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黎明のウィレンツィア  作者: カワシマ キオ
第二章 八年前、始まりの日
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父の想い

 帝の隣に侍る宰相だけが今発せられた言葉の真意を理解しているようで、一切の動揺を見せずにただ黙していた。

 しかし執務室にいる他全員が、帝の言葉に驚きの表情を見せる。リュカは開いた口が塞がっていないし、カインも目を見開いて泰然と座して微笑む帝を凝視していた。


「え……と、僕はどうして、イリス達と一緒にオートレアへは行けないの?」


 太腿の上に置かれたカインの手が、僅かに震えていた。

 そんなカインの様子に隣に座っていたリュカが気付き、手を伸ばすとその震える手を取り安心させるように握りしめる。

 帝は寄り添い支え合う二人を微笑ましく思いながらも、カインから目を逸らすことなく語気を強めた。


「先ず一つ。今後カイン連れて行くことは足手纏いにしかならない」

「なっ……!カインは今までだって、ちゃんと俺についてこれてた!」


 バンッ、という大きな音に、ソファに座るカインがビクリと肩を震わせた。

 リュカがソファの前に置かれていたローテーブルに勢いよく掌を付き、身を乗り出して抗議したのだ。

 だが目の前に座る帝は一切その表情を変えることなく、視線だけを動かしちらりとリュカを見遣ると冷やかな声色で告げた。


「ストレアル山脈越えは、いくら整備されているとはいえ険しい登山道を行くことに変わりはない。ただでさえ子供には負担が大きい道程だ。その上、ドルシグ帝国も何か仕掛けてくるだろう。場合によっては剣を交えることもあるかもしれない。そんな危険が付きまとう旅に、わざわざ連れて行くつもりか?」


 帝の正論にリュカがぐっと押し黙る。言っていることはもっともであるし、リュカ自身、そのことを考えなかったわけではなかった。


 現に今回だってドルシグ帝国からの追手がかかり二人はドルシグ兵に追われることになった。二人共無事だったのは運が良かっただけとも言える。おそらく今後は更に危険は増すことだろう。

 しかしそれでも、リュカはカインを他国に一人残して行くことが心配だった。

 だが自国であるウィレンツィア王国に帰らせることもまた心配ではあった。カインの容姿はまだ知られていないものの、その類まれなる技術はすでにドルシグ帝国に知られてしまっている。

 カインにとって何処にも安全な場所など無いような気がして、リュカは心配だったのだ。


 何か言い返そうと口を開くものの結局何も言い返す言葉が見つからず、リュカは乗り出していた身を引いてソファに力なく沈み込んだ。


「納得してくれたのなら何よりだ。まあもっとも、今度のオートレア王国への旅はイリス個人の目的のために行くのであり、……リュカスといったか、君も足手纏いでしかなく連れていく必要はないと私は考えているんだけれどね」


 帝が鋭い視線でリュカをひたと見つめ、冷酷に言い渡す。その視線に竦み上がりそうになりながらも、リュカは声を張り上げて自分を鼓舞した。


「俺は!やっとイリスを見つけたんだ。王女じゃないかもしれないって言うなら、それを確かめるためにも俺は絶対に一緒に行く」


 その瞳には決意が宿っており、何を言われても屈しないという強固な姿勢が窺えた。

 だが帝としてもそうなるであろうことは想定済みだ。リュカの同行についてはこれ以上言い争うつもりもなく、あっさりとリュカの同行の件は引き下がった。


「まぁ、それに関しては革命軍としてはそうだろうからね、無理に止めはしない。だがカインに関しては話は別だ。カインにここに留まってもらいたい理由がもう一つある。寧ろ、こちらの理由のためにカインにはサンスタシア帝国に留まってもらいたいと考えているんだ」


 リュカに向けた声色とは異なり、帝はカインに向き直ると優しく語り掛けた。

 だがそこで一拍置いた後、帝の纏う空気は一変した。優しさなどどこ吹く風と言わんばかりに一瞬で霧散し、鋭い視線がカインを射抜いていた。


「カイン。君にはドルシグ帝国を討つために、我がサンスタシア帝国に協力してもらいたい」


 予想だにしなかった発言に、リュカが目を見開いて驚く。


「ドルシグを、討つ……?」


 世界平和条約があるために、どんなに状況的に見てドルシグ帝国が黒だったとしても、証拠も根拠もなしにドルシグ帝国を一方的に粛清することはできない。だが今、リュカの目の前にいる若きサンスタシア帝国の皇帝は、元凶であるドルシグ帝国を討つと言ったのだ。

 リュカは動揺を隠しきれず、二の句が継げないでいた。


「僕に、……盗聴器を作れってこと?」


 しかし動揺するリュカとは対照的にソファの真ん中にちょこんと座すカインは、自身に望まれていることを冷静に見抜いた。


 カインの返答を聴き、帝はその澄み切った空の様な碧色の双眸を細め、薄い形の良い唇が緩やかに弧を描いた。

 女性なら誰でも見惚れてしまいそうな程の美しい表情を前に、全く耐性のないカインは無性に恥ずかしくなって俯いて目を逸らしてしまった。


「理解が早くて助かるよ。今回の事で、確実にドルシグ帝国は動き出すだろう。相手の出方を窺って対処するよりも、こちらとしては先手を取っておきたいんだ。そのためにカイン、君の力を貸して欲しい」


 俯いていたカインが顔を上げ帝を見ようとするも、カインから目を逸らさず見つめていた帝と再び視線が交わると、カインは恥ずかしさからまた視線を逸らしてしまった。


「サンスタシアに滞在中の身の安全は元より保証するが、待遇面でも不足ないものを用意すると約束しよう。……どうだろうか?」

 

 カインはその言葉に一瞬逡巡した後、伏し目がちに帝を見遣った。


「……わかったよ。僕が行っても足手纏いなことも理解できるし、何よりドルシグ帝国を討つための手助けができるのなら僕にできることなら何でも協力するよ」

「よかった。では……」

「でも!」


 帝が話を纏めようとしたが、カインが突然大きな声を出しそれを遮った。


「僕からも条件があるんだ。それを叶えてくれるのなら協力してもいいよ」

「はははっ、交換条件かい?……分かった。では、その条件とやらを聞こう」


 帝は面白そうに声を出して笑うと、カインにどうぞと手を差し出して話を促した。

 先日も初見の帝を相手に堂々と渡り合っていたカインが何を言い出すのかと、帝はこの状況を面白がっていた。


「僕と同じように、リュカの身の安全も保障して欲しい」

「!」


 突然自分の名前が出され隣に座るリュカが驚いてカインを振り返る。帝はふむ、と考える素振りを見せたが直ぐに頷き返した。


「簡単なことだな。我が国の騎士が同行するんだ、イリスの次にその身の安全を保障しよう」

「……まぁ、そうだよね。それでいいよ」

「ははっ、それでいいのかい?」

 

 帝としては半分冗談のつもりだったようだ。カインに向かって微笑むと、帝は掌でソファの隣に立つイリス達を指し示した。


「大丈夫だ。我が国の騎士の力を信じるといい。君の連れの安全を約束してくれるはずだ」


 帝の掌に促されカインがソファの隣に並び立つ面々を見上げる。カインの視線に気付くと、レオンは軽く頷き、ロイは小さく拳を握って見せていた。


「それなら安心だね。あとね……これはちょっとだけ聞いてもらえればいい話だから、後で少し相談させて貰えると嬉しいんだけど……」


 珍しく歯切れの悪いカインに、その場にいた全員が珍しいものを見たと感じていた。

 先日から、実に十歳という年齢に似つかわしくない言動で周囲を驚かせてきたカインである。それが今は、言いたいことがあるのに口籠りはっきりと言葉にできずにいるのだ。まるで大人相手にたじろぐ普通の十歳の子供のようだった。


「分かった。ではこの後、カインの待遇面などについての詳細を詰めようと思っていたのでその時にでも要望を聞かせてくれ」


 カインがぱっと顔を明るくし嬉しそうに微笑む。こうした子供らしい表情や仕草が、カインがまだ十歳であるということを皆に思い出させていた。


「さて、では次に。我がインペリアルガードのフラッデル隊の全員が、一時不在となることについてだが……」


 帝の言葉に、ソファの隣に控えていたイリスの身体が一瞬で強張った。


 フラッデル隊は元々イリスのために作られた新設の部隊であり、その重要性は決して高くはなかったのだが、今回逃げてきたリュカの存在とドルシグ兵の追手をいち早く発見したのはイリスであり、部隊の有用性が認められたばかりだ。しかも今後はドルシグ帝国の動きもさらに活発になってくるため、その需要は拡大することだろう。

 そんな時に部隊自体が機能しなくなるということは、許容できることではないだろう。

 

 何か言わなくてはと思うのだが、何の言葉も紡ぐことが出来ずイリスはただその場に立ち尽くすことしかできない。

 そんなイリスを見て苦笑しながら、帝は片手を挙げて隣に控える宰相に合図を送った。


「そう心配しなくていい。我がサンスタシア帝国が、騎士が三人欠けたくらいでどうにかなるとでも?」

「それは……」


 そんなことは有り得ないと、イリスも思う。しかし何事もなく平和に過ごしてきた今までとは異なり、今後は万全の警戒と警備体制が必要になってくる。そんな時に役に立たなくて、国を支える騎士と言えるのかとイリスは自問自答していた。


「こちらです」

「ああ、ありがとう」


 先程帝の合図を受けて執務机の方へ一旦下がった宰相が、何かの書類を抱えて戻ると帝に差し出した。


「くくくっ、この資料、何だと思うかい?」


 複数枚重ねられた資料が二部あり、それぞれ片手で持ち掲げて見せながら、何故か帝が堪えきれないとばかりに愉しそうに笑っていた。

 何の資料か見当も付かずイリスが首を捻っていると、帝がその一部をイリスに差し出した。

 読んでいいということだろうと察し、イリスは受け取ると資料に目を走らせる。そこには、驚くべき内容が記されていた。


「ちなみにこっちの資料は警備計画書だ。イリス達フラッデル隊が抜けた後の警備体制等が記されている」

「……」


 帝が手元にある方の資料について説明してくれるが、手渡された資料の方を読むことに忙しいイリスにはその言葉が一つも頭に入ってこなかった。

 帝はそんなイリスに、慈愛に満ちた表情を向ける。


「そしてイリスが持っている方の資料が、今後起こり得る有事の想定と、その際に必要になるフラッデルの数の試算だそうだよ。我が国にはフラッデルが六機しかないわけだが、その資料によると乗りこなす人員と必要数を鑑みても、どんな有事が起こっても最大で四機程で足りるらしいんだ」


 見慣れた字で書かれた資料に目を通す。それには帝が言う通り、今後の有事の想定と、その際の主にフラッデルを使用した対応について書かれていた。


 フラッデルを戦闘に使用できるのは、この広い大陸中でもイリス唯一人だけだ。その特殊な使い方を除けば、基本フラッデルは移動手段として使うことくらいしかできない。

 有事の際においても、王族の避難であるとか、連絡係として使用するか、怪我人を移送するか、使い道はその程度である。だが連絡は無線でも行えるし怪我人は一人ずつしか移送できず効率が悪い。

 フラッデルが多くあるからといってできることは少なく、今後何かが起こったとしても、フラッデルが四機あれば足りるというのは現実的な数字だった。


「そういうことらしいので、余剰な分があるようなんだ。故にイリスが旅に出るにあたって、フラッデルを一機貸し出そうかと思っている」

「!そんなっ……」


 フラッデルは非常に精巧に造られており高価で貴重な代物だ。どの国も数機しか保有しておらず国家の財産でもあり、一個人が所有できるような物ではない。

 だがこの申し出は、イリスにとってはこの上ないものでもあった。フラッデル無しでも戦えるとはいえ、その場合は所詮非力な女性の力で戦うことになる。イリスはフラッデルあってこそ他国に名が知れわたる程の実力を得ることが出来るのだ。これからドルシグ帝国を相手にするイリスにとって、これ以上ない贈り物である。


 それが分かっているからこそ、帝もフラッデルを持たせると言ってくれているのだろう。そして、もう一人――。


「娘を想う父親の気持ちを、汲んでやったらどうだい?」


 帝が優しく微笑む。

 イリスの手にある資料は、見慣れたアイザックの字で埋め尽くされていた。こんな資料をいつの間に作ったのだろうと思うと、イリスの目頭が熱くなる。


「ありがとう、ございます」


 イリスは顔を俯けたまま、その言葉だけを何とか絞り出した。

 今まで自分を護り育て、そしてこれからも自分を支えてくれる全てに報いたいと、イリスは心の底から思った。






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