくれという意味じゃない。王族としてウィレンツィア王国再興に尽力して欲しいわけでもない。イリスがドルシグ帝国の手に渡らないこと。これが俺達革命軍の一番重要な目的なんだ。……それに……」

「……?」


 それまではっきりと言い切って話していたリュカが、何かを言い淀み目を伏せて視線を逸らす。

 その様子にイリスが訝しんでいると、リュカは意を決したように伏せた目をあげイリスを真っ直ぐに見つめた。


「それに……イリスはイリスだろう?俺は、ウィレンツィア王国の王女ではなく、イリスにはイリスでいて欲しい……と、思ってる」


 自分で言っておいて恥ずかしくなったのか、リュカは掴んでいたイリスの腕を離すとさっさとイリスを追い越して足早に先に進み始めた。


「……」


 口籠りながら伝えられたリュカの本音は、イリスの胸の奥にゆっくりと広がり、その細部までをじんわりと温めていくようだった。

 生き残りの王族を探しに来た革命軍であるはずのリュカが、王女ではなくイリスでいいと言ってくれたのだ。その言葉は素直に嬉しかった。


「……ありがとう」


 先を行く背中にそっと伝える。

 イリスの言葉が聞こえたのか聞こえなかったのか、リュカはそのままずんずんと先を進み続けている。だがリュカが帝の執務室から自分の客室へ戻る道を、二回通っただけで覚えているはずなはいだろう。


 イリスは笑みを溢しながら黙ってリュカに駆け寄ると、その隣に並び何も言わずに客室に向かって歩いた。




◇◇◇   ◇◇◇




 その日の空は快晴。吹き渡る風が穏やかに頬を撫でていく気持ちのいい日だった。

 城門の前にはアイザックとアンナが並んで立っている。その前にはカインが佇み、黙って地面を睨むように俯いていた。


 イリスがオートレア王国に行くことを決めてから、数日が経過していた。

 イリス達が出立するための引継ぎや準備も滞りなく終わり、今日サンスタシア帝国を出ることになったのだ。帝とは先程執務室にて、今までの感謝を述べ出立を告げてきている。

 帝は変わらず穏やかに、そして優しく言葉を掛けイリスの行く先の安全と成功を祈ってくれた。

 

 そしてイリス達は今まさに、城門を出て行こうとしている。

 サンスタシア帝国の騎士服でこれからの旅をするわけにもいかず、イリス達はシンプルなシャツにパンツ、編み上げのブーツといった動きやすい平服の装いだ。レオンとロイは腰に剣を佩いているが、旅人であれば自衛のために帯剣している者も多いため、怪しまれることはない。

 イリスは背中に剣とフラッデルを背負っているため、皆とは異なり服の上からフラッデルを覆うようにポンチョのような形をした肩掛けのマントを羽織っていた。平民でフラッデルを持っているのは特異な状態であるし、何より高価な物なのだ。破落戸に目を付けられて余計な争いや諍いに巻き込まれないための自衛策でもあった。


 アイザック達と向かい合うようにして、イリス達は並んで立っていた。

 昨晩、散々別れの挨拶はしてある。もう何も言う事はなかったが、俯いたままこちらを見ようともしないカインを見ると僅かに胸が痛んだ。


 昨晩は皆の旅の安全を願い、元気に振舞っていたカイン。しかし、これからは異国の地にたった一人で置いていかれるのだ。不安でないはずがない。

 その小さな身体を抱きしめて安心させてあげたい衝動に駆られるが、それを今しようものならお互い決心が揺らぎ離れがたくなるだけなのは分かっていた。それ故、誰もこの場を動くことが出来ない。


 そんな空気を変えたのは、アイザックの一言だった。


「行ってこい。サンスタシア帝国インペリアルガードとして恥じない行いをせよ。俺からは以上だ」

「「「はいっ」」」


 毎日聞き慣れた隊長としての指示に、イリス、レオン、ロイの三人は条件反射的に姿勢を正し了を示した。

 それにつられ、三人に並ぶように立っていたリュカもカインに向けて口を開く。


「カイン、行ってくる。必ず戻ってくるから、それまで待っていてくれ」


 リュカの言葉に勢いよく顔をあげるカイン。その目からは一筋、涙が零れ落ちていた。


「僕が!……必ず皆の役に立てみせるから!」


 何処にドルシグの間諜がいるかも分からない。言葉を選んで告げたカインの真意を察し、リュカがカインに向けて黙って拳を突き出した。それに応えるように、カインも手を伸ばしてリュカの拳に自身の拳を当てる。


「行ってらっしゃい。皆の無事をここで祈っているから」


 アンナが微笑む。手を前に立つカインの肩にそっと置き、安心させる様に撫でていた。

 カインの申し出でリュカが旅に出ている間カインは、リュカと使っていた客室で一人で過ごすのではなくアンナの客室でアンナと一緒に過ごすことになっている。

 カインを一人残して行くリュカとしても、その方が安心だった。


「カインを頼みます」


 リュカが頭を下げる。アンナは「大丈夫よ、任せて」と力強く言い切った。その返答に、頭を上げたリュカも笑って応えた。


「行ってきます」


 最後にアイザックに向き直り姿勢を正す。イリスの視線に気付き、アイザックも目を逸らさずにイリスを見つめ返してくれた。

 もう言葉は交わさない。お互い黙ったまま僅かに目を細めると、イリスは身を翻し振り返らずに帝都の中へと歩みを進めた。

 レオンとロイもアイザックに一礼をするとイリスに続く。リュカもカインに大きく手を振って三人に続いた。


 帝都の中に消えゆく一行に、カインは黙って手を振った。振り返らない彼等にそれが見えるはずもないのだが、一行が見えなくなるまでカインは手を振り続けた。

 

 彼らの行く先が、決して平坦ではないにしても、少しでも穏やかであることを祈って――。






これにて第二章完結です。長かった!帝都を出るまでに五十話を越えてしまいましたΣ(゜Д゜)

第三章からやっと帝都の外に出ます。

ずっと筆者の頭の中では最初の町の音楽、テレレッテレレッ~が流れていましたが、やっとフィールドに出ます。でも筆者は、戦いに勝つとチャラララーラーラーラッタラーが流れる方が好きです(≧∇≦)b

明日から閑話を何話か入れます。

でもようやくここまで来ました。よし、旅に出るぞ!

これからサクサク進めますので(←ここからが本番では?)今後もよろしくお願いします。

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